第17話 婆ちゃんとホームセンターへ
「さてと、ちょっと出かけてくるね」
あれから一ヶ月ほど経った一月末。楽しかった冬休みもあっという間に終わった。
今日は土曜日。婆ちゃん、父さん、僕が寛ぎながらテレビを観ていると、急に婆ちゃんが立ち上がる。
「お婆ちゃん。どこに行くんです?」
母さんは婆ちゃんの声が聞こえたのか、台所から顔を出し、心配そうに駆け寄って来た。
「ちょっと、近くのホームセンターまでだよ。なに、歩いて十分程度だし、心配いらんよ」
「でも、地面凍ってるし。今日は控えた方が」
「大丈夫だろ。母ちゃんは、まだまだ足腰しっかりしてるから」
婆ちゃんを心配する母さんに対し、父さんは悠長なことを言っていた。
いつも見る風景だ。ここでたまに言い争いに発展するから面倒臭い。
「なにを買われるんです? 言ってくくれば、買ってきますよ。お父さんが」
「えっ、俺?」
まさかのカウンターに父さんは面食らう。コタツに入って今、テレビに釘付けだから、父さんは絶対に立ちたくないはずだ。
「ちょっと土と花の種をね。慎司に言っても、わからないわよ」
「また、新しいの植えるのか? 母ちゃん、どれだけ花を増やすんだよ」
「私が死ぬまでよ」
父さんの言葉に対し、婆ちゃんは縁起悪いことを言う。けして嫌味がある言い方ではなかったが、聞いている側は冗談であっても、けして気持ちいいものではない。
父さんは顔を顰めて、なにかを言おうとしたので、僕はとっさに口を挟んだ。
「婆ちゃん。僕も一緒に行くよ。ちょうど、部屋の模様替えもしたいと思っていたところだし」
僕が立ち上がりながら、そう言うと、母さんが少しホッした顔をする。
「あら。総、行ってくれるの? 部屋の模様替えするなら、お小遣いあげようか?」
「えっ、本当? いくら」
「500円」
母よ。500円でどう模様替えすればいいのだ? と、突っ込みたいが、もらう立場だから文句は言えない。
「お父さん。総に500円あげるのと、一緒にホームセンター行くの、どっちがいい?」
母さんは穏やかな声で、微笑みながら(でも、目は笑ってない)尋ねている。
敏感に反応した父さんは、渋々と財布から500円取り出すと「ほら、総。頼んだぞ」と、お小遣いをもらった。
なんだろう。お小遣い制の父から、お小遣いをもらうのって、こんなにも胸が痛むものか。
それは父と母の力関係を改めて思い知る。名取総司、十四の冬だった。
当然ではあるが、外は家とは違い、凍り付くような寒さだった。雪は降っていないものの、アスファルトは母さんの言う通り凍結しており、気を付けないと転びそうだ。
「婆ちゃん。足元、気をつけなよ」
「総ちゃんは優しいね」
「いや、当たり前でしょ」
婆ちゃんは言うことが、いちいち大袈裟だ。これは優しさとは言わない。僕が否定すると、婆ちゃんは「そうじゃなくて」と一言付け加えた。
「部屋の模様替えしようなんて、思ってなかったろ」
さらっとした穏やかな口調の婆ちゃん。僕は不意打ちを突かれた気分になる。
「あそこで慎司が喋り続ければ、私達が喧嘩になると察して、とっさに嘘ついたんだろ」
「凄いね、婆ちゃん」
さすが婆ちゃんと言うところ。見事過ぎて誤魔化す気も失せてしまう。
「総ちゃんのことは、なんでもわかるよ」
婆ちゃんは驚く僕を見て、少し誇らしげに笑う。
なんだろう。親に言われたら、僕の何がわかるんだよ。と反抗する言葉の一つも出そうだが、婆ちゃん相手にはそれが言えない。
別に遠慮とかではない。間違いなく、僕のことを幼い頃から一番に面倒を見てくれたのは、両親ではなく、婆ちゃん。一番の理解者だと言ってもいいくらいだ。
「今日は、なんの花を買うの?」
興味はなかったが、これといった話題もないので僕は質問をした。そんな気も知らず、婆ちゃんは真剣に考えている。
「そうだねぇ。今の時期だから、シクラメンやパンジー。マーガレットもいいわねぇ。ああ、オステオスペルマムも育ててみたいわ」
なんだ、それは。花の名前なのか? 花の知識0の僕には、呪文に聞こえてしまう。まあ、婆ちゃんが楽しそうだから、良しとするけど。
うちの庭や玄関はいろんな花で溢れている。
ただ、父さんがまた花を増やす気かというほど、しつこさはない。それはきっと、婆ちゃんの飾り方がうまいからだろう。
花のことは詳しくないが、飾る花の配置や色合いが絶妙であり、花に興味ない仁も僕の家に遊びに来た時「綺麗な花だな」と、玄関で一旦、足を止めたくらいだ。
しばらく歩き、目的地であるホームセンターにたどり着く。
部屋の模様替えと言った僕も、実際はそんなつもり更々ないので、婆ちゃんと一緒にガーデニングコーナーに足を運ぶ。
「どれにしようかねぇ」
婆ちゃんは吟味するように、飾られている花を見ている。
目が真剣だ。これは長くなりそうだな。と、思いながら、近くのベンチに腰を落とした。そして、時間潰しの為、スマホの中に入っていた漫画を読む。
しばらく夢中になり、漫画の切りがいいところで僕は一旦、スマホの画面から目を離す。
すると、先程まで感じてなかった誰かの気配が後ろからする。感じるまま、後ろを振り返ると、僕は目玉が飛び出しそうになった。
気配どころじゃない。僕の右肩に顎を乗せられるくらいの位置に人の顔があった。
そこにいた人物は白いロングーコートに、赤と黒のカラフルなマフラー(七瀬さんが誕生日プレゼントで買ったもの)を首元にかけていた。
「み、水樹さん?」
そう。そこには水樹さんの姿があった。




