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無題  作者: 結城智
第2章 ~中学2年の冬~
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第16話 君がいたから

「紅葉がね、後ろからイケメン君を蹴っ飛ばしたみたいなの」


 うわー、なんだろう。普通にその絵が想像出来るから、怖いよな、水樹さんって。


「イケメンは当然、なにすんだって怒鳴った。でも、紅葉よ、その程度で怯む子じゃない。むしろ、その後、紅葉は倒れているイケメン君の上に馬乗りになって殴りだしたの。なにも言わず、無言でだよ」


 怖い、怖過ぎるよ、水樹さん。


「もう、凄い騒ぎになったよ。皆止めに入って、先生まで割り込んできた。この話し知らない?去年、結構噂になった事件だよ」


 凄まじい結末だな。

 でも、なんだろう。それを聞いた途端、さっきまでのモヤモヤはなくなり、スカッとした気持ちになっていた。


「その後、紅葉は職員室に呼ばれ、先生達に相当怒られたみたい。私、紅葉が出てくるのをずっと待ってた。そして、職員室から出てきた紅葉に私、言ったの『水樹さん、ごめんなさい。私のせいでこんな事に」って。その時、紅葉がなんて言ったかわかる?」


 興奮したように息遣いを荒くさせ、七瀬さんは目を輝かせていた。



『なんで、ごめんって言うかしら。私はあのバカが気に食わない蹴っ飛ばしただけよ』

『そ、そうだけど。そのせいで水樹さんが先生に怒られた』

『別に構わないわよ。私は間違ったことはしていないもの』



「そう言って、紅葉が笑ったんだよ。この瞬間に私、紅葉に射止められちゃった」

「なるほど。水樹さんに惚れちゃったんだね」

「そう! もう、惚れてまうやろー! 気を付けなはれや。って感じだよ」


 さっきの険悪な表情が嘘じゃないかと思うくらい、七瀬さんのテンションはMAXだ。

 君も気を付けなはれや。と嫌味の一つも言ってやりたいが。まあ、七瀬さんが笑っているならそれでいいか。


「じゃあ、それを切っ掛けに」

「うん。イジメはなくなった。そして、私と紅葉はその事件を切っ掛けに仲良くなったの。私ね、紅葉がいると凄く楽だった。紅葉はさ、口が悪いように見えるけど、相手の人格を否定するようなことはけして口にしない。私の八方美人なところも『いいんじゃない、それでも。それが栞なんでしょ』という程度で、気に留める様子もなかった」

「僕もそう思うよ。そんな気にすることじゃない」

「ううん、気にするよ。ねぇ、紅葉って美人じゃない?」


 いきなり話題が変わったな。

 急な問いに困ったが、否定する必要もないので「そうだね」と頷いた。


「そうだよね。友達だからというひいき抜きで、紅葉はうちの学年でも一、二を争う美人だと思っている」


 奥歯に物が挟まったような言い方に、僕は違和感を覚えた。


「あんな事件起こさなければ、紅葉はもっと友達出来たし。男の子にもモテモテのはずで。私があの時、自分の力でイジメと戦っていたら、紅葉が戦う必要はなかった」


 そう言って、七瀬さんは罪悪感に押し潰されそうな顔をする。


 この時、僕は思い出した。

 同じ男子生徒が、水樹さんと喋っているところを見て凄いと言っていた理由が。


 噂話に興味がない僕は全然知らなかったが、学校内では有名な話しなのだろう。

 クラスメイトを蹴り倒し、馬乗りになって殴った女子生徒。噂なんて所詮、面白おかしく塗り替えられるものだ。

 水樹さんが何故、その男を殴ったかの理由より、相手を殴った結果だけが噂として流れている。そうでなければ、よく水樹と話せるな、なんて馬鹿げた発言が出てくるはずがない。


「紅葉。私がいなければ、もっと幸せになれた。私に勇気があれば、紅葉があんな騒ぎを起こすこともなかった。でも、私はそれを知っていながら、この性格を変えられないし、紅葉とも離れたくもない」

「七瀬さん」

「私、怖いの。人に嫌われるのが。でも、好きだなんて告白されても困る。私はただ、争いたくなくて、皆と仲良く笑っていたかっただけ」


 と、七瀬さんは苦痛に顔を歪ませていた。


 普段からニコニコしていた彼女が、そんな自己嫌悪と対峙しながら生きているなんて、全然知らなかった。


 こんな時、僕はなんて言えばいいだろうか。取って付けたような言葉は返って、七瀬さんを傷付けるだけだろう。


「七瀬さん。さっきさ、八方美人は人を傷付けるって言ったよね。でもさ、救われた人もいたんだよ」


 僕が不意に口を開くと、涙目だった七瀬さんは顔を上げ、真っ直ぐに僕を見た。


 正直、この話しはしたくなかった。恥ずかしいし、格好悪い話しだから。

 でも、これで七瀬さんの心が少しでも救われるなら、僕はいくらでもピエロになる。そう思って僕は飾りじゃない、本音の話しをすることにした。


「一年生の時、体育の授業でサッカーがあったんだ。僕はサッカー部だから、活躍して当然。でも、全然だった。ボールは取られるし、シュートは入らない。そこで皆は笑うんだ。名取、サッカー部なのに、ダセェとか。センスねぇとか。どれだけ必死なんだよって」

「名取君……」

「僕はサッカー部でも落ちこぼれだったからね。小学校からサッカーしてたから、中学でサッカー部入れば活躍できると思ったけど、現実はそう甘くなかった。正直言うと僕さ、一年の時、サッカー部を辞めようかと思ってたんだ」


 ああ、なんてこんな格好悪い話しをわざわざ、好きな子の前でしなくちゃいけないんだ。虚しさを感じる一方で、思いのほか七瀬さんは真剣に僕の話しを黙って聞いていた。 


「パスされたボールを押し込もうと足を伸ばしたけど、届かなくて転んでいた時、遠くから大きな声がしたんだ。その日はクラス別の対抗試合で、隣りのグランドでは女の子がバトミントンをしていたと思う」


 僕がそう言うと、七瀬さんが「あっ」と声を漏らす。


 どうやら、思い出したようだな。というか、やっぱり今の今まで忘れていたようだ。なら、忘れたままでいて欲しかったな。

 しかし、今更引き返せない。僕は話しを続けた。


「その時、フェンス越しに叫んでいる女の子がいた。ずっと試合を見ていたのか、その子は『惜しいよ! ナイス、ガッツ! 次は入るよ!』って人の目も憚らず、僕を応援してくれた。周りの女の子からは笑われていたよ。栞、なんで違うクラスの男子応援してんのよって」

「それ、私だ」

「そう。七瀬さんだよ」


 七瀬さんは口を半開きにし、自分の顔に指を差していた。


「そっか。あの時の、一生懸命な人。名取君だったんだ。言われるまで全然わからなかったよ」

「僕は思い出して欲しくなかった」

「なんで?」

「だって、格好悪いだろ」

「ううん、格好良かったよ。だから、応援したんだもん」


 と、七瀬さんは大袈裟に首を振って否定する。僕はお世辞でもその言葉が嬉しかった。


「あの時、あの応援がなかったら、僕はサッカーを辞めていたかもしれない」


 そうだ。あの応援を切っ掛けに僕は前向きにサッカーを頑張るようになった。

 前はいくら頑張っても、自分は才能がないから無駄だと投げ出していたが、言い訳せずにコツコツ練習を頑張り、朝には自主練もするようになった。それもこれも七瀬さんのおかげだ。


「七瀬さん。君の八方美人はさ、僕の事を救ってくれたよ」


 僕は真っ直ぐに七瀬さんを見つめ、一番言いたかったことを伝えた。


 七瀬さんは恥ずかしそうに目を一旦逸らしたが、すぐに僕を見つめると、


「名取君。君は優しいね」


 と、はにかんだように笑うのだった。

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