第15話 いじめ
僕達はその後、近くにあった小さな喫茶店に立ち寄った。
「さっきはごめんね。でもさ、紅葉と名取君が合うって思ったのは悪ふざけじゃなくて、素直にそう思っていたことだからね。それだけは訂正させて」
席に着き、テーブル席に面と向かって座った瞬間、七瀬さんはなにを勘違いしたのか、開口一番に真剣な表情で謝罪してきた。
どうやら七瀬さんは自分の悪ふざけのせいで、僕が気を悪くした、と思っているようだ。
しかし、それはとんだ勘違いである。むしろ、悪ふざけの方がいい。今ここで真剣だと訂正されることの方が辛い。
無知というのは本当に残酷だ。さすがにもう苛立つ気にはならないが、正直へこむ。
「紅葉さんのこと好きなんだね」
僕は一旦、七瀬さんを好きという感情は捨てて、話すことにした。実際、個人的に正反対の二人が仲良くなった切っ掛けも知りたいと思っていた。
何気ない質問に七瀬さんは少し照れ臭そうな顔をしたが、迷わず力強く頷いた。
「好きだよ。友達に順位は付けたくないけど、紅葉は一番大事な友達。一番失いたくない存在」
「でも、それなら僕とくっつけようとするのはおかしくない? 僕に取られちゃうよ」
僕はつい意地悪なことを口にしてしまう。それに対し七瀬さんは一瞬、寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「それでもいい。紅葉が幸せなら」
演技ではない。七瀬さんの真っ直ぐな瞳に僕は息を呑んだ。
「私が紅葉と仲良くなったのは去年、中一の時だった」
「えっ。そうなの?」
意外だ。見るからに、小学校時代からの仲良しかと思っていたが。
「紅葉は小学校も同じだったんだけどね。クラスが違うし、あんまり接点なかったんだ。でも、中学一年で初めて一緒のクラスになったの」
七瀬さんは懐かしそうに目を細め、置いてあったコーヒーを一口飲む。
いや、それはコーヒーなのだろうか? さっき、ミルクも砂糖もダバダバ入れていたから、既に違う飲み物になっている気がするが、それはあえて口にしない。口煩い男だと思われるのも嫌だ。
「私さ、八方美人じゃん?」
突拍子もなく、七瀬さんは僕に問いかけてきた。とっさな問いに僕も言葉に詰まってしまう。
八方美人か……それは確かにある。でも、ここで頷いて良いものか。と思っていると、七瀬さんはぷっと笑いを吹き出す。
「わかりやすいな、名取君は。いいよ、そんな真剣な顔で悩まなくても」
苦笑しながら目を伏せる七瀬さんに対し、僕は慌ててフォローする。
「八方美人って悪いことなのかな? 僕はそう思わないけど」
「ううん、悪いことだよ」
「なんで? 八方美人って、誰からも悪く思われないように、要領よく人と付き合ってゆく人でしょ。それって悪いことなの?」
僕は悪いことだとは全然、思わない。別に七瀬さんをフォローしたいとか、庇いたいとかじゃなく本心だ。
「確かに八方美人は人に嫌われたくなくて、誰にでもいい顔をしている人なのかもしれない。でも、それは誰かを傷付ける行為ではないよ」
価値観の違いかもしれないが、僕は相手の顔色も状況も一切見ずに、自分勝手な感情を主張して輪を乱す人の方を嫌悪する。八方美人が偽りの優しさであっても構わない。大事なのは、そこに相手を気遣う気持ちがあるかないかだ。
「名取君、ありがとう」
七瀬さんは無理に笑みを作ろうとするが、とてもぎこちない笑みになっていた。
「でもね、それは違うよ、名取君。八方美人はね、人を傷付けちゃうんだよ」
と、遠い目をする七瀬さんの顔を見て僕は察した
なるほど。これは昔、なにかあったんだと。ここは黙って耳を傾けた方が良さそうだ。
「私、去年ね、同じクラスの子に告白されたの」
えっ、嘘ッ。いきなりのカミングアウトに僕は面食った。でも、七瀬さんだし、けして不思議な話しじゃない。
「野球部でね、クラス一のイケメン君だったよ。仲良く話しはしてたんだけど、私はその人のこと、そういう風には見れなくて。告白は断ったの」
良かった。てっきり、数カ月は付き合った、と言うのかと思い、ドキドキしてしまった。
「でもね、周りからすれば、それが衝撃だったみたい。普段は付き合っても可笑しくないくらい私達は仲良く見えたから、私が断るのは想定外だったって」
この時、七瀬さんの肩は小刻みに震えていた。
怖い記憶なのだろうか? 気にはなったが、口を挟むことはしないでおく。
「そのイケメン君。フラレたことが、相当ショックだったんだろうね。それから事あることに、私に意地悪してきたよ。最初は露骨な無視だったけど、段々とエスカレートして。靴や教科書を隠したり、机に『尻軽女』ってマジックで書かれたこともあった。何故か同じように意地悪してくる男子や女子が増えてきたことには驚いたけどね」
それは随分と酷い仕打ちだな。仮にも好きだった子に対して、よくそんな残酷な行為を及べたものだ。プライドが高い奴の思考回路はよくわからん。
「巻き添えをくらうのは嫌だったんだろうね。友達は誰も助けてくれなかった……あっ、一つ補足するけど、別に私、その友達を恨んだりはしてないからね。だって、私も同じ立場なら、見て見ぬしてたと思う」
確かに七瀬さんの言うことは最もだ。今の時代、イジメられている子を見たら、助けてあげなさい。という時代じゃない。むしろ、今はそういう事態を見たら、自ら助けることを辞めなさい、と親が子供に教えることもある。
それは別に残酷でもなんでもない。親にとってみれば、他の見ず知らずの子供より、自分の子供の方が数百倍、大事だ。飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったもので、自分の子供が自ら首を突っ込み、その結果、次は自分がイジメの標的になる、とはよくある話しだろう。
「いつまで続いたの? そのイジメは」
きっと、助けはなかった。だから、せめてそのイジメが出来るだけ短い期間であってくれと僕は心の中で祈った。
が、僕の問いに対し、七瀬さんは急に目を丸くする。
「えっ? いや、そんなに長く続かなかったよ。三日くらいで終わったかな」
「三日?」
嘘だろ、イジメってそんな簡単に終わるものか。いや、早く終わってくれて良かったんだけど。拍子抜けするオチだ。
「ああ、ごめん。言葉足らずだったね」
僕の反応を見た七瀬さんは、エヘヘッと気まずそうに笑う。
「三日目のその日、いつものように私、イジメっ子達に後ろから消しゴムを投げられていたの。いつものように私の頭に当たる。すると、教室はクスクスという笑い声が散らばるの。私は反応しなかった。反応したら、イジメは悪化するし、自分も惨めになるから。でもね、次の瞬間、物凄い音がしたの」
「音?」
「うん。ギャシャーンって。私、ビックリして振り返るとね、イケメン君、床に倒れてた」
「まさか」
「そう。そのまさか」
七瀬さんはニコッと、この店に入り初めて自然な笑みをみせた。




