第12話 お誘い
夏の大会も終え、季節は夏から秋に移り変わり、冬になった。
その期間、僕と北村君との仲は更に深くなっていた。僕は北村君のことを仁と呼ぶようになり、北村君は僕を総司と互いに下の名前で呼ぶようになる。七瀬さんとも話す頻度が増えて、仲良くなっていた。ただ残念ながら、互いに下の名前の呼び方までは変わっていない。僕が七瀬さんのことを栞ちゃんとも呼べないし、七瀬さんが僕のことを総ちゃんと呼んでくれることはなかった。
きっと、僕が七瀬さんのことを栞ちゃんと呼んでも、優しい七瀬さんが嫌な顔をすることはないだろう。が、水樹さんに何を言われるかわかったもんじゃない。
七瀬さんはいつもニコニコして、僕。いや、正確には誰に対しても優しい人だ。一方、水樹さんは相変わらず、無愛想で辛口なことをズバズバと言ってくる。
七瀬さんは男女問わず、愛想よく接する。そのうえ、アイドルにいそうな可愛い顔立ちだから、きっと僕だけではなく、七瀬さんに好意を寄せている男子は多いだろう。
一方、水樹さんは超絶美人。ただ美人は冷たい印象を持たれやすい。しかも、水樹さんは目がキレ目で鋭く、そのうえ気遣いという配慮が足りない。怖さも3割増しなのだろう。
だからかもしれない。本来、七瀬さんを狙う輩がたくさんいてもおかしくないのに近寄る男子が少ない理由。それは必ず近くに、水樹さんというボディガードがいるからだろう。
『なに? あなた栞のこと好きなの? ずいぶん度胸あるわね』
近づいた瞬間、男子に向かって、水樹さんは平気でそういう言葉を放つ。
もしかすると、僕が七瀬さんに好意を抱いているのも、水樹さんは勘付いているかもしれない。だとしたら、かなりやりにくくなる。
でも、僕は水樹さんとも普通に二人で話しをする。確かに口は悪いが、人の人格を否定したり、誰かの悪口を言うことはしない。趣味も合うので、悲しきことに七瀬さんよりも水樹さんと話す時の方が長続きしてしまう。
なによりも僕は水樹さんに感謝している。
それは忘れもしない夏の大会。
僕が試合で仮病を使った出来事について、水樹さんは今だ誰一人吹聴しないでいてくれた。水樹さんにとってみれば、もう忘れてしまった些細な記憶かもしれないが、僕は水樹さんに救われた出来事だと思っている。
ついでにといったら失礼だが、仁も水樹さんに対して苦手意識がない。一度、水樹さんの話題になった時、仁は「わかりやすくていいんじゃね。むしろ、表面上はニコニコして、影で悪口言う奴の方が俺は苦手だな」と、言っていた。なんとも仁らしい考え方だと思う。
だから、男子生徒からはよく「お前等よく水樹と話せるな」と驚いた反応もしばしばあった。
ちなみにこれは余談だが、仁は社交的になってからというもの、女の子にモテるようになった。もともと容姿が整っていて、部活でも大活躍。今までモテなかったのが不思議なくらいだ。
仁と仲がいいという理由で、僕はよく女の子に「これ、北村君に渡して」と、ラブレターを同級生だけでなく、上級生や下級生から渡されることが多々あった。
言うまでもなく、そのたび僕は虚しい気持ちになる。一人くらい、僕に渡してくれてもいいのに。と切ない思いを抱いたが、その時がくることは当然なかった。
実際、ラブレターを渡す子に嫌な顔一つ出来ない小心者だから、女の子達の中では「ラブレターを直接渡せないなら、名取君に渡すといい」という変な噂まで広がっていく始末となる。
そして、ラブレター一つ一つを仁に律儀の届けると、その度、仁は呆れた顔をした。
「お前なぁ。そういう時は突き放すんだよ。もしくは睨みつけるとかよ」
「仁。僕にそれが出来ると思う?」
「……まあ、無理だろうな」
「悪かったね。僕はどうせ、人に物を言えない小心者ですよ」
「は? 小心者。違うだろ。総司は優しいんだよ。まあ、優し過ぎるというのも問題だな」
「……仁。そういうとこだよ」
サラッと言いやがって。危うく、惚れてまうやろー、って言うところだった。本当、気を付けなはれや。
しかし、結果、仁は誰とも付き合うことはせず「俺の目標は来年の夏、全国大会に行くことだ」と有言し、夏の大会が終わった後も地獄の朝練は続いていた。
僕も多少、負けず嫌いな性格なため、ギブアップはせず、仁との練習に付き合っていく内に、僕もサッカーが上達していくのを肌で感じていた。
やはり、僕はループの力に罪悪感を覚えていたのだろう。
正々堂々とやって得た力については、素直に誇らしさを感じていた。
放課後。僕は今日、日直ということもあり、HRで回収したプリントを担任の先生に届け、職員室を出た。今日は部活が休み。ただ、普段一緒にいる仁が今日、別件で用事がある為、先に帰っている。
廊下に出て窓の外に目を移す。十二月ということもあり、相変わらず寒い日が続くが、今日は天気がいい。帰り道どっか寄り道していこうかな。
「ヤッホー。名取君」
不意に後ろから声をかけられ、同時に僕の肩を突っつく者がいた。振り返ると、そこには七瀬さんが立っている。
「ねぇ。今日、部活休みでしょ」
「えっ。ああ、そうだね」
「あれ、北村君は?」
「今日は用事があるみたいで、先に帰ったよ」
「本当? それは大変、好都合だよ」
たんたんとした会話が始まったと思ったら、急に七瀬さんは少し甘えたような上目遣いすると「実はね、お願いがあるんだけど」と、両手を合わせ、お願いポーズをする。
うわー、やめて。死んじゃう、死んじゃう。
「うわー。やめて。死んじゃう、死んじゃう」
「えっ! どうしたの、名取君。なんで死んじゃうの」
びっくりして七瀬さんは一歩後退する。びっくりしたのは僕も一緒。やばい、心の声がこのまま声に出てしまったようだ。
「ごめん、大丈夫。持病が急に出てきて」
「名取君、持病持ってたんだ。大丈夫なの?」
「大丈夫。体に害はないから」
七瀬栞惚れてやろー病だから大丈夫。時々、発動するから心配だけどさ。
「で、お願いって何?」
ん、待てよ。さっき、七瀬さん、お願いって言ったよな。
「まさか、ラブレターじゃないよね?」
「えっ、ラブレター?」
「ブルータス、お前もか!」
「えっ、ブルータス? 私は栞だよ」
僕の問い詰めに対し、七瀬さんの大きな目は更に大きくなる。
しまった、ついカッとなってしまった。僕としたことが。大人げなかったな。
「いや、ごめん。てっきり、仁宛てにラブレター渡してくれって、頼まれるかと思って」
「えっ。なんで北村君に?」
「いやさ、最近そういう女の子が多いから。七瀬さんもそうかなと思って」
早口に説明すると、七瀬さんは「あー。そういうことか」と、納得したように頷いていた。
「大丈夫。名取君から北村君を奪ったりしないから、安心して」
親指を立てて、七瀬さんはウィンクする。
なにが安心してなのか、さっぱりわからんが、嫌な予感が的中しなくて良かった。
「あのね。今日、買い物に付き合って欲しいんだ」
「買い物?」
それは全く想像もしていなかったお願いだった。七瀬さんはせっかちに僕の裾を握ると「話しの続きは帰りながら」と、半ば強引に引っ張られてしまう。




