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無題  作者: 結城智
第1章 ~中学2年の夏~
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第11話 優しい嘘

 決勝戦。3対0というスコアで試合は終わった。思った通りと言ったら失礼だが、負けたのはうちの中学だ。大差はあるものの、相沢先輩や北村君にも惜しいシュートがいくつかあった。


 でも、負けても皆、満足げな顔をしていた。それは相沢先輩も一緒で、試合が終わると相沢先輩は僕の頭を優しく鷲掴みする。


「名取。足大丈夫か?」

「はい。相沢先輩、お疲れ様です。残念でしたね、惜しいシュートもたくさんあったのに」

「ああ。でも、決勝の舞台に立てただけでも嬉しかったよ。こりゃ、名取様々だな」

 

 相沢先輩がわざと皆に聞こえるような大きな声で言うと、周囲にいた皆もつられるように笑っていた。

 周りの先輩からは「来年は東北大会目指せよ」とか「名取。足、早く直せよ」という優しい声が飛んできた。


 きっと、これで良かったのだ。僕が試合に出ていたら、例え試合に勝ったとしても、このような穏やかな空気にはならなかっただろう。


 僕達はプロではない。甘い考えかもしれないが、部活動はいわば青春。勝ち負けという結果だけではなく、どういう時間や経過を過ごしたかが重要なのだ。相沢先輩が最後までレギュラーとして試合に出ることが、試合に勝つよりも重要なこと。僕はそう思っていた。


「ちょっと僕、もう一度、医務室に行ってきますね」


 空気は暖かいが、居たたまれない気持ちになった僕は逃げるように控え室を出た。


 ドアを開け廊下に出ると、近くの壁を背にして立っている人物に目を奪われる。


「あれ、水樹さん?」


 僕がおずおずと声をかけると、水樹さんはこちらを見た。


 最初、うちの学校の体操着だと思い、目を引かれたが、まさか水樹さんだとは。あれ、でも、水樹さん。今日は七瀬さんの応援でこっちには来ないはずでは? もしかして、サッカー部の誰かに用なのだろうか。


「誰かを待ってるの? 呼んでこようか」

「大丈夫よ」


 ああ、そう。ここで待ってるってことね。

 僕は頷き、この場から去ろうとすると、水樹さんに「名取君」と呼び止められる。僕が振り返ると、壁から離れた水樹さんはこちらに歩み寄ってきた。


「私はあなたを待っていたのよ」


 えっ、僕を。なんで? と聞こうとしたが、その質問より先に水樹さんが口を開いた。


「外で話しましょ」


 水樹さんは『今日の試合、お疲れ様。頑張ったね』と、言ってくれそうな穏やかな表情ではなく、どちらかといえば不機嫌に似た顔をしていた。


 えっ、僕、水樹さんになにかやらかしただろうか。


 疑問と不安を抱えながら、僕は水樹さんと一緒に外へ向かった。




 外に出るとサッカー場付近の片付けもほぼ終わっており、関係者も帰りの支度をしていた。

 水樹さんは観客席からグラウンドを見つめたまま、黙っている。


「そういえば、七瀬さんの試合はどうだった?」


 無言の空気に耐えられず、僕は別の話題を振る。


「優勝したわよ」

「えっ。優勝! 凄いじゃん」


 僕は驚いて大きな声を出すが、水樹さんは無表情のままだ。


「栞は優勝して当然。地区大会で終わる器じゃないわ」


 いや、それにしたってさ。もう少し喜ぼうよ。


 呆れた気持ちで水樹さんの横顔を見つめていると、水樹さんは僕を一瞥し、スッと距離を詰めてきた。


 かなり近い。突然、パーソナルスペースを崩された僕は狼狽えてしてしまう。


「準決勝、凄い活躍だったじゃない」

「た、たまたまだよ。うまいところに、ボールが転がってきたから」


 質問に対し、僕は謙遜にして返す。というか、水樹さんの距離が近過ぎてそれどころじゃない。一方で水樹さんは僕の顔をジッと凝視したまま、目を離さない。まるで、嘘をついていないかチェックしているみたいだ。


 僕の本命は当然、七瀬さん一筋だけど、女の子にこんな至近距離で話されるとドギマギしてしまう。実際、水樹さんは美人だ。ドキドキしないはずがない。


「決勝なんで出なかったの?」


 ああ。やっぱり、その質問か。怪我を知らない人から見れば、準決勝活躍していた僕を出さなかった事に疑問視するのは当然だろう。


 僕は事態を理解し安堵した。すぐに僕は自分の右足を軽く叩いてみせた。


「いや、準決勝の時に足挫いたみたいでさ。決勝戦に出るのは厳しかったんだ。無理して怪我を悪化するのも嫌だし――」


 と、状況を説明している最中に僕は全く予想もしていなかった状況に遭遇する。


 そう。喋っている途中で水樹さんは突如、突き飛ばすように僕の肩を思いっきり押してきたのだ。僕の体は後ろに偏り、倒れそうなところを慌てて体制を立て直す。


「な、なに?」


 僕は水樹さんの攻撃に混乱する。一方、水樹さんは悪気もない顔。いや、むしろ、ここにきて初めて笑みを見せる。その笑みは相手の弱点を見つめたような、いやらしい笑みだが。


「あら、ごめんなさい。つい突き飛ばしたくなって」

「どういう心境だよ」

「でも、凄いわね。倒れそうなところ、右足で踏ん張って体制を保ったのに。痛そうな顔一つしないのね。あら、そういえば、その足、怪我してるんじゃなかったっけ?」


 水樹さんは見透かすような目で僕を見る。途端、僕は心臓が止まりそうになった。


 しまった、と思ったが、もう時既に遅し。どうやら、僕の嘘は最初から水樹さんに見抜かれていたようだ。


「もう一度聞くわ。どうして決勝に出なかったの?」


 もう嘘は通用しないわよ。と、釘を刺すような顔で水樹さんは言う。


 僕はしばらく黙ったが、ここで上手な嘘をつく自信がない。仮につけたところで、僕自身なにも得はないだろう。嘘を知られるのは嫌だが、仮に嘘を告白する相手を選べるとしたら、その相手は北村君や七瀬さんではない。水樹さんが一番適正である気がした。


 ここでループして、水樹さんに突き飛ばされるシーンからやり直そうかと思ったが、それもやめた。

諦めが悪そうな水樹さんだ。突き飛ばされて足を痛いふりをした瞬間、次は違う方法で化けの皮を剥がしにくる気がする。その方法が想像もつかなくて怖い。


「相沢先輩はこの夏の試合で引退になる。僕が出るよりも、相沢先輩が出た方が皆も嬉しいはずだ」

「だから、怪我をしたふりをしたのね」


 水樹さんの問い詰めるような口調に、僕は居たたまれなくなった。


「言いたいことはわかるよ。そんなことしたら、相沢先輩に失礼だと言うんだろ。知ってるよ、そんなこと。でも、嫌だったんだ。こんな気持ちで試合に出るのは」


 僕は相手の攻撃を受ける前に自己嫌悪を口にした。


 だが、水樹さんは目を丸くして、ポカンとしている。水樹さんは、なに感情的になっているの? とでも、言いたげな顔だった。


「どうしたの? 別に私は名取君がやったこと、悪いなんて責める気は一切ないわよ」

「えっ?」


 予想外の言葉に僕は間が抜けたような声を漏らしてしまう。


「優しい嘘じゃない。私は嫌いじゃないわよ」


 水樹さんは、笑い声が聞こえる控室を見つめ、優しく微笑む。


「確かにこの嘘、相沢先輩が知ったら傷付くだろうけど。知らないままなら、相沢先輩や他の人達はいい思い出で終わる。誰も傷付かない。それは結果的にいいことじゃないかしら」


 いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、なんだか拍子抜けする言い分だな。


「なら、どうして?」


 それなら水樹さんも知らない振りをすれば良かったのに。と、思ったが、ここで初めて水樹さんの気持ちを知ることになる。


「一人でその嘘をずっと、抱えるのはしんどいだろうなと思ったのよ。名取君、不器用そうだし、自己嫌悪強そうな人だから。ちょっと心配になったの」


 まさか、僕の為に? だとしたら水樹さん、君はなんていい人なんだ。僕の気持ちを少しでも和らげようとするために、わざわざ来てくれたんだな。


 水樹さんを怖い奴だなんて、思ってしまった自分が恥ずかくなる。


「ああ、勘違いしないで頂戴。別に名取君の為じゃないわ。私は気になったことは、白黒はっきりさせないとダメな性分だから。それにこれで私は名取君の弱みを一つ握れたわけだし。今後、脅しの際に使えるわね」


 水樹さんは自分の手を見つめ、ニヤッと不気味な笑みを浮かべていた。


 前言撤回。やっぱり、水樹さんは怖いやつかも知れない。




 サッカー部は十年ぶりに地区大会準優勝の快挙。

 テニス部では七瀬さんが優勝。東北大会でもベスト4という快挙を遂げた。来年、七瀬さんは全国大会まで行けるんじゃないか、という期待も広がっている。


 一方、サッカー部の期待値はそこまでじゃなかった。

 周りからの目からしても準決勝で勝ったのは、ラッキーだったという意見が大半だ。


 結果、北村君の活躍は皆から大きく評価されたが、僕の活躍はラッキーだったな程度の冷静な意見がほとんどだった。


 無理もないだろう。周りから見れば、たまたま転がってきたボールを僕は押し込んだに過ぎないから、けして格好いいシュートではない。なので残念ながら、七瀬さんどころか、他の女の子達も黄色い声を出されることもなかった。


 でも、僕は後悔していない。


 怪我したふりをしたことは相沢先輩に対し、とても失礼なことだとわかっている。間違った選択だと非難する人が大半だろう。


 でも、引退する先輩達の笑顔を見て、僕は間違っていても構わないと思った。


                                第一章 終


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