59話 親子の語らい 3
「けどな、本当に一度顔を見せに行け。
これからますます時間が取れなくなるだろうから」
「え?」
不穏な言葉である。
思わず父の顔を凝視する。
「戦闘は終わったけど、敵が消えたわけじゃない。
前線の施設も崩壊したし、その復旧作業もある。
今まで以上に忙しくなるだろうよ」
確かにその通りであろう。
再び敵が襲いかかってくる事は容易に想像が出来る。
それが何時になるか分からないが、復旧は出来るだけ急ぐ事になるだろう。
今日や明日にやってくる事は無くても、数が揃い次第やってくる可能性はあるのだから。
もし敵の回復速度が速ければ、その時期は早まる事になる。
ならば、それよりも早く対抗出来る設備を備えておくしかない。
それが分かるからタクヤはため息を吐いた。
「これからまた超過勤務が続くのか」
「そうなるだろうな」
父もため息を吐く。
「俺も定年が延びそうだ」
状況から考えれば、定年退職者をそのまま放置するとも考えにくい。
何らかの形でそのまま続投、あるいは再雇用。
そうでなくても、再就職先を強制的に斡旋・紹介させられるかもしれない。
現役での活躍はさすがに無理であるにしても、補助的な作業の方に回される事は充分にありえる。
それが社内であるのか社外での事なのかは分からないが。
「そういう動きもあるしな」
人手不足が深刻な異世界・新地道においては、定年退職後の再就職は珍しくない。
知識や技術、有益な資格を持つ者ほどその傾向が強くなる。
そうでなくても、培った経験を求められ、教育のような場で求められる事も多い。
だいたい、ご近所から学校などから、就職前の職業説明などを求められるのが通例となっている。
それに、就職後に仕事における相談をもちかけられる事もある。
こうやって様々な体験や処世術などを次の世代に伝えていくようになっていた。
「これからはそういうのがもっと必要になるかもしれんし」
兵衛府における戦闘での損失を考えると、会社も経験を積んだ人間を簡単に手放すとは思えない。
何らかの形で出て行く社員を確保し、何らかの業務に回す可能性は充分にあり得た。
「大変だな、父さんも」
タクヤはそう言うしかなかった。
既に老人と言える年齢に入ってるにも関わらず、まだ労働力として求められる事に同情をした。
同時に、そこに自分の将来の姿を垣間見る。
(俺もこうなるのかな……)
それはそれで頭が痛くなるものがあった。
死ぬまでこき使われるのは勘弁してもらいたいものがある。
「楽隠居ってわけにはいかなのかな……」
「開拓が落ち着くまでは無理なんじゃないのか?」
別世界からやってきた金属の天使共の事が無くても、この世界はまだまだ忙しい。
おいそれと人を休ませてくれるような余裕はなかなか無かった。
「だから、忙しくなる前に母さんの所に行ってやれ。
どうせ有給も溜まってるだろ。
無理してでもそれを一気に使っておけ」
「それはそうするよ」
家に帰るかどうかは別として、入社以来使ってない有給を使いまくるのも悪くはないとは思った。
「それとだ」
「ん?」
「そろそろお前も結婚を考えろ。
こっちじゃ嫁さんがいておかしくない年齢だろ」
「……その話かよ」
あまり触れて欲しくない話題だった。
「誰かいないのか、いい相手は」
「いるわけないだろ、こんな最前線に」
周りは基本的に野郎ばかりである。
交際対象になるような女などいるわけがない。
そんなものは、兵衛府の中でも奥まった所に潜んでる。
自治体や企業の事務室などに。
最前線のタクヤ達の前に姿を見せる事は滅多にない。
それだけ危険であるからだ。
「学生の時の友達とかはいないのか?」
「その頃の連中とも連絡をとってないよ」
そんな暇がない。
何より、
「だいたい、女の友達なんていなかったし」
という切実な理由がある。
全くいないわけではないが、生まれた時から一緒の隣近所の誰かくらいとしか接点がない。
そして、その頃の仲間の中で、そこまで踏み込んだ事を考えるような相手などいなかった。
なかなかに寂しい人生である。
「まったく……」
父はそんな息子に嘆きたくなった。
「誰に似たんだか」
「父さんだろ、間違いなく」
30代半ばまで特に女っ気なし。
この異世界に来てようやく相手を見つける事が出来たのがヒロキである。
そんな父に、女っ気の無さであれこれ言われる筋合いは無かった。
「考えてみれば、よく母さんと縁があったもんだよね」
「うるせー」
余計な事を言うなと父は呟いた。
「とにかくだ」
話を強引に切り替えようと、父は声を上げる。
「今はまだ余裕がある。
これから先はそれも無くなる。
休みは今のうちにとっておけ」
「はいはい」
今だって余裕があるとは思えないが、その進言には素直に従う事にした。
(けど、これより忙しくなるってどういう事だよ)
想像するだけで気分が重くなっていった。




