4話 昇進はともかく昇給はどうにかしたいもの
「お疲れさんです」
「で、どうなりました?」
戻ってきたタクヤにかけられる労いと、次の行動について。
それらにタクヤは、
「はいよ。
次はこの位置に入る事になった」
と、車列のどこに入るかを示していった。
帰りはさほど手間でも面倒でもない……はずである。
特に注意するべきモンスターの発生なども聞いておらず、いつも通りに周辺に注意をしてれば良いだけである。
それでも、新開市周辺ほど安全ではないので気は抜けない。
撃退可能である、それもかなり簡単にやれるとあっても、気を抜けば殺される。
モンスターとはそういう存在である。
体を剥き出しにしてるタクヤなどはその危険が常にある。
だからこそ決して油断は出来なかった。
とはいえ、気を張りすぎても身が持たない。
ほどほどにいい加減さも必要になる。
それはこの場にいる連中なら誰もが心得てる事である。
「じゃ、そういう感じで帰りも頑張ろう」
話しを終えてタクヤは班の連中と出発を待つ。
なんだかんだで出発はこの時も遅れていく。
その時が来るまでは、車輌に乗って待機する事になる。
今回も、予定時間より30分ほど送れての出発となった。
だいたいがこんな事の繰り返しで毎日が過ぎていく。
時間がある時には研修などに出て技術を身につけていく。
時々新人を受け入れ、育ってきた者が別のところに移動になる。
中に優秀な成績を残して最前線勤務になるものもいる。
戦闘を担当する軍のように敵の真っ正面に配置される事は無いようだが、それでも危険である事に変わりはない。
そんな事を繰り返しながら、タクヤの班はおおむね6人前後の人数を保って仕事をこなしていった。
ほどほどに仕事が出来る連中が残り、なんとなく長く一緒にやっている。
それなりに研修に出て、それなりに色々な事を身につけてはいる。
だが、最前線近くでの勤務を任されるほどではない。
そこそこに何かをこなす事は出来るようになった。
しかし、出来る用になったとはいえ、その腕前は及第点をとれる程度。
決定打に欠ける状態の者達で班が構成されている。
危険な地域に出すには腕前が足りない。
なので、比較的安全な後方に置いておくしかない。
そんな者達が、行き場もなくて残ったとも言える。
まだ若いとはいえ新人とは言えなくなったタクヤ達は、そんなわけで兵衛府に残っていた。
言い換えると、使い道がないと言える。
それが兵衛府に残される理由になっていた。
このことはタクヤ達も自覚してる。
そういう話を漏れ聞く事もあった。
自尊心は大分へこむ事にはなっている。
とはいえ、悪い事だけでもない。
最前線に出ないで済むので、死んだり大怪我を負ったりする可能性は減っている。
見栄を張ったり功名を求めるならともかく、そんな性格の者はいないので、この結果に満足もしていた。
また、同じような立場の者達もかなり多い。
最前線に投入されるほどの能力のない者達が、兵衛府付近の作業に従事している。
前向きとは言い難いが、自分達だけではないという事実(あるいは思い込み)が気持ちを楽にさせていた。
傷をなめ合うようなものであるかもしれないが、同じ境遇の者がいるというのは、それだけで慰めにはなる。
死ぬよりは良い、というのも理由になっている。
能なしと呼ばれようとも、命を失うよりは良い。
(まだ死ねないし……)
横を走るトラックやバスに目をやってタクヤはそう思う。
怪我人が乗せられたそれらが、最前線の危険さを示していた。
それに、こうして戻ってこれるならまだ良い。
戻ってくる事も出来ずに倒れたものだっているはずなのだ。
そういう状況に陥るよりは、今の安穏とした仕事を続けたかった。
(あと何年かはこのままいたいもんだ)
その間はある程度稼いでいられる。
タクヤの家は異世界の標準通りというか、子供が多かった。
どの家庭でもだいたい5人6人は当たり前と言えるほどに子供がいる。
タクヤにも弟と妹が4人いる。
このあたりは特別珍しくもない。
ただ、少しばかり他と違うのは、両親がこの世界ではかなりの晩婚だった事であろう。
タクヤの記憶も大分曖昧だが、結婚した時に父は38歳で母が27歳だったはずである。
それから数ヶ月でタクヤが生まれる事になる。
(本当に、なんで計算が合わないんだろ)
結婚した時期と自分の生まれた日時がもたらす謎については考えるものがある。
だが、それよりもしっかり目を向けねばならないのは、その年齢だった。
(父ちゃん、もうそろそろ定年だったよな)
労働力確保のために、定年退職の年齢は上がってきている。
なのだが、それでも60歳あたりが通例である。
特別な才能や能力があればこの限りではないが、そうでなければこのあたりで退職確定である。
それに気づいたタクヤは、中学卒業と同時に働きに出た。
この世界においてはさして珍しい事ではない。
少しでも家の負担を減らそうと思っての事だった。
余裕があるなら、多少の仕送りもしておきたかった。
(一人は高校や大学にも行ってくれれば)
という思いもあった。
この異世界、高校や大学にまで進学するのはそれほど多くはない。
たいていが中学卒業か、そこから専門学校に通って就職となる。
子供の数が多くて、高等教育を施す学校が足りないというのもある。
生まれた子供全てを進学させるまでの余裕がないというのもある。
だが、仕事において高等教育以上の教育がさほど必要無いというのも大きかった。
仕事で必要な事は、新人研修で学ばせるというようにもなっていた。
ある程度の知識や技術も、専門学校などで学んでる方が都合が良かった。
特に進学に興味もなかったタクヤは、迷う事なく社会に出て、見事に最前線に送り込まれる事になった。
それもある程度望んだ事だった。
親の縁故採用として一井物産に入社したはいいが、それだけでは給料などはさほど良くはない。
父が入社した頃は初任給でもかなりの高額だったようだが、今はそれもほどほどに落ち着いている。
それでも中学卒業の初任給としてはかなりの高額だが、比較的安全な地域での勤務は月給17万円あたりが限界だ。
もっと稼ぎたいと考えてたタクヤは、特別手当がつくという兵衛府勤務を志願した。
その事に親は驚き、心配もしてきたが、タクヤの考えは変わらなかった。
おかげで金はそれなりに稼げたし、班長なんてものを任されるくらいには勤務期間も長くなった。
給料もそれなりに上がり、実家への仕送りも多少増やす事が出来た。
「まだ、こんなものいらないぞ」
と父は言ってくれる。
「庭でとれるものもあるしね」
家庭菜園(というには広いが)で野菜を作ってる母もだ。
だが、それはそれとして無理のない範囲の送金くらいはしておきたかった。
すぐ下の弟が高校に入ったので、何らかの足しになればと思ってだ。
もし大学まで行くとなれば、更に金も必要になる。
(それまで、もうちょっと給料上げたいけど)
さすがにそれはむりだろうと思いつつ、それでもどうにかならないかと考える。
あとは順当に出世するか、勤続年数を増やすくらいしかない。
研修に行って職能手当を増やすというのもある。
一番現実的なのは、勤続年数と職能手当であろう。
ただ、勤続年数は時間が必要だ。
職能手当も研修に通い詰めねばならない。
どちらも簡単にはいかない。
班長なんてしてると、なかなか研修に出向く事も出来ない。
その間、班員を放置する事になりかねないからだ。
代理が出来る人間が居れば良いのだが、なかなかそうもいかない。
今のところ、タクヤが昇給をかなえる手段はほとんどない。
(あとはあれか)
比較的簡単に選べる手段として、考え得る最後の一つ。
あと数年すればともかく、今の段階では選びたくないもの。
(最前線勤務なら、まあ金は増えるけど)
それならば手当も大きくなる。
だが、危険なので今は選びたくなかった。
兄弟の進学や就職が一段落するまでは。
その後ならば、それを選んでも良いかとは思うのだが。
(無理して怪我でもしたら面倒だし)
金を増やすつもりで死んでしまったら元も子もない。
安全確実に手に入れねばならないのだ。
(なんか、上手い方法はないかねえ)
帰り道の護衛でそんな事を考えていた。
それは少しだけ意外な形でかなう事になる。
20:00に続きを出す予定