3話 最前線一歩手前の輸送業務とその護衛
「よーし、集まったな」
朝、集まった班員に声をかけていく。
仕事を始めるにあたって、その日にやる作業の説明を行っていく。
これは毎日変わる事の無い日課であった。
定型的な作業であり、時に面倒だとすら思えてくる。
だが、形が決まってる事で素人でも何をやれば良いのかが明白になる。
経験を積んだ大人が少ないこの世界において、こういった定型的なやり方はそれなりの効果があった。
20歳を超えてもいないタクヤがいくらか統率者っぽく振る舞えてるのだから。
「今日はいつも違う。
輸送の護衛だ」
業務内容を班員に伝え、行動予定を伝えていく。
「12時までに集積所まで。
荷物はそこで引き渡して、帰りも運搬物の護衛をする。
以上だ、何か質問は?」
一応聞くが、特に何かがあるわけでもない。
あっても特に答えられる事もない。
それに、こういった作業はほぼ定期的にまわってくる。
全員、これが初めてという事はなかった。
「それじゃ、出発の用意。
9時30分には出発予定だ」
時間通りにいくかどうかは分からないが、予定ではそうなっている。
その予定がたいてい現実を無視したものであり、無理と無茶を積み重ねた無謀なものであったとしても。
それでも可能であるならば、指示通りに動くのが組織の一員として求められる事である。
タクヤも班員もそれに逆らうつもりはなかった。
自分らの損害や損失にならない限りは。
予想通り、出発は30分は遅れ、10時になる数分前になった。
兵衛府から長蛇の列を作って進んで行くトラックは、車間距離と速度を一定に保って進んでいく。
その間に護衛の車輌が入るのは、この世界ではよく見る光景だった。
ただ、装甲戦闘車両の姿が多いのが、新開市周辺とは違うところだろう。
そうそうある事ではないが、敵との交戦が発生する可能性があるので、武装は強力になっている。
それでも襲われたら悲惨な事になりかねない。
モンスターと違い、敵はそれだけ強力だった。
バイクやバギーのように、体に外にさらけ出してる車輌はそれだけで危険であった。
それでも物資の集積所あたりまでなら危険もそれほど無い。
問題になるのはそこから先である。
逆に言えば、そこまでであれば、軽車両でも護衛は可能である。
頭数を揃えるためにも、そういった者達に参加させる意味はあった。
敵はいなくても、モンスターが襲撃してくる可能性があるのだ。
それらであれば、バイクやバギーであっても充分な戦力となる。
帰りもそういった者達に護衛を任せ、より重装備の車輌などは更に先へと向かっていける。
兵衛府から最も近い所にある集積所。
そこまでの、およそ100キロ余りの範囲。
それは比較的軽装備の企業部隊の行動範囲でもあった。
だいたいこの範囲であればさして問題もなく進んでいける。
モンスターが出現する事もあるが、それらもたいていは即座に撃退されていく。
一般的によくみる小型のものや、恐竜などの中型ならさして問題は無い。
ドラゴンや巨鳥、地竜といった強力なものならさすがに手こずるだろうが、それでも機関砲装備の装甲車がいるので大きな脅威ではない。
奇襲でなければ損害など全く出さないで撃退も出来る。
怖いのは、そういったもののない帰りである。
それとて、そうそう大事にはならない。
撃退困難なほどの強力なモンスターなら、上空からの哨戒で位置は大体把握されている。
接近が確認された時点で注意報が出される。
それが出れば、輸送なども見合わされる。
可能であれば、それらの撃退もなされていく。
そして、その為の兵力は兵衛府周辺に点在している。
ドラゴンであっても、そうそう輸送路まで飛び出してくる事はなかった。
この日の護衛もそういった調子でそれほど困難もなく終える事が出来た。
向かった先で荷物が引き渡され、帰りには集積所から運ぶものを兵衛府まで持っていく。
大半が廃棄品だったり使用済みの物品だったりする。
これらをそこらに放置するわけにもいかず、回収出来たものは後方で処理する事になっていた。
自然環境への配慮……もあるのだが、実際にはもう少し現実的な理由による。
廃品であっても、再利用出来るものも中にはある。
原料にもどしてしまえば、他の何かに転用も出来る。
それを考えての事だった。
そこまでして原材料を確保せねばならない状況でもあった。
他の地方や地域で資源の調査に発見、採掘もされてるが、充分な量の確保がなされてるとは言い難い。
そして、生産性を確保する為にもより多くの資源を採掘や産業に割り振らねばならない。
その為にも、再利用出来るなら可能な限り再利用していかねばならなかった。
あらわれた敵との戦闘で消費が大きくなってるが、それだけに資源を注ぎ込むわけにはいかない。
少しでも消費を抑える為に、廃棄物の回収もすすめられていった。
他にも、損傷した兵器や車輌などもある。
敵との戦闘で損傷し、現地での補修では間に合わなくなったものが流れこんでくる。
車体に大きな穴が空いてる戦闘車両などが目に付く。
最前線における戦闘がどれほど熾烈なのかを伺わせる。
そして、確実に輸送しなければならないものがある。
負傷した人間。
最前線で戦い、前線の病院では治療が困難な者達。
これらを無事に兵衛府まで護送しなくてはならなかった。
さほど危険はないとはいえど、物ではない存在を護衛するのはいつも緊張をしてしまう。
最前線で彼等が活躍してるからこそ、兵衛府付近はまだ平穏を保っていられる。
仇や疎かには出来なかった。
「あの人達、大丈夫ですかね」
護衛対象である負傷者達を眺めてる班員が、何気なく口を開く。
「助かればいいけど」
「まあ、何とかなるだろ」
タクヤはあえて楽観的に答えた。
細胞を再生させる技術により、欠損した器官すら復活可能となっている。
まだまだ普及してる技術とは言い難く、一回の処置でかかる費用も高い。
だが、戦闘における負傷であるなら優先的に処置がなされる。
手足を失っても再生して復帰した者もいる。
生きてさえいれば、体の再生も不可能ではなくなっていた。
(でも……)
それでもそれが幸せであるかは分からない。
もちろん、損傷や損壊が治るならその方が良いだろう。
しかし、そうなれば戦場に復帰する事になる。
体を欠損するほどの事が起こった戦場に戻るのが、果たして良いのかどうかは分からない。
もちろん、戻る事を望む者はいる。
しかし、中にはどうしてもそれが出来なくなる者もいる。
一人でも多くの戦力が必要なのは分かるし、そうでなければ戦線の維持も難しいのだろうとは思う。
なのだが、重傷がなおってもまた重傷を負う可能性がある場所に戻るのが良いのかどうかは分からない。
怪我が治る事はよしとしても、それからの事については果たして良いのかどうかは分からなかった。
(まあ、悩んでもしょうがないか)
浮かんでくる疑問を振り払う。
何をどうするかは当事者が考える事である。
それを他人が悩んでも仕方がない。
タクヤがしなければならないのは、守るべき対象を無事に目的地まで連れて行く事だ。
それだけである。
「そろそろ出発かな」
運び出す荷物の状況を見て頃合いを見計らう。
自分達の車輌に燃料や弾薬が補給されてるのを確かめてから、一旦幹部の集まりに出向いていく。
バスやトラックの運搬車輌、それらの護衛の責任者が集まる。
数人・数台を束ねる班長以上なら例外なく集まるように言われている。
そこで帰りの行程について説明をされる。
一応は班長であるタクヤも例外ではない。
無駄に長くなる説明を聞くのは面倒だが、輸送部隊の指揮を執ってる者の所へと向かっていった。
(配置される位置だけ確認出来りゃいいんだけど)
知りたいのはそれだけ。
あとは、周囲のモンスター発生状況。
それが分かれば、他はどうでもいい。
なのだが、それだけで終わらず、細々とした事も付随するのが面倒である。
上に立つ者の長話というのは、どこにあっても発生する。
それも必要な事を含んでるのかもしれないが、タクヤの立場ではさして必要な事ではない。
(鬱陶しい……)
率直な感想は、この一言にまとめられていた。
とりあえず最初にある程度話を出しておこうと思った。
続きも、17:00に予定している。