32話 襲来 9
「崩れたか」
液晶画面に表示された地図と、書き込まれた発言などを見て呟く。
帰ってきた伝令からの報告も合わせて、状況が最悪なのを感じ取っていく。
「撤収の準備をしないとな」
傍にいた班員達にそう伝えていく。
これ以上留まるのは死を意味する。
それは避けたかった。
「ただ、逃げ出す前にありったけの攻撃をしていけ。
持ち運べない分は全部使い切れ。
遠慮なんかいらん。
どうせ放棄するんだ、物を残しておく方がもったいない」
その言葉に、班員は頷いていく。
「あとは決めた通りに動いていこう。
上手くいくかどうかは分からないけど、ここでくたばるよりはいい」
タクヤのその言葉を聞いて、班員は自分の持ち場へと向かっていった。
全力攻撃の指示を出すために。
「しかし、上手くいきますかね」
森山が訝しげに問うてくる。
「ここに居座るわけにはいかないと思いますけど、これも成功するとはとても……」
「まず無理だろうな」
疑問にタクヤはあっさりと真意を返した。
「何をどうやっても無理や無茶に決まってる。
こんなの上手くいくわけがない」
「……そこまで言いますか?」
「言うさ。
黙っていたって何も変わらん」
言葉一つでどうにかなる事などない。
「せいぜい、死ぬまでの時間が少し伸びる程度。
そんなもんだろ」
「それでもやるんですか?」
「立て籠もるよりは長生き出来るからな」
利点といえばそれだけである。
「あと、運が良ければ何人かは生き残れるだろう。
全滅じゃないだけマシだ」
「あんまり変わらない気もしますがね」
「まあね。
でも、やらないよりはいい。
だからやる。
それでいいじゃん」
「確かに」
強いて森山も否定はしない。
ほんの少しだけ長く生きる事ができる。
ほんの少しだけ生還する可能性が高い。
なら、そちらに賭けるべきだとは思う。
「しかし、もうちょっと分の良い方を選びたいもんですね」
「そうだな。
選べるならそうしたい」
それが出来ないから、無理や無茶をしなくてはならない。
「ホントに、困ったもんだよ」
「まったくです」
それでもやれる事はやっておこうとあれこれ手を尽くしていく。
限られた手持ちの中で出来る事など高が知れてるが。
何もしないでいるよりは良い。
「────というわけでよろしくお願いします」
様々な準備を他の者達に任せ、タクヤは1人通信機に向かっていた。
まだ断線されてないようで、司令部までの連絡が出来た。
それもいつまで保つか分からなかったが。
なので、出来るだけ急いで自分達の状況と、これからやる予定の行動を伝えていく。
「上手くいくとは思いませんが、出来たら支援や救出をお願いします。
でないと本当に死にかねないので」
そうは言うがそれほど期待はしていなかった。
戦闘状況が良い方向に転がってるとは思えない。
そんな中でタクヤ達の救出をする余裕があるとも思えない。
支援すらも覚束ないだろうと思っていた。
それでも、念のために要望を伝えておく。
もしかしたら、それを叶えるために動くかもしれないからだ。
(見捨てる可能性の方が大きいだろうけど)
司令部からすれば、体勢の立て直しの方が大事である。
取り残された小部隊などかまってられないだろう。
(同じ立場なら、俺だって見捨てるだろうしねえ)
司令官の立場なら、どうしても必要でない限りは見捨てるしかないだろうとも思う。
救い出したくても、その為に損害を増大させるような事は出来ない。
なので、例え何もしなくてもそれを非難するつもりはなかった。
(でもまあ、やれる事はやっておくか)
一応の布石も同時に打っていく。
効果があるとは思えなかったが、何もしないでいるよりは良い。
「というわけで、そっちの支援をするから、上手く逃げてくれ」
『いいのか?』
「良くはない。
けど、ここでどっちも潰れるよりはいい。
何とか引きつけるから、そっちはそっちでどうにかしてくれ」
『分かった。
ある程度退いたら、こっちからも支援をする』
「頼む」
司令部とは別の者達にも通信を入れていく。
今は敵を挟んで向かい合う味方部隊と話しをしていた。
敵に迫られて身動きがとれない連中を助けるために。
タクヤの方から攻撃を仕掛け、敵の動きを止め、その間に撤退をするようにと伝えた。
上手くいくかは分からないが、少しくらいの猶予は作れるはずだった。
あとは相手次第である。
そこまでは面倒を見きれない。
タクヤ達はその場に残る事になるが、それは覚悟の上である。
そのかわり、逃げ出した連中にはお願いをしてある。
ある程度距離をおいたら、迫撃砲などで支援砲撃をしてほしいと。
敵を撃退出来なくていいが、少しでも動きを鈍らせ数を減らせるように。
やるかどうかは分からないが、言うだけは言っておく。
伝えておけば、もしかしたらやってくれるかもしれないからだ。
それよりも絶対にやってもらいたいのは次の事だった。
「あと、上手く帰れたら、俺達の救出や支援を他の人にもお願いしておいてくれ」
『分かった、必ず伝える』
相手はこれには快諾する。
支援砲撃をするよりは実行しやすいと思ってるのだろう。
何せ、言うだけなのだから、確かにそれほど難しくはない。
結果を求められてるわけでもない。
しかし、タクヤにとってはこちらの方がむしろ重要だった。
(声が多ければ、少しは動くかもしれない……)
腰の重い司令部も、要望が多ければそれなりの行動に出るかもしれなかった。
確証はないが、今は少しでも可能性を高める努力をしておきたかった。
「それじゃ、がんばって。
補給所から迫撃砲その他をかっぱらうのを忘れないでな」
『ああ、もちろんだ。
そっちもがんばれよ』
そう言って通信が切られる。
タクヤは周りに指示を出して、行動を起こさせる。
とにかく、約束した支援をせねばならない。
相手がどうするかは分からないが、自分が出来る事歯しっかりやらねばならない。
でなければ、相手に約束を強いる事も出来ない。
それでも相手が恩に感じてくれたり義理堅く動いてくれるとは限らない。
(賭けだよなあ……)
かなり分の悪い博打だという事は自覚していた。
それでもすがらねばならない状況だった。
20分ほどして、タクヤの部隊から攻撃が行われる。
戦線を突破してきた敵に集中的に攻撃が加えられていく。
一時的に敵の動きが鈍り、応戦していた者達に余裕が出来る。
その隙に、敵を挟んで向かい合う部隊が撤退を開始していく。
とりあえず、言った通りに動いてくれた事に安堵をおぼえる。
あとは支援砲撃をしてくれれば言う事なしである。
(してくれればいいけど)
そこまで余裕があるかどうか、そもそも約束を守るかどうか分からない。
だが、今はそれを信じて様子を見るしかなかった。
幸い、相手は少しは義理と人情を持ち合わせてるようだった。
暫くしてから、タクヤ達の目の前にいる敵に向けて砲撃が加えられていった。
迫撃砲によるそれは、撤退した部隊を追ってる連中の足を少しだけ止めていく。
また、タクヤ達に向かってくる敵をも削っていく。
それはさほど長い時間ではなかったが、少しだけタクヤ達の負担を減らした。
続きは明日の12:00




