1話 一井物産警備部、基地警備業務班
「こちら哨戒偵察班、異常なし」
通信機に向けて現状を報告する。
基地周辺を見回り、異常が無いかを見つけるという作業。
地味ではあるが、しっかりこなさねばならない重要なものでもある。
とはいえ、基地周辺まで敵がやってきてるなら哨戒などをしてる場合ではない。
小規模な潜入偵察は確かにありえるが、そうでなければ前線が崩壊して敵が押し寄せてるという事なのだから。
また、様々な探知機がそこらに設置されてるので、よほどの事がなければそれらが先に接近する何かを発見するだろう。
脅威となる存在が接近してる場合であっても、探知機と接続された自動射撃装置付きの機関銃などが対処する。
そういったものがあるので、人間が見回る必要性はかなり小さなものである。
それでも人が見回ってるのは、機械であっても生じる隙を埋めるためである。
あるいは、弾薬の補充や電力などがしっかりつながってるかを確認するためだったりする。
基地周辺の哨戒は、そういった意味もあった。
あとは、まだ機械が設置されてない場所の穴埋めなど。
人が携わってる理由は、だいたいそんなものであった。
(おかげで助かるんだけど)
見回りながらいつも思う。
人の手がかからなくなるのは良い事だと。
そもそも道具とは、人の負担、労力の削減をしてくれるものである。
自動化された探知機や機関銃などの射撃装置は、それをしっかりやってくれている。
おかげで、人員をあちこちに配置する必要がなくなっている。
ただでさえ少ない人員を、無理して配置する必要がない。
基地周辺のこういった自動監視所はそれなりの数がある。
もしこれらに人を配置していたら、一カ所に付き数人は必要になる。
監視所そのものは数十カ所以上あるので、単純に考えても数百人は必要となる。
それだけの人間を揃えるのも結構大変である。
更にだ。
数十カ所の監視所に詰める事になる人間の交代要員も必要になる。
それだけの人間を収容する宿舎も必要になる。
宿舎を管理(清掃やちょっとした補修など)をする者も必要になる。
料理もその分増やさねばならない。
衣服なども、最低限であっても用意せねばならない。
数十カ所の配置場所には、それを支えるだけの人員を嫌でも配置せねばならなくなる。
それら全てを合わせれば、数百人どころか1000人近くの人間が必要になるだろう。
それだけの人数を割くなら別方面に割り当てた方が効率が良い。
なにより────機械化・自動化によって、これだけの人間が作業から解放される。
それは決して悪い事ではないはずである。
実際、哨戒偵察班の仕事は、こうした監視所を巡る事がほとんどになっている。
定期的に、数人ほどでそれらを巡回する。
それだけで作業は事足りる。
何か合った場合の補修のために、整備の人間をつれていき、基地の周りを巡っていけば終了である。
人間が関わる必要性が低下してるというのは、それだけ手間を減らしてくれていた。
その分、人間は機械に出来ない仕事をこなす事になる。
基地周辺の監視から解放され、まだ機械におきかえる事が出来ない作業を行っていく。
人工知能の研究も進んでいるが、だからといってあらゆる作業を機械に置き換えるには至ってない。
いずれ労働を機械が行い、人間は仕事から解放されていくかもしれない。
だが、まだそこまでには至ってなかった。
始まってしまったこの戦争でもそれは言えていた。
機械の設置は機械には出来ない。
正確には、機械の設置をする機械を人が捜査しないといけない。
まだまだ完全に自動化が出来ない分野であるそこでは、人が手を加えねばならなかった。
そして、最前線でも人の姿は消えはしない。
様々な条件と状況が発生する最前線では、まだ機械が対応しきれない。
だからこそ、人は最前線まで出向いていた。
無人偵察機などを除いた部分では、人がいなければどうにもならなかった。
基地周辺の見回りもその一つである。
設置した機械の間に何かが入りこんでないか?
死角になってる部分から何かが入りこんでないか?
それらに備えて人が穴埋めをしていた。
地味で手間がかかる仕事である。
そのくせ見落としが許されない作業である。
失敗が基地への攻撃につながるだけに、手を抜く事が出来なかった。
「こっちは大丈夫と……」
監視所をまわり、問題がないかを確かめていく。
機器の動作確認をし、それを終わらせて次へと向かう。
毎日毎日これの繰り返しであった。
手が抜けない割にさしてやる事も無いから飽きるのも早い。
たまに刺激が欲しくなる。
そんな衝動を抑え込み、次へと向かっていく。
バギーにまたがり、順路を進んで行く。
(まあ、これで給料が出てるし)
最前線勤務である事もあって、それなりのものももらってる。
文句を言うわけにはいかなかった。
通信端末を操作して、作業が終わった事を報告する。
タッチパネル方式の端末に表示させた画面に指を触れればそれで終わる。
それから次へと向かう。
「行くぞー」
呼びかけに他の者達も応じる。
バギー2台と、小型四輪駆動車1台の小さな巡回班。
それを率いていく。
回らなければならない場所は多いので、手際よくやっていかねばならない。
簡単な作業ではあるが、これだけはそれなりの手間がかかった。
作業が終わって基地に戻るまでに何時間かが経過していた。
戻れば昼飯時になっている。
時間がずれてるので混雑時は避ける事が出来ている。
その分、選べる品目も減っているが、席の確保で難渋するよりは良い。
戻ってきた仲間と共に飯を選んで空いてる席に座っていく。
「午前は終わりましたね」
「あとは午後か」
「まだ残ってるんですよね」
「まあ、やらなくちゃいけないのはそんなに多くないけど」
「でも、また監視所増やすって言ってるし」
「人も増やしてくれないとどうにもならないですよ」
「そこまでやってくれるかどうか」
各自、おもいおもいの事を口にしていく。
いずれも仕事への、特に不満などがほとんどになっていく。
それらが一番共通する話題だからであろう。
休日に遊びにいく場所や、ここ最近の流行などが出て来る事はまずない。
そういった遊べる場所が極度に少ないから仕方が無い。
新地道の中心である新開市。
そこから遠く離れた、同じ惑星の反対側というか裏側。
そこにある大陸なのだから仕方が無い。
物資が途切れる事なく補給されるのがせめてもの救いであろう。
「で、立橋さん。
監視所増加に伴う増員とかってないんですか?」
質問に、この集団の一応の統率者が答えていく。
「無いな。
その話しも、そうなるかもしれないって程度でしかないし」
「じゃあ、増加は無いと?」
「それもどうかな。
いずれは増やすだろうさ。
何時になるか分からないけど」
「悠長なもんですね」
別の者も話しに混ざってくる。
「あっちはどんどん拡がってるかもしれないのに」
「まあなあ。
でも、最前線の方はもっと増強してるらしいし。
こっちよりそっちが優先なんだろ」
実際に何がどうなってるのかは分からないが、物資が常に外に運び出されてるのは確かだ。
それらの護衛につく事もあるので、立橋率いる者達もそれは察している。
それでも、漂ってくる不穏な噂には敏感になってしまうものだ。
「まあ、いずれこの基地の周りにも増加するだろうけど。
その時には人も増えてるんじゃないのか?
どうなるか分からないけど」
あくまで予想でしかない。
「俺だって詳しく聞いてるわけじゃないから、何とも言えないけど」
「ですよねえ」
「班長まで話しが流れて来る事もないですか」
「まあな」
この小さな集団を率いる程度の役職では、先々の事まで教えられる事は無い。
「そんな事より、目の前の仕事だ。
午後も頼むぞ」
「はーい」
「はいはい」
「了解」
「おーっす」
「はいよ」
やる気のない返事が上がってきた。
地球と繋がる異世界。
その中でも最前線に位置する基地の中。
本来なら緊迫感があってしかるべきであろうが、今一つ緊張感がない。
最前線は遠く、そこで行われてる戦争の余波が届く事もない。
ただ、毎日のように運び出されていく物資の量が、戦闘の厳しさを伺わせるだけである。
一井物産護衛部隊としてこの地に出港してきてる彼等は、直接戦闘にさらされる事はない。
モンスターに襲われる事はあっても、それは戦争とは言えない。
自然災害のようなものであり、害獣の来襲でしかない。
そうではない、明確な意志をもっての侵略と対峙はしてない。
それだからこそ緊迫感につつまれる事もなくやっていられるのだろう。
彼等が企業から派遣された武装部隊であることも理由の一つであるかもしれない。
基地周辺の警戒や、輸送物資の護衛などはしても、戦闘が主な仕事というわけではない。
そこは軍とは違う。
戦闘を業務内容としながらも、積極的に戦闘を行うわけではない。
敵が襲ってきたら、間近に迫ってきたらともかく、そうでないなら戦闘は比較的無縁であった。
企業から送り込まれた戦闘部隊などは、だいたいこういったところでの作業が主になる。
敵との戦闘などは、それこそ軍が担うので、企業にまで求められる事は無い。
ただ、どうしても人手が足りないので、最前線やその付近までの輸送などは任される。
また、基地周辺や比較的安全な地域における建設や調査なども任される。
最前線で敵を食い止めてるとはいえ、危険であるのは確かだ。
だが、それもそれなりの経験を積んだ者達にまわされる。
若年層で構成された者達は、もっと安全な場所に回される。
だからこそ緊迫感と無縁でいられるのだろう。
そんな部隊の一つである基地周辺の哨戒偵察班。
彼等は今日も暇で退屈で、それでも手抜きが許されない作業を続けている。
皆、中学卒業後にすぐに入社して、研修もそこそこに送り込まれたような者達ばかりである。
率いる班長ですら20歳を超えていない。
工業系の専門学校を出たという技術者はさすがにそうではないが、それでも20代の前半である。
そんな、青年と呼ぶにはまだ早い者達は、比較的平穏で退屈な毎日を送っていた。
「まあ、今週はこんな調子だろ。
全然まで届けるものもないみたいだし」
「楽は楽ですけど、なんだか張りがないですね」
「そう言うな。
それだけ安全なんだからさ」
いつも口にしてるやりとりが出てくる。
「給料も悪くはないし、しばらくはこのまま頑張っておこう」
班長の言葉に他の者は「はーい」とやる気のない返事をした。
こうして午後も同じように監視所を巡っていく。
特に何事もなく、ただ数が多いので時間にはすこし追われていく。
そんな作業をいつものようにこなして一日が終わる。
短い作業日報を書いて所属してる部署に提出し、そこで班の仕事は終わる。
あとは明日の朝まで仕事からは解放される。
立橋タクヤ。
一井物産警備部所属の末端の班長。
それが率いる班の一日は、だいたいがこんなものであった。
趣がかなり変わってしまったけど、こんな調子でやっていきたいと思う。
なお、誤字脱字の報告や、感想などはメッセージにて。