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異世界でスローでハートフルなライフを送るために農業魔法を駆使して頑張るぞう!

あくまでもネタ。

 カケルは十五才、受験生である。


 彼の趣味はライトノベル。アニメも漫画も大好きだが、何よりライトノベルのスローでハートフルなライフ小説をこよなく愛している。


 今日も今日とてホームルームが始まるまでは日課の読書タイム。


「ふんふふーん、やっぱり面白いなあ」


 楽しく読書をしているというのに、カケルは友達から声をかけられた。


「おい、カケル。お前またスローライフ小説なんて読んでるのかよ」

「あっ、ミツグくん!」


 ミツグはクラスメイトだが、同じオタク仲間でもある。ただし、方向性は真逆と言っていい。

 彼はチートでハーレムでさすごしゅな小説が大好物なのだ。


「やっぱラノベはバトルで嫁いっぱいで崇め奉られるのが一番気持ちいいだろ!」

「まあ、人の好みによるよ。否定はしない。でも、僕はこういうのんびりと畑を耕して一人の嫁と一緒に暮らす様子を読むのが大好きなんだ」

「まったく、お前も男子ならこの気持ちがわかんねえかなあ」

「ミツグくんはそんなこと言ってるからお金払うだけ払ってポイされるんだよ。いいかげん気づいた方がいいよ」

「ちょっ、おまっ、何言ってんだよ!」

「え? 隣のクラスのミキちゃんが言ってたよ。ミツグくんはかっこよくないけどお金だけは持ってるから誕生日の前に告白して、プレゼントもらったら別れるのがいいって、女の子の間で広まってるんだって」

「そ、そんな馬鹿な……ひとでなし!」

「僕じゃないからね。八つ当たりしないでよ」

「うわああああん!」


 読んでいる本を弾かれて不機嫌になるカケルだったが、ミツグは泣きながらどこかに走っていってしまった。

 友達だけど、追わない。いや、友達だから追わない。

 男はときとして、涙を人に見せてはいけないときがあるから……。


「んふふ、面白いなあ」


 ――カケルは読書に夢中で友達を放置したわけではない。たぶん。



 ***



 学校も終わって放課後。

 帰宅途中にカケルは事故に遭い、気づけば真っ白な空間にいた。


「えっ……これってもしかして!」


 だんだんと目が慣れて、そこが神殿のような場所だとわかった。


『ふむ。気づいたかね?』

「そ、その声は!」

『信じられないとは思うが、私は――』

「信じます! 神様ですよね!」

『おっ、おお、おう……ま、まあ、その通りじゃ』


 言ってもいないのに言い当てられてたじろぐ神様であった。


『カケルくん、君はついさきほど――』

「事故で死んでしまったんですか!?」

『そ、そうじゃが、まだ若い君をそのまま死なせるには惜し――」

「――いので、異世界に転生させることにした!?」

『惜しい。転移じゃのう』

「ということは、地球の肉体のまま異世界に行くということですね。ということは身体もそちらの世界に合わせて新しく作り直すとか、そういう感じですか!?」

『お、お主、わしの心を読んでおるのかのう?』

「いいえっ! でも、テンプレですから!」


 神様はテンプレってなんだろうと首を傾げた。もっとも姿を現してはいなかったが。


『だが、異世界で何の力もなく生きていくにはカケルくんはいささか弱すぎるのじゃ。従って――』

「チートきたあああああああああああああ! で、どんな能力をくれるんですか!?」

『……まっ、まあ、そう焦るでないぞ』

「僕、できれば農業に特化したチートが欲しいんです!」

『そ、そうなのか?』

「はい! のんびりと畑を耕して、かわいいお嫁さんと和気藹々しながら楽しく生活するのが夢なんです!」

『……な、中々じじ臭い夢じゃのう。じゃが、わかった。では、魔法の力を授けよう』

「やったー!」

『少し待っておれ』


 カケルは頭の中に何か違和感を持ったが、すぐにそれはなくなった。


『ふむ。お主が求める魔法がどのようなものかわかったぞ。よし、その力を授けることとしよう』

「えーっ! そんなにすごいことができるなんてさすがは神様ですね!」

『ふぉっふぉっふぉ! 伊達に長生きはしとらんのでなあ』


 そうして、真っ白な空間にぽっかりと一つだけ穴が空いた。


『さあ、行くが良い、カケル。お主の新たな人生じゃ。大いに楽しむと良い』

「はい、神様! 行ってきます!」

『あっ、言い忘れておっ――カケル!』


 気づいた時にはもう遅い。カケルはさっさと穴から出てしまっていた。

 神様はため息をついた。

 この空間でなければ会話をすることはできないというのに。

 肝心なことを言い忘れていたのだ。


『魔法は万能ではないのじゃが……カケルはきちんと練習をしてくれるかのう』


 神様はひとしきり頭を悩ませたあとで、まあいいかと納得することにした。

 ちょうど地球からの魔力譲渡もできたし、カケルはカケルで異世界生活を楽しみにしている風だった。これ以上心配してもどのみち遅いという判断だ。


『さあて、仕事も終わったし、天界のフレイヤ女神に今日も粉をかけに行くとするかのう』



 ***



「わあっ、ここが異世界かあ。すごいなあ……森だ!」


 カケルが出たのは森の中だった。

 右も左も森だ。方角もわからない。

 まずどうすればいいのかもわからない。


「うーん、しくじったなあ。こんなときどうするんだっけ。たしかラノベでは早速ゴブリンなんかと遭遇するんだけど……」


 しかし、カケルは身を守る術がない。一つぐらい戦闘に適したチートをもらっておくべきだったか、と後悔した。


「まあ、なんとかなるよね。まずは街道ってやつを探して歩いてみよう!」


 カケルは持ち前の暢気さでるんるん気分で歩き出す。


 三時間後。日頃ろくに運動もしていないカケルは音を上げていた。


「はあ、はあ……こんなの聞いてないよ! 異世界ってもっとイージーモードじゃなかったの!?」


 そうしてさらに一時間。カケルはようやく山小屋のような掘立小屋を見つけた。

 中はボロボロで、どうやら長らく誰も使っていないように見える。


「ふう……ひとまず今日はここで休むことにしよう」


 床に寝そべってみるが、寝れそうもない。


「……お腹減った」


 しかし、疲れのせいか、しばらくすると大きな寝息を立てて眠ってしまった。



 ***



 翌朝。

 カケルはむにゃむにゃと顔を歪ませながら目を覚まし、目元をこすろうとして手が動かないことに気づいた。


「ったくよう。なんて図太いガキだ! ふん縛っても起きやしねえ!」


 カケルは見ず知らずの男に縄でぐるぐる巻きにされていた。


「わーっ! なんで僕縛られてるの!? これ解いてよ!」

「解くわけねえだろうが! てめえ、どこのもんだ!? そんな服装も見たことねえしよう。まだガキだし……もしかして脱走奴隷か!?」

「だだだ、脱走奴隷!? ちょっと待ってよ! 僕は奴隷なんかじゃないよ!」

「ふんっ、その歳でこんな森の中に入るのは脱走奴隷ぐらいしかいねえってんだ。それに人様の山小屋に勝手に入り込むとは良い度胸じゃねえか」

「こんなボロ小屋で度胸も何もないよ!」

「ボロとはなんだ! ボロとは! てめえは領主様のところに連れてって検分してもらうからな!」

「ひええええっ!」


 そうして連れて行かれたのは小さな村だった。

 農民は見るからに疲れているし、みんな痩せている。


 だが、領主様ともなればきっと聡明な人に違いない。

 見れば一目で「カケルくんは脱走奴隷なんかじゃない! ぜひともうちでスローでハートフルなライフを送ってみないかい?」と言われるに違いない。そんな妄想をした。


 結論。


 カケルは一目見られることもなく「農奴にしろ」と言われた。


 カケルはその夜、豚小屋の藁の中でしくしく泣いた。



 ***



「もうやだー、おうちかえるー、おいしいごはんたべたいー、きれいなおふとんでねたいー」

「そこおっ! 手を動かせ! 手を!」

「ふえええんっ!」


 カケルは現場監督に怒られ、泣きながら農作業に勤しんでいた。


「よおし、今から少し休憩とする! 各自水だけは自由に飲んでいいぞ!」


 言われたはしから汲んでおいた水をがぶがぶと飲むカケルだった。

 しかし、同じ奴隷仲間から注意された。


「おい、坊主。生水をそんなにがぶがぶと飲むんじゃねえぞ。腹壊して死ぬぞ」

「お腹壊したぐらいで死なないよう」

「チッ、人の忠告は聞いておけ」


 水分補給をして、カケルはようやく人心地着いた。

 現場監督は村娘の差し入れをもらって嬉しそうにしている。

 あれが自分だったなら……。


「カケルさん! おにぎり持ってきました!」

「おっ、ありがとう、ジョゼフィーヌ」

「愛情込めて握りました!」

「あっ、愛情!? そ、それはもももももしかして、ぼぼぼ、僕に!?」

「やだもう! カケルさん以外にいるわけないじゃないですか! もうもう!」


 カケルは現実逃避した。

 だが、すぐに気づく。

 もしや、この状況下で神様からもらった農業魔法とやらを使えば、奴隷の地位から脱却できるのではないか!?

 カケルは畑に植え付けたばかりのナスみたいな作物を見下ろした。


「うん。これは僕の未来のためだ! ここでやらなきゃダメだ!」


 カケルは意を決して魔法を使った。


「えいっ! 成長促進魔法!」


 身体から何かが抜けていくような感覚がある。

 作物は目に見えるような反応がない。

 けれども、カケルには自信があった。


「んふふ、すぐにはどうかわからないけど、これで少なくとも成長が早くなったのは確かだよね」


 そんな風に思っていると、徐々に、徐々に、作物が大きくなってきたような気がしてきた。


「お、おお? おおっ! おおおおっ!」


 作物はぐんぐんと成長を始め……。


「なんでええええええええっ!」


 雑草で覆い尽くされた。


 ――説明しよう。

 成長促進魔法とは、手を向けた範囲の植物の成長速度を著しく向上させる魔法である。

 カケルは知らなかったのだ。畑の土の中には雑草の種子が大量に埋もれているということを。

 読んでいたライトノベルでは「成長促進魔法」さえあれば、その日のうちに収穫も夢ではないというのに!


 雑草で覆い尽くされた作物を見ると、栄養を雑草に根こそぎ吸い取られたせいか、成長する前に枯れてしまっていた。心なしか土も乾いてかぴかぴになっている。


 カケルは知らない。

 成長促進魔法は植物の成長を促すだけで、必要な栄養素や水分などは別途必要であるということを。


「おいどれええええええっ! てめええっ、なにしやがったああああああ!」


 現場監督がすんごい勢いで飛んできてカケルを蹴り飛ばした。

 カケルは痛かった。だが、それ以上に失意に泣いた。


 夜。カケルは豚小屋の中でしくしく泣いて、お腹を壊した。

 死にかけたが、隠された裏チート「不幸中の幸い」スキルでなんとか回復した。



 ***



「うー、臭い! 臭い! とにかく臭い!」


 カケルは畑仕事では役に立たないと現場監督にぽいされて、今は家畜小屋の清掃係になってしまった。


「お前たちうんこいっぱい出し過ぎなんだよう! もっとクリーンでエコでフレグランスな排泄ができないの!?」


 できるわけがない。畜生だもの。


 だが、カケルは気づいた。


「ままままっ、待てよ! もしかしてこのたっぷりの糞を発酵させれば堆肥ができるんじゃないかな!? そういえば、森の葉っぱも腐葉土ってやつになったはずだよね!」


 夢が膨らんだ。

 堆肥を作って村の収穫量を増やすことができれば、奴隷脱却も夢ではないかもしれない。


「カケルさん! わたし、カケルさんが奴隷だからって気持ちを隠していました!」

「ジョゼフィーヌ、気持ちって……」

「好きなんです! もう誰にも反対なんてさせません!」

「そそそそんな、ぼぼぼぼぼくをジョゼフィーヌがすっすすすっすすすすすすきいいいいい!?」

「だめ……ですか?」

「ずっきゅーーーーーーんっ!!!!!」


 カケルの誇大妄想はもはや悪癖と言ってもよかったが、本人はそれのおかげで楽しそうなので不幸中の幸いである。


「んふふ、今度こそ絶対に成功させてみせる! なんてったって、未来の嫁が僕を待ってくれているんだからね!」


 待ってない。


「えいっ! 発酵促進魔法! ぷぷーんっと!」


 余計な擬音までつける始末である。


 とにもかくにも、カケルは集めた糞に発酵促進魔法をかけてみた。

 身体からまた何かが抜けていく感覚。しかし、今度はきちんと手応えがある。


「さーて、どうな――くさっ! 超くさっ! これくっさああああっ!」


 ――説明しよう!

 発酵促進魔法とは、カケルの生半可な知識を元に神様が与えた魔法の一つである。発酵は微生物による分解とは理解しているカケルだが、好気性だとか嫌気性だとか、そういう細かいことは全く知らなかったのだ。つまり、発酵促進というよりも腐敗促進なのであった。


 カケルは知らない。

 発酵のメカニズムがどういった菌によって起こり、堆肥を作るのにどういった環境が必要であるのかを。


「おいこらどれえええええええっ! この匂いはなんだああああああああっ!」


 カケルは突然飛んでやってきた現場監督に蹴り飛ばされて腐敗が進んだ超絶臭い糞の中に頭から突っ込んだ。


「今日中に片付けとけ! てめえは掃除も満足にできねえのかああっ!」


 夜。カケルはうんこまみれになったまま豚小屋の藁の中でしくしく泣いた。

 とんでもない雑菌がカケルの体内を暴れ回ったが、スキル「不幸中の幸い」でなんとか風邪も引かずに助かった。明らかに免疫力が上がった。



 ***



 カケルが奴隷になってから一年。


 さすがに懲りたカケルは粛々と作業に勤しみ、現場監督も村娘と結婚して子どもができたこともあって幾分か丸くなった。


「うっ、うぅ、ぼ、ぼくのじょぜふぃーぬぅー」


 実はこっそりと村娘に恋心を抱いていたカケルである。

 現実はかくも悲しい。

 今や他人の女である。


 だが現場監督は怖い。

 もううんこまみれにはなりたくない。


 そうして真面目に働いていると、現場監督から意外な提案があった。


「おい奴隷。お前、来た頃はとんでもない問題ばかり起こしてくれたが、最近は真面目にやってるじゃねえか」

「はい、ありがとうございます、現場監督」

「真面目になったのは良いことだ。褒美に週に一回、飯に肉を入れてやる」

「本当ですか!?」

「おう。俺は嘘はつかねえ。もっといっぱい飯が食いたければ、一生懸命働くんだ。いいな?」

「はい! 僕頑張ります! うわー、お肉かー! 久しぶりだなー。よし、いっぱい頑張るぞー!」


 すっかり奴隷根性の染みついたカケルであった。

 現場監督の言葉はまだ終わらない。


「それと、お前に新しい土地を任せてやる」

「えっ! それってどういうことですか!?」

「村の外れに使ってない畑があるんだが、そこを耕して欲しいんだ。まあ、一人でするのは大変だと思うが、俺はお前にかなり期待してるんだぜ?」


 まさか現場監督からそんなことを言われるとは思わず、カケルはとっても喜んだ。


「はい! 頑張って耕します!」

「よく言った! じゃあ、明日からは朝からそっちの畑で頼むぜ。終わったら教えてくれればいいからよ」

「ありがとうございます! あの、僕頑張ります!」


 カケルがぽわぽわと別世界に飛んでいる間、現場監督はほくそ笑んだ。

 実は新妻から「あの奴隷がわたしのことをずっとじろじろ見て来てキモい」と言われたのが原因だったが、もちろんそんなことは言わない。


 かくしてカケルは仕事を任されることになったのだった。



 ***



「うわー、すごーい、雑草だらけだー」


 カケルは任された畑にやってきて、げんなりとした。

 畑は一面雑草だらけで、耕すよりも先に雑草の刈り取りから始める必要があったのだ。


「面倒だけど……うん! 現場監督も期待してくれてるし、僕も頑張らなくちゃ!」


 カケルは一生懸命草を刈り取った。


 一週間ほどかけてようやく終わった。

 今度は鍬を打って耕さなければならない。


「これだけの広さを耕すなんて、しかも一人でだなんて……ううん。僕は頑張るって決めたんだ! お肉もらえるんだから!」


 奴隷根性ここに極まれり。

 必死に頑張ったカケルだったが、三日ほどやりこんで、全体の一割しか終わっていない。


「ここなら誰も見ていないし、魔法使ってもバレないよね……」


 カケルはきょろきょろと辺りを確認して考える。


「おい、どれえ! お前この広さを一人で、しかもこんな短期間で耕したのか!」

「はい! 僕頑張りました!」

「すげえじゃねえか! よーし、お前の食事に出す肉は週一から週二にしてやる!」

「わーい、現場監督大好き!」

「よ、よせやい。照れるじゃねえか……カケル」

「えっ……」

「なっ、なんだよ! 俺がお前を名前で呼んだら何かおかしいってのか!?」

「う、ううん! 違うよ! ぼ、僕、久しぶりに名前で呼んでもらえて、その、うれ、しくて……うっ、うぅ、ひっく」

「おっ、おい、カケル! 泣くんじゃねえよ! 男だろうが! チッ! くそっ! お前もかわいいところあるじゃねえか」

「現場監督……」


 妄想の種類が変わっていた。が、平常運転である。

 カケルはようやく我に返る。


「よしっ! やってやるぞー!」


 今度こそ! カケルは意気込んだ。


「えいっ! 耕耘魔法! ぶいーんっ!」


 身体から力が抜ける感覚。

 目の前の草を刈り取っただけの畑がみるみるうちに掘り返されていく。

 どばばばばっ! と音を立てて土塊がひっくり返り、次の瞬間には細かく砕かれる。


 十分もすると、畑一面が土色一色になった。


 カケルは生唾を飲み込んで土に触った。


「……うわっ! すっごーい! ふわふわだー!」


 カケルは思った――これが団粒構造か!


「そ、そうだ! 今なら雑草もいっぱい入ってるし、発酵魔法でどうにかなるんじゃないかな!?」


 やってみた。

 匂わなかった。


「すごい! すごい! よし! 今度は成長促進魔法!」


 するといくつか雑草は伸びてきたが、初めて使ったときよりもずっと少なかった。

 もう一度耕耘魔法をかけるとすっきりした。


「これって僕褒められるんじゃないかな! 現場監督にお肉増やしてもらえる! やったあ!」


 カケルは無邪気に喜んだ。

 嬉しくて嬉しくて、もっと畑を最高の状態にしようと思った。


「よーし、僕頑張っちゃうぞー! 耕耘魔法! 発酵促進魔法! 耕耘魔法!」


 カケルは魔力切れでぶっ倒れるまで魔法を繰り返し使った。


 目覚めたのは現場監督の蹴りのせいだ。


「おいどれえええっ! なにてめえ寝てやがる! 仕事はどうしたあああっ!」

「はっ! 現場監督!」


 すぐに飛び起きたカケルは畑を指さして言った。


「見てください! 畑はちゃんと耕しました!」

「……お、おお、おう? あれ?」

「あんまり頑張り過ぎちゃって寝ちゃってました……その、ごめんなさい」

「お、おう……その、いや、蹴って悪かったな。まさか、お前がこんなに根性があるとは思わなかったぜ」

「現場監督……」

「やめろ! そんな気持ち悪い目で俺を見るんじゃねえ!」


 なぜかどつかれたカケルであった。


「しっかし、お前が本当に一ヶ月も経たずに全部終わらせちまうとはな……」


 そう言いながら、現場監督は畑の土に触れて眉間に皺を寄せた。


「なあ、どれえ」

「はい!」

「生えてた雑草はどうした」

「一緒に耕しました」


 現場監督は頷いた。それは間違ってない。村ではいつもそうしている。

 だが、明らかに他の畑と違う。


「……なんでこんなに硬いんだ?」

「えっ?」


 カケルは慌てて土を触った。


「そ、そんな! 最初はあんなにふわふわだったのに!」


 ――説明しよう!

 耕耘魔法とは、その名の通り畑を耕す魔法である。耕すとはつまり、土を掘り起こし、塊を破砕し、細かい構造にすることである。


 だがしかし!


 カケルは知らない。

 耕耘直後のふわふわした状態は、ただ土壌が空気を含んでいるだけで、時間と共に失われてしまうことを。

 カケルは知らない。

 土壌中の発酵とともに団粒構造が形成されて、ふわふわになることを。

 カケルは知らない。

 せっかくできた団粒構造も耕耘によって簡単に失われることを。


 カケルは知らない。

 何度も何度も耕耘と発酵を繰り返せば、完全発酵によって微生物の活動に必要な養分は枯渇し、団粒構造は失われ、土壌が加速度的に硬くなることを。


「どれえええええっ! 任せられた仕事もまともにできねえのかあああああ!」


 カケルは蹴り飛ばされた。畑はとっても硬かった。

 口の中を泥だらけにして顔をあげると、現場監督は怒っていた。


「最近は真面目にやってると思ったらすぐにこれだ。てめえは肉抜きだ! いいな!」


 夜。

 カケルは豚小屋で子豚の温かさを借りてしくしく泣いて寝そうになったところを母豚にどつかれた。


 痛くてしくしく泣いた。





 翌朝。


「どなどなどーなー、どーなー、子豚をのーせーてー」


 カケルは子豚を売りに出すついでに奴隷市場に売られた。

 異世界は超絶ハードモードであった。

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