これからの事
伝説の救世主ルギトが、この時代にやってくるという予知を見たのは、一年ほど前である。
アイ―ヌは最初、信じられなかったが、今まで自分の予知が外れることはなかった。ならばルギトが現れるという予知も信憑性は高いと思った。
救世主のルギトの偉業は伝えられているが、彼自身の具体的な人物像についての詳細は分かっていない。
アイ―ヌは予知によって、ルギトが害のない存在である事は知っていた。しかし、ルギトが、自分の持つ強大な力を私利私欲で使用する者では本当にないのか、不安はあった。
強い力を持つ者は、その力に溺れるのが世の常であるからだ。
アイ―ヌが生きる時代の英雄たちも、まさにそうだ。
常人では考えられない事を成し遂げる力と、過剰なまでに自信家であること。それが英雄だ。
アイ―ヌは、英雄たちと立場上何度か会うことはあったが、実際にルギトに会ってみると、ルギトはそのどの英雄とも違うようであった。
偉そうにしていないし、なにより話していて、とても楽しかった。それがアイ―ヌのルギトへの正直な感想だ。
アイ―ヌは、サイレン王家に伝わる守護者の役職について、自分が認めた素敵な男性に勤めてほしいという、小さい頃からの願いがあった。
そしてふと思ってしまった。
ルギトが自分の守護者だったら、どんなに良かったか。
しかし、そう願うだけど、実際に口に出すことはなかった。
だから、まさかルギトが。
「君を守らせてくれないか?」
なんて言うとは思わなかった。
夢かもと考えた。
けれど、これはまごう事なき現実であった。
「け、けど。きっと迷惑・・・・・・」
ルギトは彼女から体を離し、向かい合う。
「君のための迷惑なら、俺はいくらかけられても大丈夫だよ」
ルギトはアイ―ヌの頭に手を乗せる。
「・・・・・・」
アイ―ヌは顔をうつむかせ、黙り込んでしまった。
嫌だったかな、とルギトは彼女の頭から手をどけようとするも、直前にその手を掴まれる。
「わ、私もルギトに守ってもらいたい! ルギトに私の守護者になってほしい!」
「守護者?」
アイ―ヌは、サイレン王国における守護者の役割と、その意味についてルギトに説明した。
「・・・・・・そんなものがあるんだ。じゃあちょうど良い。自分の身の振り方を考える間、ただでお世話になるのも気が引けるから、働きたいって考えてたし」
「そんな事別に気にしなくても良いのに・・・・・・」
「まぁ俺が勝手にそう思っていただけだよ。それで俺は、その守護者になれるのか?」
その言葉にアイ―ヌは難しそうな仕草をする。
「・・・・・・何か問題でもあるのか?」
「さっきも言ったけど、守護者って役職は貴族たちにとっては名誉あるもので、それになるとさらなる出世が約束されたものらしいの。だから、ルギトが守護者になるのを面白く思わない人達はきっと大勢いるわ」
貴族という世界は自分の身分が一番大事なものである。出世というのは一番の喜びなのだろう。
けれど、それにアイ―ヌを巻き込むな、とルギトは強く思った。
「問題ないよ。そういう連中がいたとしても、俺の気持ちは変わらないから」
「・・・・・・そんな嬉しい事言わないでよ」
「はは、照れないでよ」
「て、照れてない」
アイ―ヌの笑顔を見て、ルギトは彼女が完全に落ち着きを取り戻していることが分かった。
「守護者の事とか、それに関する今後の方針を考えようか」
「そうね! そうしましょう」
秘密の行為を楽しく思ったのか、アイ―ヌは無邪気な笑みをしていた。
こういうところは、年相応な子供だなと、ルギトは思った。
謁見の間で、国王や多くの貴族たちが集まっていた。
そこにアイ―ヌが、扉を開いて入室する。
彼ら貴族は、アイ―ヌが国王に呼びかけ、招集させられていた。
「アイ―ヌ、今日は一体何の用事なのだ?」
国王の問いに、アイ―ヌは答える。
「今日は二つ伝えたい事があります。一つは、私が見た予知の事、そしてもう一つは、私の守護者についてです」
「ほう、それはどれも重要な話だな」
ロガスト王は驚き、他の貴族たちにもその驚きは伝染していく。
「まずは、アイ―ヌが見た予知について聞こうか」
「はい。カルエ公爵の報告通り、デサイト共和国は何かを企んでおりました」
「して、その何かとは?」
「グレイ金属を用いた兵器の開発です」
グレイ金属とは、古来よりセブン大陸に存在していた特殊な金属の事だ。
通称、進化する金属とも言われている。
グレイ金属の性質は、人の意志を吸い込み、形態を変化させたり、特殊な事象を発生させたりするケースもある。
「大勢の民の総意を利用し、グレイ金属の性質により強大な兵器を開発することで、イスカル帝国への切り札とする予知が、私には見えました」
「その目論見が成功するのならば、取り扱いの難しいグレイ金属を、兵器として昇華させる程の技術力が、デサイト共和国にある事を示しているな・・・・・・」
「もしそうなるのでしたら、我々を含め、その他の国への牽制にもなるでしょうな。国王様、どうなされますか?」
「ふむ、今後の軍議で詳細な対策を考えるとしよう。今、この場では決めかねる。それにもっと詳しい情報も欲しいところだ」
王の言葉に、皆が納得の意を示す。
「一つ目の件はこれで終わったわけだが、アイ―ヌ、二つ目の守護者についての話に移ろうか」
その言葉に貴族達、主にカルエ公爵とアルマ公爵が顕著に反応した。
「誰を守護者にするか決めたのか?」
「はい」
「その者は?」
ロガスト国王の問いの返答を、周りの貴族たちは固唾をのんで見守っていた。
「入ってきてください」
再び、扉が開き、謁見の間にルギトが入ってきた。ルギトは驚く貴族達の前を通りながら、アイ―ヌの隣に立ち、ロガスト国王に向き合う。
「初めまして。ロガスト国王様。私はキトーと申します」
ルギトは予め決めておいた偽名を名乗る。公の場でルギトの名前を使うのは、なるべく避けた方が良いという考えからだ。
「彼が、私の守護者になってもらう人です」
ほぼ決めつけているアイ―ヌの発言に、カルエ公爵とアルマ公爵が反論する。
「王女様。納得がいきません。説明を求めます」
「そうです。それに一体誰なのですかその者は? 貴族階級は?」
「彼に階級はありません」
「なっ!・・・・・・つまり平民という事ですか!? 正気ですか王女様。よりにもよって、守護者という名誉ある役職を平民に任せるなど!」
「お考えを改めてくださいませ」
「そうです!」
他の貴族も揃って、アイ―ヌに反論を始める。全員がアイ―ヌの意見に反対し、自分こそが相応しいと主張する。
ただロガスト国王だけは、黙ってアイ―ヌを見ていた。
「・・・・・・皆が反対のようだが、彼らを納得させる理由はあるのか?」
国王の問いに、アイ―ヌは力強く頷く。
「彼には優れた力があります。私を守るに足り過ぎる程です」
アイ―ヌの発言は、力によって数々の武勲を立ててきた貴族たちのプライドを強く刺激する結果となった。
騒音とも化している貴族たちの反対の声のなか、カルエ公爵の声が響く。
「それを聞いては黙っていることはできません。王女様を守る力なら、私にも充分に備わっていると自負しております。その様な平民に負けるはずはありません」
男が、自分の優れている点を蔑ろにされれば、反抗心をむき出しにする。
「キトーとやら、貴様は私と勝負をしてもらおう! どちらが守護者に相応しいかを決める。もちろん私に決まっているがな」
そして、男は優劣を決めるため、プライドを守るために実力勝負をしたがる。まさにカルエ公爵がそうだ。
ルギトは、ちらりとアイ―ヌを見る。彼女の目は、勝負を受けてほしいと、訴えかけているように感じた。
「分かりました。勝負はいつどこで?」
「無論今からだ。場所は訓練場に移動する」
他の貴族の者は、平民であるルギトが守護者になる事が重大な問題なのだと理解していたので、カルエ公爵の意見に反対する者はいなかった。
訓練場に移動すると、カルエ公爵は部下に命令し、様々な種類の武器を用意する。
武器は全て、殺傷能力を極限まで減らされている。例えば刀なら刃はついていない。
「好きなものを選べ」
「・・・・・・じゃあこれで」
ルギトは刀を選び、カルエは刀よりリーチの長い長刀を選ぶ。
「勝敗はどちらかの意識がなくなるか、負けを認めるかだ。奇跡の力の使用は自由。異論はないな?」
「それで大丈夫ですよ」
「ふんっ、では始めるぞ」
カルエは長刀を構える。その仕草だけでも、戦いに慣れた戦士の風貌があった。
ルギトも刀の切っ先をカルエに向けて構える。
最初はカルエが動く。
長刀をルギトに向けて振り下ろす。刃が無いとはいえ、硬い物体が人に当たれば怪我をするのは必然だ。しかし、カルエに遠慮はない。
ルギトはひょいと避けた。
「遠慮はしないぞ。貴様は全力で叩くことにした」
カルエは長刀を持つ手とは逆の手のひらを開ける。
「これが、俺の奇跡の力だ!」
カルエの手から電流が発生し、ルギトに向かって進む。
少し驚きつつも、ルギトは電流を刀で払う。
「・・・・・・あー」
衝撃で、刀はぼろぼろになってしまった。これではあと一振りしたら壊れてしまう。
「これは戦いだ。武器の交換などしないぞ」
「・・・・・・分かりました」
どうしようかと考えたが、答えは一つだけだ。次の攻撃で、終わらせれば良い。
「往生際が良いな。やはり守護者に相応しいのは俺だ」
「・・・・・・それは純粋に彼女を守りたいからですか?」
問われたカルエは、つまらなそうに笑う。
「そんな事よりも、俺の立場が向上する事が重要だ。まああの美貌を好きにできる確率が高くなるのも得点だ。男なら誰でもあれは欲しくなるだろう? どうせ貴様もそうなのであろう。卑しい下民がどうこうできる存在ではないのだ。身の程をわきまえろ」
カルエは、訓練場内にいる他の者たちに聞こえないよう小声で言う。
このカルエという男は、アイ―ヌについて何一つ見ようとしていない。
いやこの男だけではない。他の貴族たちも皆、そうなのかもしれない。
「話は終わりだ。最後の後片付けをするとしよう」
カルエは、最大出量の電流が、ルギトに向かって走っていく。当たれば怪我だけでは済まないだろう。もしかしたら後遺症も残るような重症を受けるかもしれない。
しかしルギトは避けようとはせず、足を前に進めた。
そしてカルエの前から姿が消えた。
ドサッ。
観戦していた者たちは、何かが倒れる音が聞こえた。
彼らの前には、折れた刀を振り抜いた状態のルギトと、地に伏せたカルエ公爵の姿があった。
勝負の決着がついたのだと、皆が理解したのはそれからしばらくしてからだ。