第三界『出会いを生む別れ』
少年はその光景に思わず見とれ、思考が停止してしまっていた。
しかし自分のおかれた状況を考えすぐに行動に移った。
吹き飛んだ魔導兵の破片をかき分け、もう一度
カラクリに席の部分に座る。
「準備はいつでもいいぞ?少年」
「ああ、分かってるよ」
少年は青年の問いかけに少し気怠さを見せながら
目の前のレバーを握る。
「さあ、一時の空の旅、楽しもうではないか」
青年の状況にそぐわない言葉のあと
少年はレバーを力強く手前に引く。
すると駆動音と身体を揺らす振動が一気に
始まり、カラクリは瞬間的に前進を始め
扉を壊し滑走路を加速し進んで行く。
「ここからどうなるんだ!?」
吹き抜ける風に声を大にして少年は叫ぶ。
「どうなるもなにも、あとはあの場所を目指すだけだ」
青年は頭上に淡く光る”ツキ”を指差す。
瞬間、身体に浮遊感を感じ、さらに
加速を増しカラクリは宙に浮かぶ。
始めてのその間隔に肝を冷やしながら
少年は必死にレバーを掴みこらえる。
「少年、見てみろ、美しいぞ」
青年の声にぐっと閉じていた目を少し開いた。
瞬間、レバーを掴んでいた手の力が緩み
その飛び込んできた光景に、少年は震えた。
今まで見たことがない速度で過ぎ去る世界。
しかし、瞬間見える世界は静止したかのように
目に焼き付いた。
おそらく自分がすごしていた街を見下ろし、
眼下に広がる木々、荒れた大地、どこまでも続く漆黒。
地平の先に薄ら見える、話しにしか聞いたことがない
広大な海、頭上のツキから伸びる雲がその海と
どこまでも続いている。
世界の狭さは自分で意識していたものより
さらに狭く、想い描いていた世界より
何十倍も現実は広がりを見せている。
「どうした少年?」
青年の声に現実に引き戻された少年は
全身に吹き付ける風があらゆる意識を
すべて吹き飛ばす。
またすぐにレバーを掴み、しかし
目を開き頭上にみえていたツキが
気付けば自分のいる位置から並行して見えるようになっていた。
地上から見て想像していたよりも巨大な建造物に
いいしれぬ恐怖を感じ胸が引き締められる。
「まもなくだ、少年、準備はいいか?」
その問いに少年は答える。
「準備はもう何年も前から出来てる!」
「ようやく戻ったか」
瞬間、カラクリが減速し、上昇から急降下し始めた。
「な――」
「落ちているな」
「呑気に言ってる場合か!」
そんな三言の会話を終え並行してみえていた筈の
ツキがすこしづつ見える位置が頭上へと逆戻りしていく。
「なんとか出来ないのか!?」
「してほしいのか?」
「取り戻すんだろ!?あの場所を!!」
「それもそうだな」
そう答えた青年は手をツキへ向けた。
「――――――」
何かを発したようだが風の音が遮り
聞き取ることは出来なかったが、その瞬間
青年の手から金色の鎖が射出され
とてつもない速度でツキへと伸びて行く。
数秒後、今度は急降下から一点、
鎖が伸びて行った方向に引っ張られる形で
上昇していく。
「っーー!」
上昇から急降下し、今度は急上昇という
これまで感じたことがない衝撃に
少年は頭がくらくらし始めていた。
「さあ、到着だ」
その言葉が聞こえた刹那、
頭上にあった筈のツキが目の前に――
思考する暇もなく衝撃にさらされ
身体がカラクリから飛び出し
あらがえない力でぐるぐると回る。
「っの―――」
体勢を崩しながら見開いた先に見えた
尖ったいくつもの石柱群、一瞬にして
脳裏に浮かんだのはそこに突き刺さる自分の姿と
訪れるであろう痛みの嵐。
想像しただけで全身に一瞬にして寒気が走る。
刺突の瞬間、思わず目を閉じた。
「手を伸ばして!!」
その声の聞こえた方向を確認する前に
無意識に右手が声の方向に伸びる
掴まれた感覚のあと身体の回転が急激に止まり
今度は目を開き掴まれた先を見る。
「大丈夫!?生きてる!?」
「―――、エイ、ナ?」
空中を飛ぶカラクリにまたがった
泥と脂に塗れた少女は
自分の記憶に残った姿とは違うものだったが
その声となびくち茶っ毛の髪、
そして見据えるその瞳は
確認せずともその答えにたどり着いていた。
「いいから!後ろ、乗れる!?」
「あ、ああ」
少年は思考がまとまる前に引き上げられ
少女の後ろに回り込む。
「掴んで!もう、たぶん――」
「たぶん?」
瞬間カラクリの浮遊感がなくなり
またも急降下する身体。
「やっぱり1分が限界だったわーー」
「お、落ちーー」
訪れた鈍痛は全身を駆け抜けた、しかし。
「っ、痛っ、けど、生き、て、る…?」
自分の身体に走る痛み、見渡すと、先程まで自分が乗せられていたからくりは煙を上げ大破し辺りに散らばっている。
そして、自分を助けた少女が横たわってーー
瞬間痛みを忘れ駆け出す、少女の側までたどり着き横たわる体を起こす、
所々に擦過傷はあるものの、痛みに顔を歪ませている、少女は生きている。
それが確認出来た瞬間、少女の胸元に雫が零れる。
「え?」
思わず自分の目を拭うと、袖が僅かに滲んでいた。
「痛ったぁ、って君!!」少女は少年を突き飛ばし、少年は為すすべもなく突き倒される。
少女は立ち上がり埃を払いながらゆっくり少年に近寄る。
少年は腕を顔に乗せ、止まらない感情を必死に抑えようとしていた。
「大、丈夫みたいだけど、あなた、生け贄?」
少女の問いに数秒、間を作り少年は感情を押さえ込み、身体を起こしゆっくりと立ち上がり少女と向き合う。
少年の存在には気づいていない少女、そう理解した少年は、言葉を選びこう言った。
「はじめまして、俺は生け贄じゃないけど、このツキに来た、助けたい、人がいる、君は、君の名前を、聞いてもいいか?」
少女は少年の言動に疑問を抱きながら、ゆっくり手を差し出しながらこう答えた。
「はじめまして、私はエイナ、君は?」
少女の問いに、少年は言いかけた言葉を呑み込み、差し出された手をつかみ、答えた。
「名前は、昔からない、君の、エイナの呼びたいように、呼んでかまわない」
少女は再び首を傾げながら少年を不思議そうに見ている。
「そう、なら、そうね…」
少女は少年の手を離し、あごに手をあて考え始める。
「君の名前はー」
「エイナ!!無事か!?」
突如少年の背後の茂みから一人の男が息を荒立て姿を現した。
「カズマ!!」
少女は少年の脇をすり抜け、カズマと呼んだ男の方へ駆け抜けていく。
少年は、その時の少女の安心した顔を見て、あることを悟る。
ゆっくりと少女と男の方に向き直りながら、少年は空を仰ぐ。
「ーー、良かった」
少年は別れを思い出し、そして、今日という再会があの日への訣別なのだと、そう胸に抱き、両の手の拳を握りしめた。