七.TSUISEKI その五
阿久竹次郎は何故両親ではなく上司のイースレイに電話をかけたのか?
それは彼の両親が既に亡くなっているからであった。
阿久竹次郎の両親は彼が10歳の時に事故で亡くなった。
阿久竹の両親は巨大人型ロボット『インスマス』の設計に関わったメンバーたちであり、軍事関係に興味ある者なら一般人でも知っているほど有名な人たちであった。
特に草壁は阿久竹の両親を尊敬しており、彼が技術者(科学者)としての道を歩むことになったのは彼らに憧れたからである。
しかし、阿久竹の両親はインスマスの次世代機を設計中に事故で亡くなってしまったのだ。
両親を失った阿久竹は1人になった。彼には頼れる親戚がいなかったのだ。
親戚たちは皆、『1人になった彼をどうするか?』ではなく、『彼の両親の財産をどうするか?』で日夜喧嘩していた。阿久竹はそんな親戚たちが子供心に気に入らなかった。
そのため彼は10歳の若さで軍に入隊し、1人で自立した生活を始めた。
しかし10歳の子供が1人で生活するのはさすがに無理があった。
そこで弥生、草壁、笹岡という彼の友人たちは自分たちの両親にお願いをして、隠れて阿久竹の支援をしていた。
このことを彼は知らない。今現在も知らない。恐らくこの先死んでも知ることはないだろう。
弥生、草壁、笹岡もまた、このことを生涯彼に言うつもりはなかった。
彼らはこの先ずっと阿久竹と友達でいたかったのだ。
気兼ねすること無い友達。そう互いに遠慮のない友人でいたかったのだ。
こうして友人からの支援もあり1人で生活していた阿久竹であったが、やはり『親』という存在は必要だった。
そこで阿久竹は信頼できる1人の軍人に『親』代わりになってくれるようにお願いをした。
彼の上司である『イースレイ』であった。
『イースレイ』は本名ではない。軍の中で使用する偽名である。
誰も顔を知らず、本名も知らない。性別も知らない。日本人であるとしか知らない。
しかしアース侵攻組織『イース・アタック』日本支部の支部長を任されており、『イース・アタック』全体でもかなりの発言力がある人物であった。
このことから超お偉いさんであることは間違いなかった。
その超お偉いさんに何かあった時の『親』代わりになってくれとお願いしたのだ。
イースレイはそれを承諾した。
ただし条件を出した。
それはすごく当たり前の事であった。
矛盾しているが当たり前の事であった。
「迷惑をかけるな。」
阿久竹少年はその言葉の意味を理解して大きく頷いた。
それから阿久竹は軍内部で迷惑をかけることはあったが、決してプライベートでは迷惑をかけなかった。
彼は不良にはならなかった。健全に生きてきた。人を殺す軍人だったが真っ当に生きてきた。
それは彼のイースレイに対する誓いの現れだった。
しかし、その誓いは破られた。
今回の事態は軍内部での事態なので誓いを破ってはいないように思われる。
しかし、阿久竹の中では破ったも同然だった。
それにその判断をするのは彼ではない彼の親であるイースレイなのだ。
「どうした阿久竹?何があったのか聞いているのだぞ。答えろ。」
阿久竹はイースレイの声が重く感じられた。声はいつも通り変声機で変えていたがとてつもなく重く感じた。
しかし答えないわけにはいかなかった。
「『父さん』・・・。あの・・・問題が発生しました。」
阿久竹の声が震えている。恐ろしさで震えている。恐ろしさのあまり舌が回っていなかった。
彼は完全にビビっていた。
その様子をみて警官2人は互いに顔を合わせ気まずそうにした。
阿久竹は普段イースレイのことを『ボス』と呼ぶ。しかし今回は近くに警官がいたので『ボス』ではなく『父さん』と答えた。
「何が起きた?詳しく話せ。嘘はつくなよ。」
「はい・・・。実はその・・・。」
阿久竹はあと一歩のところまで言葉が出てきたが、言葉を吐けなった。
(怖えぇぇぇぇぇ!超怖えぇぇぇぇぇ!)
彼が言葉に詰まっているとイースレイが怒りの言葉を吐いた。
「阿久竹。お前死にたいのか?」
「警察に捕まってしまいました!申し訳ございません!」
阿久竹はイースレイが怒りの言葉を吐いた瞬間に事実を告げた。
そして事の詳細を述べた。
2人の間に沈黙が流れる。
とても短い時間だったが阿久竹はそれがとてつもなく長く感じた。
そして沈黙の後イースレイは阿久竹に話しかけた。
「阿久竹よ・・・。ケガはなかったか?」
「えっ?あの・・・父さん?」
予想外の言葉に阿久竹はひどく動揺した。そんな彼にイースレイは再度質問した。
「聞こえなかったのか?ケガはなかったかと聞いたのだ。質問に答えろ。」
「ありませんでした。」
「ならばよい。警察に電話を渡せ。対応してやる。」
阿久竹は強面の警官に携帯電話を渡した。
警官とイースレイが話をした。
しばらく話したのち警官は阿久竹に携帯電話を返した。
阿久竹は再度イースレイと話した。
「阿久竹よ。10分後こちらから電話をかける。お前は人のいない場所に1人でいろ。ただし、通話内容がイースフルのメンバー全員に聞こえるようにしておけ。」
一方的な話をしてイースレイは電話を切った。
強面の警官は阿久竹が携帯電話をポケットにしまったのを見て彼に話しかけた。
「しっかりした親御さんだ。もう迷惑をかけるんじゃないぞ。」
そういって警官2人はその場から去って行った。
10分後。阿久竹はイースレイに言われた通り、人の通りの少ない場所に行き1人で電話がかかってくるのを待った。そして電話が鳴った。
「もしもし私だ。イースフルのメンバー全員聞こえているな?阿久竹よ。少し話がある。」
イースレイは阿久竹とイースフルのメンバー全員に対し話を始めた。