十六. 温泉街の悪夢 その三
「隊長殿!洞窟温泉が有名であります!催促ではありませんが有名であります!」
「洞窟温泉か・・・入ってみるか。」
六華の希望した温泉宿に行き入湯手形に2つ目のスタンプを押してもらい、阿久竹は洞窟温泉に入ることにした。
洞窟内は薄暗いため足元少し危なかったが、これがどうして中々楽しかった。
(いいねぇ。実にいいねぇ。子供の時に来ていたら本当に冒険してる気分に浸れただろうな。)
阿久竹は幼い日に憧れた洞窟内での冒険を思い出した。
それと同時に本日2つ目の作戦を思いついた。
(作戦は思いついたが何かが足りないな・・・どうしたものか。)
温泉宿を出て近くのベンチに座り、彼が思いついた作戦を頭の中で整理していると六華が話しかけてきた。
「隊長殿!卵ですよ卵!食べるであります!」
作戦を考えている彼に対し六華は満面の笑みで温泉卵を1つ阿久竹に渡した。
阿久竹は渡された温泉卵の殻を剥きながらこう思った。
(・・・六華くん。君さ、俺の護衛のためについて来たんだよね?なんで俺より楽しんでるのかな?しかも逐一メモまでして笹岡とのデートプランを立ててるよね?せめてそういうのはコッソリやろうよ。今回の旅費全額俺が支払ってるしさ。何かの罰ゲームかな?あと笹岡お前は殺す。)
阿久竹は何とも言えない空しい怒りを無関係の笹岡にぶつけた。
しかし六華のおかげで作戦が完成した。
(帰ったら皆に話すとしよう。その前に弥生と草壁に一言連絡しておくか。)
阿久竹は携帯電話をポケットに取り出し、弥生と草壁に作戦内容のメールを打った。
メールを打ち終わるのを見計らい、六華が話しかけた。
「隊長殿!自分は気分転換に山を登ることを提案するであります!山の上にも温泉があり、見晴らしの良い景色であるとのことであります!」
阿久竹は無言で頷いた。もう考えるのを止めたのである。
今の六華の表情を見たら皆誰でもそうなるだろう。
(笹岡・・・貴様、この温泉街でのデートで六華を泣かせたら殺すぞ。)
あくまでも怒りを六華ではなく笹岡に向けた。笹岡にしてみればとんだとばっちりである。
阿久竹と六華は山登りを始めた。とはいえそれは本格的な山登りではなくコンクリートで整備された道路を上っていく山道登りだった。
時間をかけて登ると温泉宿があった。
入湯手形にラスト3つ目のスタンプを押してもらい阿久竹は温泉に入ることにした。
温泉は見晴らしの良い素晴らしい緑の景色広がっていた。
(素晴らしい景色だ!心が癒される!)
阿久竹は湯につかりながら素晴らしい景色を眺めていた。しかし、しばらく眺めているとウトウトと眠くなってしまった。
(マズイな。眠くなってきた。)
彼は眠らないようにしていたが眠ってしまった。
阿久竹が眠ってしまったので、ここで彼の生き方について説明させてもらう。
『死ぬまで頑張る!』
これが彼の生き方である。
アース人とイース人たちは生まれてすぐに自分の寿命を国が調査し把握する。
その寿命を本人が知るかどうかは本人の意思に委ねられる。このことに関してはアース人もイース人も同様である。
99.9%の人間は自分の寿命を知らずに生きることを選択する。知ってしまえば恐怖と絶望に襲われるとわかっているからだ。
しかし阿久竹は違った10歳の若さで彼は自分の寿命を知ることにした。
阿久竹が自身の寿命を知ろうとしたきっかけは彼の両親の死に関係している。
阿久竹は両親が死んだときに両親の寿命を調べることにした。
自分の父と母が事故で死ななければ何歳まで生きることが出来たのか気になったのだ。
両親が生き返るわけではなかったが彼は知りたくなった。
個人の寿命についての管理をしている国の機関に連絡を取り調べてもらった。
そして彼のもとに結果が届いた。結果は2枚の紙で送られてきた。
1枚目は両親の寿命について。もう1枚は自分の寿命についてであった。
彼はまず両親の寿命が書かれている紙を見てみた。
『阿久竹〇〇殿・・・81歳。阿久竹××殿・・・85歳。』
両親の寿命を知り彼は泣いた。
彼の両親はイース人にとっては非常に珍しい長寿命であった。
事故がなければ彼の両親はあと50年近く生きられたのだ。
しかし彼の両親は寿命まで生きなかった。これが現実である。
紙に書かれている寿命はあくまでも理想。現実ではないのだ。
阿久竹は両親が事故に合わなかった未来を想像した。
家族で一緒に食事したり笑いあったり喧嘩したり。それがずっと長く続く楽しい未来を想像して夢を見た。
しかしこの夢は決して叶わない。未来永劫叶うことはないのだ。
叶わない夢など悪夢でしかない。
彼は嘆き悲しみ両親の死を改めて悔やんだ。
知らなければ思い描くことのなかった悪夢であった。
両親の死を改めて悔やんだあと今度は自分の寿命が書かれている紙を見ることにした。
彼は自分の寿命を知るかどうか直前まで悩んでいた。
しかし両親の寿命を知り、彼は自分の寿命を知ることに決めた。
両親は天寿を全うしなかったが、死ぬ直前まで懸命に生きていた。
大事なのは寿命まで生きるのではない。死ぬまでにどう生きるかだと彼は考えた。
そして自分の寿命を知り、その最後の1分1秒まで懸命に生きることを決めた。
『阿久竹次郎殿・・・』
阿久竹が目を覚ましてしまったのでここまでにしておく。
(おっと少し眠ってしまっていたな。早く湯から出ないと六華がまた不貞腐れそうだ。)
彼は湯からあがり、脱衣所で服を着て待合室へと向かった。