十三. 狂っちゃいないぜ!
阿久竹次郎
草壁狂四郎
秋空一歩
千石冬夜
4人は学校帰りのファミレスで大いに盛り上がっていた。
秋空と千石の2人が阿久竹に話しかけてきたのはバイクについて聞きたかったからだ。
千石はレトロなモノが好きで、阿久竹が古い改造バイクに乗っていたと聞き、彼にそのことを聞いてみようと思ったのだ。
秋空は秋空で新しいバイクを買おうと思っていたので、バイクについての話を聞いてみたかったのだ。
「改造をしてくれたのは4組の草壁なんだ。あいつに詳しく聞くといい。」
下駄箱で自分に話しかけてきた理由を知った阿久竹はカメラで様子を窺っていた草壁を電話で呼んだ。
その場で少し話をするつもりだったが話が弾み、場所を変えファミレスで食事をしながらバイクについての話をしていた。
「為になった。感謝する。おかげで新しいバイクを買う時の参考になりそうだ。」
「クククこちらもだ。最近のバイク事情が聞けてなによりだ。」
秋空と草壁が互いに礼を言い合った。
阿久竹は実はそこまでバイクに詳しくなかったので話を聞く側に回っていた。
また千石もレトロなモノが好きなだけでバイクは詳しくなかった。
「今日は楽しかったよ。また明日・・・おっと、また今度な。」
「ああ。また今度な。」
千石はわざと間違えたわけではなく『素』で間違えた。
阿久竹はそのことを気にすることなく別れの挨拶を返した。
秋空と千石の2人と別れた後、草壁にも礼を言った。
「助かったよ草壁。急にバイクのことを聞かれたからお前に助けを求めてしまった。」
「ククク気にするな。俺も有意義な話を聞けてよかった。これで俺の新兵器の開発に一歩近づいた。早速帰って試験開始だ。」
草壁はそう言ってそそくさと帰っていった。
(・・・さてと俺も帰るか。はぁ。)
阿久竹はため息を吐いた。帰るのが少し嫌なのだ。
というのも心休まるはずの家では心が休まらないのだ。
理由は彼女にあった。
とあるアパートの202号室が阿久竹の住む部屋である。
阿久竹は今自分の部屋の前にいる。
彼は自分の部屋に入るのを少しためらっていた。
(今日はどうかな。頼むからいないでくれ。)
彼は祈りながらドアノブに手をやった。ドアノブを回しドアを少し押すと、ドアが前方に少し開いた。
(カギがかかっていない。ってことは・・・)
彼は諦めてドアを完全に開き部屋の中に入った。
部屋の中の玄関の足元を見ると靴が1足綺麗に並んで置いてあった。
それを見て彼は嫌々ながらこう言った。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
部屋の奥から女性の声が聞こえた。
彼のよく知る声だ。もう何千、何万と聞いた声であった。
出迎えの挨拶とともに部屋の奥から彼女が現れた。
梅林弥生であった。
梅林弥生は隣の部屋の203号室に住んでいる。
彼女が阿久竹と同じアパートに住んでいるのには理由がある。
阿久竹はアースでの住居を考えた時に2人1組でアパートに住まわせた方が良いと考えた。
何かあった時に仲間の1人が近くにいた方が良いと思ったからだ。
そのため阿久竹と梅林以外のメンバーもそれぞれ2人1組でアパートに住んでいる。
もちろん各自のプライベートを考え住む部屋は別だった。
(例:阿久竹と弥生、草壁と笹岡など)
「何かあった時は遠慮なく俺の部屋に来ていい。俺の許可はいらない。」
そう言って阿久竹はこのアパートに住むときに弥生に自分の部屋の合鍵を渡した。
本来は部屋を隣同士ではなく離すべきだったのだが、あいにく部屋が空いてなかった。
他のアパートも検討したが、どれも住む条件が悪くて住む気になれなった。
(隣同士だがまあいいだろう。何か起こるわけないし。)
そう思っていた阿久竹であったが、それは甘い考えであった。
隣同士とか部屋が離れているとかそういう問題ではなく、阿久竹は弥生と別のアパートに住むべきだった。
そう阿久竹は別のメンバーとペアになるべきだった。
弥生はここ最近毎日といっていいほど阿久竹の部屋にいた。
理由は単純、彼女は想像以上に真面目だったのだ。
梅林弥生は真面目である。
阿久竹のように表面上の真面目ではなくガチである。
ガチというとあれだが・・・そう・・・なんというかその・・・とりあえず真面目である。
彼女は毎晩彼の部屋に来てはこういった。
「作戦を考えましょう。」
阿久竹にとってそれは地獄であった。
想像して欲しい。
17の若い男が全くといっていいほどプライベートが無いのである。
家でも、学校でも、仕事場でも無いのだ。
ストレス発散方法が無いのだ。
(たまには1人になりたい!)
これは若い男女以外にも言えることだが、人間誰しもがたまに思うことだろう。
そして実際に1人になって好きなことに没頭する。これが健全な生き方といえるだろう。
彼はこの数ヶ月その生き方が出来ていないのだ。
ストレス全開。いつ爆発してもおかしくなかった。
もちろん弥生は阿久竹を苦しめたくてこのようなことをしているわけではない。
彼女なりのメンタルケアのつもりで彼の部屋を訪れているのだ。
作戦を考えようという言葉は建前であり、彼と話をするために訪れているのだ。
6度目の作戦以降、つまりアホな作戦を実行し始めた時からほぼ毎晩訪れている。
彼のメンタルが崩壊したと思ったのだ。
(このまま阿久竹を1人にしておくのはマズイ!)
真面目な彼女はそう思った。
何せ正気とは思えぬ作戦を常日頃考えているのだ。
正気を失ったと思ってもおかしくはない。
そこで彼女は毎日阿久竹と会話することにしたのだ。
彼女はそれが効果覿面だと思っているのだが、彼にとってそれは逆効果だった。
(弥生さん。本当に勘弁してください。もう限界ですよ。)
若い男女が毎晩部屋で2人っきり。
マズイ・・・非常にマズイ状況である。
兄妹のように育ってきた2人であったがマズイ状況にあった。
阿久竹は見慣れてしまっていたが、弥生は美人である。
彼は最近自分が彼女のことを意識し始めているのがわかっていた。
このままではいつ間違いが起きてもおかしくなかった。
(いかん!いかんぞ阿久竹次郎!それだけはいかん!ダメな理由はないけどいかん!)
そう自分に言い聞かせ、彼は今日彼女の顔を極力見ないようにして旅行のパンフレットを眺めていた。
停学期間を利用して気分転換に一人旅をしようとしたのだ。
※皆さんは阿久竹のような真似はしないようにしてください。
停学中に反省せずに旅行する奴は猿ですよ。
そんな奴はバナナでも食べてウキウキ言っててください。
(何か・・・何かないか・・・。これだ!)
彼はパンフレットに書かれていた地名に関心を寄せた。
パンフレットに書かれていた地名はこうであった。
『黒川温泉』