少女は優しさを知る
3人の医療班が駆け付けた時には既に少女は落ち着きを取り戻しており、大人しく体操座りをした状態で彼等を出迎えた。
「b、檻の鍵を開けてやれ」
bと呼ばれた男は言われた通りに檻の鍵を開け、少女に出るようにと促した。少女は一瞬躊躇ったが、彼の腰に拳銃があるのを見てガタガタと怯えた様子で外へと出た。そんな少女が布一枚で体を隠している姿を見て男は怒りを顕にした。
「服すら与えられていなかったのか、なんて奴等だ。b、すまないが女の子用の服を持ってきてくれ」
「いいけど、俺の趣味が入るがそれでも構わないか?」
bは下卑た笑みを浮かべながら少女を舐めるように上から下へ視線を下げていく。男はそれを気にせず「いいから早く持ってこい」とだけ命令した。
「すまない、気を悪くしないでくれ。あいつはいつもああなんだ」
男は溜息を吐きながら少女に申し訳なさそうな顔をした。その悪意も深い意味もない、普通の表情に少女はクスリと笑った。その事に気付いた男は驚いたが、笑顔を浮かべ少女にゆっくりと右手を差し出した。
「初めまして、俺の名前はaだ。よろしく」
差し出された手に少女はどうするべきか少しだけ悩んだ。それは握手を求める手だと分かっていたが、罠だとも思ったからだ。aと名乗った黒髪の爽やかな顔が印象的な男の腰に拳銃はなかったが、今まで無言で立っている、彼の後ろでこちらを凝視している女はいつでも撃てるように手を拳銃に重ねていた。
ここで握手を拒めばそれこそ彼等の機嫌を損ない撃たれるかもしれない。あの痛みを思い出し少し気分が悪くなったところで少女は変な勘繰りを止めて男の握手に応えた。
「はじめ、まして。えっと……如月奏です。こちらこそよろしくお願いします」
少女――如月奏は怯えながらもゆっくりと右手を差し出し、aと握手を交わした。その手は暖かく、奏は少しだけ安堵した。
それから何分か経った頃、aによって奏の恐怖心が取り除かれた頃に先程服を取りに行ったbが戻ってきた。その手に掴んでいたのは真っ白なドレスが一着。
「ああ、b。お前はこの後の予定を知らないのか?」
aはドレスを見て明らかな溜息を吐いたが、bはそれを無視して奏に近付いた。
「俺が着させてやろう。立ってくれ」
奏はそれを一度拒もうとしたが、bの腰にある拳銃を見て逆らってはいけないと判断して諦めた。
しかしそれを見ていた後ろの女が突然bからドレスを奪い取り、彼を奏から遠ざけるように突き飛ばした。
「退いて。着替えは私がやるから、貴方達は外で待機してて。終わったら呼ぶ」
bはその女の冷たい言葉と突き飛ばされた事に苛立ちを見せたが、大人しくaと共に部屋から退室した。
女はそれを確認してから奏の方に振り返り、笑顔を見せた。
「ごめんなさい、どうしてもあなたを信用できなかったの。そうだ、自己紹介がまだだったね。私はcと呼ばれてるの、よろしくね」
それはさっきまで、拳銃に手を重ねて奏をいつでも撃てると警告していた女とは思えないほど優しい声だった。
不意をつかれた奏は驚いたが、すぐに無表情を取り戻す。彼女が奏を信用出来なかった理由、それは奏自身にあった。
「報告では、足を撃たれたと聞いたけど」
cは奏の足を見ながら呟いた。
そう、足を撃ったから治療しろと報告があり、だからこそ医療班である彼女たちが呼ばれたのだが駆けつけてみれば撃たれた本人は落ち着いており、出血の痕跡すら見当たらない。
報告にあった奏の足は真っ白で綺麗な肌が見えるだけで、傷跡すら残っていない。本当に撃たれたのかどうかも怪しいくらいだった。
「触ってもいいかしら」
奏は恐る恐る頷く。cは報告のあった撃たれた足を優しい手つきで撫でると、奏の体は強張った。見知らぬ人、それも女性に触られるのは奏にとって初めての体験だ。体は女性だが心は13歳の少年なのだから、こうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
それから何分もcは奏の足を撫で続け、奏はそれを制止出来ず、結局目的の着替えが終わったのは長い時間が過ぎた後だった。
「入って」
cは扉を開き、aとbを部屋に入れた。
「へえ、よく似合うじゃないか。しかし……」
aは奏の顔が少し赤みを帯びており、呼吸も荒くなっている事に気づいた。
「c、お前何かしたか?」
「特に何もしていません。足の状態を確認したくらいです」
cは無表情で返答したがaは何かを察して奏に謝った。その様子を見ていたbはすかさず言葉を口にした。
「やっぱり俺が着替えを担当するべきだったんじゃねえか。推測だがcはこの子にセクハラをしていたに違いない。着替えにあれだけの時間は必要ないからな。それに見ろ、あの官能的な姿を。ロリに手を出すとは許し難い、これだからレズは」
bの口撃に対してcは正面から反撃した。
「セクハラ?何を根拠に言ってるのかしら。奏ちゃんの状態がああなっているのは貴方の顔が怖いからでしょ。それとドレスは着替えるのに時間が掛かるの。そんな事も知らないで持ってきたの?本当に自分の趣味だけで選んできたのねこのロリコン野郎」
彼女達の言い合いに完全に取り残された奏とaはただただ呆然と立ち尽くしながらその光景を見ているしかなかった。
でも、そんなコントのような彼等に奏は自然に微笑んだ。
思い返せば、目覚めてからこんなに笑えたのは初めてかもしれない。そもそもあの状況で笑える人間なんてほんの一握りくらいだろう。
彼等と共に過ごした時間は1時間にも満たないが、奏にとってその時間は本を読んでいたあの頃以上に幸せを感じられていた。
そう、奏はとても幸せだった。ここにきて漸く彼女は優しさを知る事が出来たのだ。それは決して一人では得られないもの。人に与え、そして与えられるものだと彼等が教えてくれた事に奏は心の中でありがとう、と呟いた。
もちろん、そんな幸せは長くは続かない。
四人で楽しく話している最中、突然扉が開き武装した集団が入ってきた。彼等はa.b.c達を部屋から追い出し、奏自身には得体の知れない注射をした。
あまりにも突然の出来事で状況を理解出来ない内に奏の意識は深い闇へと沈んだ。