少女となった少年は変わった自分を知る
気が付けば、少年は暗闇の中にいた。
目を開いて周りの様子を窺うが、真っ暗で何も見えない。溜息を吐いてから自分の体の異変に気づいた。
「あ、あれ……」
胸を触り股間を触り、それから顔や腕、お腹から足へと手を這わせて確認する。少年の体は完全に女のそれに変わっていた。
「あ、あー」
声が綺麗な高音なのを確認してから彼は確信した。
「これは、女の子の……」
誰にも気付かれないくらい小さな声で呟いてから、少年はもう一度頭から足の先へと手や指を這わせて確認する。
さらさらの髪は腰まで伸びており、ぷるぷるの肌はまるで自分のものとは思えなかった。手や足は細く、しかし胸や太腿はしっかりと肉付いていて、そこには確かな理想の体があった。
しかし不思議と興奮はしなかった。まるで元から自分は女だったのではないかと思うほど、多少の戸惑いはあったが少年はすぐにその体に違和感を感じなくなった。
次第に目が暗闇に慣れていき視界が広がってきた事で、少女は自分がどこに居るのかを知る。
そこは本で見た事がある『檻の中』だった。13歳の小さな少女が狭いと感じる程小さな檻。それは間違いなく人ではない動物か何かを収容する為の物だ。そして鉄で作られた柵の5m向こう側には扉が見える。どうやら少女は鉄の檻に閉じ込められているだけではなく、広い一室の真ん中に檻と一緒に閉じ込められているようだった。
そこには何もなく、何故自分がこの場に居るのか分からない少女は少しずつ焦っていた。知らず知らずに心拍数は上昇し呼吸も荒くなる。
そんな時、不意に目の前の扉が開かれた。現れたのは白衣を纏った眼鏡の似合う男が一人とその後ろに銃で武装した男が二人。
眼鏡の男は彼女を刺激しないように笑顔を絶やさずゆっくりと前進して少女の目の前で止まった。それから彼女の目線に合わせるように座り込む。
「こんにちは」
やはり男は笑顔で少女に対応したが、少女は男に対して敵意を隠さなかった。彼女の生前の記憶が彼女を人間不信にさせていた。
男は無言を貫く目の前の少女に対して一切笑顔を崩さない。その笑顔が本心ではなく、それを隠す為の偽りの仮面だということなど少女には既に見抜かれていると知りながら。
「早速だけど、君の名前を教えてくれないかな」
男が質問しても少女は応答しない。男は立ち上がり分かりやすく溜息を吐きながら後退して、後ろにいる武装した片方の男に命令を下した。命令された男は拳銃のようなものを構えながらゆっくりと少年の前に位置取り、一切の躊躇いもなく少女の足に狙いを定めて引き金を引いた。
弾丸は見事に少女の足を撃ち抜いた。彼女は出そうになった悲鳴を無理矢理噛み締めてこれを阻止し、傷口を手で抑えて呼吸を速くする事によって必死に耐えた。
拳銃で撃った男と交代するように眼鏡の男は少女に近付いた。そこには先程の笑顔はなく、まるで猛獣を見るような目で彼女を威圧しながら口を開いた。
「自分の立場を理解してくれたかい。もう一度だけ聞くよ、君の名前を教えてくれないかな」
もちろんそんな言葉など少女には聞こえていない。突然自分の足を銃で撃たれたのだ、冷静に名前を教えられるほど少女は強くなかった。色白で可愛い少女が薄い布一枚で体を隠し、撃たれた部位を手で必死に抑え悶えてるその姿は美しくも儚げだ。
男は医療班を呼ぶよう手配してからその場を後にした。
しかし彼等はどうして気付かなかったのだろうか。それとも気付いていながら無視したのか。彼女の傷口から、血が流れていないことを。