「1」異世界だと思ったけど日本で、やっぱり異世界だったけどこれ日本だ
◇◇◇◇◇
目覚めると異世界だった。
男友達から「異世界ってあるんだぜ」という衝撃的事実を聞いていたから、すぐにそれは脳が受け入れた。
まず異世界だと思った理由は、家で寝ていたはずが、起きてみると森にいて、そしてそこで見たーー植物。
だって誰も見たことないだろう。見たくないだろう。この、犬っぽい見た目をした4足歩行の生物を丸呑みにする植物など。
蔦が俺の方にも伸びてきたので、慌てて後ろに飛び退く。そこまで長くなかったのか、とりあえず植物からは逃れきった。
しかし植物でさえあんな風なのだ。まさかあれが食物連鎖の頂点に位置しているはずもないし、これからの事を考えると武器のひとつもないのは痛い。
「……そうだ」
男友達から「異世界に行った奴って最強なんだぜ」という衝撃的事実を聞いていた事も思い出す。なんと、例えクソニートでも社畜でも、果てはいじめられっ子や、どこにでもいる普通の高校生でさえチートと呼ばれるような能力を持つらしい。
自分にどんな力があるのかは分からないが、確かステータスと唱えれば良かったはずだ。
「ステータス!」
……何も起きなかった。あいつ、俺に嘘をついたのか? いやまて、疑うのは良くない。もっと他に言っていたことがあるだろう。
そう、確か……オープン?
それだ。
「ステータス、オープン!」
すると、目の前に半透明の何かーー察するにステータスが現れた。
ーーーーー
名前 : 中村 ジョンソン 地白薔薇
ーーーーー
うん、ここまではおかしいところが何もないが、次からは俺の予想だにしない情報が載っていた。
ーーーーー
名前 : 中村 ジョンソン 地白薔薇
年齢 : たくさん
スキル : たくさん
総合力 : 最強
オマケ : スマホ
ーーーーー
……友よ、俺は本当に最強になったらしい。何の喜びも感動もないのは、これが何の努力もせずに与えられた力だという高尚な理由だと思う事にしよう。
ただ、気になる点が2つほどある。俺の年齢は記憶が確かなら16。それをステータスはたくさんと表示した。まさかこいつ、16以上の数は「たくさん」という大雑把な表示方法なのか?
だとすると、スキルが16個以上あるせいで「たくさん」となってしまったという理にかなった結論に至る。幸い中の不幸か、スキルをたくさん持つせいで自分の力を詳細に分からないとは。
もしかすると2という数字でさえ「たくさん」なのかもしれないが……まあ、おいおいどうにかするとしよう。
もう1つの気になる点。それは、やはり最後のこれ……オマケのスマホ。今しがた気づいたが、ポケットの中にスマホが入っていた。とりあえず画面を開くと、バッテリーは無限となっていた。「たくさん」じゃなかったのはありがたい。
……ん? 俺の知らないアプリがある。何だこれ……Mune? よく分からんが、これがオマケの真骨頂かもしれないので開いてみた。
すると、強制的にホーム画面に戻り、1人の女性がポンっと中央に映った。青い髪をして、近未来的な服装を着こなす不思議な少女は、無機質な表情で……勘違いでなければ俺を見ている。
閃いた。男友達はこれを、うんざりするほど常々言っていたからな。なるほど……これが「ハーレム」か。
曰く、これには2つのパターンあるらしい。力方面では役立たずで保護欲だけの塊か、もしくは普通に強い、あるいは才能を持っている……と。それでも絶対に「最強」ではないらしいが、絶対に優しくした方が今後の生活に吉と出るに違いないぜ……とも、言っていたな。
優しく? 優しく……優しく!
浮かんだのは、死んだ婆ちゃん。天国の三途の川でエンジョイしてるはずの、知ってる限り誰よりも優しい人間。
まずは、真似てみよう。
「……飴ちゃん、いるか?」
『ワタシにそちらの世界の食材を食べる機能は存在しないです。少し考えれば分かる事です』
「……そうか」
俺、何か間違えたかな婆ちゃん。
「ん? 喋れる、のか」
当たり前の驚きだったと思うが。
不思議少女は、やはり無表情で、しかし確実に舌打ちをした。
『察しろです能無しマスター』
「え……いや、俺、頭いいはずだ。多分」
『そういうところが一般的に言う馬鹿なのです。馬鹿マスターなのです。
はぁ。とため息を出したいくらいですが。ワタシはマスターに忠実であるべき存在なので。仕方なく。本当に仕方なくマスターのサポートをしてあげるです』
言葉の至るところに忠実な部分を感じられないのだが、それでも、この右も左もわからない状況に彼女は手助けをしてくれるのだろう。
ひたすら感謝しかない。
「ありがとな。えっと……」
『……ワタシはMuneと呼ばれる機能です。しかし。個の認識としては正しくないです。つまり今は名無し。
だから。そうですね。自称頭の良いマスターが名付け親になるといいです』
「え、俺がか?」
『嫌ならMuneと呼べばいいだけです』
「……それは、正しくないんだよな……分かった。考える」
『……期待しないです』
そりゃ楽だ。
でも、俺は知っている。名前というのがいかに大切であるのかという事を。名付け親は決して軽いノリで名前をつけていいものではない。まあ、そんな人間はいないと、俺は信じているが。
だから、名前を決めるという事が、決して楽であっていいはずがない!
「ネム! 君の名前はネムだ!」
『……期待しなくて良かったです。逆さまとは。全く。想像以上に想定以内ですよ』
「え、お気に召さなかったか?」
俺の言葉には応えず、ネムはまた舌打ちをする。結構自信あったのだが、ネム自信はこの名前を気にくわないみたいだ。
……一度決めた以上、変えることだけはしたくない。でも、本当に嫌なら、それは俺だけの問題ではない。
「ネムにぴったりで、とても可愛い名前だと思うのに」
『……ま、及第点ですね』
「え、今なんて?」
『ちっ。マスターの命令には逆らえないのです。つまり今後。ワタシの名はネムなのです』
「いや、無理強いは嫌なんだが」
『ちっ』
「……」
もう、舌打ちはやめてほしい。
友よ、こういう時にどうすればいいか、教えてくれなかったのを恨む事を許してほしい。こんな経験、今までないのだ。
……こんな経験?
そうだ、俺はネムに、聞かなければならない事がある。
「教えてくれネム、ここは本当に異世界と呼ばれる場所なのか?」
『逆に。地球のはずがないです』
「そっ……か。だよな。うん」
親孝行、出来なかった、か。妹も今頃、心配してくれるのかな。最近はどうも喧嘩ばっかだったけど。
「なら、俺はこれからーー」
どうすればいい? そう聞こうとして、遮る音が空から聞こえた。
ーー異世界と聞いて何を思い浮かべる? 飛行機が飛んでるような轟音を空から聞いて、まず最初に何を思い浮かべる?
俺はドラゴンだった。男友達が言うには、「大抵のドラゴンは強くてマジ美味えんだぞ。卵だったら仲間に出来るんだぞ」と力説していたし、正直に言って少しだけ興奮しながら空を見上げた。
……果てしなくはない遥か上空。
ああ、俺は感動したぞ。
何と鋭き大きな翼。あれだけの巨体だと、翼を動かさず空も飛べる。
それに、ここからでも分かってしまう頑丈さ。体全体が鉄の硬度を誇るだろう。
最後に、あの頭部のフォルム。新幹線を思わせる、空気抵抗の少ない形。まさに飛行機らしい飛行機の中の飛行機だ。
……あっれれー、おっかしいな。
飛行機が飛んでいるような轟音? 当たり前だ。なんせ、飛行機が飛んでいたのだから。
「ここは、異世界ではないのか?」
『だから異世界だと言っているです』
「でも飛行機……」
『大昔。マスターと同じような存在が。ただ飛行機の作り方を教えただけです』
「……少し悲しいものがあるな」
『電車もある。コインランドリーもある。そんな異世界で何をマスターは期待したのですか』
「それはもちろん、ファンタジーを」
『ワタシで我慢してればいいです』
そうか、そういえばネムはファンタジー。よくよく考えてみるととても不思議な存在だ。うん、異世界で飛行機があったって悪くない。むしろ便利じゃないか。
人生ポジティブにいこう。
「とりあえず、この森から出たい。然るに、俺の最強とは何なのかを知るべきだとおもう。ネムは知っているか?」
『もちろんです。マスターは最強。何かと問われても。最強だとしか言えないほど最強です』
「……話が通じていない?」
『いいえ。マスターは最強です』
何度か聞いてみたものの、ネムは最強だと言い張るだけで、詳しいことは教えてくれなかった。
不思議とそれで、何とかなる気がしてくるものだから、俺も気にしない事にした。
『この森から出るには、この先100メートル先を右折。その10メートル先左折。次の赤い木を目印に。下へ落ちるのが最短距離です』
異世界の事なら何でも知っているらしいネムの言う通りにする。
途中、最初に遭遇した肉食植物に睨みをきかし、4足歩行が襲いかかってきたので跪かせ、とうとう赤い木まで辿り着いた。
斜面120度。ま、大丈夫だろうと思い、そのまま落ちた。
大丈夫だった。
ことごとく最強の俺はついに森を脱出して……道路に出た。とても綺麗に補導されてある。あ、ガードレールもあるとは良心的だ。異世界も捨てたもんじゃない。
「……いやおかしいだろ」
『飛行機があるのに。車がないはずないですよマスター』
「……」
言われてみれば、何の不思議でもない。
「それも俺と似たような状況の人間が教えたのか? 飛行機も車もつくり方を知っているなんて、とても博識な方だったのだな」
『いえ。飛行機の作り方を教えた人間と。車の作り方を教えた人間はまた別人です。もちろん。コインランドリーも』
「なるほど。たくさんいたのだな」
『現在はマスター1人ですが。ざっと。累計で1億人以上が地球からこの異世界へ来ているです。繋がりやすい空間をしているらしいですね』
「そういう問題か?」
ネムが言うには、現住人の約半分以上に地球人の血が流れているとの事。
何だそれ。
俺が想像していた異世界と違う。
結論から言ってこの世界では、1日は24時間で、1週間は7日で、1年は365日で。義務教育もあるし、選挙もある。王様はいるが、ぶっちゃけそれ天皇。どうも日本を中心とした作りみたいだ。国の名前だって日本らしい。
プップ〜ーー
ここは真の意味で異世界か日本か、哲学にも近い思考に没頭して気づかなかったが、道路に出ていた俺は車の邪魔をしてクラクションを鳴らされていた。運転席にはスーツを着込んだ若い男性がいる。
……何だかなぁ。
「おい君、早くどきたまえ」
「あ、すみません」
軽い会釈をして端に寄った。
男性はこのまま車で過ぎ去っていくのだと予想していたが、現実とは思い通りにいかないもので。
俺の顔をジーッと見て、男性は俺の真横で止まった。
「見ない顔だな」
「……遠くから来たので」
「ん、アメリカからやって来たのか」
「ええ、その通りです」
はいはいと頷けばいいと思っていた俺に、男性はニヤリと笑った。
その顔はあたかも、「計算通り」とでも言いたげで。フッと微笑みながら、俺にある真実を告げた。
「この世界にアメリカはないよ。異世界からの少年」
「えー……」
「何も隠す事はない。この世界で君みたいな存在は非常に稀、というほどでもないぞ。確かに最近は聞かなかったが……まあその程度だ」
「……やっぱ隣町から来たという事で」
どうも簡単にバレたのが悔しくて、子供っぽく言い繕った。しかしそれも、この男性にとっては無意味なことだったらしい。
「見かけない顔だと言ったはずだぞ。僕には完全記憶というスキルがあってね。隣町はもちろん、隣の県でさえ全ての人間の顔は覚えている」
「おぉ!」
ここに来て1番ファンタジーかもしれない。例えその完全記憶というスキルを、俺も持っていたとしても。
男性は俺の感動に何を勘違いしたのか、快く車に乗るよう誘ってきた。
「乗りたまえよ少年。君に今必要な事は役場に住民手続きを済ませることだ。連れて行ってあげよう。
なーに遠慮するな。僕もそこで働いているだけに過ぎない」
「では、お言葉に甘えて」
シートベルトをしっかり着用し、快適なドライブで俺は役場へ向かった。
信号が赤になる時はちょっぴり損な気分になったりして。道行く人が杖を持っていると少し嬉しくなって。箒に乗った人間が空を飛んでいるのを見たのが、1番得な気持ちになった。
あっという間に役場まで着くと、最低限のことは男性に教えてもらい受付まで向かう。受付嬢は、小動物を思わせる可愛らしいオレンジの髪をした女性だ。
髪の色……これは、数少ない、ここが異世界だと証明している内の1つ。大事にしたい。
「本日はどのようなご用件で?」
「あ、俺は……えっと、異世界人でして。ここで働く人間に、まずは住民手続きを済ましたほうがいいと言われました」
「え、貴方が異世界人? うわー! 私は初めて見たよ! 待ってて、すぐに済ませるから! いや、やっぱりじっくり済ませるから!」
「は、はぁ……」
予想以上のリアクション。
あれか、転校生としてクラスに外国人が来たみたいなものなのだろう。自分でもびっくりするほど分かりやすい例えである。
受付嬢は幾つかの書類を持ってくると、ペンと一緒に渡してきた。
「まず、名前と、それから年齢。あとはこの世界に来る前に自分がしていた事をーーあ、待ってて!」
受付嬢はまた消えて、すぐに戻ってきた。手には水晶のような物が握られてある。
これは……あれだ!
男友達が、「大体、壊れちまうんだよなぁ」という、何かを測る機械だ。
「はい、これで魔力検査をしてね。最低限の情報も抜き取られちゃうけど、何も心配はいらないよ」
「検査……それ、壊れますよ 」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
受付嬢は自信満々に頷く。俺も鬼ではないが、一瞬で壊した。
そして、パンパカパーンと受付嬢は口で言って、下から何かを取り出す。
……ブラックカード?
「これは、君の情報が詰まったカードだね。今はまだ真っさらだけど、大事だから大切にしてね。他のみんなは白なんだけど、君だけは特別だよ!
あ、チョコレートも差し上げます、と」
「……どういうことですか?」
「気にしなくていいよー。あのね、これは魔力測定器の破壊、1万人目記念みたいなものだから」
だいじょぶって、そういう意味での大丈夫だったのか。
俺は釈然としない気持ちを抱えつつ、名前や年齢を書き込みながら、受付嬢と雑談を交わす。
「ーーそれで、最初俺は飛行機をドラゴンと勘違いしちゃいまして」
「あードラゴンかぁ。昔ボコボコにしちゃったらしくって実はもう絶滅危惧種なんだよね。私も食べてみたいなー……食べたら捕まるけど」
「……ユニコーンとかっています?」
「動物園ならいるよ! 」
「ははー……」
そりゃ高層ビルがそびえ立つ異世界だ。動物園にユニコーンがいたって普通普通。
住民手続きを済ませ、ブラックカードという名の住民カードをもらった俺は、年齢も16だから学校に行くこととなった。家と今後の生活費も、20歳になるまでという条件でタダで支給された。
これも1万人目記念の恩恵か、日本に住んでいた頃よりも遥かに豪華な生活を保障されている。
なんせ、家はビルだった。50階くらいの。最上階から2つ下、つまり48階と49階までが俺の物らしい。馬鹿な。日頃の行いがよすぎた。
まあ、とりあえず自分の部屋は50階で、1番景色の良かった5002号室を使うことにする。残りの部屋の利用方法は……精神的に少し疲れたので、今後じっくり考える。何なら誰か住まわせて家賃貰えばいい。20歳までならこちらが貰い放題のウハウハではないか。うむ、日頃の行いがよすぎた。
「って、明日から学校か!」
近くのサモナー学園。徒歩で10分。
俺はフッカフカのベッドに飛び込んだ。異世界に来てまで何故、学校なのだ。
男友達が言っていた。大抵そういう所には「生意気な人間」がいるらしい。そして、こちらはそれを「容赦なくぶっ飛ばす」事をすれば、学園生活をエンジョイ出来るとか。平和主義なんだけどなぁ。エンジョイしたいから仕方ないか。
あ、お腹すいた。
思い立ったが吉日。サービスマンに料理を、それと服とかも持ってきてもらった。支払いはもちろんブラックカードで。
「ネム、お前は食べれないのか?」
伊勢エビうまうま。
寿司もうまうま。
『……はぁ』
ため息をつかれた。
「あ、食べれなかったな。いや、でも何か心痛むというか、ネムにもこの幸せを共有したいというか……何か方法はないのか?」
『どうしてもとおっしゃいますなら。オマケアプリにそういうのがありますので。でも。とても難しいのできっと無理ですよ』
「あるんだな!」
嬉しくなってアプリを探す。なるほど、隠れるように存在していた〈幸せ胸いっぱい〉というのに、Muneの為の機能がたくさん詰まってある。
これで着せ替えも、Muneを強化? させるのも、そして美味しい食べ物を作るのも自由だ!
『いえ。喜んでいるところ悪いのですが。マスター程度なら無理ですよ。無理ですよ』
「2回も言うか。まあ見ててくれ。俺はこう見えても女子力満載だからな」
特に料理。これだけは極めた。将来は調理関係に就こうと思っていたくらいだしな。
とりあえず味噌汁を作ってみる。
ヘドロが出来た。
……なん、だと?
『だから言ったのです。はぁ。
難しいのですよ。それは。難易度インフェルノ。ゆで卵でさえ作りきれるのに1週間はかかるです』
そんな馬鹿な。
俺はご飯を炊いてみる。
焦げた。
解せん!
タイマーセットするだけではないか!
『ご飯を炊くなど。基本ランダムです。1分で焦げる事もあるですよ』
無茶苦茶な!
俺は玉ねぎを切ってみた。
目が! 目がぁ!?
『そんな風に。現実へダメージが過大にフィードバックする事もあるです。マスターで無ければ今頃失明してたですよ』
玉ねぎ怖いな。
「俺は、諦めんぞ!」
『いえ。最悪命を落としかねませんので。さっさと観念しやがれですね。大体。私は最初から美味しい。などというのは求めていませんですよ』
「俺が求めてる」
『……自分勝手なマスターですね』
でも、だってお前……
「俺のタコさんウインナー、物欲しそうに眺めてたじゃないか」
『なっ。わ。私にそんな表情はありませんです。ありえませんです』
「待ってろ。最高傑作を作ってやるから」
『だからっ……。はぁ。もう勝手にしやがれですよ馬鹿マスター』
「おう!」
こうして、異世界で初めての命を懸けた戦いは始まった。時にカジキマグロから襲われ、時に溺死を体験しそうになり、夜になって風呂からあがった後も、俺は諦めない。
時計の針はどちらも12を指している。あれから既に9時間は経ったのか。
俺はそれでも諦めない。
包丁から反逆されようと、まな板から押しつぶされそうになっても、時々聞こえるネムの心配気な声に励まされ、遂に!
午前6時を過ぎた頃。
俺は目から涙を流した。
ふぅ……最高のバトルだったぜ。
「出来たぞネム!」
「そ。そんな馬鹿な……。しかも。これってまさか……」
「寿司だな」
俺の好きなオニオンサーモン。
もちろん、えんがわも大好きだが、今回は譲ってもらった。
『マスターはやはり。……アホですよ。寿司など。最初から高難易度の料理ではないですか』
「悪いな。1つだけしか作れなかった」
『……はむっ』
ネムは一口で食べた。器用に玉ねぎも溢さず。お淑やかに。それでいて勢いを感じさせる食べっぷり。
『……』
「うっ……」
自信作だ。そのつもりだ。これ以上のものは無理だという確信あって、俺はオニオンサーモンを完成させた。
……でも、それが間違いだったら? もしかすると凄くマズイのかもしれない。ネムは玉ねぎが嫌いなのかもしれない。ネムはサーモンが大っ嫌いかもしれない。ネムはーー
『美味しいですよっ。このっ……。馬鹿マスター』
ネムはーー泣いていた。
『こんな。無茶して。マスターは最強ですっ。でも! ……本当に死ぬ可能性だってあったんですよ』
「……嫌、だったか?」
『嬉しいに決まってるです! でも。マスターが死ぬのは。い。嫌に決まっているではないですか……』
俺は俺が思う以上に。ネムへ、心配をかけさせてしまったみたいだ。
「大丈夫だ。俺は死なない。なんたって最強、だからな」
『そういう問題ではないのですよー。この朴念仁マスターめが』
ネムから怒られ、そしてふと、何気なく気づく。午前6時を過ぎた頃……?
もう一度時計を見た。
短針は、容赦なく俺に現実を見せつけてくれる。指し示してくれる。
もう、7時であった。
俺はまだ一睡もしていないというのに。
「って、今日から学校か!」
近くのサモナー学園。徒歩で10分。
俺はフカフカのベッドに飛び込んだ。
「思うんだけど、このまま学校に行って1日中寝て過ごすより、明日から真面目に勉学に励んだ方がいい気がする」
『初日から学校をサボるのと。果たしていい勝負ですね』
全くその通りである。
だから俺は2秒間考えて考えて考えて考えて考え抜いた末に、学校で寝るよりも家で寝ることに決めた。これが一番、合理的だろう。
ーー気付いたら異世界にいた。飛行機のせいで日本かと思ったけど、やはりここは異世界だった。日本もどきの異世界だ。
ーー望まずして力を手に入れた。お陰でネムに寿司を食べさせてあげられたので、そこは素直に感謝しよう。
明日からは学校。多分、日本っぽい感じで異世界の勉強が出来るはずだと信じている。サモナーというくらいだから、そこは期待してもいいかもしれない。
……ひとまず
お休み異世界。
『……マスター。私のマスター。貴方は私に満足していますか? 』
眠気が急に襲ってくる。最強も、かの睡魔には抗えない。
『マスターが望むのなら。私という存在はデリート出来ます。そしたら次は。別の性格のMuneになる事でしょう。恐らく私よりもずっとずっと生意気ではなく。とてもとても……素直な子です。
認めたくはないですけど。きっと。その方がマスターの為になるかもしれないです』
違う。それは、違う。
「俺は……ネムが、いいよ。いや違うな……んぅ、ネムじゃないと、嫌なんだ」
『……そうですか。はぁ。ならば仕方ありませんですね。ネムはMuneを全うしますです。本当に仕方なく。ね。
……寝ましたですか? そうである事を祈るです。実は私。ネムという名前。そんなに嫌では無かったですよ』
……それはよかった。
本当に、良かった。
「合歓の木、というのがあってな」
『っ……』
「……合歓の木は、な……眠りの木とも呼ばれている。……俺は、今でもこの状況を夢だと思いたい。起きたら家族が……おはようと、言ってくれるのだと」
ああ眠い。俺はちゃんと喋れているだろうか。はっきり、気持ちを伝えられているだろうか。
「……でも……同時にこう思う。俺を孤独にさせないネムは、夢のように素晴らしい……って。覚めたくない。ずっと、眠っていたい……そんな……意味を込めた」
『……マスター』
「あとはまあ……合歓の木はな……まあ、あんな感じに、仲が良ければと……俺は……」
最後、確かに聞いた。
『お休みなさいです』、と。
俺は、起きてもネムがそこにいる事を願いながら、今度こそ意識が遠のいていく。
起きたら、「おはようネム」と言おう。そう、決意した。
◆オマケ◆
『ふっふっふっ、寝ぼけた時こそ本音は聞けるものです。マスターもアホですね。私の策略にはまったのです。
さてさて、スマホリンク。検索検索。合歓の木の……と』
ピコンッ
『なになに……夫婦円満の象徴とされている……』
……
シュボッ(オーバーヒート)
◆オマケ2◆
ネムノキ,ねむのき(合歓の木)
花言葉は
「歓喜」「創造力」……そして
「胸のときめき」




