私色に染めましょう
私、不知火梅子15歳は今日、世界の真理を知りました。
この世界は乙女ゲーム世界だったのです!!
……何だか馬鹿みたいですね。しかし残念ながら事実なのです。まずは私がそれを知った経緯をご説明いたしましょう。
学校の屋上へと続く階段を踏み外し、落下した私は当然の如く身体を打ち付けました。その衝撃で思い出したのは前世の記憶。そしてその記憶から判ったのは、この世界がとある乙女ゲームの世界に類似しているということ。どうせなら学校の不良男子と一緒に階段を踏み外し、その衝撃で身体が入れ替わる……とかいうラブコメ展開な世界が良かったですね。
私はその乙女ゲームのヒロインでも悪役令嬢でもチラッと名前の出てくるモブでもありません。作中に登場せずストーリーに何のかかわりもない一般市民です。
ならば何故私がこの世界が乙女ゲームだと気付いたのか。それは簡単な事です。とある攻略キャラの祖父が総理大臣で連日テレビに出ているからです。総理大臣なのにサブキャラ……ぷぷぷっ。
ちなみに総理大臣は共通ルートで心臓発作を起こして引退します。なので総理が元気にマスコミ&野党と陰険ファイトしているので、まだゲームは開始されていないようです。
「はぁ……どうしたものでしょう?」
思わず出た言葉は決して階段下に1時間倒れていても誰も助けに現れない事に憤りを感じたからではありませんよ。これからの自分の身の振り方を考えようと思ったからです。ええ、本当にね。
物語の定石なら、主人公と攻略対象たちの恋愛を生で見たい!とはしゃぐところなんでしょうけど……如何せん重要な事があるのです。
乙女ゲームとはいっても、この世界の乙女ゲームは所謂クソゲーと呼ばれるものだったのです。
どのようなクソ加減かと言いますと、主人公が純粋無垢の皮を被ったビッチ。攻略対象が顔だけイケメン……ヤンデレを穿き違ったDV男、俺様拗らせた勘違い男、長年連れ添った馴染みを平然と捨てる教師――などなど、何度こいつ等と主人公で恋愛しなければならないの!とゲーム機を床に叩きつけようと思ったことか。
ストーリーも通称、金太郎飴と呼ばれる捻りのないすべて同じ展開でした。悪い意味で個性豊かな攻略対象たちとの恋愛をよくあそこまで同じ展開に持っていくことが出来たのかと前世の私は一周回ってライターの才能に戦慄しました。
そして極め付けはバグです。30分やれば画面がブラックアウトするのは当たり前。デート中にサポートキャラの笑い声が聞こえる……不気味でした。などなど、バグがあるものを商業作品として世に出すのはありえない、金返せなど、某大手通販サイトのレビューが荒れる荒れる。酷評なんて生易しいものじゃありませんでしたよ。ゲーム制作会社が火消しに走りさらに炎上していましたね。
では何故前世の私はこのクソゲーをプレイしたか。それは『ヒロイン萌えだから』その一言に尽きます。前世の私は自分自身が攻略対象に思いを寄せるのではなく、主人公であるヒロインが織りなす恋愛模様をニヤニヤしながら見守ると言うスタンスを取っておりました。私が言うのも何ですけど、ちょっとおかしな楽しみ方ですよね。
そんな訳でこのクソゲーの主人公である愛良ちゃんは、前世の私が大のお気に入りだったキャラなのです……見た目だけは。『そのポーズ絶対骨折する(笑)』『塗りが変』『キャラデザちょっと古くない?』『顎(笑)』などと世間で言われている絵だろうと、前世の私にとっては最高のキャラクターデザインだったのです(主人公だけ)。
たとえ主人公が鈍感(むしろ頓珍漢)だろうと、各個別ルートで最低5回転ぼうと、人類最速で移動して攻略対象を庇い怪我をしようと、現実の見えない薄っぺらな綺麗事しか言わなかったとしても、最後には必ずチョメチョメをいたしてしまうビッチだろうと前世の私は主人公の容姿を愛していました。影であれでもう少しまともであればと枕を濡らした事もありましたが。
そんな訳でこの世界を現実として見ている私にとっては、クソゲー世界の中心地に飛び込む事に中途していたりします。ですが……生の主人公を見ることが出来る機会など早々ありません。しかも今ならゲームでは見られなかった幼女姿を拝めるかもしれないのです。でも主人公はお世辞にも近寄りたい人種ではありません。果たしてどうしたものか……。
あれこれ考えていると私の脳裏にある一つの案が浮かんできました。
「そうだ……調教しましょう!」
何と言う妙案! 自分の優秀さが恐ろしいです。
調教という言葉にあらぬ妄想を掻き立てられるかもしれませんが、私はいたって真面目です。そもそも私は調教の免許を持っておりますし。
私、不知火梅子は、平安時代から歴史の裏で暗躍する忍者の家系である不知火衆と呼ばれる、日本2大忍勢力の1つの本家直系の忍なのです。
忍と言うとクナイや分身の術などが思い浮かぶかと思います。それは時代遅れですよ、時代遅れ。最近主流の武器は現代兵器の銃ですし、分身の術なんて黒歴史です。考えてみてください、高速移動をして自分の分身を創り出すなんて非効率極まりないです。それに目立ってはいけないはずの忍が相対した相手に対して強烈な印象を残してしまうのですから。ちなみに分身の術を開発したのは私のご先祖様で、一族の中では分身の術の話題はタブーとされています。
本家直系で優秀な私は、15歳で既に不知火流を修めております。そしてその中に調教術と言うものがありまして、捕獲した捕虜を調教し間諜にするという、えげつない術です。それを行使する権限を私は持っているのです。すごいでしょ?
ですから調教は得意分野です!
寝転がっていた廊下から私は俊敏な動作で立ち上がると、公共の忍術道具のある場所へ向かいました。
そう、パソコン室です。
忍がパソコン!?と思われるかもしれません。しかし今時天井裏から監視とか非効率的なことをする忍は皆無です。寂れた商店街の八百屋が大型スーパーに淘汰されていったように、時代に適用できないものは消えて行くのです。もちろん忍業界も同じ。手裏剣がー、忍び装束がーと言っていた奴らは真っ先に滅びましたよ。現在生き残っている忍たちは仕事に最新機器を取り入れています。今時の忍は流行に敏感なのです。
ここまで言うと現代の忍のお仕事が気になるでしょうか?しかし意外な事に仕事内容は昔と変わりません。仕えるべき主君がいる忍もおりますが、基本的には依頼されて仕事に赴く派遣業務。企業スパイにハニートラップ、法を掻い潜った暴力行為などです。お客様は基本的にクズの皆様です。汚職やスキャンダルでワイドショーを賑わせた人は私たちのお得意様だったりします。
さて、パソコン室に着きました。ちらほらと生徒がいますが、放課後の暇つぶしでしょうね。部屋の隅に座り、電源を押してパソコンを立ち上げます。
今から主人公について調べなくてはなりません。そのために政府のホームページをハッキング……なんて非効率的な事はしません。
だって私、ググるの得意ですから!
ふふふ……個人情報と言うものは意外と身近に転がっているものなのですよ?
待っていて下さい、愛良ちゃん。今、梅子が参ります。
ああ、早く私色に染め上げたい―――――
ヒロイン逃げて超逃げてー!!な突発的コメディーです。
暇つぶしに書いたものですが、楽しんでいただけたら幸いです。