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第三十七話 ヒロイン

 吸血鬼について知っているだろうか。闇にまぎれ人を襲い、哀れな犠牲者の首から血を吸い取り永遠の生を保つ魔族。それが人族に伝えられる吸血鬼像である。


 さて、早速で悪いが結論を言おう。人族に伝わる吸血鬼の伝説、ほとんどが出鱈目である。

 よく考えてほしい。十字架が苦手って生物的におかしいだろう。交差する長短二つの棒のどこに苦手とする要素があるのか。それなら十文字槍を突き出された方が彼らもきっと迷惑するに決まっている。また、実際に効果のある十字架についても大抵魔力が関係している。そんな魔力があるなら是非その魔力を十文字槍に纏わせよう。きっと嫌がられる。

 次に心臓に杭を刺されたら死ぬ。これは別の意味で出鱈目だ。そら死ぬだろう。心臓だぞ。刺さり続けてるんだぞ。杭じゃなくても死ぬ。十文字槍で十分だろう。まあそれ以外では死なない。つまり生命力が強いという意味の伝説なのだろう。

 三つ目、銀製の武器に弱い。銀製の装備は総じて性能が高い。用意できるのなら是非銀製の十文字槍を用意しよう。

 四つ目、日光を受けると灰になって死ぬ。彼ら太陽の下を普通に歩いていた。ただ苦手そうにしていたのは魔族領にはもともと太陽が無く、光に当たることが少ないからだそうだ。いわゆる夜型なだけだ。

 五つ目、ニンニク。ニンニクだと教えたうえで食べさせてみたら普通に食べて、ちょっと変わった風味がするね、とだけ言われた。食べるのは初めてだったらしい。そもそも人族の食べ物はなんでも美味しいと言って食べる。いわゆるにんにく怖いというやつかもしれない。今度、生で試してみよう。

 六つ目、流れる水、言うまでもなく余裕だった。魔族領の川は氷漬けでむしろそっちの方を危険視していた。滑って危ないそうだ。

 七つ目、聖水に弱いという話もある。これは、どんな聖水かにもよる。破魔の魔力が込められた水などは流石に苦手のようだ。中でも強力な聖水と聖水を混ぜた聖王水なるものは命の危険があるという。おお、初めて正しい伝説がと感動したのもつかの間、どうやらその聖王水、人体も破壊する単なる猛毒だったらしい。


 とまあ、そこらの点は大抵、十文字槍がなんとかしてくれることがわかってもらえただろう。では最も有名な伝説、吸血とその――――



 以降破れて読めなくなっている。



 って短っ・・・。2ページ分ぐらいしかない・・・・。



「おいおい、本は大切に扱えよ・・・」


「ごめんなさい」


 リーナが犯人だったらしい。



 ページを一気に飛ばすと最後の一行だけ読み取れた。



 最後に一つ大事なことを言っておきたい。彼ら彼女らは八重歯がキュートだ。



 ・・・・・・・・。


 ちらっとリーナに視線をやる。に~と八重歯を見せびらかしてくる。確かに可愛くなくもない。ただこの一行が残ったことは故意であることがわかった。所有物とはいえ本を乱暴に扱ったことを責めるべきか。


「ところで何でこの著者はこんなに十文字槍を推してくるんだ?」


「さあ?」


「十文字槍苦手か?」


 吸血鬼本人に聞いてみる。


「いえ、別に」


「もう何が正しいのかわかんねえな」


(まあ正しいことも書いてあったんですけどね。見せませんけど)


 『吸血鬼の真実に迫る(上)』を読み終わった。


――レシピ:強聖水+強聖水=聖王水 を手に入れた。


 作るのか!?猛毒を!?




「さて、次の本を・・・・」


「まだ読むんですね」


 オーマは床に散らばった本の中から『七陽聖経』なる本を拾い上げた。


 どうやら武術に関する本らしく、剣、槍、斧、弓、杖、ブーメラン、無手、七つそれぞれの体術の姿勢と気の流れについて事細かに図説付きで記されていた。




・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「あ~読んだ読んだ」


「制覇しましたね」


 ベッドで読書していた俺の傍らに積み重なる本。本棚の物は全て読んでしまっていた。なんとなく充実した気分だ。ちなみにベッドは動かしておいた。闇の中の腕はのたうった末、消えていった。


「どれくらい時間たった?」


 俺の背中を背もたれにしていたリーナに尋ねる。俺にとっても良い背もたれだったので、つまらないとか暇だとか散々文句言って来るのを無視してひたすら本を読み続けた。


「五分です」


「また五分か・・・」


 結構な時間時を忘れて読み込んでいたのだが。


「取りあえず五分って言っとけば何とかなりますよね」


「もしかしてさっきから取りあえずで五分って言ってるのか」


「言ってます」


「お嬢ちゃん、時間、分かる・・・?」


「わかる、わかるー」


「正直に言おうか」


「わかりません。時間て何ですか。五分じゃダメなんですか」


「だめだな」


 それからこんこんとリーナに時間の概念について教えこんだ。


「太陽ってなんですか。うち太陽ないですよ」


「いやいやいや・・・」


 あ、でもそういや魔族領って太陽がないって書いてあったような・・・。だから時間の概念が無いのか?いやそれならそれで別の時間の概念が出来ていそうなものだが。


「あ、最近よく出てた気がします。あれがそうですか?」


「多分お前が言ってるのは太陽じゃない気がする・・・」


 最近単位で出たり消えたりするものじゃない。


 ここでも常識の違いというやつはあるらしい。異文化交流も大変だな。




 さて、探索再開と行くか。



 甲冑通路。


 で、この落とし穴付きの通路をどう通るかなんだが。


「リーナ、ヒント」


「・・・・・・・・・・・・・」


「ヒントきいてるんだけど?」


「いや、あの、なんで無視してるんですか?」


「無視?何を?」


「いや、今まさに通路から落ちそうになってるあの人ですけど」


「ふっ、この程度僕にとって何の障害にもならないさ!!なんたって僕は愛の戦士・・・なのだから!!」


 ・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・。


「構うべきか?」


「そりゃ、落ちかかってますし」


「いや、でもあれはもう手遅れだろう」


「でも両手でぶらさがってますよ?」


「それがわかったところでどうにもならないだろ」


 ぶら下がっているのは反対側なのだからこちら側ではどうしようもない。


 右上の方で何かカウントダウンしているが、気にするほどのことでもないだろう。


「冷静に観察した上での無視だったんですね」


「で、ヒント」


「ああ、はい、落とし穴はスイッチで開くのでスイッチを踏まないように進めばいいだけですね」


 まさかのそっちのヒントだった。


「今、その落とし穴全開してるんだが」


「してますねー」


「それにスイッチ見えなかったぞ?」


「死に覚えという言葉をご存じで?」


「残念なことに予想はつく」


「つまりそう言うことです」


「なるほど、あいつを使えと言うことだな」


「鬼畜ですね」


「っていうか何であいつ入れちゃったんだ?」


「さっき言ったじゃないですか。お母さんが連れてきました」


「それヒロインとかじゃなかったっけ?」


「そうですよ?」


「あれのどこがヒロインだよ」


「気持ちはわかりますが女の子には違いありませんし・・・」


「待て!あれ、女なのか!!?」


「えっ?違うんですか?心は確実に女の子ですけど・・・体もそうですよね」


「いや、体がどうかは知らんが・・・」


「あっ」


「あっ」


「あっ」


「落ちた」


「落ちましたね」


 正直、ようやくか、という気持ちがある。


 ・・・って。


「しまったあああああああ!!!!!」


「何ですか?急に叫び出して」


「自分が死ぬことに慣れ過ぎててあいつ助けなくてもいい気になってた!」


「ああ、はい、今更ですね。大丈夫です。あの人も生き返ります。死んだ回数はオーマおじさんが死んだ回数としてカウントします」


「何でだ!」


「何ででしょうね」


「く、どうやら気が狂っていたらしいな。本を読んで正気に戻っていた筈なのに!」


「本にそんな効果ありませんよ」






「やあ!我が終生のライバル、オーマくんじゃないか!」


 通路奥の扉の向こうで蘇ったらしい愛の戦士が気安く呼びかけてくる。


「誰だこいつ中に入れたの」


「だから母ですって」


「今、そっちに行く!待っていたまえ!」


「あ、あほ!!」


 静止するよう呼びかけようとして何と言っていいか分からず出た言葉があほだった。


 カチ、バタン、ヒュー・・・・・・


 カウントダウンすらなかった。


「無茶しやがって・・・」


「無茶というかただの馬鹿でしたね」





「いいから、そこを動くな!いいな!じっとしてろ!!」


「何だい?そんなむきになって。僕を傍にとどめておきたい気持ちもわかるが、ぼくは誰のものでもない!皆のものだ!なんたって愛の戦士だからね!」


 カチ、バタン、ヒュー


「あいつ・・・なんだかんだで毎回違うスイッチ押して落ちてやがる」


「驚きのお役立ちですね」




 そして三十回ほど愛の戦士が落ちた頃だろうか。ついにスイッチを押さずに進める安全な道が判明した。甲冑は動かなかった。俺の作戦は反則だったとでも言うのだろうか。


「すまない、待たせてしまったね」


――リン=クロスフォードと合流した!


「人の命半分にしやがって・・・」


「いやー二人で手分けして協力して欲しかったんですけど。力技で合流しちゃいましたね」


「協力って?」


「向こう側の部屋にロープが有って、それをこっちと向こうで渡して道にして欲しかったんですけど」


 なるほど、確かに固定された甲冑に対角線にでもロープを結べば伝って渡れることになる。


「こいつが全部無視してこっちに来ることに執着したと」


「ん?さっきから独り言をしてどうしたんだい?折角僕という話し相手がいるだ。気にせず話してくれたまえ」


「あーはいはい。・・・・・・独り・・・・言・・・・?」


「ん?もしかしてずっと僕に向かってしゃべっていたのかい?だったらすまない、気づいてあげられなくて。君の愛を受け取ることはもちろんやぶさか―――」


「そうじゃなくて!!こいつ!!見えないのか!!」


 そう言ってオーマはリーナに向かって指をさすが。


「ふむ、君が指し示す方向に特に何も見当たらないが・・・・もしかして君の愛という不可視のものが浮かんでいるのかい?だったら大歓迎だよ?」


「・・・・・・・・・・・・」


 オーマはリーナを指さしたまま固まる。あえて曖昧にしていた事実を改めて再確認してしまった。


「・・・・・・にー?」


「いや、いい。先に進もう」


「そうかい?ん?そっちは僕が来た方向だが」


「お前の探索には不安が残る」


「ふ、心配性だな。だけどそう不安にさせてしまうのも僕の罪なのかもしれないね」


 確実にお前の失態の罪だよ。




 甲冑の並ぶ落とし穴通路を安全に抜け――流石に愛の戦士ももう無闇に突っ込んだりはしなかった――先の部屋からロープを手に入れる。それ以外には鍵付きの扉があるだけだった。探し残しは無いはず。


「ちなみにそのロープでその人を縛っていたので、真っ先に気が付くはずなんですけどね」


 あほだから仕方ない。それはそうと。


「縄抜けしたってことか・・・」


「まあね。僕を愛で縛ろうとするものが多くいるから身についたのさ」


 意外に器用らしい。何故その器用さがこのロープを俺に渡すという選択肢を作らなかったのか謎だ。味方のふりをしたリーナの用意した敵かとも思ったがこの変さ値は確実にあいつ本人だろう。


 再び甲冑通路を抜け、安全地帯に入ろうとする。


「やあ、君も気づいたらここにいた口かい?おや、どうしたんだいその首は。えらく曲がっているじゃないか」


 愛の戦士が「あれ」に向かって言葉を投げかけていた。


「・・・・・」


 ちょっとどうなるか見てみたかったが、俺の大事な命がこれ以上減らされても困るので無理矢理安全地帯に連れ込み内鍵を閉めた。


 がっがっがっ


「入れてあげないのかい?」


「あれは敵だ!見たら分かるだろう!?」


「そうなのかい?ふむ見たところ敵意は無かったようだが・・・」


「敵意どころか殺意と悪意の塊だろうが!!」


「そういうものか」


 納得したのかしていないのかよくわからない反応をする愛の戦士。分かってないのだろうな。


 それよりも・・・・本当に女なのか?


「お前、女か?」


「ふ、僕がかよわい女性に見えるかい?」


「おい、否定してるぞ」


 か弱いを否定しているのか、女性を否定しているのかは分からないが。


「否定してますね」


「否定も何も僕はまぎれもなく男さ!何故男なのかって?それは世界中の女性に愛を届けるためさ!!」


「だそうだぞ」


「ひん剥いてみます?」


「・・・・・・は?誰が?」


 もし仮にこいつが女だったとしたら人生アウトじゃねーか。そして記憶を失う前からかは知らないが常識やら考え方やら加味すると俺は女性に乱暴できないタイプだ。そんな俺がひん剥くなんてこと―――。


「私が」


「お前がかよ!」


「相変わらず独り言の多い御仁だ」


「ちなみにおじさんもひん剥けますが」


「やめろ!怖いことを言うな!」


「ふむ。もしかして君は僕の見えない誰かと会話しているのかい?」


 ・・・・・・・・・・意外と鋭い。


「実はそうなんだ。これからも独り言を連発するがスルーしてくれ」


「そういうことなら仕方ない。してその方は美しい女性かい?」


「・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・」(わくわく)


「いや、不細工な小僧だ」


「逆にすると超絶可愛い女の子ですね」


 何故逆にするのか。そして超絶はつかないだろう。


「安心したまえ、姿なき友よ。僕は外見で人を判断しない。君への愛も無尽蔵に持ち合わせているよ!」


「あ、はい、無節操であることは理解しました」


「ぼくも愛してるぜ、よろしくな!だそうだ」


 リーナの返答を意訳し、愛の戦士に伝えてみる。


「改竄が酷いレベル!!」

「ふっ、親友になれそうだ」


 仲良きことは美しきかな。






「なんて呼べばいい?」


「気安くリンと呼んでくれたまえ。僕も君のことを我が麗しのライバルと呼ぼうじゃないか」


「オーマだけで頼む」


「ライバルだったんですか」


「捏造だ」


「ふ、いきなり名前で呼んでくれとは。そういう親しみ易い所僕は好みだよ」


 ファミリーネームがないことを今ほど悔やんだことは無い。くっ、オーレリアに苗字だけでも聞いておくんだった。


「で、そちらの見えない友の名は?」


 まるで見当違いの方向へ視線をやり尋ねるリン。本当に見えていないらしい。


「名前・・・なんて伝えればいい?」


 その時何故、本当の名前を伝えようと思わなかったのは謎である。


「ダリラ・ロングヌイット・ユグドラシルテーゼ」


「ダリラ・ロングヌイット・ユグドラシル・・・Ⅱ世だそうだ」


「おしい!でもなんでⅡ世を付けたんですか!!」


「ふむ、ダリラ・ロングヌイット・ユグドラシルⅡ世君だね」


「こっちは忠実過ぎる!!」


「よく覚えられるな」


 実際にはユグドラシルテーゼだそうだが。


「人の名はその人の最もわかりやすい大切な物だからね。丁重に扱うのは当然のことだよ」


「ふむ、その通りだな。変に弄って済まなかった。実際はダリラ・ロングヌイット・ユグドラキュリーナだった」


「変に本当の名前つっこんで来ました!!?」


「略してリーナと呼んでほしいそうだ」


「ほう、変なところを取った略し方をするんだね。それにまるで少女の様だ。だがそれを少年が望むならこちらに否は無いよ」


「良かったな、リーナ」


「よろしく頼むよ、リーナ」


「もしかして、これからは私がツッコミ役なんですか?」








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