第三十六話 落とし穴
「作戦変更だ」
予想外に敵同士が協力的だったため同士討ちを誘発させることは出来なかった。次の案を用意しなくてはならない。面倒くさい。
「それで、次の作戦は?」
「仕方ない。もう少し、前の区画を調べよう」
前の区画とは「あれ」が徘徊する通路とそこに連なる部屋の総称である。要するに探し残しを探そうというものである。問題点としては既にオーマ的に探し尽くした気になっていること。
「でも探してない所ってあったか?」
「ありましたよ。机の下とか机の下とか机の下とか。折角ヒントあげたのにベッドの下で懲りたのかまるで探す気なかったあそこですよ」
「でも、罠あるんだろう?」
「それがなんと今回限りの特別仕様。罠なしで提供いたしております!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
復活地点が階段下に移ってしまったせいで、安全地帯への移動の難易度が上がっている。だが反復練習の成果もあって、二回失敗しただけで、スタート地点に戻ることが出来た。そこからは普通に引きずる音を聞きながら左へと進み三つある扉の左側に入る。安全地帯に到着。
探す場所は決まっているので引き出しのある机に直行し、引き出しの更に下にある空間を覗き込む。暗闇で何も見えない。仕方なく手を伸ばす。
――がしっ
――ぶんっ
腕を掴まれたので即座に振りほどく。
「おい・・・・」
「良い事教えてあげます。吸血鬼って嘘つきなんですよ?」
にひー、とリーナは笑った。
「この野郎・・・」
「そもそも机の下は探索ポイントとして王道ですよ。何で探さないんですか。探索力低いですよ」
ヒメが言っていた探索スキルが足りないとでもいうのだろうか。
「はあー、じゃあ何か、この下の腕を取り除くための道具がまた必要なのか?」
一つため息をつき確認する。今更こいつの発言の真偽にこだわるのもあほらしい。
「闇の中の腕は一回っきりの脅かしです。もう腕を入れても大丈夫ですよ」
「信じていいんだな」
「まだ信じるという選択肢が有るあたり、おじさんは暢気ですね。でも本当ですから信じてください」
「・・・・・・・・・」
――ドォン
机を持ち上げ横に倒した。ほこりが舞い上がる。
「信じてもらえませんでした・・・」
机がどき、闇が晴れた空間では黒い腕がのたうっていた。
「・・・・・・・・・・」
無言でリーナの方を向き、これはなんだと問いかける。
「・・・・・・・・・・」
リーナは目を逸らしていた。
――がしっ
「あ、あれ?」
真偽を問うのもあほらしい。だからといって許すかと言えばそうでもなかった。
アイアンクロ―。
――ぐぐぐ
「いたいいたい痛いです」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「無言は止めてください。謝ります、謝りますからー!!」
なんで。
「へ?」
「何でも無い」
「??」
本来の目的に戻ろうと、その小さな頭を解放した。
机をどけたところにあったのは鍵だった。また鍵か。
「鍵ばっかとか思ってませんか?そうですよその通りですよ鍵は便利ですよ取りあえず鍵用意しとけば行動範囲広がりますもん!攻略が進みますもん!」
「そんな製作者側の主張は聞いてない」
「むきー」
何故か拗ねていた。こいつ、俺と敵対してるって自覚有るのだろうか。楽しそうで何よりだ。・・・もちろん皮肉だ。
「で、どこの鍵だ?今度は」
「だから自分で探すのが醍醐味ですって」
ごりごりごり
扉の前を去っていく「あれ」を確かめて、出てすぐの扉二つに試す。すると、通路を延長する方向の、正面の扉に合致した。
がちゃ
扉を開け少し確認。通路がまた伸びていた。ただの通路ではない。左右には甲冑がずらりと整列していた。
「ああ、動き出すパターンか」
「先に言われるとつまらないので言わないでください。動くとは限りませんし」
その台詞が可能性を高める。何が起こるのか予想できるだけでも心の持ちようは違う。
この手のもので一番いけない対応は、いつ動き出すのかとびくびくしながら進むことである。いらない精神の消耗を強いられてしまう。
つまり正解はダッシュ。
俺は走り出した。
――カチ
――バタン
――ヒュー
――グサッ
オーマは死んでしまった。
気が付いたら通路の入口に立っていた。また復活地点が変わったらしい。
「うおおおおお、腹が痛いいいいい」
「見事な串刺しでしたね」
「このポーカーフェイスがあああああ」
「褒め言葉どうもです」
まんまと俺はリーナの虚言を逆読みした挙句、罠にはまってしまったらしい。
通路を走って進もうとした俺はどこかでスイッチを踏み、その瞬間床全体が抜けた。足場を失くした俺は穴の底に並べられた血を求める槍に吸い込まれていった。
落ちるほどに近づく槍の先端。ホラーとか関係なく死の恐怖を感じた。
「人って・・・儚いよな」
「ですねー」
とはいえ死ぬ経験程重い経験は無い。死ぬことに慣れてきた今、俺の頭は既に解決方法を導くことを優先していた。
そして導き出された解決方法は。
「凄いことしますね」
「甲冑は落ちていなかった。つまり甲冑の下に穴は開かないということだ。なら甲冑の上を通ればいい」
「それはそうですけど」
俺はスイッチ的なものを避けることより、落とし穴を避けることを選んだ。甲冑のフルフェイスを踏みつけ足場にして進む。丸いので不安定だが、甲冑自体は完全に固定されているため倒れることなく俺の体重を支えてくれた。倒れたら倒れたで落とし穴が開くこと覚悟で甲冑を倒しつつ甲冑のいなくなった床を足場に進めばよかった。
そして順調に進んでいた俺は・・・・。
「あ・・・」
「あ・・・」
前方の甲冑が突如動き出したため足場にできず、バランスを崩し落ちた。スイッチを押した。カチリ。落とし穴が開いた。ヒュー。
「結局動くのかよ」
「動きましたねー」
「なあ、ラキュリーナよ」
「何ですか?」
「流石に初見殺しが過ぎる」
「でも死んでもらうためのものですし・・・ほら、もう結構死んでますよ、あと三分の二ですよ」
百回死ぬのがゴールみたいな言い方しないでほしい。
「・・・心がもう、もたない・・・」
「なら、休憩入れましょう。別に時間制限は設けていませんし、心を壊したくないなら休憩も必要ですよ」
「てか・・・俺が屋敷に入ってからどれくらいたった?」
「五分です」
「嘘つけ!」
絶対もっと経っているはずだ。このゲームとやらが始まってからでも一、二時間は経っていたと思っていた。
「時間を知ってオーマおじさんはどうするんですか?」
リーナは理由を聞いてくる。リーナは気づいていないのだ。
「そりゃ、夜が明ければヒメ達が俺の不在に気づく。そうなったら必然俺は救出される」
もちろん言わないがデュラハンを倒した後に、ヒメに分身を使いにやった。音沙汰ないがすぐにヒメがシャルと共に助けに来てくれるだろう。
制限時間がない。その認識は誤りだ。
「断言しますね」
「まあな」
「無理ですよ。そのヒメという方が来ても屋敷に入った時点で私の掌中です。オーマおじさんとは別々に彷徨ってもらいます」
「・・・・・・・・・・・」
「何ですか、その知らないって幸せだなっていうどこか優しげ顔は。オーマおじさんは自分が救出されるなんて思わず、自分で脱出してください。ホラーの常識ですよ?外部からの助けがないのは」
「・・・・・・・・・」
果たしてそれはヒメに対してもそれはあてはまるだろうか。どちらにしろ俺にできるのは脱出を目指すことだけか。
「とりあえず休憩するか」
「そうしてください」
俺は安全地帯に気を休めに本を読みに行った。今更目の前に「あれ」がいようと驚くことは無い。
――オーマは死んでしまった!




