第三十三話 手探り
「ラキュリーナ・・・・・」
隣り合って座るオーマとラキュリーナ。
「何ですか?あ、リーナでいいですよ。親しみがあっていい感じですよね」
「母親にキュウちゃんって呼ばれてなかったか?」
「吸血鬼だからキュウちゃんだそうです。特大ブーメランです」
そっちか。ラキュリーナのキュからじゃないのか。
「まあ、悪口じゃないし、良いんじゃないか?それで、どうよ、最近?リーナも可愛くなってきたし、そろそろ恋人の一人や二人できたんじゃないか?」
「あの、世間話とかもういいですから。変にデリカシーのないおじさんを演じようとしないでください」
人の努力を一瞬でふいにしやがった。精一杯の現実逃避を。
「もう疲れたよ。リーナ・・・」
「一回死んだくらいで何言ってるんですか。勇者が聞いて呆れますよ」
「呆れられたって構わない。所詮俺はその程度だったってことだ」
「予想以上に打たれ弱いです・・・この勇者」
一回死んだ。何を言っているのか分からないと思う。俺も分からない。だが気が付けば生きていた。そんな状況に何となく既視感を覚えるのは何故だろう。最近こんなのばっかりな気がするのも何故だろう。とにかく俺は生きていた。
死んでも生き返るからといって立ち向かう勇気が出るとは限らない。死なないから大丈夫。そんな言葉気休めでしかない。死ぬことよりも恐ろしいものはいくらでもある。例えば大切な友の死。愛する者との別れ。そして・・・幽霊である。
ゾンビは辛うじてまだ許容範囲だった。だって斬れるから。デュラハンもまた辛うじて耐えられた。記憶が飛んでるけど。なのにあいつらときたら・・・・あいつらときたら・・・!!!!
「魔法はこの館内では全て幻と化します」
これである。対処のし様が無かった。
俺は今、ただ最初の部屋でうじうじしていた。
「いや、あの、そろそろ動かないとまた来ますよ?」
「そうだ!聖剣はどうした!!」
魔法がだめなら物理攻撃。物理最強!だが気づいたら奪われていた。
「重要アイテムにしてみました」
「くそっ!」
アイテム袋も金貨袋もなくなっている。追い剥ぎにでもあった気分だ。
「こなくそっ!!」
俺はやけになって扉を開ける。そこに「あれ」の姿は無かった。
「ふー、ふー、ふー」
状態異常:恐慌、過呼吸
「呼吸が危ないことになってますよ。その状態で過度の驚きを受けるとパニックをこじらせて死にます」
そんな注意を受けて、すぐ、
・・・・・・・・・・・・・ばたん!!
扉がひとりでに閉まった。大きな音を立てて。
「しばらく何もしないでいると扉は勝手に閉まります」
「・・・・・・・・」
危ない。死にかけた。
と、とにかく先に進もう。
扉を改めて開けて、出た先には一本の通路が左右に延びていた。「あれ」が向かった先はどちらだろうか。
左右を確認する・・・・。念入りに確認する・・・・・。注意深く確認する・・・・・。
「また、のろのろと・・・」
そして見つける。左の道の先にあれの姿を。こちらを見つけてにやりと嗤うあの顔を。90度首の曲がったあれを。
ばたん。
部屋に戻り扉を閉めた。
「先に進まないですね」
「・・・・・・・・・ふー、ふー、ふー」
扉に背を預けて座り込み深呼吸する。落ち着きが大事だ。
余談ではあるがこの部屋の扉は外に向かって開く。余談だ。
ぎー。
音を立てて背後の扉が開いた。
「・・・・・・」
背もたれが無くなり後ろに倒れそうになるのをこらえる。恐怖に身が縮む。だが、それきり何もない。ただ静寂。何も起こらない。『扉も閉まらない』
「・・・・・・・」
恐る恐るオーマは視線を上げた。
頭上を見上げる。そこには青白い顔の女が禍々しい笑みを浮かべていた。
「顔が成長してる・・・」
振り下ろされる鉈。
―――ざく
―――999のダメージ!
―――オーマは死んでしまった!
「オーマおじさんに謝らなければならないことがあります」
「・・・・・なんでしょうか」
敬語になってしまうのは、人の目の前で気軽に浮かぶリーナがもうすでに恐怖の対象だからだ。浮かれるなよ。地に足付けろよ・・・。
「私、あまり外に出たことが無くてですね。怖いものと言われても想像力が働きません。というわけで敵の種類が多くできませんでした」
気が付いたことがある。しばらくじっとしているとリーナは話しかけてきてくれる。多分根は優しい奴なのだ。俺が目標を達成できるよう支えてくれる。その目標を邪魔しているのもこいつなことが唯一にして最大の問題なのだが。
「それで?」
「それだけです。オーマおじさんの楽しみを増やせずごめんなさい」
「その点について謝る必要はないが、謝罪は受け取っておく」
「なので、そろそろ出ません?」
「分かってる!少し心を落ち着けたらすぐに行くから!」
「そう言いつつ、時間切れになって何度か死んでますけど」
「それ以外でもちゃんと何度か死んでるだろ!」
「二回だけですけどね」
一回目は「あれ」に部屋まで入ってこられたさっきの悲劇。二回目はその後、左に「あれ」がいたからと右に行ったら「あれ」がいた時。二体いるなんて聞いてないと文句を言ったら。タイミングの問題だと言われた。それに二体いるからといってそれを言う必要もないとリーナに言われた。希望が無い。
ごりごりごり
七度目にしてようやく気付く。扉の向こうから何かを引きずるような音がしていることに。
それは扉の前を通り過ぎ左へと進んでいった。
しばらく待ち、意を決して扉を開け通路を右に進む。
「大丈夫だよな!あいついないよな!」
「いませんから、早く行きましょう」
「本当だな!本当にいないんだな!」
そんなやり取りの後、道の先に「あれ」はいなかった。
安心してそのまま進む。右手に扉があった。正面はまだ通路が続いている。
どうする?
→まっすぐ進む
右の扉に入る
後ろを向く
戻って「あれ」とケリをつける
後ろを向く。なんて危険な香りだろうか。後ろに何かいるのではと思わせる。だが俺は知っている。ここで後ろを向くことこそ奴らの狙いなのだと。後ろを向いて何もいないからと安心して顔を戻すとわあ。常識だ。というわけで右の扉に入ろうとした。後ろには決して視線をやらず。もちろん「あれ」とケリをつけようなどと思うことなく。
「今度こそ俺とお前の戦いに決着をつけてやる!!!」
にやり
足が勝手に動いて「あれ」と対峙していた。相変わらず選択肢が勝手に選ばれるのはなんとかならないだろうか。
そして俺たちの最後の戦いが幕を開けた。
交錯する俺とあいつの視線。勝利は一体どちらの手に!
――オーマは死んでしまった!
気が付くと元の部屋に戻ってしまっていた。
「何で決着つけようと思っちゃったんですか?」
「俺が聞きたい・・・」
再び先ほどの通路にたどり着く。もう選択肢などには頼らない。何も考えず右の扉に入った。
扉を閉めて気づく。鍵が閉められる!!というわけで間もおかず鍵を閉める。ここで初めて安全地帯が作られたのである。
「なかなかやりますね。背扉の陣ですか」
リーナの言葉を少し考えて意味がわかった。
「・・・・・敵がいるなら最初に言えよ・・・」
目の前には何かを貪り喰らっている犬の姿をしたゾンビがいた。幸い食べるのに夢中でまだこちらに気付いていないようだ。
「一つ説明を。私の声や姿は敵には気づかれません。安心してください。みんなオーマおじさんの声、たてた音、姿を見つけて襲ってきます。あと・・・匂いも」
犬が何かに気付いたように食べるのを止めた。
「・・・・・・・・」
静止は一瞬。直後凄まじい勢いで犬ゾンビは飛びかかってきた。歯を剥き出しに、腐敗臭のする唾液をまき散らしながら、有り得ない角度に口を開けて。
それを見るまでもなくオーマは、こちらもまた恐るべき速さで鍵を開け、扉を開け、体を押し込みすぐさま閉めた。扉の向こうでぎゃんと悲鳴が上がる。助かった。
「・・・・・・・・」
扉に向かって立つ俺の右側から、「あれ」の気配が漂っていなければ。
「・・・・・・・」
沈黙。
「・・・・・・あれ?」
そういやこいつ、遭ってすぐに襲い掛かってこないのは何でだ?
今も隣にはあいつの気配がする。目を向ければあの青白い赤子か女が目を合わせてくれるだろう。
(見なければ・・・・襲われない?)
俺は左、「あれ」とは反対の方を向き、まだ歩いていない道をそのまま進んだ。
ごりごりごり
鉈が地面をずる音。だがそれが振られることは無かった。あたりだ。
「おお、気づきましたか」
「ふ、気づいてしまえばこちらのものだな」
「流石です。見事です。かっこいいです」
やたら褒めてくるのが違和感。
何はともあれそのまま一本道を進み、突き当たり、扉に手をかける。がちゃがちゃ。
――鍵がかかっている。
鍵がかかっていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」(にやにや)
にやにやするリーナよりも大きな問題。後ろからとんでもないプレッシャーが放たれていた。
「おじさん、ファイト!」
「くっそがあああ!!!!」
俺は目を閉じたまま、すり抜けようと道の端を走った。
――ざく
―――999のダメージ
―――オーマは死んでしまった。
「目は合わなかったぞ・・・」
「触れたら駄目な奴だって言い当ててたじゃないですか」
「くそ・・・」
死亡回数・・・8
ごりごりごり
「あれ」が左へと通り過ぎていく。しばらく待つ。
ごりごりごり
「あれ」が戻ってくる。今度は右に向かうのだろう。
ごりごり――――ぴた
扉の前で急に引きずる音が止んだ。
「・・・・・・・・・」
汗が伝う。
やめろー。まだ突入には早いだろー。止まるなー。すすめー。
ごりごりごり
引きずる音は再開し、右へと移動していった。
「ふう」
扉を開け右の方を見ないようにして左に進む。しばらく道なりに進むと左右、そして正面に扉のある突き当りについた。
・・・・・・・・・・・・・・ばたん!!
突如大きな音が背後で鳴った。最初の部屋だ。
「扉の閉め忘れ要注意です」
ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり
「ひぃ~!!」
涙目になりながら俺は正面の扉に飛びつく。がちゃがちゃ。鍵が閉まっている。嫌な予感が大きくなる。右の扉に手をかける。がちゃがちゃ。鍵が閉まっている。引きずる音が止んでいた。決してある方向には視線をやらず左手の扉を開ける。がちゃ。
「開いた!」
飛び込み扉を閉め無我夢中で内鍵をかける。
がちゃがちゃがちゃ。
ドアノブが回される。
ガッガッガ!!!
何かで扉が叩かれる。この館の扉が窓の無い扉で本当によかった。
ごりごりごり
音は遠ざかって行った。
「し、死ぬかと思った」
「死を恐れず受け入れたまえ。さすれば、案外死ななくなるものです」
「幽霊のお前に言われたくない」
それよりも今は安全確認である。部屋の中を見渡す。ゾンビ犬も「あれ」もいない。ひとまず落ち着けるようだ。
ベッド、引き出しのある机、本棚などがある。窓は無い。ああ、早く帰ってベッドで寝たい。
「一緒に寝ますか?」
「ヒメみたいなこと言うな」
「ヒメ?」
「俺の仲間だ」
「大切な?」
「まあ、あえて否定はしない」
「女の人?」
「ああ」
「恋人?」
「違う」
「ヒロインはいた方がいいですか?」
「・・・・・・・・・・」
少し考える。ここにヒメがいたら「あれ」すらも倒してしまいそうだ。心強い。でもあいつも苦手らしいし・・・こういうの。
「いらん」
結局、そう結論付けた。ヒメならいいがヒメ以外を連れてこられたら困る。
「残念です。活きのいいのが入ってるんですが」
「魚か!」
ん?ちょっと待て・・・・。
「入ってる?」
「入ってます」
「ヒメが?」
「ヒラメではないですね。どちらかというとカレイです」
「魚か!てか、一般人連れてきちゃったのか!?」
「はい。お母さんが。どうします?ヒロインいります?」
「いらないから出してやってくれ」
「ヒロインはリーナちゃんがいれば満足ですか」
「ヒロインのつもりだったのか?全く最近の若い子は軽いことばかり言いおって。いかん、いかんぞそういうのは。わしは認めん!」
「口うるさいおじさん出てきました・・・」
正真正銘の安全地帯にようやく余裕が出てきた。今まで碌に現状確認も出来ていなかったのを自覚する。
今、俺が入れるのは三つの部屋。仮に安全地帯。スタート地点。犬部屋と名付ける。それ以外は全ての扉に鍵がかかっており、扉をつなぐ通路には「あれ」が徘徊している。
「これ、ちゃんと脱出できるんだよな」
「さあ?」
「さあっておい!ゲームが成り立ってないぞ!」
「そんな必ず脱出できるなんてつまらないこと言えません。脱出できると自分で希望を抱くことが大事なんです」
「・・・・・・」
「そしてその希望がぶち壊されるのがいいんです」
「おい待て」
「待ちません~。あ、そうそう、諦めるのはいつでも受付中です。脱出する方法がないと思えば諦めてください。魂もらいます」
ことごとく不利な条件だな。今移動できる範囲に外へと繋がる扉の鍵が無ければそれで詰みだ。俺に助かるすべはない。だがこいつはそんなつまらないことはしないのではないかと思った。・・・ということにしておこう。それしか道が無い。
それに今は話してないでこの部屋を探索する方が先か。そういや探索スキルってこういうので上がるんだろうか。
「ここってお前らの家なんだろ?」
「そうですよ」
「荒らされても怒るなよ」
「まあ、その点は見逃します。存分に女の子の家を荒らしてください」
俺ほどの善人を捕まえて人聞きが悪い。
机の引き出しを開ける。三段あるそれを上から順に開ける。空。空。鍵がかかっている。
「引き出しまで鍵付きかよ」
「お約束です」
机の上には何もない。本棚に向かう。
「ヒント・・・・!欲しかったらおねだりしてください」
突然何を言い出すんだ。ラキュリーナが大声をあげた。
「聞き間違いか?おねだりと聞こえたんだが」
「ばっちり聞こえてます。おねだり、お待ちしてますね」
「すまんが持ち合わせが無くてな」
「そうですか、それは残念」
そんな会話をしながら本棚を眺める。特におかしなところは無い。ので本の中身に移る。
読む。
ばさり
読む。
ばさ・・・・ばさ
読む。
「読み始めないでください!」
「え、だめなのか?」
「急に余裕出過ぎじゃありません?」
本は良い。心が落ち着く。心が疲れたときはここで本を読むことにしよう。きっと安らぐに違いない。
最後にベッドだ。といっても布団を一枚二枚めくって終了。ふむ、何もない。
「ってことは犬部屋に何かあるということか。ゾンビ犬の腹が怪しいな」
「とんでもない所探すつもりですね。この部屋のもっと簡単な所にありまするよ!」
「ありまするか・・・」
「・・・・・・・・・」
変な口調になったことの揚げ足をとったら、無表情で見つめられた。
「緊張のし過ぎでハイになってるんだ。今の俺を俺と思わないでくれ」
「ホラーラーズハイというやつですね」
聞いたことないぞ。
「で、簡単な所って?」
「おねだり・・・・」
「簡単な所って?」
「あの・・・・えと・・・」
「簡単な所って?」
「おねだりを・・・」
「簡単な所って?」
「えぇ~・・・」
「簡単な所って?」
「机の下とか・・・ベッドの下とか・・・・です」
「なるほど」
「うう」
流石は王の力だ。無理矢理言うことを聞かせる力。おねだりなしにヒントを引き出した。
ベッドの下を覗く。暗くて何も見えない。壁に設置された部屋の明かりは今のところ全部屋にあるが、その光はベッドの下にまでは届かない。手探りで探す。数度体をずらしながら腕を往復させる。何かに触れた。確かめようと更に手を伸ばす。
がしっ
腕を掴まれた。凄まじい勢いで引っ張られる。
「ふじごft;おえstあわgr:えw:!!!!」
「相変わらずいい反応・・・」
全力で振り払いベッドの下から脱出した。
「おま!これ!!え!!?痛っ!!」
「別に騙したとかじゃないですよ。気づいて当然の探索場所です」
見れば腕に青あざがついていた。くっきりとした手形の。爪を立てられたのか振り払うときに皮膚が削られて血が出ていた。
「もう、や。探すの止める」
「退行しないでください。怖かったのはわかりましたから。よしよし」
「幽霊のお前に撫でられるのは何気に恐怖なんだが。てか怖いやめて。鳥肌が」
「おじさんのばかーーーー!!!」
「えー!!?」
いきなりリーナが部屋から飛び出していった。わざわざ実体化して扉の鍵を開けて大きな音を立てて開け放って走り去っていった。
「え~・・・・」
にや~。
「あれ」が部屋を覗き込んでいた。
「こんなに急いで追いかけて来てくれるなんて。正直嬉しいです」
「ああ、そう・・・・」
スタート地点に戻されてしまった。
「ごめんなさい、取り乱しました」
「補填を要求する」
「さっきのヒント代ということで」
「けち」
「元はといえばおじさんがセクハラするから・・・」
「した覚えないんだが!?」
「オーマが女の子といちゃついている気がするわん」
いつの間にこんなセンサーが発達していたのか、我ながら驚きの成長だ。早く合流して混ざりたい。宿屋を出たヒメは情報収集の為に夜の町を歩いていた。
なんとなくオーマが歩いたのはこっちだという勘に基づき歩いていくヒメは、やがて町の外へと出てしまった。
「女の匂いがする・・・・わん」
なんとなくで、ヒメは一切間違えることなくオーマの通った道順をたどっていた。




