第三十一話 情報収集
「はい、ついたよ~」
オーレリアに案内され町の外の平原をしばらく歩いた先。
「何だこの家・・・いつの間に」
平原のど真ん中、洋館が立っていた。
ありえない。ついさっきゾンビどもと戦っていた場所だ。建物などあるはずがない。はずがないのになぜかそこには威風堂々たるお屋敷が立っていた。
「ふふふ~我が家は何と移動式なんだよ~」
「・・・・・動く家・・・だと?」
入った後に動かれたら孤立無援になってしまうのでは、そんな危機感よりも、動く家とかあるのか!?という感心が先に立つ。もうちょっと危機感持とうぜ俺。昔はもっと慎重派だっただろ?
覚えてないけど。
「ささ、入って入って~」
扉が開きオーレリアが中へと誘う。案内されたので素直に従う。魔穴に入らずんば魔子を得ずだ。
あ、別にロリコンじゃないから。女の子狙ってきたわけじゃないから。
扉をくぐるとそこは広いエントランスだった。左右に通路が伸び、正面に階段が、二階には奥へと続く通路が見える。天井高くには豪奢なシャンデリアがぶら下がっており明々と空間を照らしている。
足元に敷かれた絨毯、壁際に飾られた花瓶。屋内の概観を確認しながら足を踏み入れる。一人で住むには広いし手が行き届いている。他にも誰かいる?
――バタン
後から続くオーレリアが入ったところで、扉が音を立てて閉まった。ひとりでに。
「さてさて~ようこそおいでくださいました~。勇者様~」
大仰に言いながらオーレリアは妖しげな目をこちらに向ける。
「というわけで早速~・・・死のうか?・・・・・・オーマ?」
驚くほど冷たい笑みと共に、殺気が向けられていた。
「っ!?」
警戒はしていた。だからこそほぼ勘だけとはいえ飛びずさることができた。室内にもかかわらず落ちた雷を躱し、更に数歩下がりながら聖剣を抜く。
「舞え・・・」
オーレリアの言葉に従い彼女の周囲を稲妻が囲う。帯電した空気が彼女を守る獣のように青白い線を描きいくつも踊る。様子を見るまでもなくそれは地を駆けオーマに迫った。
「『魔術障壁』!!」
左手を前に出し、防御魔法を唱えるオーマ。青いシールドが正面に現れ、盾となり攻撃を防ぐ。迫る青雷はシールド上を流れるに留まる。
「集え―――」
続いて唱えられたたった一言。その一言に全身の皮膚が粟立つ。『魔術障壁』、そんなもの何の役にも立たない。直感でそう判断したオーマは全力で後ろに飛んだ。
―――カッ
閃光に目がくらむ。そして轟雷。世界が白に塗りつぶされた。
「屋内でなんてもの撃ってんだよ・・・」
全力の後退が功を為し大してダメージも受けなかったオーマが文句を言う。内心戦々恐々である。
咄嗟に、何としてでも避けなきゃいけないやつだ!と気付けたから良かったものの、ヒメとの試合がなければ圧倒的な脅威を前にただ身をすくませるしかなかったかもしれない。あんな一方的にやられる経験でもしとくもんだな。ヒメが俺の中にいる。経験的な意味で!
「へ~これを避けるんだ~腐ってもオーマだね~」
「死ぬわけにはいかないんでね」
冷汗をかきながら軽口をたたく。言うまでもなくあれが当たっていたらただじゃ済まなかった。しかもそれをあんな短い言葉だけで。シャルが言っていた魔族が魔法のエキスパートであるということを今更実感した。
言う必要もないことだが、俺は二つのことを棚に上げている。町中で撃った『灼熱球』と、詠唱なし究極魔法である。自分もだった。敵には是非やらないでほしい。
「ふ~ん。じゃあ~何でこんなところまで~のこのこやって来たのかな~?殺されるって、想像できなかった~?」
しかしどうやら本格的な戦闘へは移らず会話に勤しんでくれるらしい。願っても無い事だった。もともとそのつもりだったのだから。
「聞きたいことがある」
「ん~い~よ~冥土の土産に答えてあげる~でも一つだけね~」
聞きたいことはたくさんあった。だが、素直に答えてくれるというなら確実にまずは一つ情報を得る。それ以外は後から聞けばいい。目の前の相手から今一番知りたいことと言われれば。
「クロについてだ」
「へ~意外」
オーレリアは言葉通り意外そうな声を上げた。
「そう思うってことはクロについて知ってるってことで良いんだな」
「ま~ね~」
「なら聞く、あいつは何か病気にかかってるのか?」
「へ?」
オーレリアは素っ頓狂な声を上げた。その反応に質問が的外れであると半ば察することが出来た。
「あいつは俺たちと旅している三日間、ずっと寝てばかりだった。HPもMPも全くない。あいつの話を聞く限り家からも出させない様にされていた。体が弱いからじゃないのか?」
「あ~・・・なるほどね・・・・・相変わらずだね~」
「いいから答えろ」
「おめでとう~。その推測は見当はずれ~。まあ、ある意味病気レベルだけど、あの子はただ寝る時間が長いだけ。体は弱いっちゃ~弱いけど、健康体、病気じゃないよ~。まあどっかのオーマ君が過保護だっただけだね~」
「そう・・・か・・」
安堵する。それが聞ければ十分だった。
「でも、もしクロが病気だったら~オーマはどうしてたの~?」
どうも出来ない。だが知っているのと知らないのとでは大きな差がある。知らない内に失うのも、知らないまま気に病むのもごめんだった。
それでもし、クロが本当に病気だったなら。
「全力で助ける方法を探し出す」
「そっか~」
にやけ顔で馬鹿にされるかと思いきや、短くそう返されただけだった。
「でも~、心配するならむしろ~今クロちゃんがどうなってるかじゃないの~?」
確かにそうだ。今クロは敵たる魔族の手で連れていかれてしまった。だが、それはあまり心配していなかった。
「・・・・アーちゃん、イーくん、オーちゃん、りゅうじい、カーちゃん。で、お前はオっさんもといオーちゃん、か?」
「ああ、なるほど、言われちゃってたか」
「認めるんだな。俺の家族だってこと」
「ま~仕方ないよね~みんなして隠す気なしだもんね~」
つまりはそういうことである。クロが述べた俺の家族の中にいた「イーくん」。デルタ山の山頂にてクロはあの少年のことをイーくんと呼んだ。容姿や話題からイーくんとアーリアが繋がり、魔王とその二人に続く四人目の襲撃者であるオーレリアとも繋がるのではと推測した。
「全くだ。人の名前気安く呼びやがって。じゃあ詳しく聞かせてもらおうか。お前ら魔族と俺との関係について」
オーマという名前はヒメがあの時つけた記憶喪失後の名前のはずだ。それをあらかじめ知っている者はいない。はずなのに、ヒメは記憶を取り戻してからも引き続き俺をオーマと呼ぶ。そのことから、もともとの名前もオーマだったと推測できる。
問題なのは初対面でクロが、アーリアが、狼を操る少年が、そして、今目の前にいるオーレリアが、俺の名前をさも知り合いの名前を呼ぶかのごとくオーマと呼んだことだ。お陰でオーマの名前も、こいつらが俺の関係者であることも確定的だ。
だからこそ、それ以上の情報を得るために大人しくのこのこついて来たわけだ。命を狙われはしないと高をくくっていたことは裏目に出たかもしれない。
「それにしたって普通はそっちを先に聞くだろうに~。クロを優先するあたりオーマはオーマだよね~」
優しい声で、いつくしむような声でそう言われた。今さっき殺そうとした者の声音ではない。
「でも・・・、残念だけど~一回だけって言ったからね~。冥土の土産には十分だったでしょ?」
「あいつが健康だって事実だけで俺はあっちでどう楽しむんだよ」
死にゆく親か何かか。
「それを選んだのはオーマでしょ~オーマの性癖なんて知らないよ~」
予想通り断られてしまった。確認できたのはクロの健康と、何人かの家族。少ないがそれでも十分な成果だ。退くなら今か。
「なら・・・帰らせてもらう。『ブリザード』!!」
詠唱なしに唱えられる氷の魔法。猛吹雪が屋内を吹き荒れる。だが、オーレリアは動揺することもなく、防ごうとするでもなく飄々とその場に立っていた。効いていない?
「良いの~?今帰ったら私が君に命令してお仲間さんに危ない事させちゃうよ~?何が良い?とりあえずヒメって子ににあいらぶゆーしとく?」
「何でだよ!!!一番危ない奴じゃねえか!!」
吹雪の中不自然に耳に届くオーレリアの脅し。恐ろしい。弱点を見抜いてやがる。ヒメがいるなら正直俺が命令されて寝首をかこうとしても無駄な気がしていたが、予想外のヒメの的確な扱い。やはりヒメのことも知っていると見るべきか。
「そもそもそれ嘘だろ。お前は俺に命令を強制できない。出来るなら最初この家に連れてこようとした時点でも俺を殺そうとした時点でもできたはずだ」
「鋭いな~。でも~どこかで思ってるよね~本当だったどうしよう~って」
「いや、確信してる」
はったりだった。さっき首筋を確認したら手のひらに血がついていた。血を吸われたのは事実と見るべきだ。その上で、命令できるのかどうかが問題となるわけだが、俺にその真実を知る方法は無い。
「ほうほう、じゃあ、こっちの方が良い?君たちがゾンビから助けたちっさい女の子~、私たちの仲間は~、今、どこにいると思う~?」
はっとした。ゾンビの中心、籠の中に囚われていた赤い服を身にまとった幼女。どう考えても不自然な存在に、しかしシャルたちの件に追われて追及できなかった。確かにあんな珍しい格好も魔族だとすればおかしくはない。今は、警備隊にでも保護されているだろうか。
つまり彼女が魔族であるなら暴れて警備隊の彼らを傷つけることもできる。人質をとられた・・・というわけだ。ヒメと共に抱きしめたときに攻撃することも出来ただろうに、何もしなかったということはこちらで確実に仕留めたいからか?
「考えてる考えてる」
そんな言葉に自分が翻弄されていたことに気付く。さらに言えば主導権を渡してしまった。どうでもいい風を装うべきだった。いや、勇者にそれは無理な話か。
「・・・・・・・随分とあくどいな」
「むしろアーリアとイーガルがやる気なさすぎるんだよね~結果しわ寄せが私に~って感じ~?まあとにかく、死んでよオーマ?百回くらい」
「人は一回しか死ねない」
「大丈夫!オーマになら出来る!」
「出来たくない!」
「ん~・・・・仕方ないな~。私としてもオーマには喜びながら死んでほしいからね~。ちょっと待っててね~」
そう言ってオーレリアは正面の階段を上り二階へと姿を消そうとする。しかし、途中でこちらを振り返り階上から声をかけてくる。
「あ、そういや~折角来てもらったのにお構いもできなくて、ごめんね~。お詫びに少しの間だけ~遊んでるといいよ~」
そして、今度こそオーレリアが姿を消すと同時、屋敷の床に禍々しい魔法陣が現れた。巨大なそれは中心に空いた穴から魔の者を呼び起こす。
――耳無しデュラハンが現れた!
肉のない騎馬に騎乗した首のないごつい鎧甲冑。その手には、これまたごつい長大なランスが握られていた。紛れもなく強敵だ。とくに俺にとっては。
せめて!せめて、首部分の甲冑も用意してほしかった!
てか、名前!
無いの耳だけじゃないから!少なくとも首から上、全部無いから!!
倒した。過程はよく覚えていない。とりあえず屋内で馬に乗るべきじゃないことだけはわかった。
それにしてもオーレリアは一体どういうつもりだ?家族ってことは味方じゃないのか?アーリアからはそう言う雰囲気を感じないでもなかった。だがイーくん含め俺を攻撃してきたのは確かだ。ならオーレリアもまた、魔王に命令され俺を殺そうとしている?あるいは俺があいつらを裏切った?それとも俺は魔族から送り込まれた間者で、疑われないように攻撃を仕掛けられている?
だめだ。推測ばかり連ねても、今のこの状況の打開にはつながらない。人質を取られ逃げることが出来ないこの状況の。
だから大人しく死ぬしかない、という結論にたどり着くかと言えば、ふざけるなそんなのごめんだ。
屋敷の壁に背を預ける。百回死ぬ、言葉だけを捉えれば、俺が百回死ぬだけで良いわけだ。
「『分身Ⅰ』―――」
分身100体は用意できるが。多分駄目だよな・・・。




