第二十七話 増える勇者
無数に蠢くゾンビの大群。
「誰そおらぬのかーーー!!?」
泣き叫ぶ幼女。状況を打破するための一手が必要だった。
オーマはその一手、その魔法を唱える。魔法欄1ページ目の下の方でずっとオーマの興味を引いていたあの魔法を。
「『分身Ⅰ』・・・・『分身Ⅱ』・・・・『分身Ⅲ』・・・・『分身Ⅳ』」
そう、分身である。だって分身だぞ?使いたくなるに決まっている。分身に任せて本人は楽をする。万人の夢である。ゾンビと戦いたくない今の状況に最適である。
一つ一つの効果とMP消費を確かめながら唱える。
『分身Ⅰ』オーマの分身が一体出現する。消費MP10
『分身Ⅱ』分身が二体増える。消費MP100
『分身Ⅲ』分身が八体増える。MP10付き。消費MP200
『分身Ⅳ』・・・・変化なし。消費MP0
残MP385。計11体の分身が出てきた。初めて自分の顔を見る。これが俺の顔か・・・。なかなかの男前だ。外見上は成人したあたりに見える。黒髪黒目、背が高いから大人な印象を受ける。
「・・・・・ふむ・・・四人出るんじゃないのか」
一つの魔法につき一人の分身が出てくるかと思ったがそう言う増え方ではないらしい。
オーマの分身
職業: 分身
Lv: 36
HP: 100
MP: 0
攻撃力: 120
防御力: 72
魔力 : 999
精神力: 103
素早さ: 52
器用さ: 32
幸運 : -482
なんか・・・俺の所為で不運な星の下に生まれてしまったようで申し訳ない。
それはともかく分身のステータスはMPや魔力は例外として俺のステータスの二分の一といったところだ。魔力高いのにMPが無いからいいとこなしな感じになってしまっているが、MPを持たせることは可能のようだし、今の状況では数の力が大きい。
把握している間、分身たちは特に反応するでもなく立ち尽くしていた。とくに意思はないようだ。命令が必要なのだろうか。
「オーマ、分身とかできるんですね。一人ください」
今は無視。
仮定
『分身Ⅰ』分身を一体増やす。
『分身Ⅱ』分身を二体増やすor本体含め分身の数を二倍する。
『分身Ⅲ』分身を八体増やすor本体含め分身の数を三倍する。分身も魔法を使える。
『分身Ⅳ』効果不明。
と、いったところか。
各分身が聖剣・白を持っている。その性能が本物と同等かはわからないし、分身がどのような動きをするかも分からないが集団で動けばゾンビに後れを取ることは無いはず。まずはお試しだ。
「とりあえず、全員突撃ーーーー!!!!!」
その言葉に応じ分身たちはいきなり散開してゾンビに向かっていった。
「ばらばらに戦うのか・・・」
数の利を生かす気が無いのか?
しかし、事態はいい意味で転ずる。
「おー。強いな」
切った張ったをする分身たちは本体である俺以上の活躍でゾンビたちを駆逐していく。もともとゾンビ相手に一対一で後れを取ることは無いようだ。あれ?本当に俺より強くね?
「分身の割に知能が高いんですね・・・。自分の身体能力で可能な戦闘範囲を考えて各個位置取ってます。そうそう倒されはしないと思います」
敵を取られる形になったヒメが分身を観察し考察する。
距離を保ち広がった分身たちが過ぎ去った後にはゾンビは皆倒れ伏していた。隙間なく攻撃網が作られている。尚且ついざ二体から狙われたときは何のコンタクトもなしに手の空いた分身が片方引き受けるといった最低限の連携をとっている。これほど指揮官の要らない兵の動きもないだろう。あれ、この魔法めちゃくちゃ強いんじゃないだろうか。
とにもかくにも、これならいける。
「後はレベルアップして回復したMPを分身を増やすことに使っていけばゾンビどもを全滅させられる」
俺たちは戦うことなく。分身に俺の感情思考が投影されてなくてよかった。
「よな?」
ヒメに同意を求める。経験値自体は誰が倒しても戦闘に参加した全員に渡ることはわかっている。意識を失っていなければ。
「オーマ・・・多分勘違いしていると思いますが経験値が入るのは戦闘が終わった後ですよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
聞き捨てならない言葉にヒメの方を振り返る。
「戦闘中にレベルアップはしません。スキルレベルは上がりますが。「ゾンビの群れ」で一纏まりになっている以上戦闘が終わるのはゾンビの群れを全滅させた時です」
「ふむ・・・・・」
確かに少し勘違いをしていたらしい。言われてみればそうだった気がしてきた。
つまり・・・MP回復の機会は無いということである。
「・・・作戦変更ーーーーー!!!!!お前ら!!!!!生きろーーーーー!!!!!!」
「熱い指揮官ですね」
もう一人たりとも戦力を減らすわけにはいかなかった。
そんな風に自分の魔法である『分身』の効果を確かめていたためか注意が疎かになっていたらしい。
――ぐおおおおぉぉぉぉ!!
「うわっ蘇った!?」
背後でうめきを上げたゾンビに過剰に驚いてしまった。
見れば分身実験を始める前に斬り倒されたゾンビたちがよみがえり始めている。五分といった所か。
「そういったじゃないですか」
ヒメがあっさり蘇ったゾンビを斬り倒す。
女神がここにいた。
「お前、怖がってなくないか?」
「怖いですけど、オーマを守るためならいくらでも頑張れます」
普段との違いが分からないがきっとそれだけ気丈に振る舞っているのだろう。俺の為に。
「惚れるかもしれない」
「大歓迎です。あとでぎゅっとしてください」
なんかこの状況を盾にどんどん要求が増えている気がする。そしてそれを許してもいい気がしてくる。これが世に言うゾンビ橋効果と言うやつか。
・・・ゾンビ橋って何だろう。
分身は戦闘を継続。本体である俺は兵士の補充だ。
魔法に意識をやりながらもなるべく全体へ注意を向ける。そんな中ゾンビに噛まれている分身の姿が視界に入った。顔が紫になっていた。どくどくしていた。見たくなかった。どくどくしながらまだ戦い続けるらしい。致死性の毒でないなら安心・・・・なのだろうか?自分の姿でやられると複雑な気分だ。
「『分身Ⅱ』」残MP285
魔法の発動と共に分身が12体増えた。消費MPからもそうだと思ったがやはり二倍の方だったらしい。数ごとに消費MPが変わることも無かった。
なら。
「『分身Ⅱ』」
繰り返し唱えると24体増えた。おそらくだ。もう数えてられない数になってしまった。
残MP185
これで分身の数は47体。ゾンビの数は約1500。ゾンビが五分周期で蘇るとすると、分身一体ごとに30体のゾンビを担当し、五分の間に倒せれば全滅させられる。つまり十秒で一体のゾンビを倒せればいい。目途はたった。が、攻撃を受けることも考えると確実を期したい。
「ならもう一回だな。『分身Ⅱ』・・・・・・あれ?」
唱えたものの変化はなく分身は増えなかった。
「MP切れですね」
俺を守りながら戦うヒメがとくに考えるでもなくそう告げた。
「え、いや。あと一回は・・・・使えるはず・・・え?」
MPを確認すれば残っているのは75・・・なんで?
さっきMPは185だった。185→75、消費MP110・・・・。考えられるとすれば、最初に作った分身の数、11体、一体の分身を作る消費MP10・・・現在の分身の数に変化はないはず。・・・つまりこれは・・・・維持費。
「嘘だろ・・・・」
つまりあと五分もすれば、今作った分の分身の維持費も消費され下手をすれば大半の分身が消える。つまり。
「全軍!死に物狂いで倒し尽くせ!!!!」
行き当たりばったりだった。
――ゾンビッビくんを倒した!
――ゾゾンビさんを倒した!
――ビゾンちゃんを倒した!
――ゾンビビンゾどのを倒した!
分身たちからゾンビを倒した報せが感覚として伝わってくる。順調のようだ。
そこで一つの、ある意味この作戦の主目的でもあった希望を確認するためスキル欄を見る。
オーマ
剣術スキル・・・・・Lv12
「うし!」
2上がっていた。俺自身は大して剣を振っていないのに。それはつまり分身が得た経験の類も俺のものとして計上されるということだ。まだ推測の段階ではあるが。
「どうしました?」
「聞いて驚け!何と分身による攻撃でもスキルレベルは上がるのだ!」
「おお、オーマがはしゃいでいます」
驚くポイントがずれているぞヒメ。
「そして、もうじき剣術スキルも15に達するだろう」
そうすればヒメの要求したスキルレベルに達したことになる。
「すみません。MPがないと私が考えていた案が実行できません」
ヒメは残念そうにそう告げた。
「・・・・・・」
魔法自体は凄いはずなのにことごとく裏目に出ていた。
「なら、もうこのまま倒すしかないな」
「では、私も行きますので離れずについて来て下さい。『破魔の剣』」
ヒメはそう言うと、青白い光を纏った剣を片手に単身ゾンビの群れに凄い速さで突っ込んでいった。え、それに追い付くとか無理だぞ?
文句を言うよりも早く一撃のもとに屠られていくゾンビの死体(?)の山が作られていた。
剣を振り下ろし一体、斜め上へ斬り上げながら一体、振り向きざまに背後を斬りつけ一体、飛び上がりゾンビの密集地へ着地、回転斬りで三体、駆け抜けつつ斬撃を見舞い一体、また一体と倒していく。
踊るように舞うように。一撃たりとも外すことなく、受けることなく、すべてはただ敵を倒すために。
何故あいつが勇者じゃないのか。
(てか俺もいかないとな・・・ああくそ。傍にいろよな・・・)
聖剣片手にオーマもゾンビの群れに突っ込んでいった。
――ぎゃあああああああ
―――おぐぉおおおおおお
――ひぎぃいいいぎいいい
遥か遠くでゾンビどもの断末魔が聞こえる。時折ゾンビが空を舞う。あそこにヒメがいるのだろう。ひゃっはーとか言い出しそうな獅子奮迅っぷりだ。
「せい、やあ!」
そんなヒメに対しMPを温存するべき俺は細々と通常攻撃を繰り出していた。全て使いきって分身を出すべきかとも思ったが、いざというときの為、逃げるときのために残しておくことにした。
ぐちゅ、べちゃあ。
「ううう」
技もまたMPを消費する。分身が逃走の要である以上、技で戦うべきではなかった。そして技が無ければ決定打に欠ける。
斬る。斬る。
延々と気持ちの悪い感触と戦うゾンビ戦が幕を開けた。五分の辛抱だ。
――じゅわああああ
聖剣にくっついた肉片が蒸発して跡形もなく消えるのだけが幸いだった。流石、聖の名を冠するだけはある。
凄いぞ、聖剣・白!
そんなことを思った時、えへへと、誰かが笑う声が聞こえた気がした。
「ひいいいい」
ゾンビに囲まれながら、いるはずの無い者の声が聞こえてくる。恐怖であった。




