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第二十六話 弱点

「これはまた凄い数だな」


「ですね」


 到着。今日入ってきた門から今度は外に出る。そこから見えるのは平原一帯を埋め尽くす魔物の群れだった。時間は既に夕暮れを迎えている。黒い影にしか見えないがうようよしているのは分かる。ここから更に長丁場になりそうだ。


「こんなことなら大人しく宿屋で休んどくんだった」


「む~、それは私とのデートが楽しくなかったということですか?」


 デートだったのか。てっきり勇者職業体験でもしていたのかと。


「まあ、楽しかったんじゃないか。これから何事もなければな」


「なら有終の美を飾るためにぱぱっと終わらせましょう」


「ほんと頼りになるよな、お前は。シャルもまだいないみたいだし俺の背中、預けたぞ」


「背中と言わず心も体もまるごと預けてください」


「却下。じゃあ行くぞ」





 思えば、この時からもう分っていたのかもしれない。自分たちがこれからどんな絶望的な状況に追い込まれるか。それでもそんな現実を信じたくなくて、きっと何とかなると信じたくて、俺たちは目をそらしてしまった。





「君たち!すぐに避難しなさい!ここは危険だ!」


 町の警備隊だろうか。俺たちを見つけ忠告してくる。


 町の出口近くでは魔物と彼らが戦っているらしく、戦闘の音が聞こえてくる。


「ああ、えっと、俺、勇者なんだけど」


 自ら名乗るというのも変な感じだ。が、相手の反応は顕著だった。


 民間人が紛れ込んだという焦燥感から、勇者が現れたという驚きへ、そして喜びへと目まぐるしく表情を変える。何の証拠もなしに信じてしまったらしい。


「勇者様がーーーー!!!!!!!来て下さったぞーーーーーーー!!!!!!!!!!」


「「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」


 うるさい。初めて勇者を名乗ったが、勇者人気高すぎだろ。


「ヒメ、行くぞ」


「はい」


 俺たちは鬨の声を上げる警備兵たちを尻目に勇ましく足を踏み出した。






 たとえ目の前に広がるのが奈落の底へと大口を開けた穴であっても、俺たちは立ち向かおうと決意した。勇者だから。それが人に希望を与えるものの姿だと自分に言い聞かせて。

 それでもどこかで楽観視していたのだろうか。ヒメがいるから大丈夫だとか。今までと同じように何とかなるとか。しかしそれは大きな間違いだった。ヒメがいるからといって絶望的な状況は何も変わらない。過去の結果は現在に何の影響も与えない。それに気づかずに・・・俺は馬鹿だ。


 そう、俺は馬鹿だった。魔物の群れを一目見た瞬間逃げるべきだったのだ。






―――ゾンビの群れが現れた!



「ん??・・・・・と・・・・・・ん!???!?!??!?!」


 二度見した。勇ましく踏み出された足はいきなりすくんでいた。


 腐乱した体を引きずりうごめいている様は中々に衝撃的だ。それが視界を埋め尽くしている。トラウマものだ。目、落ちかかってますよ。左腕、忘れてますよ・・・。


「ゾンビ、無理、だめ、ぜったい」


 無意識に言葉がカタコトになり危うく意識が飛びそうになる。心もとなげにあたりを撫でる手は隣にいるはずのヒメを求めていた。が気づいた時には隣にヒメはいなかった。もしかして一人で突っ込んだのかと思ったが、そうでもなかった。


「あのオーマ、実を言うと私もゾンビとか苦手でして・・・」


 ヒメは俺の後ろで縮こまっていた。いつもの冗談ではなく本気で抵抗があるようだった。まるで普通の女の子の様だ。


 嘘だろ?あのヒメが?


がくがくぶるぶる


 二人して震える。とにかく大ピンチだった。


「まじか・・・・・。ヒメにも苦手なものとかあったんだな」


 完全に腰が引けて会話する俺たち。そこに勇者一行の頼もしさなど皆無だっただろう。


「はい、怖いのはちょっと・・・」


「・・・・・・」


 ヒメへの好感度が何気に上がった。


「むしろ私にはオーマが苦手な方が驚きなんですが」


「なんで?」


「いや、・・・・えぇと」


「勇者だからか?だがそれは大きな勘違いだ。勇者だろうと何だろうと俺は俺だ。怖いものは怖い」


「そ、そうですか」


 悟りきった口調で中々情けないことを言っているがこれが真実だ。記憶喪失でも怖いものはきっと変わらない。


「でもそうも言ってられないか。とにかく遠距離から攻撃しよう」


 先に立ち直ったのは俺だった。勇者としての意地なのか。ヒメ相手に最低限の見栄を張りたかったのかは、俺にも分からない。


「はい・・・ゾンビの弱点は炎と光です。あの今夜一緒に寝てもいいですか」


「今回ばかりはやむを得ないな。炎を主体に戦う。離れるなよ(俺が怖いから)!」


「はい、(永遠に)離れません!」


 なんか変な含みがあった気がするが気のせいだろう。


「来たれ真紅の豪炎、生を贄としその身を灼熱の牢獄へと変えろ。出でよ!『炎煌灼熱球』!!」


 ゾンビを見ていたくない。その一心で放った究極魔法。現れた太陽がこの地を燦々と照らす。その輝きは多くの不浄なるものを滅してくれるはずだった。


ーーぱっ


 が、すぐにその太陽は姿を消した。


「は!?」


 突然消えたMP300分の究極魔法にうろたえてしまう。ゾンビにわずかたりともダメージを与えられず残りMP695。闘技場を出た時点でHPもMPも全回復していたことは今更気にしないが、これは一体・・・。


 こちらに気付いたのか近づいてくるゾンビを心の中で悲鳴をあげながら、ヒメと共に数体斬り倒す。


 ゾンビだけあって動きは鈍い。数に押されなければ攻撃を受けることは無いだろう。


「オーマ!あれ見てください!」


 ヒメの指さす方向を見る。そこには鳥かごがあった。鳥かご・・・?その鳥かごを囲むようにしてゾンビが群れている。あまりこっちに来ないと思ったらそっちに意識を取られていたからか。


「た、助けてたもれーーー!!!!ひっ、来るな!来るでないっ!!ゾ、ゾンビは嫌なのじゃーーー!!!!」


「幼女?」


「幼女です。オーマの大好きな」


「・・・・・・お前の方が大好きだろ」


 幼女を発見してヒメの明るさが回復していた。


 何故か鳥かごの中には幼女が捕らえられていた。結構離れているが大声で泣いているので助けを求める声が聞こえる。何故ここに幼女入りの鳥かごが?誰か説明を。


「広範囲の攻撃は避けた方が良いかもしれません。あの子に当たってしまいます。というか敵を見たら究極魔法を撃つ癖やめた方が良いと思います。危うくあの子巻き添えでしたよ。迷惑かけるのも巻き込むのも私だけにしてください」


「う、・・・気を付ける」


 癖ではないと思うが、確かにゾンビが相手で焦って究極魔法を撃ってしまった。我ながら最初の失敗をあまり反省しきれていない。まずは安全確認。火気の扱いには気をつけねば。もちろんヒメにも迷惑をかけることも巻き込みもしないように。


「今の魔法、ヒメが消したのか?」


「いえ、あの子が吸収しました」


「・・・・・は?」


「回復してました」


「・・・・・」


 あれを・・・吸収して・・・・回復しただと?


「どういう原理だ?」


「理由はわかりませんが、この場で炎属性の魔法は全てあの子に吸収される気がします。多分光属性も・・・」


 この距離でか。避雷針かよ。


「ってことは何か?効果の低い他属性の魔法と接近戦でもってあのゾンビどもを全部倒す、と・・・」


 弱点をつけないことよりも接近戦を挑まなければならないことが問題だった。何せ数が多い。魔法だけを使っている訳にもいかないだろう。


 そんな俺の不安をヒメは打ち消す。悪い意味で。


「いえ、物理攻撃はゾンビに効果が薄いです。不死属性が解決できないので。他属性の魔法も同じ理由で・・・あまり」


「不死・・・?つまり・・・?」


「蘇ります」


 その言葉に後ろの倒してきたゾンビを見やる。ぴくぴくしてる。そして正面にまた目を向ける。蠢いている平原を埋め尽くすゾンビ。


「詰んでないか?」


「・・・・割と。経験値稼ぎをしている暇もないですし」


 幼女を助けるためにはあの鳥かごが壊れる前にゾンビたちを一掃する必要がある。弱点を突くことも広範囲魔法で一掃することも封じられていて、一体一体倒している間にゾンビは蘇る、えげつない。


 仮にゾンビが倒されてから十分で蘇るとすると、一秒一体のペースで倒していても十分後には一秒ごとに一体のゾンビが復活する地獄が幕を開ける。やってられない。目算1000体以上いそうだし。


 今はあの鳥かごに気を取られているが、いつ大挙して町に向かうか分からない。今でこそ警備隊の戦線は保たれているが、敵の数が増えればあっさり瓦解する可能性もある。どうしたものか。妥当なところでは幼女を先に助けて囮になる形で町から引き離すぐらいか。その後ゾンビを倒す術がないのが困り者だ。


「経験値稼ぎって何だ?レベルが上がれば解決する問題なのか?」


 ヒメに尋ねる。こんな会話もゾンビを倒しながらだ。極力離れないようにしながらカバーしあう。怯えていても流石はヒメだ。安心感が違う。


「倒して、蘇るのを待って、蘇ったゾンビを倒して、を繰り返す不死属性を利用した経験値稼ぎです。スキルレベルも上がりますからオーマの成長にはもってこいなんですが、今はあの子を助けることを優先したいですし」


 つまり時間制限があるから鍛えている暇はないということか。そうでなくてもそんな特訓願い下げだが。


「極論を言えば一体目を倒してからそれが蘇るまでに全滅させればいいわけでして。ただそれを私一人でやるにはちょっと大変そうなのでオーマに強くなってもらいたいなと」


「ふむ、どれぐらいレベル上げればいいんだ?」


「オーマ剣術スキルと魔法スキルは今いくつですか」


「え・・・・と」


 レベルじゃなくスキルの方なのか。



~スキル~


 オーマ

 剣術スキル・・・・・Lv10

 魔法スキル・・・・・Lv23



「剣術スキルがレベル10、魔法スキルがレベル23だな」


 魔法の方はいつの間にこんなに上がっていたのか。


「『剣気解放』を10で覚えるなら・・・『纏い』はあと、剣術スキルを5、ぐらいかな。よくわかんないですが」


「よくわかんないって適当な・・・」


「だって・・・・・気がついたら使えてましたし・・・『剣気解放』も『纏い』も・・・」


 良く分からんがまた常識外れを言っているだろうことはわかった。


「まあいい。要するにヒメの要求に応えられる程度に倒しまくって成長すればいいんだろ」


「でも、時間ないですよ?」


「いや、実を言うと試したいことがあったんだよ」


 それに今の状況はぴったりだった。


「?」


 経験値、スキル上げ、レベルアップによる全回復。行けるだろう。その間にヒメが求める『纏い』なるものを使えればそちらに方向転換してもいい。


「ちなみにゾンビに噛まれてゾンビ化したりは・・・」


 一番重要なことを聞く。


「しません。毒や麻痺にはなりますけど。麻痺には気を付けてください。解痺薬がないとその時点で戦闘不能です」


「道具屋で解痺薬買おうとしてたのに止めたよな?」


 シャルがいるから必要ないと言われた。他にも一通りの回復アイテムの説明を聞きながらいくつか買おうとしたのにほとんど却下された。どんな毒にも効く毒消し草ってなんだよそれ・・・。とかいろろいろ突っ込みたいところはあったものの、どちらにしろ凄いことに変わりは無く、値段も安かったから買おうと思ったのに。


「オーマ、忘れてませんか?私が・・・・・・・箱入り娘であるということを!!!」


 今更、それを言うのか・・・。散々人に説明してきたくせに。


「イレギュラーには弱いです」


「じゃあ、なんで人の買い物妨げたんだよ」


「それは・・・・あれです。・・・・ええ。・・・・・はい。つまりですね」


 珍しく言いよどむヒメ。明らかに後ろめたいことがあるようだが、人にあれだけ堂々と嘘を並べた割にはおかしな反応だ。


「当たらなければどうということはありません」


「それお前基準だろ!?」


 俺は当たるんだよ!常人だもの!


「ちゃ、ちゃんと後は追いますから」


「追うな!助けろ!!」


 そうこう話しているうちに周囲をゾンビに囲まれていた。鳥かご目指して俺たちの方から入り込んでいた。それでも今ならまだ戻って態勢を整えるぐらいはできるだろう。


「はあ、それで?ヒメは行けるか?ゾンビ一杯だけど」


「オーマがいてくれるなら」


 ・・・・・・・そう言われて張り切らないわけにはいかない。男として。


「そうか。わかった。行こう死地へ」


「ゾンビだけに、ですね」


「それ言う必要ないだろ?」



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