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第二十五話 水色の魔法使い

「ところでヒメ」


 駆け足になりながら隣を行くヒメに話しかける。


「何です、オーマ?」


 ヒメはまだしょんぼりしている。そんなに欲しかったのか、エンゲージリング。あんな危険なものは手に入らなくて正解だった。


「シャルはどこにいると思う?」


「分かるわけないです」


 まあ、だよな。


 シャル。別行動とはいえ魔物の襲撃を聞いたのなら同じく向かっているはず。いなければヒメと二人で戦うことになる。


「急ぐぞ!」


「はい・・・」


「「『瞬絶』」」


 そこへ現れる愛の戦士リン=クロスフォード。


「待ちたまえ、そこな二人。ぼくも協力―――」



――タタタ



「してあげようじゃないか・・・・」



――ヒューー



 どこからともなく木枯らしが吹く。


「ふっ、恥ずかしがりやな子猫ちゃんたちだ」


 髪をかき上げながら手に持つバラの香りをかぐ。一人孤独を愉しむ愛の戦士であった。


「ぼーっとしてんじゃないよ。若いもんはさっさと避難誘導なり魔物退治なり働いてきな!」


 と思いきや、後ろから老婆に背中を蹴られる愛の戦士。


「ちょ、蹴らないでくれたまえ!流石にそんな愛情表現は理解に苦しむよ!」


「老人の愛情表現は若者をこき使うことでね!さっさと行ってさっさと散ってこい!」


「こ、これが世に言う、新人いびりと言うやつか!!ふっ、どんな愛情でも全て受け止めるのが僕の役目さ!」


 そう言ってきらきらという擬音を散りばめながら愛の戦士は町人を誘導し始めた。戦いには行かないらしい。


「はあ・・・、何とも不安の残る世代だ・・・」


 かつて世界最強の名をほしいままにした剣界の覇王(元)。ここ数年、筋肉が衰え体がうまく動かなくなってきた。この大会を最後に隠居でもしようかと思っていたが最後の最後で良い戦いが出来た。それが愛だ何だと現を抜かす輩であったことは惜しいが、新たな世代が育っていると知れたのは収穫だ。



「後は任せるとしよう・・・」


 老婆は町の喧騒に構うことなく静かに立ち去った。






 一方、時は少し遡り、オーマ達と別行動していたシャル。


「回復魔法の仕組みなんて言われても、今更わかんないっすよね~」


 オーマに問われた回復魔法の現象について調べていた。しかし成果は無い。当たり前だ。回復魔法は回復魔法であり回復魔法以外の何物でもないのだ。それに人族の魔法に関する知識はほぼシャルの頭に入っている。今更、露店で売られている本を漁ったところで何が変わるわけでもない。


「ふ~む」


 しかし、言われて初めて気づいたが、確かにおかしい。白い光が傷を治すって何だろう。何故今までそれで納得していたのか不思議なほどだ。


 しかし魔法とは本来そういうものだ。魔力をエネルギーに人力だけでは為し得ない様々な現象を実現する能力。回復魔法に疑念を持つなら、全ての魔法に疑念を持たなくては筋が通らない。


 仮定は出来る。


 人力で火を起こすなら、集めた薪に火打ち石で火をつける。魔法でなら、魔力をそのまま炎に換える。過程も材料も省いて、結果だけを呼び起こすのが魔法。


 なら回復魔法とは、自然治癒のエネルギーを魔力で補い、治癒の過程を省き、傷が治ったという結果だけを呼び起こす魔法。傷が大きいほど魔力を消費するのはそのためだろう。


 しかし問題は回復魔法にはHPを回復するだけでなく、病気や毒、凍結などを治してしまうものもあること。それら状態異常は時間経過では治らない場合もある。その時魔力はその状態異常に対し、どう作用しているのか。温める、毒を抜く、しびれを取る。何故それらすべてを白い光が解決できるのか。


 更に言えば戦闘不能――HP0になると多くの回復魔法が効かなくなるのも疑問である。戦闘不能は死んでいるわけでは無い。そりゃ戦闘不能のまま魔物の前に倒れていれば死につながるが、仲間に連れ帰ってもらい宿屋ででも休んでいれば戦闘不能からは回復する。多くの働きをする白い光が何故その程度出来ないのか、不思議である。


 そも魔法とは何なのか。


 命とは何なのかレベル。


 哲学的な問いだ。魔法を使うのも覚えるのもさっさと済ませてきたシャルだが、その存在に疑いを持ったことは無い。


 人間の中には魔法を使えない者は多い。むしろ大多数がそうだ。それゆえ魔法を使えるものに対する差別などもあるし、逆もしかりだ。しかしそれでも魔法は常識であり、現実のものとして認識されている。疑いを持つことなどなく。


「これはもう世界の在り方に対する問いかけっすね」


 なんて厄介な疑問を持たせてくれたのだろうか、あの勇者様は。


「勇者様・・・・か」


 記憶喪失の勇者、オーマ。


 しばらく行動して分かったのはあの膨大な魔力がまだ一部でしかないということ。あの人の魔力の器はとんでもなく大きい。今は何故か満たされてはいないが、じき成長と共に器を満たすだろう。あるいはその器さえも成長していくのか。それほどの存在、一体何者なのか。


(ヒメ様は何か知ってる風だったすけど・・・)


 シャルの知る限りヒメ=レーヴェンが城を出たという記録は無い。そもそもその存在自体希薄で世間には浸透していなかったほどだ。本当に一度も出たことがないのか、隠されているのか、少なくとも記録上はオーマとヒメが接触する場面は無いはずだった。

 もともとオーマが城の人間だったか、あるいは城に訪れたことがあるというなら別だが、それなら記憶喪失の件ももっと早く片が付いているだろう。魔力にしたって、あれが町中に存在していれば魔法使いなら誰だって気づく。そうなれば少なからず噂になるだろう。


 つまり勇者になる前のオーマは人のいない場所で過ごしていたことになる。あるいは召喚により突発的に魔力を得たか。

 前者であり、かつオーマとヒメが面識があったというなら、つまりは人里離れたどこかで出会ったと見るのが妥当。それはそれで現実味がないが。

 もし後者だとしたら勇者召喚には潜在能力の開花とでもいう効果があるのだろうか。今度また調べたい。


 記憶喪失、それがその存在の可能性を広げている。可能性の先を想像すると、もう人族や魔族なんてちっぽけに思えてしまう。自分の知る範囲でその存在を当てはめるなら、それはもう魔王しかいないのではないだろうか。と、一度実際に魔王を見ておきながらそんなことまで思ってしまう。


「あるいは、もっと・・・・」


 だから、見たい。その成長しきった姿を。だから教える。自分の知るすべてを。すべては好奇心から。


「その結果人類が滅びないことを祈るばかりっすね・・・」


 まあその点は魔王と対をなす勇者その人なのだから安心だ。


 とりあえずは露店で漁ってきた回復魔法の魔導書数冊を読んでもらおう。あの人回復魔法を一つも覚えていないらしい。破壊神にでもなるのだろうか。




 と、そんなことを考えていたからだろうか。


 先ほどから聞こえる怒号のような叫びに気が付き、意識を向けた先――


 宿屋の前でクロの髪を掴み、乱暴に引きずっている男に・・・滅びの未来が見えたのは。


 一瞬だけ視界が暗くなったがすぐにまた戻った。


 一度あるいは何度も殴られたのか、クロの頬が痛々しく腫れ上がり、それが原因か気を失っている。戦闘不能状態だ。


「宿屋に魔族が隠れてやがった!!誰か!何でもいい!この魔族を殺せる武器を持ってこい!!」


 男が大声で魔族だ魔族だ連呼しているせいで注目を浴びてしまっている。寄ってくる人の中には本当に武器を持ってくるものまでいる始末。


(ここでクロさんを助けようものならきっと非難轟々っすね。面倒くさいことに)


 クロさんは何もしてないだろうに。それとも何かしたのだろうか。つまみ食いとか。


 とにかく放置はできなかった。ここで見逃しては後々オーマ様達に顔向けできなくなる。それにオーマ様も言っていた。良い魔族もいるのではないかと。なら人間と対等に付き合い、仲良くなろうとしていたクロこそそうではないか。だから助ける、それだけだ。動物愛護と同じようなもの。人族を裏切るわけでは無い。


 理論武装完了。


「だから・・・、おとなしく立ち去るのが賢明っすよ?」


 痛い目を見ないうちに。心の中でそう付け足しながら、クロを捕まえている男に脇から至極穏便に説得を試みたが。


「あぁ!?」


(うわ~凄いガン飛ばしてくるっす・・・。)


「俺たちの町に魔族がいたんだぞ!?ここは俺たちの町だ!俺たちが守らなくてどうするんだ!!!」


「いや、言ってることは正論何すけどね?その子は無害というか・・・悪い魔族じゃないっすよ?」


「何言ってんだ!魔族に良いも悪いもあるか!!」


「そっすよね・・・・」


 残念ながら、それが多くの人間の価値観である。魔族は敵。出来れば、魔族も人それぞれとか純粋なことを言うオーマ様や、自らの危険を顧みず女の子を可愛がろうとするヒメ様にはあまり見てほしくない面である。

 勇者としては、こちらの考えの方がふさわしいのかもしれないが。戦争中であるならなおさら。


 シャル自身、魔族を敵だと思っている。魔族は魔法のスぺシャリストである。魔法は凶器となる。それだけで避ける理由になった。自ら魔法を使い、その上位者であるという矛盾を抱えながらも、その認識が間違っているとはまだ言えない。

 ならばこそ同時に思う、武器を持つ人間と魔法を使える人間と魔法を使える魔族と、線引きはどこでされるべきなのかと。どこでされているのか、と。


 ずれた話題は置いといて、シャルのその理由からすると魔力を持たないクロは敵対から外れる。




「お前やけにこいつを庇うが・・・その水色のアホ毛・・・まさかお前―――」


 そう言って男はシャルにじろじろと無遠慮に疑いの目を向ける。


(・・・・・・・)


 ああ、またこの目だ。疑いをかけるにしても、いい加減髪の特徴で判断するのはやめてほしい。


「ゼルド村の・・・?」


 前述したとおり魔法は凶器となる。つまり魔族だけではなく魔法使いも恐怖の対象となり得るということである。変な噂が立っていればなおさら。


―――水色の髪をしたアホ毛が特徴の魔法使いが、魔族に味方し、村一つ滅ぼした。


 そんな噂が。


 もちろんシャルのことではないし、そもそも最果てのゼルド村が魔法使いによって滅ぼされたかどうかも魔族に占領された今となっては分からない。


 だが、その噂による被害をシャルは確実に被っていた。


「―――」


「あ?」


 シャルが微かに呟いた言葉を男は聞き取れず、威圧的に聞き返す。


「邪魔なんすよ」


「ぇ―――?」


 そして男の体は崩れ落ちる。そのまま何の反応も返さず男は沈黙した。


 眠らせただけ。しかし周囲にはそれがどう映るだろうか。考えずとも、張りつめた空気が教えてくれた。 


「全く、謂れのない誹謗中傷は勘弁してほしいっすね」


 こんなに人族のために尽くし、魔王討伐の旅にまで出ているというのに何を文句があるというのか。


「ちょっと人助けより興味を優先していたかもしれないっすけど・・・」


 それぐらい許容範囲だ。むしろわざわざ自分から人助けするお人好しなど童話上の勇者ぐらいだ。


「さて・・・」


 更に人が集まってきた。シャルが来る前からずっとこの、地に伏している男が魔族が現れたと大声で叫んでいたせいだろう。その上、何故か町人たちにはこちらを認識する前から焦りが見られる。阿鼻叫喚の一歩手前と言った雰囲気だ。


「どうするっすかね~」


 取りあえずクロの無事は確認した。後は逃げるだけなのだが。


 町の人々の目は敵意と嫌悪にぎらついていた。


「見逃してくれないっすよね・・・。クロさん担いでじゃ逃げることも出来ないっすし・・・町の人を傷つけるわけにもいかない・・・と。二人が帰ってきてくれるまでの持久戦っすか」


 自分一人では勇者の仲間であることの証明は出来ない。


 そうこう言っているうちに飛んできた石を結界を張って防ぐ。


「・・・・・はあ」


 クワやカマやを手に向かってくる町人たち。どれくらい持つだろうか。


「とんだ貧乏くじっす」





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