第二十四話 中断
所変わって、ネクストの町の宿屋、とある一室。
無人の部屋。誰もいないにもかかわらず『毛布に包まれた何か』が蠢いていた。
ごろん、ごろんと何度かベッド上を往復したそれはやがてベッドから落ちる。
「あうっ!!」
『毛布に包まれた何か』が悲鳴をあげた。
「いたい・・・ここどこ・・・・オーマくん・・・・ヒーちゃん、シーちゃん・・・・はう・・・・・迷子?もう・・・・・わたしがいないとだめだめなんだから・・・・」
『毛布に包まれた何か』は蠢いていた。
「・・・・・ん?あれ、これどうなってるんだろ・・・・・・・まあ、いいや。よいしょ」
そして、なんと『毛布に包まれた何か』は立ち上がる。手も無く目も無いその物体はまるで生き物のように立ち上がったのである。
そして、何故か真っ直ぐに部屋の扉に向かい・・・・真正面から激突した。
「~~~~~~」
悶絶していた。どこぞの魔族ならこれでダメージ1を受け戦闘不能に陥っていたところだが、ここにその魔族はおらず、ただ武器『毛布に包まれた何か』があるのみである。実際、毛布が緩衝材になっていた。
そしてその拍子に扉は開く。
こうして『毛布に包まれた何か』は野に解き放たれたのだった。
決勝戦が始まろうとしていた。何故かMPが全快しているが休憩時間ってそれだけの為にあるものじゃないだろ?もっと気を落ち着け、精神を統一するためのものだろ?要するにもっと心の準備をさせてくれない?
そんな要求はもちろん叶うことなく。
前に立ったにこにこ笑顔のヒメが怖い。さっきまで剣を使っていたのになぜか今回は刀を持っている。
―――剣界の覇王が現れた!
とんでもないものが現れていた。ただのヒメでいいだろうに。
毎度毎度一番の味方であるはずのヒメに何故こうも怯えさせられているのだろうか。
「で、どう決着付けるつもりだ?」
「その前に一つ誤解を解いておきましょう。私がこの闘技大会でオーマと戦うのは優勝賞品のエンゲージリングのためではありません」
「そうなの?」
「そうなのです」
「じゃあお前が勝っても指輪は俺のものってことでいいのか?」
「それはそれ、これはこれです」
笑顔を浮かべさらっとヒメはそう言った。
「・・・・・・・」
譲る気ないのな。
「で、本来の目的なんですが、今、オーマの剣術指南を私が担当していますよね」
「そうだな」
「というわけで次の目標を用意しました」
嫌な予感がした。
「私に勝ってください」
「まじで?」
「まじです」
「・・・・・・・・・手加減とか」
「一切しません」
にこりとヒメは笑みを浮かべ、そう言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
そして無情にも戦いの幕は開く。
―――試合開始!
開始の合図があっても互いに動かない。俺は当たり前だ。不用意に近づけば一瞬で消される。だが、ヒメは違う。なら何故ヒメは立ち尽くしているのか。そんなただの棒立ちの時間ですら俺の精神力はがりがりと削られていく。
その静寂をどう思ったのかヒメが話し始めた。
「えっと、もう少し、説明した方がいいですか?」
ヒメは俺が混乱していると思ったらしい。ある意味正解だった。訳の分からないまま猛獣のいる檻に閉じ込められた気分とでも言おうか・・・。訳が分かったところで現状は変わらないのだろうが。
静止したまま動かない俺たちに観客は不満を漏らし始めているが、今それどころじゃないから。少し黙っててくれ。
「ん~とですね。オーマは、いえ、勇者は戦えば戦うほど強くなります。相手が強ければなおのこと。なら私と戦わない手は無いですよね。ということなんですけど。昔は私も父と戦って成長したものです」
ヒメは簡潔に説明しながら昔を懐かしむように付け足した。
戦えば戦うほどって・・・・・勇者は戦闘快楽者か何かか?俺は違うからな。
確かにヒメは強い。魔王に単身での戦いで負けたらしいがそれさえ今のヒメが戦えばどうなるか。それほどの強さ。そんなヒメとの勝負は確かに貴重な経験となるだろう。まともに打ち合えれば、の話だが。
「なら、野良試合でも何でも良かったんじゃないか?そもそも魔法が使えない今、俺はろくに戦えないと思うんだが」
「あれ・・・オーマ、本気の私と一対一で正面から戦って、魔法・・・・使えると思っているんですか?」
こえー。
「まあ、はっきり言って今のオーマは弱いです、よわよわです。可愛がりたくなります」
そういうのを挟むなと言うに。
「でも弱いからこそできる挑戦というものもあります」
「・・・・・・」
「この戦い、オーマは負けて当然です。でも、だからこそ―――」
ああ、本気なんだな。
「―――ここで勝てたら、この後のどんなつらい戦いでも勝てると・・・そう思いませんか?」
自分ではなく俺が勝てたら、とヒメは言う。信じ切った表情で、俺の勝利を望んでいる。本気で言っているのだとわかってしまう。
ならば、この期待に応えられなくて何が勇者か。
「さて、余り待たせては観客の皆さんも辟易してしまいますから」
空気が変わった。どこからともなく勇壮な音楽が流れてきた。え、なにこの演出。大会側の粋なはからい?いらない。
「オーマ。私はずっとオーマの傍にいて、オーマを守ります。でも同時にオーマにとっての越えるべき壁でもありたいから」
刀を抜く。その動作がまるで芸術であるかのように心を打つ。それが暴力の象徴であることなど感じさせない清廉な迫力。そのまま滑らかな動きで刀を正眼に構える。
そして向けられたヒメの瞳。そこにいつもの笑みはなく、ただ、一人の剣士がいた。
「全力で、打ち勝ってください」
凄まじい気の集中。直後、それは爆発した。そうとしか形容できない気の奔流。思わず腕で顔面を庇いたくなる。だがヒメ相手にそんな余裕もない。
「―――」
「ぐっ!?」
一瞬でこちらへと迫ったヒメが振るった刀を受ける。それだけで足が浮き、体が吹っ飛ぶ。辛うじて重力が足の裏に地面を削らせる。
「!!」
違和感を感じ、右手に目を向ける。剣が半ばで折れていた。
(うそだろ・・・・)
「はあ!!」
何とか場内に留まったオーマを風のごとき疾駆を以てヒメは追撃する。
「ちっ」
後ろは場外、更には、右、左、想定した逃げ場から死が予感される圧力がありありと放たれる。ならば――
オーマは正面からヒメに突っ込む。苦し紛れの特攻、しかし打点さえずらせば致命傷は避けられるはずだ、との目論見を以て。それは正解だったのかもしれない。相手がヒメでさえなければ。
それを読んでいたかのようにヒメもまた緩慢にも見える動きで一足下がっていた。完璧な動から静への切り替え。そして間合いに誘われたオーマが見逃されるはずもなく。
「くそっ」
苦し紛れに折れた剣を振るおうとするオーマに、それよりも速くヒメが地面に振り下ろした刀が衝撃波と共に襲いかかる。オーマと同じ剣技を、まったく違う速度と威力で。
「・・・『裂――」
「『裂塊』!」
「―――ぐっ!!」
攻撃をくらい完全に態勢を崩したオーマに更に追撃が繰り出される。一撃が入ってしまえばそこからはヒメの独壇場だった。
「『昇月』!」
衝撃に浮いたオーマの体を三日月のごとき軌跡を描きヒメが掬い上げるように打ち上げる。
「『演舞・霧風』!」
「ぐ・・・ぅ・・・」
打ちあがったオーマを無数の不可視の斬撃が襲う。
「―――『雪風』!『花封』!『天昇竜剣』!!」
「が・・・・ぐっ・・・・」
続く連撃。連綿と繰り出される技にオーマはなすすべなくすべてを受けてしまう。
「これで・・・・とどめです」
そして空高く打ち上げられたオーマから一歩引き、納刀。そして構える。左手は鞘に、右手は今にも柄を抜き放たんばかりの位置に置いて。
まるで時間が止まったかのように静止して見える凝縮された時間の中、ヒメはつぶやく。
「姫流抜刀術『唯壱の型』」
―――カチン
「斬」
神速の一閃を放ち、刀を鞘へとしまう。
「安心してください。峰打ちですから」
そんなヒメの言葉を契機に。
――――
「が・・・・は・・・・」
一閃の軌跡がはじけた。
―――999のダメージ
心象的に血をまき散らしながら地に伏すオーマ。
(これがヒメの・・・本気・・・)
(格が・・・違い過ぎる・・・)
俺は勝つことを諦めた。
「死ぬ・・・」
「オーマー、根性足りませんよ~、そんなんじゃ私に勝てませんよ~」
隣に正座したヒメに頬をつつかれる。
(勝てるわけないだろ・・・こんなの)
外から見ていたら見とれてしまいそうな程、完成された一連の動作。
気分を上げ、これはもう勝つしかないだろうという空気を作って見たものの、一撃を入れる間もなく決着してしまった。やっぱ無理だって。俺に世界一はまだ早すぎたって。もう少し物語が進んでから挑戦すべき高みだって。
しかし、ヒメ勝利の宣言が上がらない。
のろのろと起き上がりながら視線を今までアナウンスをしていた人がいた場所へ向ける。観客席の下段中央に。だが何か慌ただしげに騒いでいる。
「なんでヒメの勝ちにならないんだ?」
「オーマが勝つまで終わりません」
「嫌なんだけど!?」
もう俺の体はぼろぼろだ。HPが1だけ残ってるけど全身が痛みに悲鳴をあげている。
「何だかんだ元気じゃないですか」
「何で起きてられるんだ俺?自分が怖い」
あれほどぼこられてまだ起き上がれる自分にびっくりだ。だが間違えないでほしい。元気では断じてない。
「闘技場ですし、そもそも私がオーマを本気で傷つけるわけないじゃないですか。この刀も装備していません」
そして告げられる大きなハンデ。装備していない=張りぼての刀で戦っていた、ということで。ヒメの以前の言葉に例えるのなら。
「つまり紙でできた剣で、刃引きされているとはいえ本物の剣を折ったと」
「あ~見事に折れちゃってますね」
相変わらずとんでもなかった。
「ところでオーマは何でさっきから私から顔を背けてるんですか?」
つんつん
「つつくな・・・・・・お前、俺に勝って欲しかったんだろ」
「そうですね」
「なのに負けたからな。情けない」
「愛してます」
「今、会話が飛んだぞ?」
「オーマの敗因は私より弱かったことじゃないです。勝つことを諦めたことです。勝とうとすればオーマは勝てました。なんたってオーマには勝利のヒメがついていますから」
「それ、お前か」
「はい、他にも三、四人小さい女の子が」
なんてものつけてるんだ俺は。てか怖い。霊的な「ついてる」じゃないんだよな。
「それに今じゃなくてもいいです。いつか勝ってくれれば私はオーマの一部となり永遠にオーマを支えることが出来るのです。経験値的な意味で」
「だから、愛が重いって」
「軽い愛は、愛じゃないです。愛が重いのは一人の傍に留まれる様になんですよ。私はオーマの傍にいたいです」
何か良い事言ってるけど、相手がその気じゃない以上、相手の心も重くなるばかりだぞ。
「それに勝ったら勝ったでオーマと婚約成立しますし」
「しない。・・・てかエンゲージリングにそんな強制効果あったりしないよな」
その点がずっと気になっていた。
「ないです。ただ対象者の使用者への好感度が一定値を越え、かつ未婚者なら強制的に婚約します。要するにオーマが私のこと好きなら結婚です。寝取り成功です」
「あるじゃん!」
「でも、好感度が高くなければ効果は無いですし・・・ね?」
「ね?じゃないから!俺お前のこと好きだからな!?」
「唐突な告白に喜びを隠しきれません。愛してます」
さっきの会話の飛躍はここへ着地したのか!
「だから問題はそこじゃないって言ってんの!ずっと!」
「ここ最近、恋愛イベント増やしてるんですが、まだだめですか?」
「わざとか!?」
そんな愚にもつかない会話をしていると、ようやくアナウンスが再開される。しかし告げられたのはヒメ勝利の宣言ではなく、
―――魔物の群れが町の外に出現しました!!みなさん慌てず速やかに避難してください!!大会は中止です!!
異常事態の発生を知らせるものだった。
「ヒメ!」
「はい・・・・」
「行くぞ!」
「はい・・・・」
何とか立ち上がると待機室に戻り、そのまま受付へ。大会主催運営に預けていた武器を奪い取るように強引に受け取り、これ幸いとヒメを連れて闘技場を後にした。
「オーマとの婚約指輪が~!」
「やっぱりそれが目的だったんだな」




