第二十一話 勇者のお仕事
「オーマ、こっちですこっち!この箪笥がいい感じです!」
町長の家。
俺の後ろにはにこにこ笑顔のおばあさんが立っている。このネクスタの町の町長さんだ。
そして正面の箪笥、その引き出しからは13Gが出てきた。
「ヒメ・・・」
「はい?」
「勇者とは・・・なんだ?」
「また、急に真剣な質問をしますね」
「少なくとも、この気のよさそうな町長の顔をゆがませる者のことではないはずだ」
「その通りですね。むしろ彼女の笑顔を守るのが勇者の役目です」
ああ、その通りだ。俺たちの認識に差異は無い。なら、なぜだ。なぜそんな非人道的なことをさせようとするんだ。
「手に入れないんですか?」
「泥棒じゃないか!!!!」
溜まりに溜まった思いが噴出した。
ヒメに言われるまま町長の家に入り込み、箪笥を空けるよう誘導されてそこで見つかった13Gを「手に入れましょう」と言われた時点で疑念は確信に変わった。
「泥棒?何を言ってるんですか?探索ですよ」
「他人の家の箪笥を漁ることのどこに探索要素があるんだよ!」
「探してるじゃないですか」
「探すところが間違ってる!」
「勇者のみに許された特権です」
ばかな。こんなことが許されていいはずがない。そもそも俺は家に勝手に入ることだって反対だった。
「良いわけないよな!町長!」
ヒメと議論していても埒が明かない。ここは被害の危機に立たされている本人にその胸の内を語ってもらおう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・構いません」
ながっ!沈黙が長い!!どう考えても許容しきれていない。心なしかその体は小さく震え目元からは涙が零れ落ちていく。13Gでなんて悲しそうな顔をするんだ。
今の俺たちにとってはたったの13Gでも彼女にとっては13年間、一年1Gずつ貯めた、なけなしの箪笥預金かもしれない。そんな背景もわからずしてどうしてそんな非道な行いが出来るだろうか。
「ヒメ、見損なったぞ!町長を悲しませてまでこれが勇者のすることか!」
「・・・・・・・・オーマ。オーマの気持ちはわかりますが勇者には為さねばならないことがあります。魔王を倒すことと民家を漁ることです」
「その二つを並び立てるな!あと今、漁るって言っただろ!探索でさえなくなってるじゃねえか!」
「オーマの勇者でなし」
それは罵倒なのだろうか。
「とにかく俺はそんな悪事に手を染める気はない、次言ったらいくらヒメでも怒るからな」
「はい・・・」
そのまま俺が先行するようにして町長の家を出る。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ」
それでももの言いたげなヒメに視線をやる。あまりにも度が行き過ぎていたため反論も認めず否定したがよく考えればヒメが理由もなくあんな行為を推奨する筈がない、そう思いたい。だから聞いた。
「オーマは疑問に思わないんですか?勇者一人が苦労を背負わされて安賃金でこき下ろされることに」
思うけども。
「むしろそんな世の中壊してやろうと思ったりはしませんか」
そこまでは思っていない。
「探索はそんな感情の逃がし道です。民にとっても何もできない立場は不安でしょう。それを勇者に探索してもらうことで魔王討伐に何とか貢献する。希望を作ることが出来る。そのための暗黙の了解です・・・・。でも不快にさせてしまったなら・・・ごめんなさい」
そんな理由があるのなら、いいのだろうか。そもそも俺はこの国の法を知っているわけでは無い。国が許しているなら俺が危惧する犯罪ですらないのかもしれない。さっきの町長にしたって本人が良いと言っているならそれは略奪ではなく、報酬と言うことになるのだろうか。勇者の役目に応じた・・・。
これはこれで完成された方式なのかもしれない。むしろ俺がやっていることが民に免罪符さえ与えない非道なことなのかもしれない。
「・・・・それでも。・・・・いや、違うな・・・・それは・・・・一人で背負わされた場合だろ。なら俺には必要ない。俺にはお前やシャルがいる・・・・だろ?・・・・ああ、あとクロもだったな。お前らがいてくれたら十分だ」
「・・・・・・・・・」
「それにヒメみたいな可愛い子と一緒に居られるってのも結構な役得だぞ。なんてな。はっはっは・・・はは・・・・は・・・」
やべ、何言ってんだ俺。くさい台詞を誤魔化そうとして更に口が滑った。今のは単に俺の過失だった。これではヒメを調子に乗らせてしまう。
「・・・・・・・」
だが、ヒメは黙り込んでいた。顔を耳まで赤くして。
「卑怯です・・・そんな言い方・・・・」
ぼそっと呟いた言葉は消え入る前に何とか聞き取れた。照れてる?
・・・・・・・・・これは。
――ぽん
ヒメの頭に手をのせる。
「!」
ヒメの体が跳ねる。
――なでなで
「~~~~~!!」
俺が頭を撫でるとヒメはますます顔を赤くして俯いてしまった。
ああ、これは・・・・・可愛いわ。
「でもそれなら宿でも提供してくれたら助かるんだけどな」
部屋数的な意味で。
「それだと、宿屋さんの仕事が無くなってしまいます。宿屋さんのない村などでは泊めてくれる家もあると思います」
なるほど。本当に完成されているわけだ。
「それで・・・何でくっついてんの?」
「ちょっと今、オーマから離れられません」
「だからその理由を・・・」
「・・・・・」
何故かむすっとしていた。
「ようよう、そこの強そうなお兄さん」
気を取り直して町中を見て回っている俺たちへ話しかけてくる見覚えのあるおっちゃん。くじ引きのおっちゃんと瓜二つ。むしろ本人か?見分けがつかない。
「それ俺のことなのか?」
隣にもっと強い奴がいるのに俺に話しかけるあたり余程人を見る目が無い。
「そうそう、どうよ、いっちょ思いっきり戦わないか?」
そして突然の宣戦布告。
「いいぞ、武器なしで良いか」
相手の顎への最短コースを探しながら構える俺に対して、ヒメが口をはさむ。
「オーマ、多分そういうことをいってるんじゃないと思います」
「違う違う、俺じゃなくて、ほれ、あの闘技場、そこで有志同士で戦って景品を勝ち取るイベントがあるんだ。参加しないか?」
「ああ、要するに見世物か。どうするヒメ?」
「どうするもなにも参加するしか選択肢はないです」
「やけに乗り気だなお姫様」
「こういうイベントを盛り上げるのも勇者の役目です」
「そうなのか。役目が多すぎて人生に迷いそうだな。ちなみにルールとかは?」
おっちゃんに尋ねる。
「集まった人数にもよるが基本は一対一の勝ち残りトーナメント方式だな。優勝者に景品が与えられる」
「その景品ってのは?」
「婚約に超便利!エンゲージリングだ!」
「絶対勝ちましょう!オーマ!」
「読めてたけどな、この展開は」
ヒメはともかく、他の参加者はそれで納得するのだろうか。いや納得したから参加するのか。
「でも、それならヒメ一人が出れば優勝は確実じゃないか」
「だめです。オーマと戦いたいです」
「何で?」
「い、言わせないでください。女の子の秘密です・・・」
変な所で恥じらいを見せてきた。そんなのを見せられてもこのタイミングじゃ嫌な予感しかしないんだが。
といっても勇者がお姫様を一人見世物に参加させての高みの見物は、畜生過ぎる。だから参加するのは良い。
だが、どこで当たるかはまだわからないが、勝てば勝つほどヒメとの試合が近づく、となるとやる気がでない。プライドが大いに傷つけられること請け合いだ。
それでも出なければならない。それが勇者というものだ。きっと。
「頑張りましょうね、オーマ!」
「はいはい」
そうして俺たちは麓町ネクスタの『真の強者は誰だ!世界一決定戦』に出ることが決まってしまった。気を重くしていても仕方がない。ここは心を前向きに。
誰が強者か?そんなものは決まっている。お―――
「ああ、それと、魔法の使用は禁止だ」
ヒメだ。
「なあ、トトカルチョ的な物はやってないか・・・」
「あるが・・・参加者は買えないぞ」
あるのかよ。ならシャルに買ってもらおう。もちろんヒメに全賭けで。
「じゃあ、受付を済ませて早速試合だ」
「今日かよ!!急すぎだろ!てかちょっと待って!」
「行きましょうオーマ!私たちの未来をかけて!」
「ちょ、お~~~」




