第二十話 町へ
町に入る。
「よく来たな、ここはネクスタの町だ」
「どもー」
入って早々、出会った人が挨拶してくれる。良い雰囲気の町だ。
俺の背中から人ひとり減って、人ひとり分の重さの『毛布に包まれた何か』が増えていた。流石にアイテム袋に入れるのは怖かったので左手に装備している。武器だ。これは武器なのだ。ちなみに攻撃力が50上がった。完璧に武器だった。
町に入ることに成功する。
「それにしても、人多いな。リアン城下町より多くないか?」
行き交う大勢の人が町の賑わいとなっている。
「確かにそうですね」
「まあ、そうかもしれないっすけど、でも普通っすよ。むしろ城下町が小さいんす」
「そうなのか?」
国の中心地じゃないのか?
「最初の町っすからね」
「衝撃です」
ヒメが驚いている。
「まあ、今はそれよりも・・・折角だから買い物するっすよ」
「あ、そうですね。装備を買いましょう。装備を。そしてお風呂に入りましょう」
「装備・・・?服のことか」
「でも装備はだいたい揃ってるっすよね。さっきはああ言ったっすけど懐事情を考えると、わざわざ買う必要はないのでは・・・」
「買います!ほら!オーマ行きますよ!」
「ちょっと待て、まずは宿屋だ!泊まれなかったらいやだろ!荷物も置けるし!」
と、宿屋(20G)に部屋を取ってから荷物(毛布に包まれた何か)を置き、身軽になって町に出た。
鎧から一般着までそろっている無節操な品ぞろえ。俺たちは今、防具屋にいた。
「装備を確認してはどうっすか?」
「ああ、そういや確認したことないな」
ヒメが服選びに奔走している間、遠くからそれを眺めるようにしている俺たち。
装備の確認。ヒメから装備欄について言われたことがある気がする。
頭の中で装備欄を呼ぶ。
~装備~
オーマ
右手:聖剣・白
左手:なし
頭 :なし
体 :魔王のTシャツ
腰 :魔王のズボン
足 :魔王の靴
特殊:魔王のトランクス
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、この装備・・・)
自らの体を見下ろす。普通の服のはず。現に服装について誰かに突っ込まれたことは無い。なのに、何だ、この禍々しい装備名は。
「・・・・・・」
「? どうしたっすか?」
「いや・・・」
魔王ってあの仮面マントだよな。あいつがこの服を着るとは思えない。となると、この『魔王の~』は魔王が作った、と捉えるべきか。あるいはただ単に魔王をモチーフにした服装?にしては平凡だし。
「一体何なんだ魔王装備・・・」
「はい?」
「いや、俺の装備が魔王のTシャツやら魔王のズボンやら、そういったもので構成されているんだ」
「・・・・・それって・・・」
シャルがいぶかしげな視線を向けてくる。まあ、そうなるよな。
と、そこへヒメが駆け寄ってくる。
「オーマ!こっちの服とこっちの服、どっちが襲いたくなりますか?・・・・ってどうかしたんですか?」
取りあえず、お前の発言に呆れたいところだ。
「オーマ様の装備が魔王装備で固められてるっす・・・」
「ああ。あ~~~~」
ヒメが「そんなこともあったなあ」といった表情をする。
「知ってたみたいな反応だな」
「まあ、オーマのことならなんでも知ってます」
恐いわ。
「残念ながら嘘ですけどね。あれです。『魔王の~』はロリコン大魔王の装備と言う意味です。強力です。勇者に喚ばれる雰囲気を察したオーマが予め着ておいたんでしょう」
「まだ続くのか?それ」
「真実なので仕方ないです。その装備が証拠です」
「・・・・・・・・」
確かにそうでもないとこんな名前のものを装備している理由は無い。だが認めたくないのだ。
「それより、私が着てたら襲いたくなる服を教えてください」
「・・・あのな」
「ほ~ら!」
ヒメがオーマをぐいぐい引っ張って行く。
「魔王・・・・ありえそうで嫌っすね。なんて・・・」
シャルのつぶやきは二人には届かなかった。
~装備~
ヒメ
右手:王家の剣
左手:なし
頭 :王家の髪飾り
体 :聖鎧
腰 :王家のベルト
足 :王家のブーツ
特殊:なし
ヒメもこんなだし。
「もういいじゃん。これで。これを変えようと思ったら王家の鎧ぐらいしか受け入れられないぞ」
「大丈夫です。今日ここでオーマが選んだ服を王家の服として代々受け継いでいきます」
「やめろ!」
「それより、早くオーマお気に入りの服を教えてください」
「そんなものな―――」
ふと視線が一点に留まる。何故こんなものがここにあるのだろうか。だが、良いかもしれない。これならヒメの暴走を抑えられるはず。
「これ、いいんじゃないか?」
「これですね、では買ってきます」
即決だった。金貨袋を受け取りカウンターへとかけていくヒメ。
これで俺の平穏はしばらく守られる。
「ここで装備していくか?」と聞かれ、「いいえ」とにこやかな笑顔で答えるヒメ。何を聞いてるんだあの店員は。見たところ着替えられるような空間もない。この場で着替えられるわけがないだろうに、エロおやじめ。
「ふ~ふふ~ん」
機嫌よさそうに隣を歩くヒメ。そこまで喜ばれると真剣に選んでいなかったことが申し訳なくなるが・・・。
買った服はヒメのアイテム袋に入れられた。
シャルはさっき用事があるとかで別行動になった。
「ふう、じゃああとは・・・」
後買う物・・・テントや食料か。
「へいへいそこのあんちゃん、くじ引きやってかないか?」
道具屋、食材屋あたりを探していたところ、ふと脇から厳ついおっちゃんに声をかけられる。
「くじ引き?」
屋台のような簡易な建物の中からおっちゃんがこっちを見ていた。
「ああ、一回100G。景品は当ててみてのお楽しみだ」
「いやいや。景品が分からないのにくじ引く奴はいないだろ」
「かーっふてえ坊主だ。いいだろう特別に一等だけは教えてやるよ」
全部教えるのが普通だっての。
そしておっちゃんは後ろの布を引っ張る。
「なんと一等は―――」
じゃじゃんと手を広げ景品を強調するおっちゃん。
「―――婚約に超便利、エンゲージリングだ!」
「オーマやりましょう!」
言うと思った・・・。
「くじで手に入れるものじゃない」
「オーマ・・・」(うるうる)
「そんな顔で見たって、そもそも俺はお前と婚約するつもりないから」
「なんだあんちゃん、そんな別嬪さんに迫られてんのかい!隅に置けねえなあ。いいぜ。この漢シー=ムラビト、あんちゃんの為に一肌脱ごうじゃねえか!もってけドロボー!一回・・・50Gだ!」
いや、安くされても。
「はあ。じゃあ一回だけだぞ」
「はい!」
顔を輝かせるヒメ。
ヒメに50Gを渡そうとして気づく。五十枚とかいちいち数えていられない。袋ごと渡してもいいんだが気になる。
「・・・・・・・・」
「オーマ?」
「なあ、ヒメ・・・お金ってどうやって数えて払うんだ?」
さっき普通に買ってきたヒメに尋ねる。
「ああ、それなら、あそこの光ってるところに金貨袋を当てて、ちゃりんてやるんです」
「ちゃりん?ちゃりんってなんだ?」
「やってみたらわかりますよ、ほら」
ヒメに促され金貨袋を言われたところに当てる。特になんの変哲もないカウンターの台だと思うんだが・・・。
――ちゃりん
金貨袋を当てた途端、音と共に金貨袋が少し軽くなった・・・気がする。いや、しなかったかもしれない。つーか、え?何が起こった?
「これで支払いは終了です」
「・・・・・・」
「何だ坊主?買い物は初めてか?お坊ちゃんだったりしてな。は~はっはっは」
「あ、あはは」
「さあ、オーマ!くじを引くのです!引いて私たちの結婚指輪を手に入れましょう!」
「何で俺たちのなんだよ!てか、引くのはお前だ、幸運999」
「何です?それ」
「俺の勘が正しければお前が引けば一等が出る・・・」
「よくわかりませんが、オーマは私に期待しているんですね?では引きます!」
おっちゃんが抱える箱の中に手を突っ込み勢いよく何かを取り出すヒメ。
それは七色に光り輝く球だった。
「お、大当たり~~~~~~~~!!!!!!!!!」
おっちゃんの驚きと共に当選宣言が響き渡る。
「や、やりました!オーマ!」
「ああ。これから賭け事はお前に一任するよ」
「?」
「おめでとう、お二人さん!特等のオール食材×100だ!受け取ってくんな!」
「「え?」」
「いや~まさか一発で出すとはな~そこの嬢ちゃん、余程神様に愛されてるんだな」
「ちょ、ちょっと待ってください!指輪は!?一等のエンゲージリングは!?」
「ん?お嬢ちゃんが当てたのは一等の更に上の特等だぜ。虹色の球が特等の証だ。一等なら金の球だな」
「・・・・・・・そ、そんな」
「まあ、有難いことに変わりはないし、な?」
「オーマ!もう一度です!」
「い、いいけど。ほどほどにな」
「もちろん!次で当てて見せます!」
・・・・・・・・
そして引かれた見覚えのある球。
「大当たり~~~~~~~~~!!!!!!!!」
「「・・・・・・・・」」
「おめでとう、お二人さん!特等のオール食材×100だ!受け取ってくんな!」
「もう一度です!」
・・・・・・・・・・
二度あることは三度ある。ヒメの手が掴んでいたのは七色に光り輝く特等の球だった。
「まだまだ!」
「いや、次で最後な」
「ぐ・・・今度こそ・・・」
・・・・・・・・・・
「大当たり~~~~~~~~~!!!!!!!!」
「「・・・・・・・・」」
「おめでとう、お二人さん!特等のオール食材×100だ!受け取ってくんな!」
「オーマー!!!!」
泣きながらしがみついてくるヒメ。
「よしよし。まあそんな日もあるさ・・・」
てかどんだけ特等あるんだよ。これは特等とは名ばかりの体の良い在庫処分かもな。まあ安く買えたと思えば悪くない。相場を知らないから何とも言えないが、十分な成果だ。
「うう、オーマとの結婚が遠のいてしまいました」
「当たったとしても近づいてなかったから安心しろ」
「てか、この食材どうしよう」
「もちろんアイテム袋に」
「腐らないか?」
「腐らないです」
「どれくらい持つ?」
「永遠に」
相変わらず不可思議な袋だった。空間だけでなく時間までも関わっているらしい。この袋の入り口が大きいやつを作って武器にすれば最強じゃないだろうか。
「ほんとに入っちまった・・・」
一種400ずつの食材。肉、魚、卵、野菜、果物、米、小麦、調味料、およそ考え付く限りの種類の食料が今、この人の頭ほどの大きさの袋に全て入ってしまった。
「だからそう言ってるじゃないですか」
「・・・・・・・」
おかしい。絶対におかしい。
「まあ・・・・良いお土産が出来ましたよね」
気を取り直したヒメが改めて手に入った大量の食糧を喜ぶ。
「お土産って・・シャルもクロもこんなにもらったってどうしようもないだろ」
「ふふっ、そうですね」
「?」
道具屋を見つけた。
道具屋に入る。
「何買うんですか?オーマ」
「テント」
「へ?」
「だからテント」
「な、なんでまた・・・」
「俺は一人で寝たい」
「却下です!」
「何故却下する」
「言語道断です!仲間がいるのに一人で寝る勇者なんて聞いたことありません!」
「前人がどうあろうが関係ないだろ。ヒメが俺を襲いかねないしな」
「お、襲うなんてこと・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とにかく却下です!」
「否定してくれ頼むから」
結局テントを買えはしたのだが、ヒメに「まあ、夜這いという手もありますし」とつぶやかれてしまった。
ようするにあれだ。・・・・男の仲間が要る!
「ん~だいたい用事は済んだな・・・」
他にいるものはあるだろうか。まだ2000Gは残っている。地図、回復薬を一応買っておいた。流石に現状ヒメとシャルに頼り過ぎているからと他にもといろいろ考えたのだが、ヒメにいらないと一蹴されてしまった。そういうからにはそうなんだろう。決して俺が尻に敷かれているなどという事実はない。
それとMPを回復できるようなものは売っていないらしい。一番欲しかったんだがな。
「時間はまだあります。もう少し町を見て回りませんか?」
「ああ、そうだな」
物珍しさで言えば、この町の全てが初めてであるかのように新鮮に感じる。記憶喪失も悪い事ばかりではない。
一方でヒメはと言えば、以前とは違い大分落ち着いているように見える。
「やけに落ち着いてるな。リアン城下町ではあんなにはしゃいでたのに」
「ふふん。私もいつまでも子供ではないのです」
「へえ・・・」
「・・・・・・」(うずうず)
隠しきれないうずうず感が伝わってくる。
「行くか」
「はい!」
――ドンッ
「ぶっ」
「おっ?」
「オーマ?」
町中を見て回ろうと振り返った瞬間、体に何かがぶつかった衝撃が走る。
「あわあわ、す、すみません」
見れば、こちらを見上げて謝る小さな男の子がいた。どうやら突然方向転換したためにぶつかってしまったらしい。人が多い以上こういうこともあるだろう。
「ああ、こちらこそ悪い。大丈夫か?」
「は、はい!」
「そうか、なら良かった」
「そ、それじゃあ、失礼します!」
そう言ってまた駆け出そうとする男の子。
「ちょっと待とうか」
「ちょっと待ってください」
「へっ?」
それを俺とヒメ、二人して制止していた。
「・・・・・・・・」
「あの、どうしました・・・?」
不思議そうに尋ねてくる男の子。堂に入った演技だ。
「どうしたかはお前が一番知ってるんじゃないのか」
「は、はあ」
「とりあえず、今すった金貨袋を返せ」
「・・・・・!?」
瞬間、反転して逃げ出そうとする男の子の目の前にはヒメが立っていた。
「ごめんね、そのお金は私たちにとって大切なものなの。返してくれないかな?」
笑みを浮かべヒメは尋ねる。
「すみませんでした!」
金貨袋を差し出し平謝りする男の子。顔を青くしている。流石に盗みを働くだけあって最低限の危機察知能力はあるらしい。
もっとも、手を出す相手を間違えたわけだが。
差し出された金貨袋をヒメが受け取る。
「そんなに怯えなくても・・・・」
落ち込むヒメに構わず脱兎のごとく男の子は逃げ出した。俺の脇をすり抜けて。
「逃がして良かったんですか?」
「別にいいだろ。それに関わるのもめんどくさい」
「オーマ、間違っています。こんな時は彼が更生するまで深入りするのが勇者です」
「まじで?」
何それめんどくさい。
「まじです。クエストです。と言っても、やらなくても誰も何も言いませんので、自由意志です。中途半端で投げ出しても文句も言われません」
「無責任な!」
クエスト、意味は探求。つまり本人、俺の好奇心次第ということか。
「それで、オーマはどうします?」
「・・・・・次に会うことがあれば考えないでもない」
「そうですか。ではその時にでもオーマの勇者っぷりに期待します」
「・・・・意外だな。放っておけないとか言い出すと思ったんだが。気にならないのか?」
「いえ、全く。私はオーマ一筋なので安心してください」
「何で俺があの子供に嫉妬したみたいになってるんだよ」
「独占欲が強くて困っちゃいます・・・あ、ほんとは嬉しいですよ?」
「頼むから俺の意見を聞いてくれ」
「一を聞いて百の愛情を知る、ぐらいの心構えです」
「九十九削ってくれ」
「そうすると全ての言葉が私への告白としか受け取れないのですが・・・」
「本来の意味を削るな!」
「オーマはわがままですね。でもそんなオーマも大好きです」
「無茶苦茶だ・・・」
どうしてヒメはここまで頑なにその結論に持っていきたがるのか。いっそはっきり拒絶した方がいいのだろうか。
「それはだめです。やばいです。絶望のどん底一直線です」
「だから何で心の声と会話してるんだよ」
「愛のなせるわざです」
「だから、そういうのをやめろと・・・はあ」
「すみません、からかい過ぎました。でもこれだけは覚えていてください」
「・・・・なんだ?」
「オーマに拒絶されたら私の心は――――折れます」
「ああ、もう・・・・・知ってる・・・」
「ところでオーマ、私怖いですか?」
「・・・・・・・時と場合による」
「・・・・いつ怖かったですか」
獲物を狩る獅子の目をしているとき。
「ノーコメント」
「そんな目、した覚えがないです」
重症だな。




