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第十九話 就職活動

 夢を見ている。



 白黒の世界。


 ぽたりぽたり。何か液体がしたたり落ちる音がする。


 傍らに横たわる二つの何者かの体。


 俺の正面に「妹」が立っていた。


 何故かその顔はぼやけ判別することが出来ない。


「―――――」


 何かを言うその言葉を聞き取ることは出来ない。


 その事実にもう道が分かたれたことを悟った。



 だから俺は―――








 朝、いつものようにすんなり目が覚める。


 目に入るのはテントの天井。外の日差しがぼやけて差し込んでいる。


 意識が明瞭な状態で最初に思い浮かんだのは今の状況についてだった。


「さて、何事も無ければいいが」


 体を起こすと、幸いなことに何の抵抗もなく起き上がることが出来た。


 恐る恐る様子をうかがえば、傍らには未だ眠っているヒメの寝顔。可愛い。


「ふー」


 思わず安堵する。どうやら、シャルやクロの二の舞にはならないで済むらしい。


 いざというときの拘束魔法すら頼りにならない今、何事もないのはオーマにとって望外の喜びである。しかしここで安易にヒメを起こそうとでもすればを災いが降りかかるのは目に見えている。今はまだヒメが自然に起きることに期待しよう。


 そう判断を終えたオーマは迅速に寝床を抜け出す。


「ん~・・オー・・・・マ・・・・うへへ~」


 どんな夢を見ているのか、だらしなく弛んでいるヒメの顔。仮にも好きな人に見せていい顔じゃないと思うが、どこか小動物的な可愛いさは思わずいじり倒したくなる。


「んゃ~」


 言葉にならない声をあげながら何かを求めるように俺がたった今抜け出した寝床を侵犯していく。あと少し遅れていれば犠牲になるのは俺だった。動いたためか白いワンピースの肩紐が肌蹴てヒメの白い肌がのぞく。本当に卑怯だ。


 とにもかくにも夢の中のオーマが俺と重ならないうちに退散するとしよう。


 オーマはテントを脱出した。





「お前誰だっけ?」


「クロ!」


「ふむ・・・・・」


 なんで忘れてるの?鳥頭なの?といった表情をするクロを冷静に観察する。観察する。目をあわせる。凝視する。


「・・・・・・あ、あの、オーマくん?その、あんまり見つめられると・・・う、嬉しいんだけど」


「誰が鳥頭だ!」


「何の話!?」


 思わずつっこんでしまった。当然のことながら見つめあっていようとクロを襲いたくなったりはしない。からかいたくはなるが。


「何を朝から漫才してるんすか?」


「シャル!」


「はいっ!?」


 クロの傍らでいつものように呆れ顔をしていたシャルの両肩をがしっと掴み強引に顔を合わせる。


「・・・・・・・・」


「・・・・・・!?・・・!?・・・」


 見つめられて慌てているシャル。いつも冷静に物事を把握しているシャルであるがこういうところは年相応の反応をする。


 そしてやはり襲いたくなったりはしない。せいぜい頭を撫でたいと思う程度だ。つまり俺はロリコンではない。


「ありがとう、シャル。お前のお陰で俺は正常であることが証明される」


「・・・・・・いや、大分、変な行動してるっすよ?」


 結論としてはやはり、ヒメに何か特別なものがあるとしか考えられないのだがヒメいわく俺の想い人は別にいるらしい。


「一体どういうことなんだ」


 なでなで


「こっちのセリフっす・・・・」


「オーマくんがわたしをなでてる!!わたしもなでてあげるね!あれ、届かない」


 頭を撫でるという行為だけはオート機能らしい。




 そんなわけで何事もなくシャルとクロが起き出し、残ったのはヒメ一人。


 あれだけ、ご飯を作ると張り切っていたが、ヒメを起床させる勇気を持つものがいなかったため、シャルが既に軽食を作ってしまった。


 しばらくしてヒメがのそのそと起き出してきた。


「オーマが、オーマがいない~」


 ゾンビのように。


 見極めなければならない。今のヒメは俺に害をなす存在なのか、そうでないのか・・・。


 といっても、ヒメが本気になれば、俺に抗う術はない。なのでシャルにアイコンタクトを取る。いざというとき頼む、と。


 シャルはそっぽを向いた。おのれ。


 そして、


「むにゅう」


 ヒメは俺を見つけるや、背中にくっついてきた。


 それだけだった。





 そのまましばらくして覚醒したヒメと食事を終え、出発することになる。


「オーマ・・・大変なことに気付いてしまいました」


「何だ?」


「私たち、着替えていません。お風呂にも入っていません。はっきり言って汚いです」


「そうか?別に気にならないけどな」


 確かに言われてみれば三日間同じ服なわけだ。だが、そこまで汚れているわけでもない。胸を刺されたり、岩崩れにあったりしたにも関わらず。言われてみればおかしかった。


「ヒメ様?うちらは勇者一行っす。今のヒメ様は王族としてここにいるわけじゃないんすよ。我慢するっす」


「そんな・・・オーマに臭いって言われたら立ち直れません」


 その割にはさっきからクロと共にくっついてくる。それでも異臭などは無い。むしろ・・・・・・ごほんごほん。

 いかん。着実に毒されている。何が普通かの基準が分からなくなってきた。


「そういや、今日からどこを目指せばいいんだ?港に行くにも遠回りになったんだろ?」


「そうっすね・・・ここからなら町が近くにあるっす。そこで装備を整えるという選択肢もあるっすね」


「是非そうしましょう!」


「まあ、いいんじゃないか。他にも買いたいものもあるし」


 テントやら食材やら。


「じゃあ、次の目的地は麓町ネクスタっすね」


「あ~う~あ~」


 クロが何やら唸る。


「どうしたんだ?」


「眠い」


「今起きたばっかりだろ!?」


「おんぶ~」


「おんぶ~ってお前な・・・」


 よじよじと背を登ろうとするクロ。だがずり落ちていく。


「ったく」


 仕方なくしゃがむ。もし戦闘になったら振り落とそう。


「ZZZ」


 登った途端、もう寝てしまった。


「勇者ってのは子守りまでしなければいけないのか?」


「そんなことないです。依頼でもないのに世話好きなのは、純粋にオーマの人柄です」


「オーマ様、甘々っす」


「良いんだよ、勇者なんだから」


 ヒメの変貌ぶりを予想できずあの時おんぶしてしまった俺は確かに甘かった。




 結局、クロをおんぶしたまま道中の敵を倒すことになる。




「『ライン・ボルト』!」


 放たれた雷線が魔物を二、三体まとめて貫く。一撃必殺。魔力の高さ故か、魔法の種類にかかわらず大ダメージを与えていく。両手がふさがっていても撃てるのは魔法の大きな利点だ。


 一方で、効果範囲を外れ魔法に当たらずに済んだ魔物が一斉にオーマに向かって攻撃してくる。


―――ドカドカ


「あ、ちょ、痛い、やめて、死ぬ」


 ゴブリンの持つトゲトケのついたこん棒が地味に痛い。両手を塞がれているオーマは、剣を使って身を守ることも出来ないのだ。 



「オーマ様!そこで『ブリザード』っす!」


「くそっ!『ブリザード』!!」


 唱えた瞬間、オーマの周囲を猛吹雪が覆う。群がってきていた魔物の動きが止まり、その肉体を急激に冷やしていく。一方でオーマ自身や背負われているクロに影響はない。流石に自分を基点とする範囲魔法は、自分には影響しないか。


―――999のダメージ!

―――999のダメージ!

―――999のダメージ!


―――ゴブリン(^◇^)を倒した!

―――ゴブリン(*´Д`)を倒した!

―――ゴブリン( ;∀;)を倒した!



 そして気づいた時には残りの魔物が倒れ伏していた。


 ふむ、低位魔法でこの威力なら、究極魔法を使うよりこっちを連発した方がいいのかもしれない。




「流石オーマです!もうこのあたりじゃ敵なしですね!」


 ヒメが落ちているお金を拾いながら褒めてくれる。


「ふふん、これもうちのおかげっすね!」


 同じくシャルもお金を拾う。


 今回敵の数が多く、シャルの指示に従いながらの戦闘になった。確かにいろいろ教えてもらって世話になっているのだが。


「それはいいんだかお前らも戦えよ」


 同じくお金を拾いながら俺は抗議する。


 クロを背負っているためこの動作が結構つらい。はっ、まさか、これも修行の一環・・・!


 ともかく抗議の理由は俺にひたすら魔法を撃たせて二人は後ろで高みの見物だったこと。


「オーマ様の成長の為仕方なくっすよ。それにオーマ様のMP多いっすからね。温存のためにもこのスタイルが一番っす」


「オーマのかっこいい所見たいので!」


「ぐっ、シャルの理由はまともなのにヒメの理由はふざけすぎだ!」


「至極真面目です」


「でもヒメ様のレベル、既に最高っすからね~」


「え?」


「レベルもスキルレベルも、もう限界に達してるんす・・・そうっすよね?ヒメ様?」


「え・・・まあ?」


「・・・・・・」


 確かに記憶を取り戻した時、ふざけた量の経験値を得ていた。レベルも99だ。あと1上がりそうではあるが最高値としては分からなくもない数字だ。ステータスの次のレベルまで、の経験値も表示されていない。しかしレベルだけでもなくスキルもか。確か剣も刀もスキルレベル50だったか。


「ちなみに本来スキルは一人一つが基本っす。でも別に二つのスキルを持つことは不可能なわけじゃなくて、単に効率が悪すぎるんすよ。スキルアップに必要な振り回数が二倍になるっすからね。なのにヒメ様は剣と刀、二つ共を既に限界まで極めている・・・一体何してたらそうなるんすか?」


「・・・・特に何も?」


「規格外っすね・・・ちなみに普通は、一つのスキルを極めるのに一生を使い切るらしいっす。なので今は、ヒメ様が戦えば戦うほど勿体ない、ってことになるっす」


 まあ、何となく予想はしていた。あの最初の立ち合いから。ヒメは正真正銘、化物だ。


「む、今、ひどい事考えました」


「何で断言なんだよ。そこは聞いたり確認するところじゃないのか」


 あらかた金貨を拾い終わり立ち上がる。


「つーん」


 つーんとしたヒメが自分の拾った分の金貨を渡してくる。


「ヒメ様が拗ねてるっす」


「珍しい。しばらくそのままでいてくれ」


「やられました!?拗ねてたらオーマといちゃいちゃできないです!」


「つんとしたヒメも魅力的だぞ」


「そんな・・・魅力的だなんて・・・」


 ぴとっ


 ヒメに正面からくっつかれる。


「あの、そこは素直に拗ね続けるところじゃないのか?」


「素直なのか拗ねてるのかわけわかんないっすね」




「まあ、そんなわけでオーマ様には魔法一筋で魔法スキルを上げてほしいんすけど・・・」


 魔法スキル、そんなものもあるのか。


「なのに何で勝手に剣術スキルあげてってるんすか」


「オーマには剣も魔法も使える魔法剣士になってもらいます」


 ヒメが答えていた。


「オーマ様は純粋な魔法使いになった方がその魔力を発揮できるっす!」


「魔力が強いからこそ、低レベルの魔法で最大限の効果を生むんじゃないですか。それにオーマが魔法使いになったら・・・・」


「なったら?」


「私がオーマに何も教えられないじゃないですか!!」


「そっちが本音じゃないっすか!」


 俺そっちのけで俺の育成計画が練られていた。


「オーマも魔法剣士の方が良いですよね!」


 ヒメが俺に振ってくる。


「いや、よくわからんけど、魔法剣士って今の状態と何が違うんだ?」


「剣が使えて技が使えて魔法と技をあわせてバーンです」


「なるほどわかった」


「わかったんすか!?」


「それで魔法使いは?」


「そりゃ魔法使いの名の通り魔法の威力が上がるのはもちろん、消費MPが減ったり、低位魔法の詠唱をしなくて良くなったりするっす。そして更に上位の魔法を覚えるっすけど、今で究極魔法が使えるオーマ様ならそれ以上の魔法を使えるようになるかも知れないっす!そんなの使えたら伝説級っすよ!伝説級!」


「なるほどな。なら俺は魔法剣士になろうと思う」


「・・・・何でっすか!!」


「やった」


「いや、だって剣とか男の憧れだし・・・」


「そんな理由・・・!?」


「やった」


「やったやったうるさいっすよ!」


「八つ当たりされた」


「で、そういうのはスキルレベルを上げていけばなれるもんなのか?」


「そうですね。魔法剣士だと剣術スキルと魔法スキルを上げていけば転職できるはずです」


 転職。職業だったのか。知らなかった。


「魔法使いは魔法スキルだけっすよ?・・・よ?」


 そんな顔で見られてもな。


「ん~~~~」


 悩ましい顔になってしまったシャル。余程俺を魔法特化にさせたかったらしい。


「で、そのスキルを上げるためには剣を振ったり魔法を使えばいいわけだな」


「はい。ちなみに他に探索スキルや冒険スキル、料理スキルなどもあります。職業とは関係ないですが是非上げていきましょう。おすすめは探索スキルです」


「探索?・・・まあ、わかった。ところでお前らはそういう職業ってのはあるのか?」


「職業っすか?うちはそのまま魔法使いっすよ」


「私は王女です。ユニーク職なので変えられません。ちなみに本来なら剣神というものらしいです」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「何ですか、二人してその顔は」


「いや、納得した」


「っすね~」


「ちなみにオーマの勇者もユニーク職なんで変えられないですけど、まあそこは勇者なので」


「?」


 よくわからん。


「ところでお前らはそう言う知識をどこから得て来てるんだ?」


「ラルフや本からです」


「本っすね」


「本すげえな」


 ラルフが誰かは知らないが、ヒメの教育者だろう。


「本は読んどいて損は無いです」


「ふ~ん、まあ俺も勇者でなければのんびり読みたいところではあるが」


 勇者なのでのんびりできない。


 記憶喪失ではあるが読み書きに不安は感じない。一般知識程度なら欠落は無い・・・・とは思えないのがつらい所だ。





 こんなやり取りを眠るクロを抱えたまま続け、


「見えてきたっすね。あれがネクスタの町っす」


 視界に入る町。そこにあったのはリアン城下町より一回りでかそうな、かつ、賑わいを見せる町だった。


「今更だが、魔族を町にいれても大丈夫なのか?」


「ZZZ」


 背中で寝ているクロを気にする。


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「そこで無言!?」


「そこはかとなくダメな気がするっす」


「しますね・・・」


 魔族との戦争の最中に魔族を人間の町に入れるわけにはいかない。当然だろう。


「・・・・なら、隠していくのはありか?」


「ありっすね」


「ありです」


「ありなのかよ・・・」


 ありらしい。


 問題はどうやって隠すか。




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