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第六話 異族間交流

「兄は生きているのですか?」


 ヒメはしぼり出すように質問を口にする。敬語に戻っている。


「ああ、と言っても無事とは言えない。右腕を丸ごと失くして、今はここに捕らえてある」


「どうして、そんなことを?」


 何かを押し殺すように言う。静かな何か。俺はそれに恐怖していた。


「あいつは、ユーシアは勇者になる可能性があった。だからその前にさらって無力化した」


「和平を望んでいたんですよね」


「ああ、一応もちかけたが断られた」


「兄らしいですね。」


 少し寂しそうに、しかし別の感情もまた見え隠れする。


「それで兄を戻すことはできますか?」


「治すことか? 国に帰らせることか?」


「どちらもです」


「前者は無理だ。後者なら、お前が望むならすぐにできる」


 余計な口ははさめない。質疑応答の事務口調になる。


「なら、兄は国に帰してください」


「わかった。ついてきてくれ」


 と部屋を牢屋に向けて歩き出そうとすると、


「いえ、できるだけ早くお願いします。瞬間移動ができるんですよね。私を連れていく必要はありません」


「いいのか?」


「はい、お願いします」


「わかった」


 俺は一人で牢屋に移動した。




 番の者に一部事情を伏せて解放することを話してから中に入る。ユーシアは眠っていた。楽でいい。俺は静かにユーシアの隣に立つと、腕と脚の枷を外した。俺に倒れこんでくる。嫌悪感が湧くがまさか乱暴にするわけにもいかず、やむなく抱き留める。

 ユーシアに触れた俺は、リアン国へ瞬間移動する。



 移動してすぐ、都合がいいことに二人の人間に見つかった。任せても大丈夫だろう。


「そこのお前!どこから現れた!?」


 兵士だろうか?鎧を身に着けこちらに剣を向けている。俺はユーシアの体を横たえ、三度瞬間移動を行い自室に戻った。




「帰してきた」


「ありがとうございます」


 ヒメはほっとしたように息をついた。


「礼を言うことではないだろ。さらって傷つけたのは俺だぞ」


「それもそうです・・・」


 思い出したように笑うヒメ。そこに、先の冷たさは無かった。


「お前、それだけでいいのか?」


「それだけ・・・そうですね、では償ってください」


「どうすればいい?」


 素直に聞く。もとより家族を傷つけられて、これだけで済むはずがないことはわかっている。


「今夜、一緒に寝てください」


「はっ?」


(何言ってんだこいつ?)


「またその顔ですか。嫌なんですか?」


「そういうわけじゃないが・・・」


 完全に想定外だった。


「嫌でも従ってもらいます。これは罰です。命令でもありません。逆らってはダメです。作戦は明日からでもいいですよね。では約束です」


 まくしたてるヒメ。なんとなく断らないでほしいと、すがられている気がした。


「わかった・・・」


 断れなかった。




 その夜、俺の寝室、ベッドの上。右隣には約束通りヒメが横たわっていた。そして・・・。


(すー、すー)


 逆隣からは、アーリアが抱き付いて寝息を立てていた。



 何だ、なぜこうなった?


 理解不能な状況に俺は回想を始める。時を遡ること二時間、ことが起こったのは夕食の席でだった。




 普段、食事はイーガルが作ってくれたものを、食堂でみんなで食べる。粗野な性格によらずイーガルがつくる飯は美味い。一度全員で料理を作りあったのだが、イーガルの腕は抜群で、彼自身を除き満場一致で料理係に決定し、イーガルは渋りながらも俺の頼みもあって了承してくれた。


 そんな食事だが、流石に勇者を一同が会する場に連れていくわけにもいかず、すでに仕事を済ませた――帰るなり俺の部屋に直行したらしい――アーリアに三人分部屋へ運んでもらった。


「ありがとうな、アーリア」


「いえ、別に」


 さっきの絶対命令のこともあったので、愛でまくろうと思い、いつものようにアーリアの頭に手を伸ばす。


「にふー」


 耳をピクピクさせてそれを待っていたアーリアが満足の鼻息をもらす。頭をなでると同時、もたれかかってきたアーリアを抱き留める。相変わらず、甘えて来る時のアーリアは超絶可愛い。頭に限らず、耳、顎、わき腹など、くすぐるようになでまわす。


「んーー!やーー」


 嫌がるように首を振りつつも、俺の手からは逃げないし、尻尾はブンブン振られている。なので遠慮することなく続けていると、


「何ですか、それ!うらやましいです!」


 と、俺たちのスキンシップを見ていたヒメが叫ぶ。あまり大声を出さないでほしいのだが。他の魔族から隠れているのだし、なによりアーリアをおびえさせたくない。


「落ち着け、何のことだ」


 対して俺は、食事を置いた机の前の椅子に座りアーリアを膝にのせつつ、意識をヒメにも向ける。


「オーマがアーリアちゃんをなでまわしていることです!私もなでられたいです!なでまわしたいです!」


「だから、落ち着けと。なでたいのか、なでられたいのかどっちだ」


「どっちもです。アーリアちゃんをなでなでして、オーマになでなでされたいです。逆でも構いませんが」


 ヒメの発言に今までされるがままだったアーリアが口をはさむ。


「却下ですー、魔王様になでられるの、私の特権。私をなでるの、魔王様だけ」


 なでられているため、アーリアは舌足らずになっている。


「残念だけどアーリアちゃん、その特権は私にもあるの。すでにオーマになでられたことのある私には!」


「嘘、よくないです。それと死にたくなかったら、二度とその呼び方をしないことをお勧めします」


 アーリアはなぜかちゃんづけを嫌う。俺を除いて。


「嘘じゃないよー。ねっオーマ」


 敬語じゃなくなっている。俺への態度はその時の雰囲気に流されているのだろうか。


「ああ、まあな」


「・・・・・!!!!」


 途端、アーリアの眼が驚愕に見開かれたと思うと、すぐに俯き、顔を俺の胸に埋める。まるで世界の終わりに怯えるかのようだ。ここまでショックを受けたアーリアもまた珍しい。


「さあ、選ぶのですオーマ!私と一緒にアーリアちゃんをなでるか、アーリアちゃんとまとめて私をなでるか!」


 このアーリアを見てもまだ続けるのか。アーリアを捨てる選択肢がないのはヒメらしくはあるが。


「じゃあ、こっちこい」


 ヒメを左手で手招きする。アーリアには酷だが、トラウマを刻まれたヒメになでられるよりはマシだろう。


「う~」


 ヒメを睨み、唸るアーリア。それにかまわずヒメは俺の左手に頭を近づけてくる。最初の壮絶な邂逅に比べてヒメのアーリアに対する態度が淡泊に感じる。異常なほど可愛がっていたのに。何か思うところでもあったのだろうか?


 ヒメの頭をなでる。他の場所をなでることにはためらいがある。正直言って、アーリアと違い、ヒメはどこをなでれば喜んでくれるのか、まだよくわからない。


「どこでも・・・良いよ?」


「えっ?」


 俺のためらいに気付いたかのようにそう言う。


「オーマになら、どこを触られてもうれしいから・・・」


「・・・・・。」


 その言葉に促されるように俺の左手はヒメの頭から耳、首筋へとたどる。くすぐったそうにしながらも嬉しそうにほほ笑むヒメを見て、俺は―――




「すとっぷ、です。すきんしっぷはここまでにしましょう。夕食が冷めてしまいます」


 アーリアの制止の声に、俺は一瞬とはいえ頭からアーリアの存在が抜け落ちていたことに気付く。


(危なかった。アーリアの前で俺は何をしようとしていたんだ?)


「そ、そうだな。早く飯にしよう。よく言ってくれた。アーリア」


「えー。物足りないよ?」


 ヒメの言葉はスルーして、アーリアを席に座りなおさせ、俺は右隣の席に移った。


「ほらヒメも座れ」


「・・・はーい」


 ヒメは言われて、俺の向かい側、アーリアの左隣の席に着く。




「いただきます」


「「いただきます」」


 俺の声に二人が唱和し、食事が始まる。


「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」


 同時に会話がなくなり。かちゃかちゃと食器のなる音だけが部屋に響く。


「ヒメは食事中はしゃべらないタイプか」


「しゃべっていいの?」


「ん?・・・いいに決まってるだろ」


「このお肉!柔らかくてめちゃくちゃ美味しい!」


 話したくてたまらなかったといった様子で勢いよく話し始めた。思わずその勢いに押されてしまう。


「お、おう」


「・・・・。」(もぐもぐ)


「スープも!何この繊細かつそれでいて濃厚な旨みは!うちで出される料理よりずっと美味しい!」


「そうか、それはよかった」


「・・・・。」(ずずっ・・)


 一口食べるたびに、大げさに感激するヒメ。それとは対照的にアーリアは黙々と食事を進める。だが心なしか、誇らしげだ。やはり弟が褒められると嬉しいのだろう。


「うちの料理長は俺たちの自慢なんだ。なあ、アーリア」


「はい。次会ったら褒めてあげないと、です」


 アーリアがなでると、イーガルが憎まれ口を叩きながら仕方なしといった風に受け入れる。そんな情景が浮かぶ。


「へー。うちの料理人に欲しいなあ」


「やらん」「あげません」


「ふふっ、残念」


 そんな穏やかな空気のなかでのことだった。唐突にアーリアはたずねる。


「ところで、ヒメさんとはどういった経緯で仲間になったのですか?」


 アーリアはヒメを固有名詞で呼び、対等にみている。つまり仲間と認めたうえでの質問。純粋に勇者が魔王の配下となった経緯が気になるのだろう。


「ああ、それは――」


 再び先に話し始めたヒメに俺は釘を打つ意味で視線を向けると、ヒメはわかっていますと言わんばかりにウインクした。


「――私が、オーマに一目惚れしちゃってね。オーマのものになるから恋人にしてって頼んだの」


「ぶっ!?」


「なるほど」


 逆にしただけでそのままじゃないか! なんでアーリアも、仕方ないですね。とばかりに、うんうん頷いているんだよ。


「――今夜も一緒に寝てくれるって約束したんだ」



――カチャンッ



 機嫌よくきいていたアーリアが飲んでいたカップを取り落す。幸い、倒れも割れもしなかったため中身はこぼれなかった。


「なっなっなっ何でですか!?」


 その疑問はヒメではなく俺に向けられていた。


「なんで私にはお昼寝も誘ってくれないのに、今日会ったような娘を同衾に誘うのですか!?」


 必死の形相に俺はたじろぐ。今日はよくアーリアの珍しい一面が現れるな。なんて逃避気味の感傷を抱きながら。


「待て、誘ったのは俺じゃない。ヒメからだ」


「なら私が誘えばおーけーしてくれるんですか?!」


「あ、ああ。当たり前だろ」


「なら今夜、私とも一緒に寝てください!」


「お、おう、いいぞ」


 詰め寄られるまま了承してしまった俺の言葉に、その瞬間、今度はヒメが固まった。




 そんなこんなあって、結局ヒメが三人で寝ることに文句を言わなかったので、ヒメ、俺、アーリアで小の字になって寝ることになってしまった。


 余談ではあるが食事の後、魔王城に風呂がないことにヒメが愕然としていたので、三人で温泉へと行くことになった。がそれはまあ置いといて。





―――回想終了。



 そうだった、俺の自業自得だった。





 ちなみに俺のベッドは凄くでかい。質素なものでいいといったのだが、なぜかアーリアが頑としてこのサイズのベッドを置くことを譲らなかったためだ。おかげで三人で寝ても狭さは感じない。


 当のアーリアは布団に入り俺の腕に抱き付くや否や数分で眠ってしまったが。




「悪かったな、ヒメ」


 枕もとのかすかな光源。魔法で灯したその明かりを頼りにヒメと目を合わせる。


「いいよ。こういうのもいいかなって思うし」


「こういうの?」


「子どもが先に寝ちゃってそれを見守りながら男女二人が語り合う?みたいな」


「じゃあ、さしずめ俺たちは親子ってところか?」


「おやこ・・こども、ふうふ・・・」


「自分で言いだして赤くなるなよ。何気にアーリアを子ども扱いしてるし」


 暗闇の中でもわかるほど赤く染まった顔、そんな俺たちの会話に反応したのかアーリアがもぞもぞと身じろぎして言葉にならない声を漏らす。


「でも実際私たちよりは小さいよ?」


 それに気づいてか、ヒメが少し小声になる。本当に親みたいな反応で少し笑ってしまう。


「大きさで魔族を判断すると痛い目を見るぞ。何百年と生きてるのに姿は子供のままってやつもいるからな。それに魔族領には人間領のように太陽がないから、時を数えるのにも一苦労だ。生まれてからずっと天涯孤独のやつも多い。だから年齢という概念がないんだ。ここで寝てるアーリアも、もしかしたら俺の何十倍もの時を生きてきたかもしれない。そういうもんなんだよ」


「じゃあオーマも自分の年齢はわからないんだ」


「え、いや・・・まあ・・・そうだ」


「ってことは、実はオーマが年下ってことも!」


 目を輝かせるヒメ。何を期待しているんだこの娘は。


「それはない」


「えーなんでさー」


「なんでもだ」


「ぶー」


 頬を膨らませるヒメ。ぷっくりふくれたそれをつついて見たくなる。


「頬を膨らませるな、可愛いから」


「あ、やっとそういうこと言ってくれた」


 恥ずかしがると思ったのに、意外にもただふにゃっと笑うだけだった。


「え?」


「だって、このお城に来てからなんとなくそういうの避けてるっていうか。距離を感じてたというか」


「いや、まあ、いちゃつかない様には、気を付けていた。部下の前で威厳のない真似ははできんだろ」


 砦でのことは自分でもまずいと感じる程度にはタガが外れていた。だから自粛していたのだが。


「ぶーぶー、でも、アーリアちゃんとはいちゃついてたよ?この浮気者っ」


「いちゃついてねーよ。ただのスキンシップだ。・・・ヒメのとはまた別だ」


「むー、この際だから聞くけど、オーマとアーちゃんの関係は?」


「関係も何も・・・、家族だって言っただろう」


 そう、まぎれもなく俺の家族。大切な家族だ。


「具体的には?姉?妹?母親?それともおばあちゃん?」


 さっきの話を引きずっているのか。最後はいろいろと嫌だぞ俺は。


「ん、そういうのは別に決めてないんだが。強いて言うなら――」


「言うなら?」


「娘、かな。それこそ目に入れても痛くない、いつまでも見守っていきたい。そんな感じだ」


「娘か~。まあ及第点としておきましょう」


 お前は何様だ。




 ヒメは絡んでいた目線を放し身を寄せる。俺の胸に顔を埋めかすかな声でつぶやく。


「話、聞いてもらっていい?」


 もとをたどれば、事の発端はユーシアを国に送った後、ヒメが言い出したことだった。あの時ヒメの様子はおかしかった。その理由から俺と一緒に寝るなどと暴挙に及んだのだと解釈していた。その理由を話してくれるのだろうか。


「ああ、聞かせてくれ」


「ありがと」



 そうしてヒメは話し始めた。


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