第三話 命名
城下町に出た。
「刀を使うのか?」
「はい、いざというときの為に」
予備に使うのだろうか。ヒメは腰に剣とそして刀、二本差している。真剣なら女性が二本持つのは厳しいと思うのだが、そんな様子は見せない。それだけ力があるのか、何かからくりがあるのか。
「あ、それと・・・・・これを」
「ん?これは?」
ヒメから袋のようなものを受け取る。
「アイテム袋です。手に入ったアイテムはここに全部入れてください」
「・・・・・全部?」
「はい、全部です」
「いや、だって、ぐちゃぐちゃにならないか?」
「ならないです。全部整頓されます」
「なにそれ、中に小人でも入ってるのか」
「小人を手に入れれば入るんじゃないですか?」
「小人って手に入るの!?」
「さあ・・・?」
「さあって・・・」
「とにかく、武器だろうが、ごみだろうが全部入れてください。入りますから」
「異空間にでもつながってるのかよ・・・」
今は特に手を塞ぐようなものは無い。使うのはまた今度になるだろう。
城を出てすぐ、あたりには活気あふれる町が広がっていた。
(・・・でだ。)
「何すればいいと思う?」
「さあ。私も城を出るのは初めてなもので」
「箱入りだな」
「箱入りです」
「とにかく見て回るか」
「はい!」
元気に答えるヒメ。打てば響くというか生真面目さがうかがえ、何と言うか撫でてやりたくなる。もちろん王女相手にそんな不敬な真似はできないが。
そんな感じで俺たちは城下町を一度回ってみることにした。
見慣れない風景にヒメは大はしゃぎだった。何かを見つけては、俺に話しかけ、二言三言話したと思ったら、また駆け出していく。俺はもうヒメについて行ってるだけだった。
俺は俺でこの光景は初めてのはずなんだが。
そんな中で、気になる話も聞こえてくる。
――――ようこそ。ここはリアン城下町です。
――魔族どもに次々と占領されているらしい。
―――もうすぐ、ニューベルも・・・。
――最近魔物の動きが活発だな。
――――勇者はいつあらわれるのかしら。
――またやられたらしいぞ。今度は武器屋のおやじだ。
―――北西の洞窟から来ているらしいぞ。
――おやじ!!!!!!!!!
―――へっ、なんて顔してやがんだ。
――俺、まだおやじに教わってないことがたくさん・・・!
―――何いってやがる。お前はもう一人前だ。教えることは・・・もう・・。
――おやじ?おやじーーーーーー!!!!!!!
――――ようこそ。ここはリアン城下町です。
というか、ここの人間、会話が何パターンかでループされているのかというほど同じ話しかしない。
ヒメの移動で途中で聞き逃すこともあったが、また来てみると同じ話をしている。あの武器屋のおやじもかれこれ数十分意識がある。誰か治療してやれよ。
それに王女が町を歩いているというのにそれに気づく人もいない。
だがヒメは気にする様子もないし、店の人間などは話しかければそれに対応して反応する。やはり考え過ぎだろう。
一通り回りヒメと相談する。
「泊まるのは宿屋の方がいいな。町の出口に近い」
「そうですね。父と顔を合わせても面倒です」
「予想通り100Gじゃほとんど何も買えなかったな」
正確には買えたのだが、宿屋に泊るのに10Gするのであまり使えなかったというのが実情だ。言ってみれば十日分の宿代だ。稼ぎの当てがない以上使うのは得策ではない。
「だいたい何で国から100Gしか出ないんだよ」
「仕方ないのです。度重なる魔王軍との戦争で徴兵した民の犠牲者が増え、家族の方や本人に手当を出しているうちに我が国の財政は大赤字に・・・」
「・・・・」
そういうことなら仕方ないのかもしれないが。
「もっと早く勇者を喚べばよかったんじゃないか?」
「・・・・・・その通りで言い返す言葉がありません・・・父様が渋るから・・・」
「?」
「ちなみにその100Gは今月の父のお小遣いです」
「・・・・・・」
どっから出してるんだよ。
「もし足りなければ私のヒメ貯金がたくさんあるので、そちらを切り崩すこともできます。必要があれば言ってください」
「いや、まあ、今は良い」
それはそれで使いにくい。なんだよその微笑ましそうな貯金は。
「それで、聞いた話をまとめると、数日おきに町の北西にある洞窟から魔物の群れがやってくるらしい」
「へー」
「へーってお前も聞いてたんじゃないのか?」
「まったくきいていませんでした」
「・・・・。」
俺は冷めた目をヒメに向ける。
「そんな目で見ないでください」
真面目かと思ったがそうでもなかったらしい。
「お前遊ぶ時、ルールを聞く前にとりあえずやってみるタイプだろ」
それで分からなくなった時にちゃんと聞いてなかったことを後悔する。
「ち、違います。勇者様を信じてたんです!というか話を聞くのは勇者様の役割です。そうです。そうなのです」
「で、大事な話を右から左、と」
「ううう」
慌てる様が少し可愛い。からかうと面白い奴だ。出会った当初の憧憬にも似た感情は霧散していたが、今はそれ以上に親しみやすさを感じる。
「まあ、そういうわけで、これから腕試しがてら、その北西にある洞窟を攻略しようと思う。」
「わかりました。きっと勇者様のお役に立って見せます!」
「いや、ヒメの実力はわかってるから、気負わずにやってくれ」
「はい、全力を尽くします!」
ヒメは人の話を聞かないな。
「ところで、勇者様って呼びにくくないか?」
「そうですか?でも、何とお呼びすればいいのでしょう」
「それもそうだな。ならヒメがつけてくれよ、名前」
「え、・・・・・えーーーーー!?」
「驚き過ぎだ。どうせ旅を続ければ俺を呼ぶのはお前ばっかりだろ。お前がしっくりくる名前が一番都合がいい」
「で、でも・・・」
「あまりにも変だったら却下するから、とりあえず考えてみてくれ」
「は、はい。」
戸惑うように受け入れるヒメ。だが、早くも思いついたようで、いや既に考えついてていたのか?
「オーマ、はどうでしょう?」
「え?」
「だ、だめでですか?」
「い、いや・・・」
覚えのある名前が出て少し驚いた。あの時頭に浮かんだオーマという名前。それがヒメからでたことに。
「何で、その名前を?」
「なんとなくです」
「なんとなくか」
「はい、王の間で初めて会ったので縮めて王間、おうま、オーマなんて安直なこと考えずに、なんとなくです」
「そ、そうか。まあ、いいんじゃないか?」
そんな理由は聞きたくなかった。
「本当ですか?じゃあ、これからオーマ様って呼びますね」
「いや、様はいらない。というか何で様をつけるんだ?」
「それは、魔王を倒してくださる方ですから」
「それを言うなら、同行しているお前もだろう。むしろ王女のお前の方が偉いんじゃないか?なんならヒメ様って呼ぼうか?」
さっきは姫様って呼んだしな。
「いえいえ、とんでもない呼び捨てで結構です」
「なら、お前も呼び捨てにしろ」
「良いんですか?」
「俺がそうしろと頼んでいるんだ」
「頼む態度じゃないですよね、オーマ?」
「さあな、じゃあ行くぞ、ヒメ」
「はい!オーマ」
口になじませるように言ったヒメを連れて俺たちは町を出た。
「ようこそ、ここはリアン城下町です」
「あ、どうも」
出るとき何故かあいさつされた。入る人に言う言葉じゃないのか、それは。
実は一つ気になることはあった。城を出てからしばらくして俺たちの後をつけ始めた何者かの気配。
町を出た後もその気配は俺たちの後ろをつけて来ていた。
「あれ良いんですか?」
「何だ気づいていたのか」
「あれだけバレバレでは気づくなという方が無理です」
「まあ、そうなんだよな」
俺に尾行を見分ける心得なんてない。記憶喪失だからもしかしたらあるかもしれないが。そんな俺にあっさり気づかれる、その程度。
「注意するだけ無駄だな。無視しよう」
「分かりました」
結局洞窟にたどり着くまで、魔物と出会うことも、背後の人物が動くことも無かった。
「ところで、魔物と魔族ってどう違うんだ?」
洞窟を歩きながらちょっとした疑問を尋ねる。どちらも人間の敵であることは間違いないだろうが。
「知性のあるかないかの違いです。強いて言えば獣に近いのが魔物、人間に近いのが魔族です。」
「へえ。じゃあ魔族が魔物を操るなんてこともあるのか?」
「それはありません。魔物は人間だけでなく魔族も襲います。三竦みではありませんが、三つ巴というやつです。」
「魔族も襲うのか・・・」
のんきに話しながら歩いていると、魔物の群れが見つかった。こちらにはまだ気づいていない。子鬼やウルフといった所か。脅威は感じない。
「ヒメ、行けるか?」
「もちろんです。」
「三つ数えたら行くぞ。・・・一、二の・・・三!」
ばっと飛び出てそのまま正面の二体をすれ違いざまに切り捨てる。
残った魔物に気付かれこれから戦闘というところで、
「あれ?」
「これは・・・」
魔物の群れは逃げていった。脇目も振らず一目散だった。
――オーマたちは4の経験値と8Gを手に入れた!
「・・・ヒメ」
「はい」
「お金落として行ったぞ!?」
「え、そっちですか?」
「いや、だって、え、何で?何で魔物がお金持ってんの!?」
「逆です、オーマ」
「逆?」
「魔物がお金を持っているのではなく、魔物が持っていたものをお金にしたんです」
「それって?」
「魔物は自らの体内で、ある物質を生成します。不思議なことに数の差はあれど全ての魔物が全く同じ形の物質を生成するのです。そのため、昔から人族はその物質を物々交換の代替品として使ってきました。それが現在のお金。Gです」
「はあーーーなるほど」
「なので遠慮せず回収していきましょう」
散らばった八枚の金貨を二人で拾い集める。
「・・・とにかく進むか」
その後もいくつか群れに遭遇するも、みな戦おうともせず退いていった。
「何なんだこれは?」
「分かりません」
ヒメも首をかしげている。
「魔物にも知性はあるのか?」
「少なくともこのあたりでは、そんなの聞いたことがありませんけど・・・」
「つまり、待ち伏せでもないと」
よくわからないまま先を急ぐことにした。




