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第一話 誕生


 視界が光に包まれている。


(何だこれは?)


 何がどうなっているのか全く分からない。あたりが光に包まれている。自分の姿すら視認できない。そんな異常に俺は不用意に手を伸ばした。


 途端、それがきっかけだったかのように光に亀裂が入る。


 光が小気味良い音をたてて砕け散った。視界が晴れる。


「何だ、これは?」


 先程と同じ言葉を今度は口に出して繰り返す。視界が晴れたそこにいたのは、人、人、人。

 見知らぬ人の群れが俺を取り囲んでいる。どうやらしかし、彼らもまた驚いているようだ。


 俺が呆気にとられていると、その中から一人の少女が意を決したように前に出る。ドレスの似合う可憐な少女・・・・・・・・・・・・・・否、天使。


 ああ、そうか、俺は死んだのか。つまりここは天国。・・・と納得できてしまえるほどの可愛らしさ。


 その少女は頭を下げ、挨拶する。


「よくお越しくださいました。勇者様。どうか、私たちにお力をお貸しください」


 そう言い、彼女はもう一度深々と頭を下げた。


 そう、俺は死んで勇者になったらし・・・・・ん?


「・・・・・勇者?」


「はい」


 天使が肯定する。


「俺がか?」


「はい」


 頷かれる。


「人違いだ」


「いえいえ、ご謙遜を」


「謙遜とかじゃなくて、俺は・・・・」


「勇者様?」


「俺は・・・・誰だ?」


「え?」


「・・・・・・。」


 何も浮かんでこなかった。




 このやりとりが俺の最初の記憶だった。








「記憶喪失、ですか?」


 成り行きで、先ほどからこの少女が会話を受け持っていた。金の髪に真紅の瞳。よくよく見ればやはりきれいな顔立ちをしている。間違いなく美少女と言えるだろう。


「ああ。何も覚えていない」


「お名前は?」


「わからん」


「お住まいは?」


「知らん」


「えっと、この国のことは?」


「どこだここは」


「リアン国の王城です」


 天国では無かったらしい。


「聞いたこともない」


「はえ~」


 とぼけた声を出す少女に記憶喪失の一大事を置いて、和んでしまう。


 自分で言うのも何だが、俺の不遜な態度に特に気を悪くする様子もない。


「まあ、ないものは仕方がない。ともかく、俺は何でここにいる?勇者とはなんだ」


「そこからはわしが話そう」


 先ほどまで黙って様子を見ていた人垣から一人の壮年の男性が出てくる。その男性の目配せを受け少女は何か言いたげにしながらも下がっていった。その後ろ髪引かれるような仕草に俺も残念と思わないでもないが、今は状況を確認するのが先だ。


「わしはリアン国の現国王、クオウ=レーヴェンだ」


「国王か、なるほど」


 通りで威厳が感じられるわけだ。


「先ほどそなたと話していたのはわしの娘だ」


 言われ再び天使に視線を向けると少女が軽く会釈する。ということは王女か。納得といえば納得だが。そんな風にみているとクオウが口をはさむ。


「手を出そうものなら、死ぬことになるから気を付けるようにな」


「・・・どういうことだ?呪いか何かか?」


 さらりと告げられた言葉に驚く。勇者だ何だと言われれば呪いなどというものも、あるのかと思ってしまった。


「いや、わしが殺す」


「・・・・・・は?」




「うむ、では説明するが、まずは勇者召喚の儀式について知っておるか」


「話を終わらせるな!」


「勇者召喚の儀式について知っておるか」


「話を聞け!」


「勇者召喚の儀式について知っておるか」

「おい?」

「勇者召喚の儀式について知っておるか」

「ちょ」

「勇者召喚の儀式について知っておるか」

「えー・・・・・・・」

「勇者召喚の儀式について知っておるか」


 狂気を感じる。このことについては触れない方がいいらしい。


「・・・知らないな」


「ではそこから話そう。まず、我々リアン国は・・・いや人族は現在、魔族に攻め入られ窮地に陥っている」


 まるで何もなかったかのように話が続いた。今のが気になって話が頭に入らないんだが。


「そこでわしら王族は勇者を呼びその者に事態を打破してもらおうと考えた。そこで我が一族に伝わる勇者召喚の儀式を行った」


「随分と人任せだな。国の命運を他人に任せるのか」


「他人と言っても国の中から最も勇者にふさわしいと選ばれた者だ。以前の記録では王族の者が選ばれている。今回も我々から選ばれると思っていた」


「だが、俺が来たと」


「ああ」


「俺が記憶喪失になったのはその影響じゃないのか?」


「いや、過去、勇者が記憶を失ったというのは記録されていない」


「俺が勇者ねえ。・・・で、具体的には俺はどうすればいいんだ?魔族とやらを倒せばいいのか?」


「引き受けてくれるのか?」


 質問に答えず決断を急ぐ国王。


「まあ、断る理由もないからな。ちゃんと援助してくれるんだろ」


「ああもちろんだ。我が国の総力を挙げて支援しよう」


「じゃあ、まあ交渉成立だ。目的を果たせば記憶も戻るかもしれないからな」


 王族でないとはいえ国の中から選ばれて俺が召喚されたのなら、この件は俺にとっても他人ごとではない、多分。それに断りでもして、放り出されてはどうしようもない。とりあえず今は生活基盤を作るのが先決だ。


「おお、そうか、では」


 一歩下がったクオウは、


「国の為、どうかよろしく頼む。魔王を倒してくれ」 


 深く深く頭を下げた。


「お、おう」


 魔王って初耳なんだが・・・。だが国王にここまで頭を下げられては断れる空気ではない。なんとなく詐欺にあった気分だ。








 どうやら俺がいるのはリアン国王城の王の間という場所らしい。石造りの壁。どことなく豪奢な明り。高そうな絨毯。そして、玉座。確かにそれっぽい。


 改めてクオウは玉座に座りその脇には先ほどの少女と、もう一人男性が立ち、俺と対面する。俺の左右を他の人間が並んでいる。


「これから魔王討伐の旅に出るそなたに、餞別を送る」


 左右から豪華な装飾のされた箱が三つ運び込まれる。髭の似合う壮年の執事?が運んできた。


「すべて受け取るがいい」


 流石国王だ。きっぷがいい。促されるまま左の箱を開ける。


 袋があった。中には黄金色に輝く円盤状の板、表面には竜の紋様が描かれている。おそらく金貨だろう。数は・・・一目では数えきれない。


「これは?」


「うむ。金貨だ。100G入っておる。好きに使え」



――オーマは100G手に入れた!



(何だ今のは?オーマって俺のことか?)


 突然頭の中に文字が浮かぶ。あたりを見回すが、誰もが普通にしており、急にあたりを見回し始めた俺を不思議そうに見つめている。


(俺だけか?)


「・・・金か。ちなみに100Gってどれくらいの価値があるんだ?」


「・・・・・。」


「おい?」


 何でそこで無言?


「・・・城下町の武器屋でナイフ一本分だ」


「おい」


 ナイフ一本でどう魔王を倒せと。


「ま、待て、もう一つ入っているだろう」


 そう言われ箱の中を見る。と、そこには金貨と区分けされて何か光り輝く正方形の板状のものが納められていた。


「これは?」


「『王家の紋章』じゃ」


「なんだか凄そうだな。で何に使えるんだ?」


「うむ。聞いて驚け、なんと町の宿屋の値段が割引される!」


「しょぼっ!しかも無料じゃないのかよ」


「むう、だが城下町では何と10Gまで安くなるのだぞ。」


「まて、じゃあ他の町ではもっと高いのか?」


「ああ、城から遠ざかるほど高くなる」


「逆の方が良いと感じるのは俺だけか?」


「仕方がないのだ。遠ければそれだけ国の治政が及びにくくなる。それでも民が使うよりもはるかに安いのだ」


「そんなもんか」



――オーマは『王家の紋章』を手に入れた!



 だから、オーマって誰だ。



 まだ国から出るのが100Gというのが納得いかないが、ほかの箱も開けておくべきだろう。


 次は真ん中の箱を開ける。


 中には、装飾の少ないシンプルな一振りの剣が入っていた。金色の柄に埋め込まれた真紅のルビーが唯一鮮やかな輝きを放つ。


「これは?」


 鞘を持ち上げてクオウに訊く。


「ああ、それこそ我が国の宝。聖剣だ」


「聖剣?」


 この剣が?あまり強そうには見えないが。そんなことを思った瞬間、頭に鈍い痛みが走る。


「ぐっ」


「どうした?」


「いや、なんでもない」


 突然の痛みに一瞬頭を押さえるが、それほど強い痛みではない。そして痛みはすぐに引いていった。記憶喪失の弊害だろうか。



――オーマは聖剣・白を手に入れた!



 白って・・・シロ?ハク?銘だったりするのだろうか。


「!?」


 瞬間あふれ出る目には見えない力の奔流。それだけじゃない。その力が手から心臓に流れ込み、全身に染み渡っていくような感覚。


 気づけば、俺は聖剣を抜き放ち、右手にその柄を握っていた。


 何だこれ・・・。力があふれてくる。持った時は何ともなかったのに。思わず剣を握った手を見る。何も変わりはない。だが、確かに力がみなぎっている。


「認められたようだな」


「認められた・・・?」


「ああ。勇者となったものは聖剣に認められ大きな力が与えられる。その力でかつての勇者たちは魔王を倒してきたのだ」


 確かにこれだけの力があれば、ある程度強敵にも立ち向かえるのだろう。


「有難く使わせてもらう」


 この聖剣は間違いなく対魔王の切り札となる。


 手に馴染ませるように、柄を強く握った。





 高鳴っていた鼓動を抑え、聖剣を鞘にしまい、最後は右の箱を開ける。


 そこにあるのは鎧だった。蒼の輝きを放っている。これが最後の贈り物。


「鎧、か」


「ああ、聖剣と対となるもう一つの国宝、聖鎧だ」


「鎧はいらないな」


「何?わかっているのか?全身を魔力の防壁で守り、その上自動脱着できるという超性能の鎧だぞ!?」


「あんたこそ何言ってるんだよ。」


 前者はともかく、後者は何の役に立つんだよ。


「鎧は邪魔だ。動きを制限されたくない」


 記憶がないのだから、戦闘方法など思いもつかないのだが、いまいち鎧を使う気が起こらない。


「なら――」


 と、それまで黙っていた、クオウの隣にいた男が、歩み出て口をはさむ。


「その鎧、私に使わせていただけませんか?」


「兄様!?」


 先ほどの王女が驚く。兄、ということは王子か。クオウと王女、そして、この男、三人そろって見事な金髪だ。


「お前は?」


「私はリアン国第一王子ユーシア=レーヴェンといいます。私を魔王討伐のメンバーに加えていただけませんか?」


「へえ」


「兄様!」


「私は友を魔王に殺されました。何としてもその仇を討ちたいのです」


 その瞳は決意を秘めた鋭さを感じさせた。だが、どこか濁ったようにも見える。


「まあ、いいんじゃないか?たった一人の勇者に国を任せようとするよりは」


「なら、私も行きます!」


「ヒメ!?」


 今度はクオウが叫びをあげる。ヒメと言うのは彼女の名前だろうか。


「これでも、実力は兄より上です。兄なんかよりずっと役に立ちます!」


「いや、流石に王女を戦場に連れていくのはまずいんじゃないか?」


 実力が上というのも嘘だろう。好奇心旺盛なおてんば姫なのか、それとも兄が心配で仕方ないのか。


「ほら、勇者殿もこう言っている。わがままをいうんじゃない」


 我が意を得たりとばかりにクオウが制止する。


「ですが――――なら・・・決闘です!兄様、どちらが勇者様の供にふさわしいか決闘にて決めようではありませんか」


 いや、そういう問題じゃないから。というかお姫様が決闘って。


「ぐ、それは・・・」


 ユーシアは何かためらっている。流石に妹と戦うのは気が引けるのだろう。なら俺が一肌脱ぐか。


「なら、俺と模擬試合するか?実際俺も自分がどれくらいの強さかわからないからな。良い力試しになると思う」


 少女に諦めさせるために半ば冗談のつもりで言ったのだが。


「そうですね。兄様を倒すより、勇者様に直接見てもらった方がいいです」


 受けられた。


「ゆ、勇者殿!?」


 意外な流れにユーシアも驚き俺に視線をよこす。


「わ、わかってる、ちゃんと手加減するから」


「いえ、そういうことではなくっ!ヒメは――――」


「ほら、勇者様行きますよ」


 何か言おうとするユーシアをスルーしてさっさと近づいて来た少女は俺の手を取り歩き出す。


「お、おう」


 最初に見せたおしとやかな雰囲気に似合わず積極的だな。


 そのまま俺は彼女に連れられて地下の訓練場のような場所に案内された。



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