第五話 勇者入城
魔王城、俺の寝室に魔王と勇者の姿が現れる。
(ちゃんと使えたな、瞬間移動)
勇者がユーシアではないからか、それともヒメが味方だからか、二人一緒だったからか。まあ断定するのは早いか。
「えっ、あれ?」
腕の中のヒメは戸惑っている。当然だろう。移動時間は零。使った本人でないのだから、周囲が急に変化したように感じるだろう。
「お望みの魔王城だ。ラストダンジョン到達おめでとう」
魔王らしく、仰々しく勇者に言ってみる。
「・・・・・。」
「どうした?」
「え~と。今更だけどオーマは不用心過ぎない?勇者を簡単に信用してお城に入れて。宿敵だよ?騙されてるとか考えなかったの?獅子身中の勇者だよ?」
「考えたことは否定しないが」
「?」
首をかしげ、ヒメが続きを促す。
「ヒメになら騙されてもいいか、って」
頭をかきながら正直に話す。
「―――・・・ぷっ」
ヒメが噴き出した。
「おい!笑うな!こっちだって恥ずかしいんだよ!」
「ち、違うよ、ぷっ・・ぷぷ・・・だって・・同じこと・・ふふ、考えてたから」
「同じ・・・?」
「私もね、魔王城に移動した途端、魔族に囲まれて、オーマに裏切られるかもしれないって考えて」
そう言いながら笑い過ぎて溢れた涙を拭くように目元をぬぐう。
「でも、オーマになら裏切られてもいいって―――」
「なら―――」
瞬間、俺はヒメを突き飛ばし、魔力で剣を作る。ヒメはいまだ鎧を纏わないワンピース姿だ。
「きゃっ」
ヒメはたたらを踏み、表情が驚愕に染まる。
「―――裏切られてください」
しかしそんなヒメに構わず、俺は作り出した剣を――
――ヒメをかばうように後ろに振るった。
金属同士がぶつかる音が響く。俺が振るう炎鉄の長剣にかみ合う白銀の短剣。その持ち主は――
「アーリア!?」
突如生じた殺気に咄嗟に反応した。相手を認識したのはその後。瞬時に状況を理解する。
もともと俺の部屋への出入りは自由だ。魔王城には信用できるものしか入れないためだが、だから瞬間移動した時、部屋に誰かがいてもおかしくはない。その目の前でヒメを勇者だと知られる発言。ようやく自覚する。俺はヒメが言った通り本当に鈍かったのだと。
「アーリア違う!こいつは俺たちの味方だから!」
「でも、裏切るかもしれない、勇者。魔王様は殺させません!」
珍しく声を荒げるアーリア。歯をむき出しにこそしないが、敵意をむき出しにヒメを睨み付けるそれは、主人を守る忠犬そのものだった。俺のためなのだろうが、剣を向けているのも俺なんだが。
突然の事態に手間取ったが拘束の魔法の準備が完了した。あまり気が進まないが。やむを得ない。
「な、なにこの子・・・」
俺の背中から顔を出してアーリアを見つけるヒメ。ヒメも状況を理解したらしいがその状況が良くない。襲われるヒメと襲うアーリア、不仲待ったなしだ。
そんな俺の危惧に構わずヒメは動き出した。
「待て、ヒメ―――」
そして、止める俺がかろうじて捉え切れる速度でヒメはアーリアの背後にまわり、アーリアの武器をすっと奪い捨て。
「わっ?」
いつの間にか消えた愛剣に、何が起こったかわからないと硬直するアーリアを。
「にゃー、可愛すぎるーー!」
ヒメが思い切り抱きしめた。
「kfdgほds;ghじぇ:あjgr:?!?!」
声にならない叫びをあげるアーリア。じたばたと暴れるが、まるで抜け出せない。ヒメのなすがままだ。
(これが勇者の実力・・・)
俺が戦慄している間、ヒメに体中愛でられたアーリアはグロッキー状態となっていた。
「やめんか」
「あうっ」
遅まきながらヒメにチョップを入れやめさせる。ヒメが離れたあとも、アーリアは放心状態でうわごとを繰り返すばかりだったためベッドに寝かして介抱した。
「あはは・・・ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るヒメ。本気で理性を無くしていたのか。アーリアが可愛いのは同感だが。
「いや、俺もすまん。アーリアがいることに気が付かなかった」
瞬間移動の時、アーリアは俺のベッドに潜っていたらしい。丁度ベッドが俺の背中に隠される形だったため二人とも気付けなかった。
「ううん、乱暴だったけど、守ってくれたから」
と、満面の笑みを浮かべる。この笑顔に弱い。本当に申し訳なくなる。
「それに無理言って連れて来てもらったのは私だし」
そう言えばそうだな。
「それよりその子アーリアって言うの?」
気を遣って話を逸らしたのか、実際気にはなっているのだろう。あの構いようだしな。
「ああ、アーリア=サタン。うちの立派な四天王様だ」
「ほう、可愛い四天王様だね。サタンってことは、オーマの?」
大して驚きもせず、四天王である事実を聞き流す。こういう肝の座ったところが、勇者だと実感させる。
「ああ、家族だ」
「家族ですか、具体的には?」
やけにつっこんでくるな。そんなに気になるか?・・ヒメの家族・・リアン王族・・・ユーシア・・俺にはどうでもいいんだが。というかそうか、あいつヒメの兄か。厄介な。腕、もいでるぞ。
「具体的にか。まあ――」
「魔王様」
答えようとした時、アーリアが声をあげた。気が付いたようだ。
「その女は何なのですか?なぜ庇ったのです」
アーリアは起き上がり話し始める。先ほどより勢いがない、というか俺の後ろに隠れて恐る恐るヒメの方を睨んでいるありさまだ。短剣は俺が押さえているし、この様子なら落ち着いて話せそうだ。しかしアーリアにまでトラウマを植え付けるとは、おのれ勇者。いずれ同じ目にあわせてやろう。
復讐を密かに誓った。
「私はリアン国の第一王女ヒメ=レーヴェンです。勇者です。オーマのご主―――ふぼぉ?」
俺が口を開くより先に自己紹介を始めたヒメの、不穏な言葉を手で口を塞ぐことで無理矢理中断させる。
「何を言おうとしてるんだお前は!」
「ひゃひってほーふぁがわひゃひの――」
「ってしゃべらなくていい!」
油断も隙も無い、あのことを知られたら、言うまでもなく先ほどの再現になる。
「とにかく!こいつは確かに勇者だが、とある事情で『仲間』になった」
「・・・仲間・・ですか」
「ああ」
「わかりました。なら構いません」
「ん?いいの?」
あっさりした反応にヒメが疑問をはさむ。それはそうだろう。いきなり斬りかかってきたにしては、納得が早すぎる。まあ俺は想定した上での説得だったが。
「それはそうと、何故俺のベットに?」
あまり続ける気もなかったので、当然の疑問を返し誤魔化す。
「!???!!なっ何でもありません。心配・・・!そう心配してたんです中々帰ってこられなかったので!」
勇者の件より動揺が大きい。こちらが心配するほどに普段からかけ離れた慌てようだ。
それほど時間がかかっただろうか?確かに度々いちゃついていたかもしれないが。ふと部屋の窓から外をのぞく。見ると外はだいぶ暗くなっている。
そもそも魔族領は常時暗闇なのだが、魔王軍を編成してからは十時間ほど地上を照らす光球を、毎日、俺が打ち出していた。そして、俺が出発した時はその光球がまだ十分明るかった。今の明るさから考えると、三時間ほどが経過している。
(意外と時間はかかったがそこまで心配するほどか?まあ、勇者と戦うかもしれなかったしな。心配もするかもしれない。)
実際、以前の勇者との戦争でも俺がアーリア達四天王を送り出すのは断腸の思いだった。何度やめさせようとして当人から説得されたことか。しかも結果は・・・。
「うむ、心配させてすまなかった。今後は気を付けよう」
反省もやむなしである。「心配×時間=俺のベッドに潜る」となる理由は全く分からなかったが。
「え・・ええ。そうして下さい」
とアーリアの応答を経てようやくこの件が落ち着く。
仕事の件だ、と前置きし、アーリアが職務モードに入るのを確認して、
「アーリア、早速で悪いが全軍に通達してほしい。即時撤退だ」
「はい?ですが、今撤退すれば、魔王様の威厳が失われます」
冷静に問題点を返す我らが参謀。いつもは有難い助言だが、今回は必要ない。どんな事態も敗北よりはましだ。
「これは『絶対命令』だ。何も考えず撤退することだけ考えろ」
絶対命令――文字通り絶対に従わせる命令だ。『仲間』、魔王軍に入る際、俺はこの契約を結ぶことを強制させている。
先のアーリアのヒメへの理解もこれを意識したためだ。もちろん実際はヒメとは契約していないが。
「了解しました」
俺の言葉を聞きいれ、かつ承諾してくれた。
俺だけでなく四天王にも絶対命令を行使するに準ずる権限を与えている。アーリアに絶対命令を行使した以上、俺がすることは何もない。俺が預かっていた白銀の短剣を受け取り部屋を出るアーリアを見送る。
(後で思い切り甘やかさないとな)
心配をかけたうえでの絶対命令だ。迷惑をかけた分を返す。といっても俺も楽しむわけだが。アーリアの耳や尻尾は触っているだけで癒されるのだ。
「ヒメこっちはこれで終わりだ。後はアーリアがうまくやってくれる。しばらくしたら次はお前の番だぞ」
「はーい。それにしてもアーリアちゃんのこと信頼してるんだね」
にこりと微笑ましそうに笑う。
「まあな」
そしてその笑みが心なしか邪悪さを孕む。
「また今度、アーリアちゃんに会わせてね」
「それは置いておくとして」
「置いとかれた!」
手をワキワキさせながら言うやつにアーリアを近づけさせるか!
――ガサガサ
「・・・・・。」
問題は俺がアーリアと話している間ずっと視界の端で怪しげな行動をしている勇者ヒメのことだった。
「どうしたの?」
――ガサガサ
「お前は何をしている?」
「何って・・・探索?」
――ガサガサ
ヒメが俺の部屋をあさっていた・・・。
「やめてほしいんだが」
「何を言っているの?魔王の城だよ?きっとレアアイテムが眠ってるよ?」
「うん、眠っていたとしても、それは俺のものなんだ」
「ほら、こんなのとか!」
ヒメは今しがた見つけたものをつかみ上げた。
――ヒメは『魔王のトランクス』を手に入れた!
俺のトランクスだった。
「いかにも強そうな装備です!」
「・・・・残念ながらただの下着だ。だから元に戻してくれ」
「??・・でも、つかうと魔王の精神に大ダメージを与えるらしいよ?」
「絶対使わないでくれ」
――ごそごそ
「アイテム袋に入れるな!」
袋を開き今にも入れようとしているヒメから奪い返す。
――ヒメは『魔王のトランクス』を奪われた!
「あぁっ」
「俺の部屋で探索は禁止だ。いいな」
「えー・・・」
不満そうにぶーたれるヒメ。本当にこいつ勇者か?職業、盗賊だったりしないか?
「私の物は私の物。オーマの物は?」
「俺の物だ!」
いらんことで時間を取られた。そんなことより決裂の種は早めに捨てないといけない。
「謝らないといけないことがある」
落ち着いたところで真剣な声色で語り掛ける。ヒメは察したのか、同じく真剣な目で見つめ返す。
「やっと話してくれるんだね」
想像より冷たい声、やはり気づいていたのだろう。俺がヒメの兄を害したことを。
「ああ」
「うん、わかってる」
ヒメはそこで一拍おく。
「・・・婚約発表をいつにするかだよね」
「・・・は?」
「・・・?」
「『・・・?』じゃない。何の話だ。気が早すぎるだろ」
「はっ。気が早い。つまりいつかは・・・。」
わざとらしくチラチラッとこちらを窺う。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
黙り込む俺にヒメは目をそらし顔を赤くして黙り込む。恥ずかしがるくらいなら言わなければいいのに。
「や、やだなあオーマったら。折角冗談言ったんだから、もっと慌ててくれないと」
「そうか冗談か。本題に戻るぞ」
「あ、あれ?」
意識的に空気を変えると拍子抜けしたようにヒメがきょとんとする。
「・・・・その話はまた今度な」
「ぁ・・・う、うん!」
花が咲くように広がった笑みに俺はまた可愛いと思ってしまった。
「ごほん」
閑話休題。
「お前の兄のことだ」
ただその一言だけで、空気が変わる。
「ああ、なるほど」
ヒメは笑顔を浮かべていた。にもかかわらず今までの和気藹々とした空気が一瞬で消え去り、冷たい威圧感が部屋を埋め尽くす。落差がひどい、ひどすぎる。
「あの、ヒメ?」
「何ですか?オーマ」
――ゾクッ
(あぁ、俺・・・死ぬかもしれない・・・)