第二十八話 リトライ魔王の勇者攻略
わいのわいのと崩壊したリアン城前で騒ぐ人族の民衆。およそ悪い意味での騒ぎ――別名阿鼻叫喚――だとは思うが、それでも、その先には未来が予感されていた。
「やっぱり、こうじゃないとね、お兄ちゃん」
「そうか?」
そんな光景を見ながら俺たちは話す。
「じゃあ、行こうか!次こそすべてを解決するために!」
「次で解決するのか?」
「そこは、ほら~ノリで!」
「はあ」
「ほーら、ため息ついてないで!」
「そうですよ、オーマ。ため息つくぐらいならキスして下さい」
そんなことを言うヒメに遠慮する理由は無い。
「なら・・・・こっちこい」
「はい!」
「・・・ん」
ヒメの唇にキスをする。
「ん―――えへー。いってらっしゃいのちゅーです・・・」
「どうせすぐに、ただいまになるだろ?」
「ならすぐにもう一回できますね。お得です」
「得も何も、したいときにすればいい」
「そんなこと言って、いいんですか?遠慮しませんよ?」
「構わない。俺もそうする」
言い終わる前にヒメを抱き寄せ、再び口づけする。
「はにゃ・・・・」
「やれやれ・・・」
シロが満腹といった表情で呆れる。
「で、では、最終確認です。次の世界は、ともかく、もしまた別の世界に行くことになった時、オーマの最初の目標は何ですか?」
「ヒメを攻略すること。大丈夫だ、もう間違えないから」
「絶対です」
「ああ・・・。じゃあ、またな。ヒメ」
「はい、また、後で」
ヒメの額に手をかざし、記憶を奪う。
――――
「・・・・・・・・」
記憶を失い、倒れるヒメを受け止め、同じく一部記憶を失ってしまっているアーリアに任せる。
最後とばかりに記憶を失ったアーリアを存分に可愛がっておいた。それでも、この世界がどうなるか分からない以上、心は晴れない。
「いってらっしゃい。魔王様」
「ああ、行ってくる」
それでも、アーリアは笑顔で送り出してくれる。家族全員が俺たちにすべてを任せてくれた。
だからこそ、絶対に守ってみせる。
「お兄ちゃん、シャルに会いに行こう?」
その場を後にしてすぐにシロが言い出した。
「ん?」
「また、『真・魔王の角』を作ってもらわないと、ぼくの魔力が無いままだから」
「でも『魔王の角』はヒメにやったままだぞ」
「うん、だから、ここで折っちゃおう」
「はあ!?」
「大丈夫大丈夫、どうせまた生えるって」
「生えねーよ!」
「あ、間違えた。また戻るって。時間が戻れば」
「本当だろうな、それ?」
確かに斬り飛ばされた右腕はもとに戻っていたが・・・。
「てか、そもそもあいつ、今どこにいるんだ?」
「さあ・・・?」
今回全く見かけることのなかった魔球少女。
シャルの魔力なら少し探れば居場所はわかる。
その姿は、リアン城下町の人混みと共にあった。どうやらどこかで魔族に倒されていたらしい。四天王のだれかにだろう。
心なしか気が抜けたようにとぼとぼ歩くシャルを呼び止める。
そして怯えるシャルを満面の笑みで和ませ、『魔王の角』で釣り、都合よく揃っていた材料を要求される前に渡し、夜を徹してようやく完成した『真・魔王の角』の魔力をシロに与える。
別れ際、シャルは俺の正体に魔王とあたりをつけた上で、何故かイーガルの居所を聞いてきた。復讐でもするのだろうか。とりあえず魔族領に帰ったと伝えると、儚げに「そうっすか」とだけ言った。
これはもしかすると、もしかするのだろうか。親としては見過ごせない。だが残念ながら俺には見届ける時間がない。
やむなく、アーリア経由で『シャルと会うように』という絶対命令をイーガルに託す。後は悪く転ばないよう、祈るばかりだ。
ちなみに既に勇者ユーシアが誕生している。ヒメを人質に取られたことになっているユーシアはその躊躇いの心をいじられ、最初からバーサーカーモードになっているらしい。
ようやく準備が整った。
そして、最後。誰の目にも留まらない場所で。
瞬間移動してすぐに、
オーマは背中から地に倒れた。
「なあ、シロ・・・別に聖剣で貫かなくても・・・死ぬだけでも、ちゃんと時間は戻るよな・・・」
「うん。そのはずだよ。今はぼくの持ち主だから。仕組みがわかるわけじゃないから確実にとは言えないけど」
隣に三角座りするシロが答える。
「はーやべ。全身が悲鳴あげてる。明日は筋肉痛だな」
「まったく・・・無茶し過ぎ。それにみんな気付いてたよ?お兄ちゃんが今にも死にそうだって」
「まじかー。ちゃんと隠せてたと思うんだけどな・・・」
「ううん。残念、ぼくが全部ばらしたから」
「・・・・・・男の意地を何だと思ってるんだ」
「そんなものぼくが捨てておくよ」
「・・・・・・・・・・」
実際にシロが、ヒメやアーリアにその事実を伝えたのは、作戦会議を終えてからだ。皆呆れたような顔をしつつも、既に気づいていたようだった。
もしかしたら余計なお世話だったかもしれない。
『死消滅来』
対象への死に至るダメージを消滅させ、安全地帯へと転送させる魔法。では、そのダメージはどこへ消えたのか。
・・・決まっている。全て・・・術者に。
術者の命を基準に考えるなら、まず議論の余地なく、禁呪である。
アーシェ、ヒメ、両者との戦いにおいてわざわざ封印を解いたのは、そうでもしなければ話にならないほど弱っていたから。
鬼となったヒメに敵わなかったのは、リアン、イースを滅ぼし、結果、既に死に体となっていたからかもしれない。
もともとオーマは死ぬつもりだった。だから問題は無かったのだが、しかし今回生き延びることになって、オーマの体力は持たなくなった。
必然、この世界で何か対策を取るということが出来なくなる。
まあ、自分でリアンやイースの人々を殺そうとしたり、殲滅命令を出したりと、同情の余地は全くないのだが。
他人の命の扱いに文句を言うくせに、自分の命を粗末に扱ってしまうオーマに、実はかなり怒っていた。誰とは言わないが、関係者すべてが。
「なあ・・・・・シロ・・・・」
「何?」
「絶対・・・・勝とうな・・・」
「うん」
それでも、最後にこの顔が出来るなら、許せてしまう・・・・ぼくは。そして、みんなも。
だから、最後はみんなの恨みをこめて。一つ、盛大に騙してやろう。これは僕の独断だ。
「・・・・・ばいばい、お兄ちゃん」
そんなシロの言葉を最後に。
また、この感覚。
自分がどこにいるのかも分からない。意識の世界。
意識の目を向ければ、物言わぬ塊と化した自らの体がある。
息絶えている俺の頭を撫でているシロ。何やってんだあいつは。
覚えのある光景に、つい、思い出したくもない、あの瞬間を思い出してしまう。
雨が降る、あの最後の・・・・
・・・・・・・あれ?
そして気づく。
なん・・・・・でだ?
何でヒメは・・・・・・あの時自殺して・・・・・・
生き返らなかったんだ?
 




