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第二十五話 待望


 俺の無駄に広いベッドに二人で隣り合う様に腰かけ、手を重ねる。聖剣は脇に立てかけてある。シロも眠っているようだし特に問題はないだろう。


「やっと二人きりになれました」


「そうだな」


「オーマが悪いんですよ?手間をかけさせて」


「魔王を攻略するのを手間程度で済ませるお前もお前だ」


「でも、オーマは攻略されてくれました」


「・・・・・・・お互い様だろ」


「そうですね」


 まさか、シロの助けがあったとはいえ、あの状況からこうなるとは思っていなかった。俺はどれだけ、ヒメの力を甘く見ていたのか。


「・・・・叱りたいことがたくさんあります。オーマはありますか?」


「ない・・・・。あーでも、強いて言うなら、やっぱりヒメはちょろすぎる」


「まだいいますか」


「いくらでも言う。俺がどれだけ不安に感じてると思ってる」


「・・・・・・・なら、さっさとオーマが落としてください。次の世界でも、どんな世界でも、オーマが私を真っ先に見つけてあっさり落としてください」


「良いのか?その世界のヒメにとったら、魔王にいきなり誘拐されたり迫られたりするんだが」


「良いんです。それでも絶対、私はオーマのことを好きになります。それがオーマのものになるってことなんです。だからオーマは私を一杯可愛がってください。それだけで嬉しくなっちゃいますから」


「・・・・・なんだ、その発言・・・・・。滅茶苦茶嬉しいんだが。何だそれ。べた惚れじゃないか」


「だから、そう言ってます。オーマは違うんですか?」


「違わない。俺もきっとどんな世界でも、ヒメを一目見たら惚れると思う」


 理由なんてない。俺達の出会いからしてそんなだったから。それは今のヒメでもきっと変わらないのだろう。


「なら、私もオーマを一杯可愛がります」


「そうか」


「そうです」


「ははっ」


「ふふ」


 思わず二人して笑ってしまった。




 しばらくして笑みも収まり、沈黙の中、俺たちは見つめ合う。



「―――てい」



――ぎゅうう



「ヒメ?」


 ヒメが抱き付いてきた。


「怒りたかったのに、今はただ可愛がってあげたいです」


「そっか、なら一つに絞ってさっさと済ませよう」


「それ、オーマが言うセリフじゃないです」


「ん、悪かった。じゃあヒメの気も済んだところで」


「え?今のは違いますよ?」


「愛してる、ヒメ」


「もう、オーマは」


 満更でもなさそうにそう言いヒメは、しずしずと俺の胸の中に移動し、背中を預けてくる。この形がヒメのお気に入りなのだろうか。


「でもだめです。一つ、聞かせてください。・・・・何で一番最初に私を頼ってくれなかったんですか?シロちゃんに話を聞いて、思い上がりでもなく、オーマは私を信頼していると思いました。今でもそうです。なのに、オーマは遠ざけることを選択した、その理由を聞かせてください」


 ヒメの顔が見えない。どんな顔をして、今この質問をしているのだろうか。


 回答は考えるまでもない。


「・・・・・・・ヒメが自殺したからだ」


「え?」


「俺がユーシアに殺された後、正気に戻ったヒメは自らを聖剣で貫いた。そして死んだ。その時、俺はうすうす感じていた。多分この先何度も、俺は死ぬことになると。その度にヒメが死ぬなんてこと、俺は許せなかった。ヒメが生きてさえいてくれるなら、ヒメと離れることになろうが構わないと思った」


「私・・・・死んだんですか?」


「ああ。シロに聞かなかったのか?まあ、ヒメを死なせないためにとやったその結果は全部失敗だったわけだけどな。むしろもっとひどい結果になっちまった」


「そうですね」


 正面を向いたまま、ヒメは素っ気なく相槌を打つ。


 この答えは気にくわなかったのだろうか。それでもこれは、自分でも驚くほどに本心だ。


 だから、これだけは言っておかなければならない。


「それでも、ヒメに死んでほしくない。ヒメのことが大切で仕方ないんだ。頼むから、もう・・・・・・・・・・死のうとなんてしないでくれ」


「それは・・・・・・無理です」


 そして、ヒメは淡々とした口調でそう否定した。


「へ・・・・?」


 予想外の言葉だった。まるで裏切られたかのようにまで感じる。当たり前だ。それは、俺の一番大切なものを否定する言葉だったから。


「だって、オーマは一番大事なことを忘れています」


「何だよ、何を忘れてるって――」


 自然言葉が沈むのを抑えられない。


「これは、私の言葉でもあり、多分・・・前の私の言葉でもあると・・・そう、受け取ってください」


 そう前置きしてヒメは口にする。


「オーマの傍にいられなかったら、私は死にます。これは常識です。もう、忘れないでください。オーマが死んだら意味ないです」


 顔をこちらに向けないまま、ヒメはそう言う。


「分かってる!それぐらい!だから俺はお前に嫌われようと!」


「・・・・では二つ目の間違いです。オーマ」


「なんだ?」


 言い分はある。だがとりあえず、ヒメの意見を聞くことにする。


「オーマが私に嫌われることと、オーマが死なないようにすること、どちらが難しいと思いますか?」


「は?・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」


「分かりますよね。あれだけちょろいって言いましたもんね」


「え・・・・・、いやいや、え?そういう話なのか?」


「そういう話です。私はあなたの人となりを知ればあなたを嫌いにならない。断言します」


「それは嬉しいんだが・・・」


「ではどうするべきだったか。簡単です。私と無関係を貫けば良かった。会わなければ、記憶を奪えば私がオーマの後を追うことはありません。ですが、それこそ間違いです。だってその選択肢は―――最初から、オーマが選んでませんよね?」


「え、」


「この世界に来て早々、真っ先に私に会いに来てくれたんですよね?無視すればいいのに。あるいは魔王が死んだことになった世界で、わざわざ、私に記憶を戻したんですよね?放置するべきなのに」


「いや、それは」


 反論できない。出来ないことはない。ユーシアもヒメも勇者にしないための行動だった。アーシェにさえ知られなければヒメに会ってもいい状況だった。でもそれはただの言い訳だ。


「オーマだって、私を死なせないためにはそれが一番手っ取り早い方法であることには気づいていた筈です。なのに―――」


 ヒメはそこで一拍置く。そして俺がベッドに投げ出していた手を持ち上げ自分を抱きしめさせるように移動させる。


「はっきりいいます。オーマは意識してかは知りませんが・・・・私からまったく離れようとしていません。結果オーマはちょろい私と近づき、好きにさせちゃいます。オーマの行動は最初から矛盾してるんですよ」


「あぁ・・・・」


「認めてください。私とオーマが離れ離れになるという結果を、一番嫌がっているのは・・・オーマなんですよ?」


「どうやら・・・・・そうらしいな」


 認めざるを得ない。いや、本当は自覚していた。ヒメに嫌われる決意をしておきながら、常に愛されることを期待している自分を。ヒメはただそれに応えてくているだけだ。


「そっか・・・俺が死ぬと・・・ヒメも死ぬのは・・・・・自然の摂理だったか・・・」


「はい」


 壮大な話になっても、さもそれが事実であるかのようにヒメは肯定する。


「・・・・・・ごほん。それでは、確認します。これからもオーマは時間を巻き戻ることになるかもしれません。その時、オーマの一番最初の目標は何ですか?」


 ヒメと敵対することがそもそもの間違いだったとして、なら俺の取るべき行動は・・・・。


「もう・・・・ヒメを攻略するしかないな」


「正解です。もう、間違えちゃ駄目ですよ?一緒に頑張りましょう」


「そうか、それが正解だったか」


「はい、オーマ、お説教はこれでおしまいです。では・・・いっぱい、可愛がってください」


 振り返り、そう言ったヒメに俺はただ見惚れることしかできなかった。


 また典型的な飴と鞭だ。


「あ、言い忘れてました。私も世界で一番あなたのことを愛しています」


「・・・・・・・・・・・・」


「顔、真っ赤ですよ?」


「うるさい」


 飴と飴だった。


 そう言えば今のヒメってドレスなんだよなーとか今更なことが頭を回っていた。







「くすぐったいです」


 ヒメの耳に触れる。


「お返しだ」


「何のですか?」


「今朝の」


「あれは・・・・・・・・・・・悲しい事故でした」


 ほう、事故で片付けようというのか。あれを。


「まあ、気にするな。これから存分にお返しするから」


「あの、オーマ?少し怖いです」


「大丈夫大丈夫。ほら力抜けって」


「うう、ひあ!?」


「ふむ、こっちのヒメも耳は弱いらしい」


「分析しないでください!」


 耳に触れるか触れないかの所を撫でると同時、さらさらと手の甲をかすめる金の髪が心地いい。


「ところでヒメは敬語のままなのか?俺がお前のものになったんだから、敬語を使う必要はないと思うんだが?」


「これは・・・・・直りません。もう、慣れちゃいました」


「なんだそりゃ」


「なら、オーマが敬語で話してください」


「いやだ」


「何で?」


「魔王が敬語を話す必要は無い」


「だめですよ?今の時代、どんな職業にも最低限の礼儀は必要です、ほら何事も挑戦です。私をご主人様だと思って」


 ご主人様ねえ・・・。


「ごほん・・・・・・本当によろしいのですか?お嬢様?そうしますと自然距離が開くこととなってしまいますが?」


「!!!?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱなし」


 何だ今の。自分でもびっくりするほどするっと出てきたんだが。気持ち悪っ!


「な、何でですか!今の良かったです!ちょっとどきっとしました―――」


「だ~ま~れ~」


「ちょっ、だめ!脇腹をくすぐるのは、ほんとにっ、ひゃん!」


「お、うりうり」


「やめ、ぁ・・・・うぅ、オーマ!おーまぁ!!」


 上気した顔で必死に俺の腕を掴んでくるヒメ。


「だめ、だか・・・・ら、・・・・・・・ぅん・・・・・ぁっ!」


 色っぽい声になってる。


 正直、たまらない。これ以上は歯止めが効かなくなる。


 ぱっと手を離す。


「はあ、はぁ、うう~、オーマのエッチ」


 するとヒメは息も絶え絶えにしなだれかかってきた。


「・・・・・・・・・・・・」


「そこで黙り込んじゃうんだ・・・・・」


「あ・・・・・・・・・いや・・・・・・」


「・・・・・私も反撃する」


 ヒメが反転して首下に抱き付いてくる。


「お、おい」


 そのままヒメは俺の首筋にキスして、潤んだ瞳で見上げてきた。


「少し恥ずかしいけど、オーマ、全部教えて?オーマとの間にあったこと覚えてないから、全部知りたい。オーマに満足してほしい・・・・」


「はは・・・・・・・まあ、ヒメは甘えてくるとき、そうやって敬語が取れてた」


「・・・・・え、あれ、ほんとだ」


「満足ってだけなら、ヒメといられるだけで十分だ。でも、俺ももっと知りたい。ヒメのこと全部。そして、俺のことも知ってほしい。だから、ヒメ―――」


「うん、オーマ」


 そして俺たちはどちらともなく顔を近付け合い、唇を重ねた。


 そして、一晩中、俺たちは何も考えず、ただ愛し合った。










 なんてことは無く、


「オーマ!大丈夫かの!」


 ・・・・・カリン。忘れていた。


 赤い着物の幼女は息を切らして俺の部屋の扉を開け放っていた。きっと死んだはずの俺を探しまわっていたのだろう。


「生きて、おるのか?」


「あ、ああ」


「良かったのじゃ~~~~」


 本心から安堵したのかへたり込むようにして床に座り込む。


「あ、オーマが誘拐してきた幼女・・・。やっぱりオーマは・・・」


「いや、だから母親だって」


「オーマの言うことは信じたいですが、こればかりは信じられません。どう見ても幼女です!」


 いや、まあ、そうなんだけど。


「カリン殿?息子殿は見つかりましたかな?・・・・・・・・ん?」


「・・・・・・父・・・・・様」


「げっ・・・・・」


 そして、その後ろから入ってきたクオウの姿にこの後起こる面倒くさい展開を予感して・・・・


「ヒメ・・・・・魔王・・・・そうか、カリン殿の息子とは・・・・」


 ん?


「魔王よ。ヒメのこと頼むぞ」


「え?あ、ああ、もちろん」


「父様?」


「では、カリン殿も、あまり邪魔しては悪い」


「う~~オーマが生きてたのじゃあ~~~~」


 そう言って号泣するカリンを引きずるようにして立ち去って行った。


「何だったんだ・・・?ていうか、あれ・・・本当にクオウか?」


「・・・・・・・まさか、父様も・・・・幼女好き・・・?」


「いや、それも無いと思うが」


 予想外の邪魔が入ったが、やめる理由にはならなかったらしい。





 翌朝。


 俺は、またヒメに襲われた。


 ただ違うのは、


「オーマー」


「なんだ?」


 それが、どうしようもなく、


「大好きー」


 どうしようもなく。





・・・・・・・・・・・言えるか、恥ずかしい。



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