第十九話 戦意喪失
距離を取って睨みあう、俺とヒメ達。
「・・・・・来い」
「断っておきますが・・・一対一ですよ?」
ヒメはこちらに向かって歩を進めながら言う。クオウもラルフも特に何もしない。そもそも調達できなかったのか武器すら持っていなかった。
だが凄まじい視線を向けて来ているクオウ。意識から追いやる。
「一人で勝てるつもりか?」
「はい・・・。あれです、オーマを倒すぐらい私一人で十分です」
言ってくれる。
「ならクオウたちが手を出してきたらお前の反則負けな」
「逆にあなたが父たちに手を出したらあなたの反則負けです」
クオウたちを正真正銘殺すという手もある。だが、それはさせないと、ヒメの目が言っていた。
「ああ、それでいい。なら――――」
「待ってください」
待てと言うくせに自分はずんずんと近づいてくる。
「今度は何だ」
「戦う方法を決めていません」
「は?戦うって・・・戦いだろ?」
「何を言ってるんですか?私の戦意は零です。今、ものすごく戦いたくないです」
「お前こそ何を言っているんだ!」
「一刻も早く決着をつけてあなたを抱きしめたいって言ってるんです!」
「言うな!バカ!」
何だよ、これは。緊張感も何もあったもんじゃない。
ここに至って殺し合いというわけにもいかない。この戦いの意味に沿えば。それはわかるが・・・。
「だから―――」
そしてヒメは俺の前で立ち止まる。
「制限時間以内に私があなたに触れることが出来たら私の勝ちってことで、どうですか?」
「俺は、瞬間移動できるがいいのか?」
「なら、この空間限定で」
「まあ・・・構わない」
「それで制限時間は?」
俺から聞くと、
「今日一日で・・・・」
「長っ!」
「冗談です。一時間でいいですか?」
「それも長いが・・・まあ、いいぞ?」
「なら決まりです。えい」
と、ヒメが本当に何気ない動作で手を伸ばしてきた。
「・・・・・・・・」
それを俺は無言で避けていた。
「残念」
「お前な・・・・」
「冗談です」
「冗談なら何でも許されると思うなよ・・・」
「なら、一杯怒ってください。負けた後で」
「・・・・・・・・・」
「では、始めましょう。アーシェちゃん?お願いします」
「・・・・・。」(こくん)
あとは開始の合図を待つばかり。その間に、
「ヒメ?」
「・・・・・何ですか?」
ヒメに話しかける。てか近い。さっき距離を取っとけばよかった。
「俺はヒメが好きだ」
「知ってます」
普通に受け流されてしまった。でも、耳が赤くなっているので良しとしよう。
「だから、俺が目指す目標の為に最善を尽くしたつもりだ。なのにそれは、お前によって水の泡だ。なあ、俺は間違っていたのか?」
「さあ、どうでしょう?私にもわかりません。一つ確かなのは私がとても不快な思いをしたということです」
「・・・・・・・・・・」
謝らない。今、謝るわけにはいかなかった。
「もう一つ確かなのは、最初からあなたが好きだって言って、私を抱きしめてくれたら、とても嬉しかったということです」
「抱きしめたら突き飛ばしたじゃないか」
「それでも、です」
「そうか、次は・・・・そうしよう」
「今からでも遅くないですよ?」
「・・・・・・・」
「オーマ?」
「ん?」
「大好きです」
「!!?」
「だから、受け止めてくださいね」
そうか、だからこそのこの距離か。
これは、恐ろしい罠だ。今ので逃げる気が99,9%消えてしまった。ヒメは最初から、捕まえる、ではなく、逃げさせない、自信があってこの勝負を提示したのだ。だが、大丈夫だ。俺の中にヒメを思う気持ちがある以上、ここで負けるわけにはいかないのだ。
あーでも、ヒメ、可愛いな・・・ちょっと頭を撫でるくらいならいいだろうか?
「頭撫でてくれたら喜んじゃいますよ?」
「・・・・・・・・・・」
そんな前哨戦を終え、とっくの昔に位置についてこちらに視線を送っていたアーシェにヒメがOKのサインを送る。
「・・・・・!」(ばっ)
そして、アーシェが腕を振り上げた。
その瞬間、ヒメがわずかな彼我の距離を埋めようとする。
だが、既にそこにオーマの姿は無かった。
「何で逃げちゃうんですか、バカー!」
「逃げるに決まってるだろ!バカ!」
ヒメから距離を開けて、オーマの姿があった。
「ここは抱きしめあって愛をささやくシーンです!」
「そんなもん後にしろ!」
「後にあるんですね!?」
ああもう、こいつは、何をとんちんかんなことを。
だが、同時に俺も、我慢の限界だった。
「ヒメ!」
「はい?」
俺は叫ぶ。ただひたすらに大声で力の限り。
頼むから―――俺にも言わせてくれ。
「俺も!お前のことが好きだよ!!!!大好きだ!!!!」
「へ?」
「ああ、そうだよ!その通りだよ!ヒメを抱きしめたい!頭撫でたい!可愛がりたい!そんな気持ちばっかり溢れて、ヒメが好きで好きで仕方ないわ!文句あるか!」
「ないです」
小さな花が咲いたようにヒメの表情が明るくなった。
「だから俺と、結婚してくれ!!!!!!!!!!!」
「は・・・・・・・はい」
俺のまさかのプロポーズにヒメは小声で、しかし確かに答えてくれた。
「・・・・・!!!」
耐え切れず瞬間移動で距離を詰め、ヒメを抱きしめる。ヒメの体が胸に収まる。
「ひゃ・・・・?あ、あの、オーマ?私、勝っちゃいますけど・・・良いんですか?」
戸惑う様にヒメが言う。
「・・・・・・言わせんな」
「ぁ・・・・・・・うん」
ヒメを強く強く、抱きしめる。もう、離したくない。ずっとこうしたかった。最初から、ずっとずっとずっと。未来がどれだけ辛くても、ヒメと一緒にいたかった。なのに俺は・・・・ばかだ。
「オーマ?・・・・苦しいですよ?・・・」
プロポーズを隠れ蓑にヒメに近づき記憶を奪う・・・・はずだった。
「・・・・・ごめん・・・・ごめんっ」
クールに笑って、卑怯な手だろうが勝ち誇るつもりだった。
なのに、口からこぼれるのは謝罪ばかり。
謝りながらも、腕は緩まない。
「オーマは悪い人です。後で一杯、お仕置きですからね?」
「ああ。・・・・・ああ」
腕も体もすべてが思い通りに動かない。
(なんだよ、なんなんだよ、これ・・・・)
でもそれでよかったのかもしれない。
一番言うことを聞かない、ぐちゃぐちゃになっているであろう顔を、見られずに済む。
「オーマ・・・・大好きです」
「俺も、大好きだ」
ヒメのその言葉に俺は敗れた。
「だが、悪い、これ以上一緒に居られない」
ヒメから体を離す。
「オーマ?」
ヒメが不安そうな顔をする。
だが、そんな顔をする必要はない。すぐに、終わるから。
―――ああ、そうだ。
「――――――――ぐふぉあっ!!!!」
俺の体が吹き飛ばされる。
「オーマ!!!?」
「わしの娘に何さらしとんじゃ貴様はぁーーーーー!!!!!!!」
「ク、クオウ様?空気を読むべきでは・・・?」
最後に張った策は大成功だったらしい。
「オーマ!?オーマ!!?」
吹き飛ばされた俺の下へ駆け寄り、声をかけてくれるヒメに。
完敗させられたヒメに。
「ヒメ・・・・お前の・・・反則負けな・・・」
一矢報いるのだった。
―――俺が、ヒメに、敵うわけがないんだ。
「・・・・・・・父様、ラルフ・・・?覚悟はできていますよね?」
そして空気が凍る。
「ひい!」
「私まで!?」
「馬に蹴られて死んでください!!!!!」
―――負けたことがこんなにも、嬉しいのだから。
「あのーオーマさん?大丈夫ですか?」
倒れている俺の下にアーシェとアルフレッドがやってくる。
「ああ、何とかな・・・」
「いろいろ話が違ってますけど大丈夫ですか?」
苦笑交じりに聞いてくる。分かりきったことを聞くなよな。
「さあな、まだ、何も解決していないが。これで良かったのかもしれない」
「・・・・・。」(すりすり)
「ああ、まあ、死なずに済んだみたいだ。これからもよろしくな。」
本当に嬉しそうに俺の手に額をこすりつけてくるアーシェの頭を撫でる。
まあ、でも殺されるとしたら、こいつになんだよな・・・・どうしよう。
今は聖剣を持っていないから、大丈夫だとは思うが。
ま、何とかなるか。
「あっ!オーマ!もう一人抱きしめないといけない子がいます!!」
クオウをコテンパンにしているヒメが、こちらに声を投げかけてくる。流石にラルフは狙われていない。
「は・・・?誰だ?」
思い浮かぶのはアーリアかカリンあたり。しかし、何故ここで?
「受け取ってください!」
そう言ってヒメはたった今、抜き身でクオウに斬りかかっていた聖剣をこちらに投げ渡した。
「ちょっ!おまっ!?」
慌てて軌道を見極め柄を掴もうとする。だがそれよりも早く、アーシェが掴み取ってしまった。
(ちょ!!!!!)
慌てて奪い取る。あぶねぇーーーー。洒落にならん・・・。
今は一時たりとも、アーシェに聖剣を、いや武器を持たせるわけにはいかない。
「・・・・・?」
だが、戦々恐々とする俺に、能天気な声がかかる。
「もー。そんなに心配しなくても大丈夫だって!だってああああは勇者じゃないもん」
「・・・・は?」
視線を聖剣から、正面に上げる。
そこにはかつて現れた、謎の少女の姿が。
「お兄ちゃんを助けるため、今ここに、満を持しての―――――ぼく・見・参!」
豪快なセリフと共にどや顔を見せつける少女・・・。
誰・・・・?




