第十八話 真実を目指して
「また、失敗しちゃったね」
「・・・・・・・・・・・・」
無言が返ってくる。
かつていぶかしみの視線を向けた目は、今は何も映さない。
「ごめんね、お兄ちゃん。次はきっと、もっと良くなると思うから」
「・・・・・・・・・・・」
「頑張るから」
「・・・・・・・・・・」
「だから、もう忘れよう?嫌なことは全部、無かったことにすればいいよ」
そんな彼の額に手を当てる。
終始無言のまま、お兄ちゃんは何も言わない。
「もう一度、お姉ちゃんを助けるために、頑張ろう?」
「・・・・・・・?」
そこで、初めて反応らしい反応が返ってくる。
「一緒にお姉ちゃんを助けよう?」
「・・・・・・・・・」
だが、またその瞳は虚ろを映し、物言わぬ人形となってしまった。
「・・・・・・・・いやだよ、こんなの、絶対に」
お兄ちゃんがすべてを諦めた世界。過去でもあり、未来でもあり、そして、現在でもある。
それでも諦めない。お兄ちゃんが教えてくれたから。
大切な家族を、愛する人を、一心に守る意志の強さを。
「・・・・・・・・だから」
それが残酷な行為であると知りながらも。
また、その大きな背中を押した。
意識が覚醒する。大して寝た気がしない。
何か夢を見ていた気がする。
どんな夢だったか、思い出せない。
相変わらずの暗闇の中、起き上がろうとして、片腕を引っ張られて起き上がれない。
どうせまたアーシェあたりが抱き付いて来たんだろうと思い、自由な方の手で炎を起こす。と、
「っ!?」
ヒメだった。ヒメが俺の腕に抱き付いていた。
むにゅんと服越しに形を変えるヒメの胸。
「・・・・・・なんで?」
「ん~。にゃあ~」
腕を引き抜こうとして抜けない。ヒメの力が強い。こんな時に発揮するな。
「おい、ヒメ、起きろ。抱き付く相手を間違えてるぞ」
炎を手から燭台に移し、空いた手で揺すって起こそうとして、
「んー!!」
――ばっ
「え?」
視界が・・・回った。
何だ、これは?
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「あの、なんか空気重くないですか?」
「気のせいだ」
「気のせいです」
「・・・・・。」(こくん)
「え~と、触れない方がいい感じですか」
「そうしてくれ」
「そうして下さい」
「・・・・・?」
「じゃあそうします」
そんな居心地の悪い中、向かうのだった。
まるで早送りでもしているかのように時間が過ぎていく。
「オーマさんの勝利です!」
その言葉にアーシェの首筋にぴとっと氷剣を当てる。
「・・・・・!」
冷たさにアーシェが飛び起きた。
その勢いに危うく傷つけてしまうところだった。
「つーわけで、俺の勝ちだ。文句はないな」
「あ・・・」
「・・・・・。」
アーシェにもヒメにも確認を取る。
「・・・・・。」(こくん)
そうだ・・・・思い出した。これは・・・実際にあった出来事。
また時間が戻ったのだ。あの時ではなく、今、この時に。
確かに俺は死んだ。そして、見た。俺が生き返り、ヒメとの再会を果たすところを。
あの、死後の感覚を漂いながら。
そう、俺はあの時死んでしまったのだ。
「次は私の番ですか?」
「お前がそのつもりならな。」
槍から剣へと戻った聖剣に視線をやる。ヒメが拾おうと思えば拾える位置だ。
「・・・・・・・。」
ヒメはためらいもなく聖剣を拾い―――
「あ、ちょっと待った」
「このタイミングで!?」
聖剣一歩手前でヒメは動きを止める。律儀だ。
「ちょっと作戦会議だ。アーシェ、アルフレッド、ちょっと来い」
「・・・・・。」(こくん)
「あ、はい」
「・・・・・・・。」
また、繰り返すのだろうか。
これは罰なのだろうか。
ヒメを騙した、その報い。
それでも・・・・俺のすることは変わらない。
俺は何度だってヒメを騙し、ヒメを救う。
たとえ俺が独り、この時間を繰り返すことになろうと、
俺の命で、家族を救えるのなら。
後の世界でヒメが笑えるのなら
「もう、良いんですか?」
「ああ。ばっちりだ」
「では、今度こそ」
ヒメが聖剣を拾い上げる。するとまるで心得ていたかの様に剣から刀へ形を変える。
「また、随分あっさりと使いこなしてくれるな」
「・・・・・・・。」
――スッ
右手に持った刀を持ち上げ、俺に向けるヒメ。
「どういうつもりだ?」
そしてヒメはこう宣言する。
「少し、外します」
そう・・・、少し、外します。・・・と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
その言葉を境に、急速に世界が色づいた。
どこか客観的だった意識が急速に体に戻ったのを実感する。
俺に聖剣を向けていたヒメが突然、刀をおろし、黙り込んだ。
そんなヒメに、俺はただ呆然とする。
そんな俺に構わず、ヒメは足早に玉の間を後にした。
どういう・・・・・ことだ?
ヒメの行動が変化した・・・?
何で・・・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ、何で?
玉の間を出て、話を聞かれないよう離れたヒメは、立ち止まり、虚空へと尋ねる。
「説明、してくれますよね」
「うん」
そこに現れたのは、かつてオーマの前にも姿を現した、つば広の帽子をかぶった純白のワンピース姿の少女。
「初めましてだね、お姉ちゃん」
そう、口にする少女。
「・・・・・・可愛い」
「そう?えへへ」
「ごほん。では、教えてください。あなたの言う、魔王の真実について」
聖剣を手にした途端、聞こえてきた声。突然現れた正体不明の少女。
何故そう思ったのかは自分でも分からない。ただ、この子の話を聞かなければならないと、そう、感じていた。
それに好都合でもあった。頭の中を渦巻く、疑念の正体を掴むきっかけになるのなら。
「まず初めに、お兄ちゃんとお姉ちゃんはラブラブだったんだよ!」
「・・・・・・・・・お兄ちゃんというのは・・・」
「うん!魔王、オーマ=サタン!」
「お姉ちゃんというのは・・・・」
「お姉ちゃん!」
ピッと少女はヒメを指さす。
最初からとんでもないことを言われた気がする。
「やっぱり・・・・そうですか」
「あ、納得しちゃうんだ」
なのにすんなりと受け入れられたのは、きっと、もう好きになっていたから。
それより気になるのは・・・
「それぐらいは予想していました。それで、その・・・・・・馴れ初めなどは・・・・?」
そう、出会い。出会いは大切だ。
「うん!それはね!お兄ちゃんがね!お姉ちゃんに一目惚れしてね!いきなり、お前が欲しいって―――」
少女は饒舌に語り始めた。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でね!お姉ちゃんもね!私もオーマのものになりたいって言ってね!」
「~~~~~~~!!!!」
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でもね、お姉ちゃんはお兄ちゃんを殺そうとするの。それが勇者の役目だから・・」
「そんな・・・・ぐす」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「遅い!遅すぎる!」
「どうしたんでしょうか?」
「・・・・・?」
俺たちは途方に暮れていた。ヒメが一向に帰ってこない。
仕方がないから魔王モードも封印済みだ。
「お待たせしました」
しばらくして、ヒメがようやく戻ってくる。かなり待たされた。今にも探しに行こうかと迷っていた。
「お前――――っ!?」
ヒメが玉の間に入ってきた途端、俺はとにかく抗議しようとして、しかし、続けられなかった。
「・・・・・なんっ!?」
ヒメのすっきりしたような顔にも驚いたが、それ以上に―――
―――見覚えのある二人が、ヒメに続くように入ってきたから。
威風堂々たるクオウとラルフの姿が。
俺のそんな反応を見て、ヒメはしてやったりと、口元に笑みを浮かべる。
そして、驚く俺に構わずに、ヒメは、俺に刀を再び突きつけ、
「私が勝ったら―――」
にっこりと、まぶしいほどの輝きと共に、太陽の笑みを浮かべ、
「私のものになってくださいね。オーマ」
そう言った。
何だ・・・・・これは?
一体何が起こっている?
ヒメに何が・・・・・・まさか記憶が?
いや、それもだがそれ以上に。
今のこの状況。
たった一つの切り札を・・・失ってしまった。
もう、この時点で、俺の目標は達成できないといっても過言ではない。
「くくっ、ははははは・・・」
笑いが漏れる、これが笑わずにいられようか。
「?」
本当に、何もかも、無茶苦茶だ。
「本当にお前はとんでもないことをしてくれるな」
それでも――
「諦めて降参してもいいですよ?その時はご褒美もあげます」
そんなヒメらしいヒメの言葉には答えずに、
「クオウたち、いや人族全てが生きていたとしても、俺が襲ったことは変わらない。分かっているはずだ。俺は魔王として、人族の敵として、もう取り返しのつかないところまで来ている。たとえお前がどう思おうと、お前らの民はそれを許さない」
「取り返しはつきます。私が・・・・取り返して見せます」
「・・・・ならヒメ、お前は俺を許せるのか?」
「許す?何を言っているんですか?」
「とぼけるな。俺は散々お前を苦しめてきた。お前の兄だって、いや、リアン国の全ての民が辛い思いをしてきた。その元凶だぞ?俺は。それをお前は許せるというのか?」
「オーマ、勘違いしないでください。許す許さないの話ではないです」
「何を・・・・?」
「オーマの『もの』になると、私はそう言った。そうですよね?」
「・・・・・それがどうした。お前には関係のない話だ」
以前の世界での話。この前持ち出しはしたがそもそも今のヒメには全く関与しない。
「女の子の覚悟、舐めないでください。そんな言葉、軽い気持ちで言えるわけないじゃないですか」
「・・・・・・・?」
「私はオーマの『もの』。だったら、記憶がなかろうが、世界が変わろうが、オーマに傷つけられようが、私は私のすべてを以てオーマの力になって見せます」
なのにヒメはそう言う。
「あなたの罪は私の罪です。だから、私はあなたと一緒に償います。だから、あなたはただ、私の傍にいてください」
「・・・・なら、今のお前の気持ちはどうなる。たとえ、過去、その事実があったとしても、今のお前の感情を無視していい理由にはならない」
そう言った俺に、ヒメは仕方ないなあと言った風に笑う。
「あなたがそれを言うんですか?私の感情お構いなしに私を守ろうとしてくれてるあなたが」
「違う・・・!俺は―――」
「オーマ」
俺の言葉を最後まで続けさせず、ヒメが優しく語り掛けてくる。
「っ!」
そこで、ようやく悟る。もう、何を言っても無駄なのだと。
ヒメはもうすべてを受け入れるつもりなのだと。
「なら!・・・なら勝って見せろ!話はそれからだ!」
「強情っぱりですね」
「・・・・・うるさい」
本当に何なんだよ・・・・・これは。




