第十七話 ノーマルエンド
聖剣が俺を貫く。
避けるつもりは無かった。
だから、当然の結果だ。
「・・・・・なんで、避けてくれないんですか」
ヒメのつぶやきが漏れる。
「わかっていました、きっとそうするだろう、って・・・・」
ヒメの声がぐずつき始める。
「嫌です・・・・こんなの・・・・」
ヒメの目から透明な雫が溢れる。
「・・・なに・・・を、泣く・・・?」
呼吸するのもしゃべるのもつらい。
「わかっちゃうんです。あなたの傍にいると・・・・。あなたが私のことどれだけ好きでいてくれるか・・・私のこと想ってくれているか・・・・」
それでも最後にヒメの声が聴けるならいいかもしれない。
「何であんなにも寂しそうな顔をするんですか。何であんなにも優しい目をするんですか。何でそんな・・・・・申し訳なさそうな顔するんですか・・・・」
「・・・・・・・」
「何でこんな一瞬で、私の心持ってちゃうんですか・・・・」
「・・・・・・・」
「本当に・・・・・、好きだったのに」
「・・・・・・・はは」
頬を熱いものが伝う。あれ、なんだよこれ。
「信じるしかないじゃないですか。好きな人が本当に命を懸けて作った道を、進まないわけには、いかないじゃないですか」
ああ、そうか。ヒメは・・・・・。
「だから・・・・・・これで・・・・・いいんですよね?」
「悪い・・・・・あり・・・・がと・・・・・な」
ヒメの額に手を当てる。
「え・・・?」
記憶を奪う。
「アー・・ェ、・・あと、頼・・・む。」
「・・・・・。」(こくん)
俺の魔王としての命と、残りの魔力を贄に禁呪が発動する。
これで、ヒメは悲しまない。全部、うまくいく。
大団円だろ?ヒメ。
魔王が死んだ。
その後、すぐに地下から大勢の人たちが現れた。
その人達が一様に言うには魔族に襲われ気がつけばここにいた、らしい。
国王様と再会した姫様は嬉しそうだった。
私でも見惚れてしまうような笑顔だと思う。
きっと、オーマはあれを見たかったのだろう。
ついこの前、オーマをさらっていった、真紅の輝きを放つ怪鳥が現れた。
悲鳴をあげる人、迎撃する人に構わず、オーマの亡骸をくわえて飛び去って行った。
なんとなく、その鳴き声は泣いているような気がした。
魔王城からの脱出後、
私たちは暗闇と雪、そして食料不足に進退窮まっていた。
そこへ、魔族からの使者が現れ、和平交渉してきた。
食料と、故郷への転移魔法陣をちらつかされ、
かつ、全滅の憂き目にあっていたリアン国の人々はこれ幸いと和平に応じた。
そうするしかなかった。
これも、オーマの筋書き通りなのだろう。
魔王軍から使者が来ることも教えられていた。
アーリア。
ただ、彼女のこちらを見る目は、とても和平に賛同しているとは思えなかった。
もし彼女が襲ってくれば和平が破たんする。
気を付けるべきかもしれない。
だが、それも杞憂だった。
後日、リアン国と魔王軍の間で勇者ああああの仲立ちによって和平が結ばれた。
彼女は魔王代理だった。
小さいのに偉いらしい。
拍子抜けするほど何もなかった。
魔王という最大の敵を屠ったリアン国。
トップを殺された魔王軍。
いつ激突してもおかしくない両軍が。
まるで、魔王だけが邪魔だったとでも言うかのように。
オーマがいなければ全て収まると言う様に。
何事もなく平和になった。
それがどうしても―――
―――許せなかった。
お墓をつくった。
オーマのものだ。
私たちの地方の風習に沿った石造りの墓だ。
何を供えようか迷って気づいた。
自分はオーマのことを何も知らない。
だから、姫様お手製のおにぎりを供える。
気に入ってくれるだろう。だいぶ前のだけど。
オーマが姫様のことを好きなことだけはわかったから。
姫様も、もうああああ、としか呼んでくれない。
また、アーシェ、と呼んでほしかった。
また、頭を撫でてもらいたかった。
また―――――
――魔王軍との和平と、ヒメのこと、よろしく頼む。
姫様に倒される前、オーマが言い残した言葉。敗北の枷。絶対命令に阻まれてオーマを止めることは出来なかった。
家族だって、言ってくれたのに。
きっとオーマは最初から死ぬつもりだった。それを止められなかったのは自分がただ、弱かったから。
私は、もっと強くなりたい。
強くなってみせる。
だから――――――見てて。オーマ。
アーシェが俺の墓の前から去っていくのをそばの木陰で見送った。勇者らしい装束に堂々と佩かれた聖剣。旅装だった今までとは見違えるようだ。
「これで良かったのかの」
「何が?」
隣に座る元不死鳥の質問に意味を尋ねる質問を返す。
「皆に会えなくなってしまったじゃろ」
「いいに決まってるだろ。アーリア達も皆生きてるし、ヒメも幸せになった。俺も生きてる。行き当たりばったりとは思えない最高の結果だ」
「泣きながら言われても、のう」
「泣いていない」
勇者誕生阻止、勇者打倒。
全てが失敗に終わった時の最終計画。
俺が死ぬこと。
あれほどおかしかったヒメが、俺が死んだ途端、戻った。それが計画の発端。
最初はアーシェに殺させるつもりだった。
アーリアの逃走計画に乗る形で俺一人が残り、アーシェと決戦。俺は敗北する。
あらかじめ俺が魔王城を出る前にアーリアに言い含めていた俺が死んだ後の対処。つまりは和平。ヒメの身柄やクオウ含めリアン国民の安全を盾にして行えばおそらくうまくいくはずだ。
だが問題が二つあった。
一つは魔王城にヒメも残ってしまったこと。
一つはアーシェが俺を殺す覚悟全くなしに魔王城へ来たこと。
作戦の変更を余儀なくされた。
そのため、仕方なく断腸の思いでヒメに殺させることにした。
力を返し、地下を見せ俺への憎しみを増大させる。たとえ、ヒメの中に好意が生まれてくれていようと、家族を大切にするヒメならそちらを選択するはずだった。
なのに、ヒメはそれを見抜いた。
だから、嘘を吐いた。俺を殺さなければクオウたちが生き返らない、と。
そもそもクオウたちは死んでいなかった。そもそも俺は死んだものを生き返らせることなんてできない。
確かに、魔王としての力を使い、大陸中に結界を張った。だが、それによって起こるのは単なる転送魔法。死に至るほどのダメージを受けたとき魔王城の地下へ送られるようにしてあった。ダメージ自体は術で打ち消して。
『黄泉の骸』など存在せず『死消滅来』が本来の術名。それでも俺の魔力がなければできない大魔法であることには変わりないが。
だから、もうあの時点で俺が牢の封印を解くだけでクオウたちは解放される。
つまり死ぬ必要は無かった。といえば事実でもあり虚偽でもある。
勇者の目から逃げるためには俺は一度、死ぬ必要があった。
まあ、それで逃げられるかは分からなかったが。
俺が死んで封印が解ける。だから他の者にとっては事実に映っただろう。
結果として、ヒメの振るった聖剣によって、俺は死に、あいつらは解放された。
だが、同時にヒメとの死なないという約束も果たした。
カリンの存在。
リアン城へは送らずに魔王城の一室で待機させていた。
不死鳥という特性はそれを放棄することで、一度だけ他者にその恩恵を授けられる。
一度きりの魔王側の反則技だ。
つまり、カリンは自分の不死の特性を失ってまで俺の命を復活させた。
前回と、前々回はほったらかしだったくせに。
そして、アーリアとアーシェが俺の意志を継いで成就させてくれたところを見届けた。
大陸のどこか
大地を歩く。
腹が痛い。あのおにぎりは何だったのか。何となくヒメの料理を思い出す。
「ふふん。時間はたっぷりあるのじゃ。存分に親孝行してくれなのじゃ」
「悪い、それ、無理だ。これで勘弁してくれ」
ぞんざいに伸ばした手でその頭を撫でる。
「おおおお?」
変な声を出しながらカリンが疑問を呈す。
「野暮用があってな。しばらく帰らない」
「?」
「分かってると思うが俺が生きていることは誰にも言うなよ?」
「うむ、わかったのじゃ。達者でな」
「ああ。じゃあな」
そして、オーマは姿を消した。
そして現れるはヒメの私室。
「魔王・・・・・・」
「よっ」
「・・・・・結局あなたは何がしたかったんですか?皆生きてましたし・・・」
「ああ、ヒメに会いたくなってな」
「魔王が気軽に私の部屋に入ってこないでください」
「そう言うなよ。それに、伝えておきたくてな。約束は果たしたぞ、って」
「約束?」
ヒメはもうすべてを忘れている。クオウたちの死を知る所まで。
だが、力を返還したように、記憶もまた、返還できる。奪うとはそういうことだ。
だから―――
ヒメの額に手を当てる。何故かヒメはおとなしく受け入れた。
「・・・・・・・・」
「思い出したか?」
「・・・・・・・それで、何の用ですか?」
あれ、思ってた反応と違う。
もっと感動のあまり抱き付いてくるかと思ったのに。
そう、残念に思いかけて、考え直す。ヒメの手が震えていたから。
「言っただろ。お前を攫いに来た。好きだヒメ。俺と一緒に来てくれ」
「相変わらず自分勝手ですね」
「魔王だからな」
「いっぱい・・・・・・・言いたいことがあります」
「ああ」
ヒメを抱き寄せる。
「でも、今は・・・・・生きてて、良かった・・・・・・・」
俺の胸に収まりながらヒメはつぶやく。
「ああ。でも、結局泣かせちまったみたいだな」
「泣いてないです」
「そうか?」
「はい。それに、これは嬉し泣きですから」
「泣いてるんじゃねえか」
本当に、このお姫様は。
「もう、離しちゃダメですよ?」
「ああ。絶対に」
なんかいい感じにまとまってしまった。
「・・・・・・・お兄ちゃんのば~か」
だが、これではだめなのだ。これではお兄ちゃん達が死んでしまう。
つまり、失敗した。今の魔力ではこれが限界かもしれない。
それでも。
「よーし次も頑張るぞ~、おーーー!!!」
諦めるわけにはいかない。
そして、世界は崩壊した。




