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第十六話 己が死よりも


 そして残るのはヒメ一人。


「・・・・・。」


「アーシェちゃん、負けちゃったんですね」


「・・・・・。」


 アーシェがしょぼんとしている。


「悪いがアーシェを責めないでやってくれ。もう俺の部下なんでな」


 ぽんぽんとアーシェの頭をこれ見よがしに親しげに叩く。手下になった以上俺の大切な仲間だ。


「いえ、そのつもりはないです」


「・・・・・。」




「次は私の番ですか?」


「お前がそのつもりならな」


 アーシェの手から離れ、槍から剣へと戻った聖剣に視線をやる。ヒメが拾おうと思えば拾える位置だ。


「・・・・・・・。」


 ヒメはためらいもなく聖剣を拾い―――


「あ、ちょっと待った」


「このタイミングで!?」


 聖剣一歩手前でヒメは動きを止める。律儀だ。


「ちょっと作戦会議だ。アーシェ、アルフレッド、ちょっと来い」


「・・・・・。」(こくん)


「あ、はい」


「・・・・・・・。」


 俺たちはヒメを置いて玉の間を抜け出した。


 もう、なりふり構ってはいられない。






「もう、良いんですか?」


 戻ってきた俺たちにヒメのぶっきらぼうな声がかかる。相変わらず拗ねると面白い顔するな。


「ああ。ばっちりだ」


「では、今度こそ」


 ヒメが聖剣を拾い上げる。するとまるで心得ていたかの様に剣から刀へ形を変える。


 今まで拾わずに待っていたのか。律儀だ。


 それにしても、


「また、随分あっさりと使いこなしてくれるな」


 アーシェは使い方を把握していなかったようだが、ヒメは違うのだろうか。


「・・・・・・・。」



――スッ



 そんな俺の言葉を無視して、右手に持った刀を持ち上げ、俺に向けるヒメ。


「どういうつもりだ?」


「私があなたを殺します」



 それが合図だったと言わんばかりに、強く地を踏みしめたヒメがドレスを翻し、一瞬で俺に迫る。


 相変わらずその鋭さには目をみはるものがある。


 そして、振るわれた刃は俺の首筋へ吸い込まれる―――



 かと思いきや、直前でぴたりと静止した。



「・・・・どういうつもりだ」


 首筋に当てられた刃に構わず、ヒメを見下ろし睨む。


「そちらこそ、どういうつもりですか」


「・・・・・・。」


 そこにあったのは俺へとはっきり宣言してまで攻撃してきたヒメと、それをわかった上で動かない、俺。それが意味するところは。

 簡単だ。俺はヒメに殺されようとしていた。不本意ではある。だが、アーシェに俺を倒させることも失敗した以上、これしか思いつかなかった。

 仲間になったアーシェに俺を殺させるわけにも、そう命令するわけにもいかない。


 苦渋の決断だった。


 ちなみにさっきアーシェ達と魔王城から出ようともしたがやはり、


――ここで逃げるわけにはいかない。


 と、言われてしまった。


 それがなければ俺は逃げていただろうか?どうだろう、分からない。


 それに―――だけは、したくなかった。



「忘れたのか?お前の攻撃は一度、俺に全く効かなかった」


「でも、この聖剣は違う。足の傷が証拠です」


「・・・・・・。」


「私があなたを殺す―――そう言って、欲しいんですよね」


「・・・・・・。」


 そしてヒメは、そのことに勘づいていた。



「そんなこと―――」



 ヒメは刀をいつの間にか現れていた鞘に納める。



「真っ平御免です」



 ヒメが向けるのはただただ真剣な眼差し。


「・・・・・・家族のことはいいのか?」


「いいわけないです。でも、あなたの思い通りに動くのもいやです」


「・・・・・・。」


 意外と意地っ張りだったらしい。少し、勘違いをしていた。


 どう、展開を持っていこうか頭を回転させる。


「一つ、教えてもらいたいことがあります」


「・・・・・何だ?」


 そんな中出された質問を俺はあっさりと受け入れてしまった。


「私とあなたは―――」




「――両想いでしたか?」




「――――っ!!」





 唐突な問いについ大きな反応を返してしまった。今からでも遅くはないと努めて平静を装う。


「・・・・何のつもりでそんなことを聞くのか知らんが、俺の勝手な妄想で両想いだったことにされて、お前はそれを信じるのか?」


「それは私が決めます。あなたが気にする必要はありません。それで答えはどちらですか?私はあなたのことを好きでしたか?それとも、あなたの片想いですか?」


 ヒメの問いかけ。ヒメが以前の世界について知っているとは思えない。なら、この質問は何なのか。

 それでも答えは決まっている。両想いだったなどと言おうものなら、ヒメに余計な戸惑いを与えかねない。だからこそ俺は言うべきなのだ片想いにすぎなかったと。


「・・・・・俺の・・かた・・・・」


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「俺の・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「か・・・・・」


「・・・・・・。」


「片想いだっ・・・・・!!!!!」


「両想いだったんですね」


「人の話を聞け!」


 人が万感の思いを振り切って吐いた迫真の嘘だというのに!


「まあ、どっちでもいいんです。重要なのは私の知らない何かがあったということ。今の反応も含めて確信が持てました」


 何だそれは、人の努力を返せ。




「あなたは私の知らない時間、あるいは世界で、私と深い関係にあった、ですよね?」


「・・・・・・・」


「その上で私の言いたいことは変わりません」


「・・・・・何だよ」


「あなたの行為はぜんぶひっくるめて、大きなお世話です」


 また、ヒメの真っ直ぐな視線。この目に弱い。


「・・・・。」


「私は、大切な人の為を言い訳に、自分を傷つけて悲劇のヒーローぶるような人間が昔から大っ嫌いです!!!!」


 そしてヒメはそう言い放った。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「ユーシアのことじゃねーか!」


「やっぱり・・・・わかるんですね」


「だいたい、俺は別に自分を傷つけてはいない」


「私に嫌いと言われるたびに途轍もなく悲しそうな顔してよく言いますね」


「まじ・・・・・で?」


「捨てられた子犬の様でした」


「え?嘘だろ?」


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


 完璧なポーカーフェイスだったよな?


 アーシェやアルフレッドが興味津々な瞳を向けてくる。やめろそんな目を向けるな。





「兄のことを知っていたなら、私の望みもわかって欲しかったです」


「望み?」


「はい。・・・・私はただ、傍にいてほしかった。好きな人と一緒にいられれば、それだけで良かった」


 そう言って、鞘に納められた聖剣をぐいと差し出してくる。


 俺に差し出すような動きに、俺はもう一度聞く。


「何の真似だ」


「私はあなたを殺しません」


 勝手にヒメが俺のことを好きだったと決めつけているのはもういい。事実だ。


「それだと、クオウたちは助からないぞ?」


「それも含めての交渉です。もう、こんなことはやめてください」


 きっとこれが、ヒメの最後の譲歩。これを受け取ればきっと、ヒメは本当に今までのことを水に流すのだろう。


「私じゃ、だめですか?私のこと、信じられませんか?」


 だが、違うんだヒメ。俺とお前が交わった先に未来はない。俺と、お前が和解するだけじゃ何も変わらない。


 それにな、ヒメ。



 お前は交渉には向かない。



「・・・・・それが、いずれ奪われるとしてもか?」


「そうです。少なくともこんな風にいがみあうよりはずっと良かった!力を合わせて戦おうって言ってくれれば良かった!」


 俺がようやく返した言葉にヒメは必死に答えてくる。


「俺だってそうしたかった」


「なら、してください!」


「なら、・・・・ならっ!なんで死んだ!!!!!!!!!!」


「え・・・・?―――っ!?」


 差し出されていた聖剣を払いのけて氷剣を振りかぶる。ヒメは咄嗟に鞘ごと聖剣でそれを受け止めた。


「お前にだけは死なれたくなかった!なのに!」


 続けて剣を振るう。


 死ぬのが俺だけなら、俺はいくらでもヒメと共にいられた。家族こそ助けようとするが、俺一人の命くらい、懸けることにためらいは無かった。


「っ!!・・・・なら、あなたが死ぬのは良いんですか!?あなたが好きだったことを知らない私を残して!?それまでの関係を零にして!」


「ああ、そうだ!俺とお前の関係は無かった方が良かった!」


 俺が再び繰り出した一撃をヒメはまた、受け止める。


「っ!!そんなのあなたの一方的な考えです!」


 振り下ろし、斬り上げ、斬り払い。


 俺の力任せの攻撃を何度も何度もヒメは捌く。


「お前は勘違いしてるんだよ!」


「何がですか!?」


「俺はお前の為にこんなことをしている訳じゃない!」


「嘘です!」


「確かに俺と以前のヒメとは好き合っていたかもしれない。だがそれでもあの時!お前は、俺を殺そうとした!」


「・・・・・・!」


「お前は最後の最後で俺の思い通りにならなかった。だから逆に殺した!俺が!」


「・・・・ころ・・・した?」


 動揺するヒメを、剣戟と共に言葉で追撃する。


「今の状況にお前が望むものは一つでもあるか!?」


「それは・・・っ。」


「無いよな。当然だ。俺はただ殺されたくなかっただけだ!お前の考えなんて関係ない!自分勝手な俺の独り相撲だ!お前が勘ぐる必要なんてない!」


「なら、なんで・・・・。なんで私に殺されようとしているんですか!」


「ぐっ」


 剣を一方的に振るっていた俺に、そこで初めてヒメは反撃を返す。鋭い一撃が俺の氷剣を叩く。


「それが勘違いだって、いってるだろ!!!俺は死のうとなんかしていない!」


 がき、と剣と刀が鈍い音を立てる。穴が開いている足が悲鳴をあげた。


「なら生きればいいじゃないですか!皆を踏み台にして、私を見捨てて、生きればいいじゃないですか!!!」


「そんなこと―――出来るわけないだろ!!!お前が死んだ世界に何の意味がある!!!?」


 だが無視する。ヒメとの剣舞に、傷を気にしている余裕はない。


「なら同じじゃないですか!!私だって大切な人が死んで得られる平和なんていりません!だから一緒にいようって言ってるんです!それを何で邪魔するんですか!?」


「ならクオウたちはどうする!あいつらだってお前の大切な人だろうが!」


 また、俺が氷剣を振るう。


「っ!!あなたが何とかしてください!あなたの撒いた種です!」


 ヒメが斬り返す。先ほどより勢いが増している。


「だから、用意しただろう!俺を殺せば丸く収まる!」


「そんなの認めないっていってるんです!」


 最早、ただの斬り合いと化していた。


「なら、どうすれば!どうすればお前は!俺は!死なずに済んだんだよ!?」


「それを一緒に考えるんです!」


「ぐっ!それ以外に方法は無いんだよ!」


「決めつけないでください!絶対にあります!」


 ちがう、そうじゃない。確かに、他の可能性はあったかもしれない。


 だが、今はもうない。俺が潰した。


「お前は死んだ人間が簡単に生き返ると思っているのか!?そんなわけないだろ!」


「え・・・・」


「お前は!あれだけの人間が何の代償もなしに生き返ると!本気でそう思っているのか・・・!?」


「!!!」


 力が弱まった。ヒメの手から聖剣を弾き飛ばす。甲高い音を立てながら聖剣が地面を滑る。


「はあ・・・・はあ・・・・はーーーー」


 それを境に俺は口調を落ち着ける。俺が一方的に疲弊しているのは何故だろうか。


「あれだけの人数を蘇らせるには、それだけの生贄がいる。もう、俺しかその生贄は務まらない。それとも、人族全てを生き返らせるために魔族を殺し尽くすつもりか?」


「そんな・・・・」


 聖剣を追うこともせずヒメは立ち尽くす。


 俺に譲れないものがあるように、ヒメにだって譲れないものがある。


 刀は抜かせた。後はその刃を俺に向ける決意を固めさせればいい。


「分かるだろ、ヒメ。お前の望む未来はもう、俺を殺した先にしかないんだ」


「何で・・・・そんなことを。何で・・・・、そこまでするんですか。」


 ヒメの声が震える。


 今のヒメにとっては他人事でしかない。なのに何故そこまで自分のことのように語るのか。


「何で、手を伸ばしてくれないんですか!なんで一人で解決しようとするんですか!?何で、自分を犠牲にしようなんて結論になるんですか!」


「・・・・・・・・・・・・・」


「いいじゃないですか。失敗したら、またやり直せば。一緒に一番の道を探せば。あなたにはそれが出来るはずです!何でそれじゃ・・・・だめ・・なんですか・・・・?」


 やり直す。時間が巻き戻り、全て無かったことになる。この現象は一体何なのか。分からない以上、この先何度でも起こる、そんな保証はない。


 それに何より、たとえやり直せるとしても、もう二度とヒメが死ぬところを見たくないから。たとえそれが今、ヒメを泣かせることになっても。


 葛藤するように俯くヒメが絞り出した問いを、


「今も、地下のあの状態を続けるために俺の魔力は消費され続けている。もつのは今日までだ。それが過ぎたらどうなるかは、わかっているよな。」


 俺は無視する。


「・・・・。」


「もう、わかっただろ。選ぶのは俺じゃない。お前だ。俺はもう、俺の望む世界を作り上げた。そのせいで、お前の大切なやつらが死んだ。そこにお前の望む世界がないなら力づくで変えるしかないんだよ」


「・・・・・・。」


「単純なことだ。お前にとって一番大事のなのは、俺か?違うだろ。城のやつらだろ?お前のことを今まで見守ってくれていたやつらのことが大好きなんだろ?」


「そう、です。私は皆が大好きだから」


「ああ。」


 ヒメは聖剣の方へ向かう。


「本当に、これしか、皆を生き返らせる方法は無いんですね」


「ああ」


「もう、本当に、何を言っても変わってくれないんですね」


「ああ」


 そして再び、ヒメは俺の命を奪える唯一の武器を拾い、構えた。


 本当に、ヒメは、魔王の言葉を簡単に信じ過ぎる。信じてくれる。だから、俺は。


「分かりました」


「ああ」


 それでいい。ヒメがそれをどれだけ大切に思っているかを知っているから。


 今のヒメが俺とそれを天秤にかければそちらを取ることはわかっていたから。


「もう一つ、最後に聞かせてください」



「何だ?」


「もし、私があなたの為に死のうとしていたらどうしますか?」


「絶対に、何が何でも止める。」


「なのに、私には逆のことをやらせるんですね」


「ああ」


「最悪です」


「魔王だからな」


「なら―――」



「―――私がいま自決したら、どんな反応をするんでしょうね?」



「!!?!?」


 ヒメが聖剣を逆手に持つ。そして腕を伸ばし、そのまま引こうとする。


 可能性は低かった。無いと思っていた。それでも、警戒はしていた。だから止められる。止められるはずだった。


 瞬間移動でヒメの前に移動し、ヒメの手から聖剣を叩き落とそうとして、出来なかった。



 聖剣がヒメの手から既に離れていたから。




「え・・・・?」


 ぽすっと胸にヒメが飛び込んできた。


 ヒメが俺を抱きしめていた。


「・・・・・・なん・・・・・で・・・・」


「・・・・・・・・・どうか・・・・死なないでください」


 俺の胸に顔をうずめたままヒメは何かを口にする。


「え?」


「私は皆を生き返らせるため仕方なく全力であなたを殺しますが、あなたは死にたくないんですよね」


「あ、ああ。」


「だから、生き延びてください」


「・・・・・何だよ、それ」


 思わず失笑してしまう。


「私も死にません、だから約束してください」


「・・・・・ああ。分かった。約束する。俺は生き延びてみせる」


 そして最後の嘘を吐き終える。


「ちゃんと避けてくれないと泣きますからね」


「なら、泣かせるわけにはいかないな」


「はい、だから―――」




「―――私の大切な皆の為に、死んでください」




 そんな矛盾と共に俺から離れたヒメは、自ら落とした聖剣を拾い――――




 泣きそうな顔で、聖剣を突き出した。






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