第十五話 雷光
久しぶりに擬似太陽を上げる。これが、合図になるはずだ。
ヒメは着替えるために別の部屋に移動した。アーシェは『魔王のTシャツ』で決戦に挑むらしい。人の服を何だと思ってるんだ。
ヒメは以前の純白のドレスを着て現れた。こっちはこっちで戦いには不向きな服装だった。というか、それで料理をするつもりなのか。
どうでもいいことではあるが一応説明すると、アルフレッドの服装は足すべてを覆う長いズボンに、シャツの上に真紅の鎧を着こんだ姿でよっぽど勇者らしかった。戦わないくせに。
そして、何を隠そう俺は全身魔王装備だ。『魔王の~』で固められている。いや、俺の装備なんだからそうなるのはわかるが・・・。
朝食を終える。幸い今回は気のせいの腹痛は無かった。いや、最初から腹痛なんてものは無かったが。
「で、体調は万全か?」
「・・・・・。」(こくん)
「そうか。じゃあ、行くぞ。」
食堂の席を立ち玉の間へ向かう。
「ああそれと、ヒメ」
「何ですか?」
むっとした表情を作り聞き返すヒメに、
「飯、美味かった」
「そうですか」
「ああ」
「・・・・・。」(こくん)
「ああああも、美味しかったって言ってます。僕も美味しかったです」
「それは良かったです」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「あの、なんか空気重くないですか?」
「気のせいだ」
「気のせいです」
「・・・・・。」(こくん)
「え~と、触れない方がいい感じですか」
「そうしてくれ」
「そうして下さい」
「・・・・・?」
「じゃあそうします」
そんな居心地の悪い中、向かうのだった。
魔王城 玉の間
「確認だ。まず、俺が勝てばアーシェは俺の手下になり、かつ、俺の要求を一つ聞く」
「・・・・・。」(こくん)
アーシェの後方で昨日いなかったアルフレッドが首をかしげているが気にしない。
「お前が勝てば、俺はずっとお前と共に行動する、そして地下に捕らえてある人族を生き返らせ、解放する」
「・・・・・。」(こくん)
「地下?・・・・生き返らせる?」
やっぱりアルフレッドが不思議そうにしているが気にしない。
ヒメもアーシェも説明する気がないのかだんまりだ。
「なら―――」
封印を解放する。
俺の体が黒い魔力に包まれる。
そして、次に現れたのは魔族の王たる者の姿。人族にとっての絶対なる悪。魔王オーマの姿。
「―――始めるか」
全力とは名ばかりの――
――俺が死ぬための戦いを。
「・・・・・。」(こくん)
聖剣(槍)を構えて頷くアーシェ。
「・・・・アルフレッド。開始の合図を」
だが、それでも、簡単に負けてやるつもりは無かった。
俺は師匠らしいからな。
「あ、はい」
俺の言葉にアルフレッドが前に出てくる。
「えっと、じゃあ、は、はじめ?」
――ブンッ
「くっ!?」
アルフレッドの気のない合図に一瞬呆けている間に眼前に迫っていた槍先を間一髪で避ける。変身していなければ一発退場しそうな連携だった。恐ろしい。
「・・・・・!」(ばちばち)
もちろんそれだけでは終わらず、突き出した槍を一瞬で引き、再び繰り出す。そのまま連撃につなぐ。
それに対し障壁を張りながら後退する。
――スッ
しかし雷撃の纏われた槍はその障壁をあっさり通り抜け、こちらに迫ってくる。
(魔王状態の障壁を破る・・・か)
「凍結せよ」
俺の言葉と同時、アーシェの周囲に現れた氷点下の水の牢獄が氷に変わる。
「・・・・・!」
だが、アーシェも慣れたもので、凍り付く前に正面の水壁に槍で穴をあける。
やはり、少し出鱈目が過ぎる。アーシェも確かに強くはなったが、今の俺の魔法を破れるものだろうか?
(いや、今は目の前のことに集中しろ)
「喰らい付け、水竜」
竜の形をした濁流が、前方へ進むしかないアーシェにぶつかる。
しかし、水竜はまるでアーシェを避けるように真っ二つに分かれる。俺の意志ではない。ただ、アーシェの持つ、その槍先を避けるように。
「・・・爆ぜろ」
アーシェの周囲の水、氷を瞬時に気体へと変える。体積の膨張による爆発。念の為、ヒメ、アルフレッドの周囲に障壁を張る。
「・・・・・!」
アーシェは高く飛び上がり下方に向かって槍を一振りする。たったそれだけで、アーシェの全身を襲うはずだった爆風はアーシェに届かなくなる。
(槍の先が結界の役割を果たしているのか?)
破魔の気ではない。だが、似たようなものか。あれは魔法、そしてその余波を寄せ付けない。魔力の多寡に関係なく。
俺なんかよりよっぽどふざけた力だ。
(だが、そろそろか)
「・・・・・。」
空中でアーシェは槍を構える。不死鳥の巣で投げたときと同じ態勢だ。槍を後方に引くようにしてこちらに視線を飛ばす。だが、
「・・・・・!」
ふらっと、アーシェの体が傾く。槍先だけが魔法を防ぐのなら、空気中を漂っていた麻痺毒には効かないだろう。
「奔れ、雷撃」
空中で態勢を崩し落下するアーシェに追撃を仕掛ける。
だが、
――ごくん
アーシェがアイテム袋から取り出した何かを飲む。するとアーシェの動きにキレが戻った。
そのまま、うまく着地して槍で円を描くように一回転する。
また、俺の魔法は届かない。
(解毒薬やら何やらを持っておけと注意してきた甲斐があったというものだ)
なんとなく感慨深いものがある。
それにしても、客観的に見れば勇者というのはとことん魔王の厚意を仇で返してくるらしい。
(くっ、あんなにぽんぽん罠にはまるから!!待ってる方の身にもなれよ!)
だが、これで確証が得られた。相も変わらず状態異常には弱いらしい。なら、今度は麻痺ではなく、眠りへと誘う不可視の霧を漂わせる。
「・・・・・!」(ばちばち)
アーシェが地を蹴り特攻を仕掛けてくる。防ぐことは出来ない。だから避ける。
ぶんと音を上げて高速で体ごと通り過ぎるアーシェ。だが避けたにもかかわらず背後から更に殺気が襲う。
回避の為、上空に瞬間移動して見下ろす。
俺がいた場所を貫き、通り過ぎたアーシェの姿。ばちばちと音を立て電気を迸らせた地面が焼け焦げている。
高速移動か。
だが、のんびり見ている暇もなく目の前に槍先が迫っていた。
「!?」
不可避のタイミングに脇腹をえぐられる。だが、咄嗟に身をひねったおかげか、辛うじて軽傷ですんだ。
「また投げたのかよ」
聖剣を。
見ればアーシェは手ぶらだ。チャンスだった。
天井に突き刺さった聖剣(槍)を引っこ抜く。これで俺の勝ちか?そう思いながら、アーシェを見て今までの勘違いを悟る。
アーシェの背後に浮かぶ槍、槍、槍。
空間を埋め尽くし壁を作るように並ぶ聖剣(槍)。
「反則だろ・・・・。」
何がとは言えないが、そんな気がした。
「・・・・・。」(ふるふる)
俺の言葉が聞こえたのか首を振った後、アーシェは手を胸の前に掲げ俺に向かって振った。
そして放たれる無数の槍。
真っ先に迫った槍を同じく俺が持つ聖剣(槍)で弾く。良かった。この聖剣自体は結界の影響は受けないらしい。だが不思議とあの多大な魔力を聖剣から感じない。本体ではないからか・・・・それとも。
魔力はただ身体強化に使い、迫る槍を聖剣(槍)で防ぎ続ける。
数の力で押し切るのは俺の得意分野だったのだが、これではいつもと逆だな。負けていられない。
姿を現す無数の俺の分身。
「・・・・・!」
分身は槍の逆雨の中に突っ込む。
大体は槍の効力を受けてか消えてしまう。だが、分身の内、何人かは槍の柄を掴むことに成功し自らの物とする。そして、いまだ放たれ続ける槍を防ぐ加勢に入る。
これ以上続ける意味はないと判断したのかアーシェは攻撃を止め、その手には聖剣(槍)が残る。
残念ながら俺たちが持つ槍も消えてしまった。
それにしても。随分相性がいいらしい。
鬼に金棒ならぬ魔王に聖剣(槍)。味方同士ならこれほど頼もしいこともないのだが。
「・・・・・!」
また地面を焦がして、空中にいる俺に雷光の如く突進するアーシェ。
それを瞬間移動で避ける。そして移動した後でその雷撃の槍に俺が貫かれる。分身の俺が。
閃光が奔るたびに残っていた分身が消えていく。右、左、後ろ、上、前、目まぐるしく奔る雷光がそのことごとくを貫いていった。
(空中を蹴っている?)
見れば雷光の軌跡の一部が、空中が、ばちばちと帯電していた。それをアーシェは踏み台にしている。
(随分強くなったもんだ)
こんな戦い方を俺は知らない。俺が離れていたわずかの間に一体何があったのか。
やがて、分身を全て消滅させたアーシェはやはり俺へと向かってくる。突きではなく斬り払い。力いっぱい振るわれた槍が、しなりながら俺を切り裂こうと迫る。
「ちっ」
軽く舌打ちしながら、右手に炎鉄剣を呼び出す。こちらに一直線に向かってくるアーシェに一矢報いようと振るうが、聖剣の槍先に溶けるように崩れ落ちる。
時間稼ぎにしかならないが逃げるため瞬間移動する。
想像通り目敏くこちらの移動先を見つけたアーシェが、また空中を蹴って駆ける。
こうなったら、短期間の連続瞬間移動で、何とかもたせるしかない。魔力消費と集中力が馬鹿にならないが。
そう覚悟を決めたところで。
「!!」
俺の体が硬直する。
(麻痺!?さっき脇腹に入った一撃か!)
雷撃を纏う槍。状態異常麻痺も想定しておくべきだった。だが、今更になって。
まずい。状態異常など一瞬で回復するが、このタイミングは。
「・・・・・。」
目前に迫った槍先。
「・・・・っ!」
だがぎりぎりで俺の作戦が成功する。聖剣(槍)が今にも俺を貫こうとしたとき、アーシェの体から力が抜ける。崩れ落ちる体。
しかし、それだけでは止まらない勢いのついたアーシェの体は一瞬で残りの距離を詰める。
そして、迫る聖剣(槍)。
アーシェの手からすっぽ抜けた槍が俺の太ももを貫いていった。
滅茶苦茶痛い。
ようやく、アーシェに催眠魔法が効いた。
状態異常はまだ効くとはいえ、耐性も上がっているらしい。
落下しようとするアーシェを動くようになった体で受け止め、共に地上に降りる。
戦闘の推移を見守っていたアルフレッドとヒメの目の前で、眠っているアーシェを横たえる。そして、その首筋に新たに氷剣を呼び出し、刃を触れない距離に近づける。
「アルフレッド?」
「あ、は、はいっ。オーマさんの勝利です!」
その言葉にアーシェの首筋にぴとっと氷剣を当てる。
「・・・・・!」
冷たさにアーシェが飛び起きた。
その勢いに危うく傷つけてしまうところだった。
「つーわけで、俺の勝ちだ。文句はないな」
「あ・・・」
「・・・・・。」
アーシェにもヒメにも確認を取る。
「・・・・・。」(こくん)
アーシェも流石に悔しそうにするかと思ったが相変わらずの無表情で負けを認めた。
勇者の攻略法はまだ見つからない。だが、命懸けの戦いでもなければ、ルールと勝敗の明確な決闘の中でなら勝つことは出来る。勝つのではなく勝ったように見せかけることで。
なんて、意気揚々と言いたかったのだが。
最後の一撃。あれだけの速度であればアーシェの力が抜けようが槍の方向はほとんど変化しない。つまり最初からアーシェは俺の脚を狙っていたことになる。
もし、頭や心臓を狙われていたら、穴が開いたのはそっちだっただろう。
そうでなくても麻痺さえなければ・・・。は、もう言っても仕方ないことか。
「・・・・・。」
アーシェはやはり何も言わなかった。
さて、勝ってしまった・・・・・・・・・・・どうしよう。




