第十二話 望外
「ヒメ、待てって!」
「・・・・・・・。」
「ヒメ!」
無視して進もうとするヒメを捕まえ、壁に押さえつける。
「・・・・何ですか?」
そんな俺をヒメは鋭く睨み返す。
「誤解だ。俺が好きなのはお前だけだ」
「ひぅっ!!!」
顔を赤くして俯く。
え、何その反応。
「・・・・お前、どうしたんだ?今日、なんか変だぞ」
朝から逃げ回っていたかと思ったら、まるで俺と話すのを恥ずかしがるみたいに。
「変じゃないです!放してください!」
ばっ、と押し付けていた腕を払われる。
「わ、悪い」
「・・・・・・。」
「・・・・・・えーと」
気まずい沈黙が流れる。やがて――
「何なんですか?」
「え?」
「何でそんなに私に構うんですか!」
ヒメがキレた。
「いや・・・」
「急にさらわれたかと思ったら、あんなこと言われたまま数日間放置!戻ってきたら戻ってきたでいきなり告白して、一途な夫面!?ふざけないでください!!」
「っ!!」
「私が憎んでるの知ってますよね!?今だって刀があれば今すぐあなたを刺してみせます!殺してみろ?正々堂々?そんなの私の力を奪って逃げておいて、よく言いますね!?」
「それはっ―――!」
「それは、何ですか?」
「ぐっ」
その通りだった。言われてようやく自覚する。俺の行動の矛盾に。どこか能天気になっていた自分の甘さに。
ヒメに胸を突き飛ばされる。全く痛くない。なのに、痛い。
思わず拳を握る。何も言い訳できない。全てヒメの言うとおりだった。
「また、だんまりですか。都合の悪い事は隠して、結局私を弄んでるだけじゃないですか!」
今、俺はどんな顔をしているだろうか。きっと悪い顔をしている。そう信じたい。これから言う言葉はヒメに拒絶されるための言葉だから。
「ヒメ、俺は―――」
「なのに・・・・なのに何でそんな人に私は好意を持ってるんですか!!」
俺の言葉を遮るように、紡がれたヒメの叫び。
「・・・・・・・・。」
・・・・・・・・。
「はい?」
「~~~~~~~っ!!!」
「は?え、いや・・・・今、なんて?」
「ええ、そうですよ!好きですよ!好きになっちゃってますよ!二目惚れですよ!悪いですか!?ねえ、悪いですか!!!?」
胸倉をつかまれてがっくんがっくん揺さぶられる。
ヒメが俺に好意を?ありえない・・・。
「どこに好意をもつ要素があった・・・」
俺はヒメが大切にしていたものを壊したのだから。
「それが分からないからむしゃくしゃしてるんじゃないですか!!」
「えー」
ヒメも戸惑っているらしい。だが、これだけ取り乱しているということが真実味を感じさせる。
「昨日まで魔王のことが憎くて憎くて仕方なかったのに、今日になったら何で氷解してるんですか!?いえ、わかってます、あなたが何かしたんです、そうとしか考えられない!私に昨日何をしたんですか!」
(昨日?昨日は・・・)
帰った直後にヒメに襲われ、その後ヒメが地下に入ったことを知って、その記憶を、奪って・・・寝かせて。
「あ・・・・。」
「あっ、て、やっぱり何かしたんですね!」
「いや、待て、違う。別に感情を操るようなことはしてない。ただ―――」
「ただ?」
地下での記憶を奪っただけだ。それが何故・・・・?
「何ですか!何したんですか!?」
ぐいぐい迫ってくるヒメを思考の脇において考える。
地下でのことを忘れた場合、昨日の俺たちの会話は―――
―――俺が戻ってきた途端ヒメに刺されて、
―――今度は俺が押し倒して、告白しただけ・・・
なんだ、告白しただけか。
それが好きになる理由だとは思えない。だが、恐ろしいことに、告白されただけで魔王という宿敵と恋仲になった奴を俺は知っている。
「・・・・そういうこと・・・・なのか?」
納得して、だが、やはり信じられない。
「何を一人で納得してるんですか、ちゃんと事情説明を―――」
「お前、覚えのない記憶があったりするか?前世みたいな、そんな感じの」
正直、一縷の望みではあった。それさえあれば――
「へ?・・・・・・・・ないです、けど?」
――無かった。
「なら、お前がちょろすぎるのが悪い」
もう、それでいい。
「へ?」
「ヒメ!」
「はへ!?」
思わず、抱きしめる。それが誰の為にもならないことが分かっているのに。
「すまない・・・・!まさかそこまでちょろいとは思ってなかったんだ」
――なでなで
「ちょ、ちょろい?何を謝っているんですか?違います、私別にちょろくないです」
「嘘だな。少なくとも俺が誰も傷つけずに最初に告白していたら受け入れていただろう」
「な、なにを、根拠に、そんな、ことを・・・」
ものすごく心当たりありそうな顔をしている。
「た、確かにあなたの顔や声は好みかもしれませんが、まさか、魔王を好きになるなんてことありません!あり得ないんです!!!」
なるほど、顔や声は好みと。大変喜ばしい。
「前提を忘れてませんか?私はあなたのことが大嫌いです!」
「そうかそうか」
もう、何だって受け流せる気がする。
――なでなで
「何、さっきから頭撫でてるんですか!?」
「何って・・・調教?」
アーリアいわく。
「~~~~~!!???!」
ヒメが抜け出そうとあがくが、本気で抜け出す気がないのか、それとも力がないのか拘束は外れない。
「こ、この魔王~~!!!!!」
「はいはい、仰せの通り魔王だよ。あー可愛すぎてやばい。好きだ~ヒメー。もう、嫁になっちゃえよ」
今の関係でまで、好きになってくれるなんて嬉しすぎるだろ。
「なるわけないでしょう!!!!!!唐突にでれでれして何ですか!!何なんですか!!」
存分にヒメを堪能する。ああ、荒んでいた心が洗われるようだ。
少しだけ、泣きそうになった。
「はあー、満足」
「この、悪魔!!!!」
「魔王だけどな。それはそうと―――」
撫でていた手を止めヒメにかざし、奪い取っていた力を返還する。
「え?」
「これは返しておく。これ以上卑怯者とは言われたくないしな。」
もうヒメを手玉にとれなくなることは残念だが。
体を離す。
「・・・・・・。」
手をにぎにぎするヒメ。
「戻ったのでしょうか?」
「そのはずだ。試しに思いっきり殴ってみればいい。」
「・・・・・・・・あなたを?」
俺かよ。まあ、それぐらいの、いや、それ以上の覚悟もしている。
「ああ。恨みつらみを拳にこめてな」
「徒手空拳は得意ではないのですが・・・・仕方ないです」
ヒメは俺の正面に立ち腰を下げ右こぶしを引いて構えを取る。
「はあーーー」
ヒメの手に魔力が宿っていく。居合ほどではないがこうも近くでやられると威圧感がある。
ヒメは魔力操作に優れている。少ない魔力を身体技術に合わせて的確に使うことで、その効力を最大限に上げている。
そしてヒメは足を目一杯踏み込み、引かれていた拳を振りぬく。
「ふっ!」
それを最後にヒメの姿が視界から消えた。いや、俺の姿がその場から消え去ったのか。気づけば壁を突き破って地面を数回バウンドしていた。やがて見えない壁にぶつかるようにして止まるまで。
「私の剣を生身で受けても無事だったのですから大丈夫とは思っていましたが、こうもけろっとされるとむかつきます」
「どうしろと言うんだ」
「痛みに転げまわってください」
「痛くもないのに?」
腹に響く鈍痛を強がって痛くないふりをする。
「もういいです」
確かにヒメの一撃は強力だったが、聖剣付きのヒメの剣技には比べるべくもなかったらしい。
「手加減してくれたんだろ?」
からかうように言うと、
「してません」
顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
もう、これ以上は危険だ。ヒメが俺を好きになってくれることは嬉しいが、それでは前回の二の舞になってしまう。
俺はヒメの敵でなければならない。俺が死んだとき、ヒメには笑ってもらわなければならない。
本来ならそれに適した態度を取っていればいいのに、好きだ好きだ連発して俺は阿呆か。
「なあ、ヒメ」
「何ですか」
「家族のことを忘れて俺と一緒にいることってできるか?」
「・・・・・それ、本気で言ってるんですか?」
「答えは、はい、か、うん、で」
「・・・・・いいえ」
「・・・そうか」
「・・・・・・・・」
「よっと」
「ひゃえ」
ヒメを背中とひざ裏で持ち上げ、胸に抱きかかえる。
向かうはヒメが一昨日入ってしまった地下。
「殴りますよ」
「お前の溢れんばかりの恋心の種明かししてやるから我慢しろ」
「溢れてません!」
その否定の仕方はいろいろ肯定してしまってるぞ。
その前にいったん玉の間に戻る。言われたまま大人しくアーシェは待っていた。
「ということでアーシェ。悪いが俺はヒメ一筋なんだ」
よく考えたらアーシェの前でヒメを抱きかかえているのはまずいかもしれない。なので先に宣言してみる。
「何言ってるんですか!?」
慌てるのはヒメばかりで、
「・・・・・。」(ふるふる)
「関係ないってお前」
アーシェは気にした様子もなく首を振る。
「・・・・・。」(こくん)
「なら、お姫様も含めて手に入れる、って勇者が無茶苦茶言ってるぞ。ヒメ」
「むしろ、何故会話が成立しているかの方が驚きです」
慣れだな。これでもまだ、五割程度だ。
「まあ、そのあたりは明日にするとして、ついて来い」
「・・・・・。」(こくん)
頷いたのを確認して踵を返すと。
――ばっ
「ぐっ」
アーシェが俺の首にぶら下がってきた。
「だえが、ぶあさがえといった」
「・・・・・。」
アーシェは無言を貫く。
「二股は自分の首を絞めることになるってことじゃないですか?」
「こんにゃお」
後ろにアーシェをぶら下げ、前にヒメを抱え、エントランス階段裏の地下への扉に向かった。
壁に大きく開けられた穴に誰も何も言うことなく通りすぎる。
――エントランス
「アうフえッドは・・・・いいか。」
別にいなくても。
一日も続かなかった封印を解除し、地下への階段を降りていった。
 




