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竜神の紋章(Ⅱ)

 蒼く長い髪。白い肌。その身にまとわれた薄汚れた布の服。女の子。

 魔族領。竜が棲む洞窟。その遥か地下。この祭壇。


 そこから導き出される結論は。


「生贄?」


 どこの村からか、さらわれて来たドラゴンの餌。あるいは村自ら差し出した生贄。


 助けないといけない。だがもし生贄や供物の類なら助け出すことでその村が襲われてしまうかもしれない。


(ああああならドラゴンを倒して解決するんだろうけど、僕にそんな力は無い。なら取りあえず助けてああああに伝えに行くことを優先・・・て、ここから出る方法が分からない)


 自分の無力さを歯噛みしつつふとあることに気付く。女の子の呼吸がない。いつの間にかその身から発せられていた淡い光も途絶えてしまっている。


「嘘っ!?」


 慌ててアルフレッドは丸くなって横たわる女の子の体を仰向けにし、その胸に耳を当てる。鼓動は―――聞こえなかった。


「あ・・・・・」


 それは死体だった。


「っ・・・・・」


 どこからともなく無力感が襲ってくる。目の前の女の子を救えなかった悲しみが―――


―――ぱ・・・・ち・・・・


 死体がゆっくりと目を開けた。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


 アルフレッドと死体の目が合う。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 合い続ける。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 死体の蒼い瞳が無感情にアルフレッドを見つめる。それにアルフレッドは何の反応も返せずに・・・。


「どわあ!!?!?!?!」


 否、驚いて勢いよく後ずさった。そして躓いて尻餅をつく。危うく祭壇を転がり落ちるところだった。


「い、いい生きて!?生きてるの!?」


「・・・・・。」(こく)


「そそ、そう・・・」


 死体では無かったらしい。焦って正確な判断が出来ていなかったのだろう。アルフレッドはほっと安堵する。


「・・・・ん」


 頷いた後、見ていると女の子は台座の上から降りようとしていた。が、覚束ない。台の縁に手をつき体を外に出そうとして、ずるっと手が滑る。そのまま体重をかけていた体ごと台の上から落ちそうになっていた。


「・・・・あぶな!!」


――ぼふ


 落ちた体は慌てて差し出されたアルフレッドの腕を下敷きにした。その小さな体はとても軽く、力のないアルフレッドでも余裕をもって抱えられるほどだった。


「いたい」


「あはは・・・」


 折角庇ったのに苦情を言われてアルフレッドは苦笑するしかない。


「ありがとう」


 しかしその後に付けられた感謝の言葉に少し驚くも、どういたしましてと返す。そのやり取りを経てアルフレッドはなんとなくその女の子に親しみを抱くのだった。




「それで君はどうしてここに?」


 腕から降りてアルフレッドの周囲をてくてくと歩き始めた女の子に尋ねる。未だにふらついてはアルフレッドにつかまる、を繰り返す。やがて体を動かすことに慣れてきたかのように危なっかしさはなくなってきていた。身長は男としては低めのアルフレッドより明らかに低い。ああああよりも低いだろうか。


「待ってた」


 生贄になるときが来るのを、だろうか。続きを想像して暗くなるアルフレッド。続きを聞くのをためらうが女の子はそれに構わなかった。


「ぱぱを」


「ぱぱ?」


 返ってきたものは意外にも穏当だったが、何故ここで待つ?と疑問に思うようなものだった。


「・・・・・。」(こく)


 女の子はアルフレッドの服のすそを掴み、その瞳をアルフレッドの視線と絡ませながら答える。


「来てくれた」


 そして心底安心したような表情を浮かべる。


「へ!?」


 ここには今、アルフレッドしかいない。つまりぱぱとは自分のことを指すのではないかと。そんな有り得ないことを考えてしまう。しかし、もしそうでないなら、来てくれたぱぱとは・・・。



―――ドオオオオオオォン!!!!!



 突如響き渡る轟音・・・・天井からだ。そして天井を突き破って現れたのは・・・先ほどの真紅のドラゴンだった。



「・・・・・ぱぱって・・・」



 嫌な予感がした。



「ずっと待ってた」



 女の子はアルフレッドの手を握った。




 後を追う様に上から落ちてきたああああがドラゴンと空中戦を演じている。


 黄色い閃光と共に何故か空中を自由自在に飛び回っている。もう空を飛べてるんだけど、ああああ。


「えっと、ぱぱってもしかして、あのドラゴンさん?」


「・・・・・。」(ふるふる)


「あ、違うんだ、良かった、本当に良かった」


 状況はまるで改善されていないが。


「ぱぱ」


 そして女の子はアルフレッドの腕をかき抱く。


「ん、・・・・あれ?」


 じゃあ来てくれたぱぱって誰だろう?


「ん~」


 アルフレッドの腕にしがみつき穏やかな雰囲気を漂わせる女の子。


「もしかしてぱぱって・・・僕?」


「・・・・・。」(こく)


「もしかして・・・刷り込み?」


「?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 子供が出来てしまった!!!!!!


「まあ、いいか」


「・・・・・。」(こく)


「って、和やかにしてる場合じゃない、隠れないと!」


「・・・・・?」


 女の子を抱きかかえる。だが相手、ドラゴンは空。空から隠れることができるところなんて・・・水中ぐらい。だが女の子を連れては隠れられない。そもそも祭壇を駆け下りている間に気付かれてしまう。


 せいぜい目立たないように祭壇の台座の裏に縮こまることしか出来ない。自らの体で女の子を覆い隠す。


「・・・・・・」


 空気を察したのか、女の子もアルフレッドの懐でじっと息を潜める。親に倣う子供のように。


 あとはああああが勝つことを祈るばかりだった。









 気づけば空を蹴っていた。気づけば槍先の周囲に不可侵の領域を作り出していた。気付けば雷のごとく高速で動いていた。気づけば死んだ回数は覚えていなかった。

 目が覚めるとあの洋館にいた。だからすぐに洞窟に戻り、またドラゴンに挑む。その繰り返し。


「・・・・・!」


 だが、勝てない。渾身の力を以て突き出した聖剣(槍)がドラゴンの強靭な鱗の前に容易く弾かれる。


 洞窟についたころより更に速く、強くなっているはずなのに、力の差が埋まらない。


 また不可避のタイミングでブレスが吐かれる。


「・・・・・!」


 それをアーシェの突き出す槍先が防ぐ。槍を避けるように業火は二筋の炎に分かれる。しかしそうしている間にブレスを吐き終えたドラゴンは俊敏に躰をうならせアーシェの背後からその大木のごとき尻尾を叩きつける。


 ブレスと尻尾の挟み撃ち。お決まりの連続技、何回も喰らっているのに何故かアーシェはこれに反応しきれない。まるでこの攻撃で終わることが定められているかのように。


「・・・・・!」


 どちらか一方しか防げないのならと尻尾を受けることを選択したアーシェは相打ち覚悟で全身に雷をまとわせ迫り来る暴威を受ける。


――バンッ!!


 しかし雷の相性が悪いのかドラゴンへダメージを与えられないまま、上空から地面へと叩き落とされる。ドラゴンの攻撃はその一撃一撃が必殺の攻撃、どうすることもできないままアーシェは地面に叩きつけられた。



「・・・・・。」


 気づけば再び洋館の寝室。


 このままじゃ、勝てない。


 このままじゃ、オーマを助けに行けない。


 だから・・・・・


 もっと速く―――


 もっと強く―――


 もっと鋭く―――


 すべてを貫けるように―――








「嘘・・・」


 ああああが負けた。そしてその姿が消える。


 いつもは二人一緒に死んでいた。だが今は別々に行動していたからか、アルフレッドはまだ生きてここにいる。


 だが、それは同時に、この状況を自分が打開する必要があるということだった。しなければならないことは同じ。かつてオーマさんにそうしたように、ああああが敗れた相手に挑むこと。


 逃げることは出来ない。なぜならばああああを叩き落としたドラゴンの瞳は既にこちらに向けられていたから。体中を押し潰すような圧力がそれを教えてくれる。


「ぱぱ?」


 女の子が声をかけてくる。そう言えばお互いにまだ名前すら名乗っていない。


「アルフレッド」


「ある・・・?」


「アルフレッド・・・僕の名前だよ」


「あるふ!」


「いや、アルフレッド・・・」


「あるふ!」


「うん、もうそれでいいよ」


「あるふぱぱ!」


 ぱぱがついてしまった。


「君の名前は?」


「・・・・・?」


「分からない?」


「(ふるふる)・・・・・りう」


「リウ?」


「・・・・・。」(こく)


「ならリウ、君はここにいて。それで生きてここから出るんだ」


「?」


 無茶を言っているのはわかっている。こんな地下空間から出る術をアルフレッド自身まだ見つけていない。それを女の子に託し自分は果てようというのだから随分と自分勝手だ。


 だがそれより差し迫った危機が近づいているのだからもうどうしようもないのだ。


 女の子にここで待つように言い、自分は台座の影から駆け出す。あのドラゴンがまだ自分にしか気づいていないことを願って。


 果たして、ドラゴンの首は狙い通りこちらに向けられた。その翼が空を打つ。


 怖い。


 祭壇を駆け下りる。


 ああああもオーマさんもいない。なのに目の前には自分に死を与える存在が迫っている。怖いに決まっている。ただ今までとは・・・違う。恐怖感に囚われて自暴自棄になるのではなく、リウを守るという使命感から立ち向かうという事。時間を稼げばまたああああが来てリウを助けてくれるのではないか。自分が助けるなんて物語よりずっと現実味があるそんな望みにかけて。


 迫りくる羽ばたきの音。何か巨大なものが風を切る音。


 また、生き返ることはできるだろうか。


 もう目の前に迫ったドラゴンを見て目を閉じる。


「―――っ!」


 だが後悔はない。


(最後にようやく自分の意思で歩けた)


 オーマさんがあの時勧めてくれたのはきっとこういうことだったんだ。


 だから。



 ・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 覚悟を決めたアルフレッドが感じたのは、叩きつけるような風。


 それだけで、いつまでたっても来るはずの痛みは、こなかった。


「・・・・・ん。」


「・・・・え・・・?」 


 微かな声が聞こえ、目を開ける。そこにはリウがいた。


 彼女を守りたいと思ったからこそ飛び出したというのに。


「なん・・・・!?・・・・・・・で・・・・・・・え?」


――なでなで


 祭壇に覆いかぶさるようにその巨体を晒しているドラゴン。その鼻頭をリウは穏やかに撫でていた・・・。


「え・・・?え・・・・・!?」


 混乱の坩堝に叩き落とされるアルフレッド。


「ん!」


 そういってグーサインを出してくるリウに・・・・自分たちが無事だったということだけは理解できた。



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