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竜神の紋章(Ⅰ)

 飛んでいく赤く光る鳥、そのくちばしにオーマが咥えられている。そして彼我の距離もまた次第に開いていく。つまりオーマが今、現在進行形で攫われている。助けなければならない。


 だというのに自分たちはただ見送るしかできない。本意ではない。だがそれしかできなかった。


「・・・・・。」


「・・・えと、オーマさんさらわれちゃったけど・・・追うんだよね?」


「・・・・・。」(こくん)


 流石に長い付き合いなだけあって、アルフレッドは言われずともこれからの行動を察する。


「でも・・・どこへ?」


「・・・・・。」(ふるふる)


 わからない。そこが問題だった。幸い暗闇の中で光る鳥は滅法目立つ。飛んでいく方向から大よその目途は立つがそれまでだ。見失ったのち徒歩で追えない場所へ行かれたら万事休す。


「ほっほお困りの様じゃな」


「え?」


「・・・・・?」


 突然見覚えのない老人が話しかけてきた。その姿はごく普通の老人。人族であることはわかるが、それがどうしてこのような場所にいるのだろうか。それだけではない、今の今まで彼の接近に気づけなかった。


「あなたは?」


 アルフレッドがいつものごとく会話を先導する。


「わしか?わしは・・・神父じゃ」


「神父?」


「うむ、この地に教会を立てたは良いが誰も来んくての、寂しい思いをしておったのじゃ」


「・・・・・。」


 そりゃこんなところに礼拝に来る人がいるとも思えない。


「よく魔族に見つからなかったですね」


「これでも隠れんぼは得意での」


「・・・・・。」


 そう言う問題なのだろうか。


「それでじゃ、ここに人間が来るのは珍しいでな。少し親切してやろうと思った次第じゃ」


「親切と言いますと?」


「空、飛びたいじゃろ?」


 いきなりそんな質問をされた。なるほど空を飛ぶことが出来たらオーマを追うことが出来る。


「・・・・・。」(こくこく)


「え、まあ、飛べるのなら」


 律儀にも答える二人に神父を名乗る老人はにやりと口元をゆがめる。


「なら、ここから北に行った先に巨大な洞窟がある。そこを隅から隅まで調べると良い。望むものが見つかるじゃろうて」


「・・・・・。」(こくり)


 善は急げ。


――がしっ


「え?ちょ、ああああ?」


 アーシェがアルフレッドの手を掴む。


――ダッ!!!


「あああああああああぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


 そして走り出す。


「ほっほもう行ってしまいよった。人の話は最後まで聞くもんじゃて」


 その神父の老人の言葉を聞くものはもういなかった。








「ここが、その洞窟・・・なのかな?」


「・・・・・。」(こくん)


 頷くアーシェが見つめる先は魔の入口よりさらに広大な洞窟のその入口。ぽっかりと空いた穴から闇がこちらを覗いている。今までもずっと暗闇の中を歩いてきたはずなのに、ここではその闇がさらに濃くなっているような気がする。


「・・・・・。」


 そしていつものように臆せず入っていくアーシェ。


「・・・・」


 同じくついていくアルフレッド。


 アルフレッドが掲げる松明も数歩先を照らすだけで、心もとない。が、行かないわけにはいかなかった。ここで空を飛ぶ手段を手に入れ、オーマを追わなければならないのだ。


 足場は悪くない。一歩ずつ確実に歩を進める。


 だが暗闇に浮かぶ一つの光源は必然、闇に潜む魔のものを惹きつける。


 どれくらい歩いただろうか。


「・・・・・!」


 アーシェがアルフレッドに制止をかける。そこで初めてアルフレッドも気づく。闇の中浮かぶ紅き一対の瞳に。


 アーシェは聖剣を抜き、その身を槍へと移す。


―――ばちばち


 アーシェの持つ聖剣(槍)に雷が纏われる。その影響で周囲が明るくなった。気づけば縦横と、上空にもひらけた広場のような空間にいたアーシェ達は、目の前に対峙する者の正体を知ることとなる。


 四肢で地を踏みしめる巨体。赤いうろこで覆われた強靭さをなんら隠さない胴、連なる大木のような太く長い尻尾。人間の何倍もあろうかという極大の一対の翼。そして、こちらを睨む紅き瞳に走る縦長の瞳孔。


「ドラ・・・ゴン・・・」


 魔物最強種として名高いドラゴン。それがまるで門番のようにこちらを見下ろしていた。


―――グアアアアアァァァァァ


 そしてドラゴンは気性が荒い事でも有名であった。


 開けられた鋭い牙の並ぶあぎとから生暖かい息吹が吹きつけられる。吐いた後は吸う。そんな基本に則り吸い込まれる新しい空気と共にその口腔に宿った赤い燐光に何が来るのかをアーシェ達は察する。


「・・・・・!」


「ドラゴンブレス!?」


 アルフレッドの前に立ちふさがるアーシェ。


 ドラゴンはやがて鎌首をもたげるように天を仰ぎ、そして収束した熱波を解き放つと共にそのあぎとを振り下ろした。


「・・・・・!」


 それはアルフレッドを庇うアーシェの全身を襲い包み込む。


「ああああ!!!」


 灼熱の息吹は止まる事を知らず、更にその勢いを増し、アーシェの姿を飲み込んだ。




 


 ようやくブレスを吐き終えたのか、炎は収まり燃え跡を晒すように煙が晴れていく。


「・・・・・?」


 そこに立っていたのは無傷のアーシェだった。


 槍を一振り、まだ残っていた煙を振り払う。何故無事だったのか。無表情ではあるが本人もまた驚いている。


 とにもかくにも反撃、とばかりに槍を構えたアーシェが地を蹴る。駆けるは一瞬の雷閃。


「・・・・・!」


 ドラゴンの胴体を貫こうと槍を突き出すアーシェをドラゴンはその巨体に似合わぬ俊敏さで回避する。


「躱した!?」


 攻撃を空振れば当然大きな隙を作ることになる。ドラゴンの躱す勢いのまま振られた尾がアーシェの背後から迫る。


「・・・・・!!」


 アーシェはそのことに気付くも反応しきれず尾に直撃し洞窟の壁に叩きつけられた。肺から空気が無理矢理押し出される。


「ああああ!?」


 心配の為かアルフレッドが叫びをあげる。アーシェを弾き飛ばしたのち地を削るドラゴンのかぎづめがその巨体を制止し、同時に抑制した力の向きを上へと変え、翼の羽ばたきと共にドラゴンは飛び上がった。そして広場の上空を旋回するように飛ぶドラゴンは再びその口から高温の熱波を放つ。アルフレッドに向かって。


「っ!」


「・・・・・ああああ!」


 しかしその時には既にアーシェはアルフレッドの正面に移動していた。いいのをもらってしまったがそれでダウンするほどオーマ師匠との特訓は甘くない。だが安堵するアルフレッドに構っている暇もまた無かった。


―――がし!


「え?」


 そしてアーシェはアルフレッドの腕を掴み遠心力を込めるために振り回し、そしてぶん投げる。投げた先はドラゴンが飛んだことで開いた奥への道。アルフレッドの体はその少し入った所に転がりこむ。


「いった・・・・・・ひど・・・・」


 文句を言いながら体を起こすアルフレッドは自らに視線を向けるアーシェに気付く。


――先に行って。


 そんな意味の無言を最後に、アーシェの姿が炎に飲み込まれた。


「ああああっ!!!!!!」


 窮地のアーシェに体を起こすアルフレッド。しかし。


――カチッ


 体を起こしたその手のひらが何かスイッチのようなものを押していた。


――パカッ


「え・・・・?」


 突如、体が重力に引っ張られ始める。


 落ちている・・・。


「って・・・えええええええええ!?」


 アルフレッドは洞窟の地下深くへと進んでいった。



――アルフレッドと別れた!




 さてと、何故だが知らないがこのドラゴンはアルフレッドを狙っていた。なら邪魔者がいなくなった今、後は倒すだけだ。


 再び炎を振り払ったアーシェはドラゴンと単身向き合う。ドラゴンは怒り狂う様に雄たけびを上げているが、何故だろう、全く怖くは無かった。









「つ~~~~~」


 全身が痛い。悲鳴をあげている。よく生きていたものだ。結構な高さから落ちたと思うのだが。


 深い水たまりのようなものに落ちたおかげで何とか勢いは殺せた。それでも水面への衝突の仕方が悪ければあるいは水たまりの水深が足りなければ死んでいたかと思うとぞっとする。


 最近よく死んでる気がするが。


「・・・・ここは?」


 なんとか広大な水たまりから這いだし地に足をつける。


 上はもはや何も見えなくなっている。本当にだだっ広い空間。松明は落としてしまった。予備はあるが、何故か松明の光が必要ないほどそこは明るかった。


「祭・・・壇・・・?」


 そしてその奥には如何にもな石造りの祭壇があった。ところどころ苔むし緑がかっている。その最上段から発せられる蒼き光がこの空間を照らしている。


「ここは一体・・・」


 ドラゴンが守る洞窟。その奥の地下に広大な空間を取り、その最奥にこの巨大な祭壇。


 何か特別なものを感じる。


 とにかくじっとしていても始まらない。


 痛む体を引きずりながら祭壇へと進む。


 一段一段その無駄に高い階段を上っていく。誰に先行されるでもなく、自分の足で。


 やがて頂上に着いた時、そこには。


「女の子・・・?どうしてこんなところに」


 祭壇の一番上、光る蒼い石を先端に掲げた四つの灯篭の中心、天に捧げられるかのよう据えられた台の上。


 小さな女の子が丸くなって眠っていた。


 淡く蒼い光を放ちながら。






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