第七話 一夜の夢
目が覚める。
最初に目に入ったのは見慣れた眺め。俺の寝室。
「いったい――」
思い出そうとしてすぐにやめる。あれはきっと思い出してはいけないやつだ。
悪い夢でも見ていたのだ。
「オーマ?どうかしたんですか?」
「ああ、悪い、起こしたか。」
ヒメの声に反射で声を返す。
隣から聞こえるヒメの声に体の向きを変えようとすると、とん、と手に何かが振れる。そうか、アーリアも一緒だったんだな。
右にいるヒメの笑顔を確かめながら手に当たったものを見る。
――腕だった。
たった今、根元からちぎり取られたかのように生暖かい血を吹き出しながらびくびく震えている。
「・・・・・・は?」
よく見ると手だけじゃない。首に足、内臓の飛び出した胴体がいくつもいくつも転がっていた。まるで全部つい先ほどまで生きていたかのように・・・脈打ちながら。
「オーマ?」
再び問いかけるヒメの声に今度はこちらが問いただそうとして振り返る。
「オー・・・まあ?ほんおうにぃだぁいじょぉぉおおぉおぶぶうでえええぇすかあああああ゛あ゛あ゛???」
そこに在ったのはぐずぐずと崩れ落ちていくヒメの顔のパーツ。
「ヒ・・・・メ?」
「はあああ゛あ゛い゛い゛いいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お゛お゛おおおぉぉうううままぁぁああ゛あ???」
「・・・・・・・・・・・・・・ああ、そういう・・・ことか」
ぬちょぬちょべとべとと顔面が溶け出しているヒメ――に見えた何か。
「悪い、ちょっと呆けてた」
「え゛え゛えええぇぇ―――?」
――バン
弾けるように飛び散る肉片。ヒメのように見えた何かはいなくなった。
「ヒメはもっと可愛いからな」
もやがかっていた頭が明瞭になる。同時に俺の寝室は姿を消し、一面の暗闇と雪景色に変わる。
(確か、あの洋館に入ってから、それから・・・)
「はあ、幻覚ごときに惑わされるとはな」
明かりを灯す。
隣にはアーシェとアルフレッドが並んで眠っていた。
「起きたのですか?」
「ああ。お陰様でな」
そこにいたのは、さっき姿を見せた少女。しかし、顔を隠した前髪はよけられ、綺麗な瞳を覗かせていた。少し安心した。
「凄いですね。愛しい者との蜜月の時間を提供したはずなのですが・・・。まさか抜け出しちゃうとは」
「嘘つけ!悪夢だったじゃねーか!」
「あれ?おかしいですね」
何だよそれ、そっちの方なら滅茶苦茶体験したかったんだが・・・。
「ん~、オーマさん~、へへへ」
アルフレッドが何か寝言を言っている。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
アルフレッドのつぶやきは全力でスルーする。いや、あいつだってきっとトラウマの最中だろう。俺は宿敵といっても過言ではない存在なんだ。
「俺が見ていたのは、どう言い繕っても、愛する者とのトラウマだったんだが?」
「どこで間違ったのでしょうか?」
「俺が聞きたい」
「・・・それで、どういうつもりだ。お前魔族だよな。事と次第によっては」
「あら、人の家に勝手に入り込んで荒らしたのはどなたでしょう」
「・・・すまなかった」
「姿を現した私が腕をつかんだだけでいきなり槍を突き刺したのは・・・」
「本当にすみませんでした」
刺したのは俺ではないし、あの状況なら情状酌量の余地があってもいいと思うが、とりあえず謝る。
「意外と素直ですね」
「悪いと思ったことは謝る」
魔族にはな。
「ふふ、なら私もごめんなさい。少し退屈していたので遊んでしまいました」
「遊んで、って、お前な」
「本物の我が家はあちらにあります。お連れの方と一緒に泊まっていただいて結構ですよ。遊ばせてもらったお詫びに」
手のひらで指し示す先には、先ほど俺たちが探索していたものと全く同じ外観の洋館。
「ん。じゃあお言葉に甘えさせてもらう」
二人を担ぎ洋館に向かう。今更騙そうとはしないだろう。
「あ、ところで、こいつらの夢っていつまで続くんだ?」
「一晩ぐらいです。すっきり爽快な目覚めになると思いますよ。もっとも、まともな所で寝られればですが。」
まあ雪の上で寝てれば永眠するわな。
「眠っている時間を伸ばすことはできるか?」
「まあ、多少は」
「多少ってことは永遠に眠らせることは?」
「流石に無理ですね」
「そうか」
残念。内容がある夢ならまた違ったかもしれないんだが。
「どうしてそんなことを?」
「ああ、いや、気にしないでくれ」
「・・・そうですか。・・・・あの」
「何だ?」
「お名前を伺っても?」
その質問に思わず目を瞬かせる。
「え?あの、何か変なことを言いましたか?」
「ああ、いや何でもない。俺はオーマだ。」
まさか、俺の名前を知らない魔族がいるとは。まあうぬぼれが過ぎたか。
「オーマさんですね。ふふ、ありがとうございます」
「ところで、家には入らないのか?あれお前の家だろ」
一向に歩き出さない彼女に向かって問いかける。何故こんなところに一人でいるのか、などいろいろ聞きたいことがあった。
「はい、私の家です。でも私が入る必要はありません」
「ん?どういうことだ?」
「だって――」
瞬間、彼女の体が透けた。子供らしい悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「私には実体がありませんから。えへ」
その言葉を最後に彼女は完全に姿を消した。
「―――――――――」
洋館内のベッドまで二人を落とさずに運んだ自分をほめてやりたい。
「・・・・・。」(げしげし)
「なあ、アルフレッド?」
「はい?」
「何で俺はさっきからアーシェに蹴られているんだ?」
「・・・・・。」(げしげし)
「さあ、御自分の胸に聞いてみてはどうですか?だそうですよ。」(ぽっ)
何、その拗ねたアーリアみたいな反応。しかも結局わからずじまいになる奴だし。というかお前は頬を染めるな。
「・・・・・。」(げしげし)
相変わらずの無表情、だが目は合わせない。俺にどうしろと言うんだ。
朝、目が覚めると、俺たちは洋館の一室で三人一緒に寝ていた。
両側からアーシェとアルフレッドに抱き付かれているという謎の態勢だったが、それは良い。アーリアとイーガルで慣れたことだ。
問題はアーシェが起きてからずっと、顔を赤くして俺のすねを蹴ってくることだった。無表情でも顔は赤くなるらしい。痛くないから加減はしているようだが。
無表情なのに赤い顔。風邪を引いたのかとも思ったが額に手を当てても熱は無いようだった。そしてなぜか増す蹴りの激しさ。
全く理由が分からない。昨日のことを思い出そうとしてもまるで頭にもやがかかったように何も思い出せない。洋館に入ったところまでは覚えているのだ。そこから先が完全に記憶から消えている。
二人に聞いてみても顔を赤くして黙るか蹴るばかりだ。
まさかとは思うが、何らかの理由で前後不覚に陥ってゆうべはお楽しみだったのだろうか。
いや、ありえない。俺がヒメに対して不貞を働くなんてことあってはならない。
なら、何故・・・、何故二人は俺にこんな視線を向けてくる?
そんな状況でも、俺は完全に仲間としてカウントされているのか、食事は分け与えられる。
居直り強盗のごとくキッチンを使って見事な料理をアーシェが作った。
普段は料理はアルフレッド担当なのだが、今日に限ってアーシェが作りたいと言い出した。
相変わらず赤くなった顔で料理を差し出してきた。そのときは蹴られなかった。
それにしても美味いな。この豆の入った薄赤色のご飯は何と言うのだろうか。今度イーガルにも作ってもらおう。
重いのか浮ついているのか分からない空気の食事を終え、洋館を後にする。
「・・・・・。」(げしげし)
「あの、そろそろ蹴るのやめてくれないか?」
そして、また再開された理不尽なる暴力。
「・・・・・。」(ふるふる)
「ああ、そう。・・・・あ」
ふと思いつき、アーシェの頭を撫でてみる。
アーリアの時はこうしてやると何だかんだ許してくれるのだが。
「・・・・・!」
蹴りが止まる。
(おお、成功した。)
「・・・・・。」
リアクションもなしに、目を閉じただ撫でられるがままのアーシェ。逃げないということは嫌ではないのだろうが・・・。
――じー
こちらを見てくるアルフレッドは断じて無視する。
(本当に、俺は何をやっているのだろうか)
ヒメを絶望に陥れておいて、今は新たな勇者相手になす術もなく手詰まり。頭を撫でて和んでいる場合ではないというのに。
「はあ」
ため息をつきながら撫でる手を離す。
「・・・・・。」(ふるふる)
「何だ?」
「・・・・・。」(ふるふる)
「おい、通訳」
言うまでもなくアルフレッドのことだ。
「はあ、撫でるのをやめて欲しくない、そうです」
「・・・・・。」(こくん)
「はいはい。」
――なでなで
「・・・・・。」
(・・・魔王様)
突然頭の中にアーリアの声が響く。
(アーリアか、どうした。)
(作戦第一段階完了しました。リアン国は現在魔王軍が占領しています)
(そうか、よくやった。引き続き次の作戦へ移行してくれ)
三日、か。本当に間に合わせてくれたらしい。残念ながら勇者は誕生してしまったが。
(了解しました。それで、あの・・・)
(何だ?)
(浮気はあまりよくないと思います)
(・・・・・・。)
(出来ればで良いので帰ってきてください)
(・・・・・。)
思わずあたりを見回す。どこかから見ているというのか。
(私も撫でてほしいです)
その声を最後にアーリアとの回線は途絶えた。




