第五話 勇者の仲間
意気揚々と前を歩くアーシェとアルフレッド。
どうしたものか。
何故見ず知らずの、しかも攻撃してきた俺を仲間に加えたりするのか、無警戒すぎる。
これは俺が面倒見てやらないとな。などとはもちろん思っていない。折角入り込めたのだ、適当なところで罠にはめてしまおう。
二人の目的地はヒメが捕えられている魔王城。その、人間にとっては遥か険しい道のりを俺は知り尽くしている。幸いかの地の魔族の住民は魔王軍として出払っている。入り込まれても何の問題もない。
さて、それにしても・・・。
「何回往復させる気だ。」
「・・・・・。」
「ははは。」
先ほどから攻略している洞窟。人間から魔の入口として恐れられる、人族と魔族の真の境界。
数多くのトラップに、時折現れるかなり強い部類の魔物が通る者の道をふさぐ。
我ら魔族の防衛ラインだ。だから簡単に超えられても困る。それはいいのだ。それはいいのだが・・・。
「何で教えてるのに罠にかかりに行くんだよ!」
先ほどから一歩進むたびに罠の場所を教え注意しているのに、その全てに自ら進んではまりに行くアーシェ。そしてアーシェについていかざるを得ないアルフレッドもまたそれにはまる。
そして死んであの場所へ戻される二人を、時には追いかけ、時には待ちぼうけで俺が迎える。そんなことをもう何度繰り返しただろうか。
「・・・・・。」(ふるふる)
宙づりになってぶらんぶらんしてるアーシェが首を振る。
「何だって?」
聞き返したのはアーシェにではなく同じく宙づりになっているアルフレッド。もはやアーシェと会話するのにアルフレッドの存在は必要不可欠だった。
「すべての罠に一度は嵌ってみるのが、勇者クオリティ、だそうです。」
「わけのわからんことに命を懸けるな!」
「・・・・・。」(ふるふる)
「これは譲れない、だそうです」
もちろん、全ての罠を教えているわけでは無い。注意しているのは命を奪う可能性がある罠だけだ。これ以上死なれて強くなられては困るからだが、そんな俺の気も知らずアーシェは罠にはまる。教えても教えなくても罠にはまる。
あーくそ、いらいらする。命を何だと思ってる。だから勇者は嫌いなんだ。ヒメは別だが。
とりあえず縄を斬って助けた。
「お前はこれでいいのか?」
アーシェに何をいっても無駄な気がするのでアルフレッドに矛先を変える。
「嫌ですよ!嫌ですけど・・・。」
「何だよ。」
「目の前からああああの姿が消えると、急に不安になるんです。こう胸が押し潰されるような・・・、後を追いかけるのが自分の使命のような気がして。つい、一歩を踏み出してしまうんです。」
両手をふるわせて絶望感たっぷりに顔をおおう様はまるで禁断症状でも起こしたかのようだ。
「お前はちょっとアーシェに依存し過ぎじゃないか?次はお前が先頭で歩いてみてくれ。良いよな、アーシェ?」
「・・・・・。」(こくん)
「そうですか?それじゃあ・・・・。」
俺たちに言われようやく自分の道を一歩踏み出したアルフレッド。その先にはきっと輝かしい未来が。
「だ、だめです足がすくんで・・・」
「あ~、そこは・・・。」
――ずぼ
「え?」
――ひゅ~~~
落とし穴に落ちていった。しかも死ぬタイプの。
「・・・・・。」(ふるふる)
惜しい人を失くしてしまったという感じで首を振り、歩き出すアーシェ。アルフレッドが落ちていった道とは違う方向へ。
(お前はついていかないのか!)
まずい。まずいぞこれは。通訳がいなくなってアーシェの考えが全く分からない。
だがそんな心配もいらないほどアーシェはすぐにまた別の罠にはまって死んでいった。
(もう嫌だ、こいつら。)
俺は独り寂しく心で涙した。
そんな波乱万丈な勇者と魔王の珍道中は目的地についたことでようやく終わりを迎える。目的地と言ってもアーシェ達の、ではない。
俺にとっての目的地。それは二人を分断してしまう罠の在処だった。
「ほらそこにも罠があるぞ」
もはや、お約束となってしまった俺の注意に疑うことなく突っ込んでいくアーシェ。いや、疑うも何も本当のことを言っているんだが。
そこにあったのは魔法陣。踏み込んだものを別々の場所へ飛ばしてしまう。その先は牢屋だ。
見事に二人ははまってくれた。俺の目の前で二人の姿が消える。
「あとは・・・」
瞬間移動でアルフレッドの捕えられた牢屋へ行く。
「あ、オーマさん」
「どうだ、出られそうか?」
「それが、鍵が掛かってて出られそうにないです」
「そうかそれは良かった」
「え?」
俺は再び瞬間移動する。今度はアーシェのもとへ。
「・・・・・。」(ふるふる)
「そうか、じゃあな」
凍結の魔法をかける。
アーシェの姿は氷の中に閉じ込められた。
俺はその場をあとにした。
・・・完璧だ。二人がともに戦闘不能にならなければ離脱しない。そのルールを利用した完璧な策だ。
脱出の可能性があるアーシェは凍らせる。そしてアルフレッド一人では脱出することも一人で行動することもできない。
「くく、ははは、はーはっはっは!!」
これで、これでようやく俺は勇者を倒したのだ!もう、勇者の影におびえることもない!
――こうして捕えられてしまったああああとアルフレッド。
――助けは来るのか!?
――二人はいったいどうなってしまうのか!?
ああああ編~終~
オーマ編~始~
・・・・・・何だ今のは?頭の中を何かがよぎったような・・・。
いや気にすることは無い。もうここには用はないのだ。気をつけることといったら、後はアルフレッドを餓死させなければいい。それぐらい勇者を攻略することに比べれば容易いことだ。
これで心置きなくヒメに構うことができる。
「ん?」
魔王城へ瞬間移動しようとして失敗する。
「おかしいな。」
目的地を変え挑戦するがことごとくうまくいかない。
「お!」
この洞窟の出口への移動は成功した。
「何だったんだ?」
そのまま洞窟を出ようとする―――が、出られない。
(何だ?出られなくなっている?こんな罠、覚えがないぞ)
何か結界のようなものが張られているのかこれ以上進めない。
そうこうしているといきなり脳内に言葉が生まれる。
――二人を置いてはいけない。なんとかして助けなければ。
(俺の・・・声?)
――二人を置いてはいけない。なんとかして助けなければ。
(何を言ってるんだ俺が閉じ込めたんだぞ。二人は置いていくに決まっている)
――二人を置いてはいけない。なんとかして助けなければ。
「くそ、埒が明かん」
もう一方の出口へ、勇者たちにとっての入口に瞬間移動してみる。こちらも成功したが、やはり外への出口は封じられている。
魔力弾を放ってみると普通に出口から抜けて飛んでいく。が俺が出ようとすると。
――二人を置いてはいけない。なんとかして助けなければ。
・・・。今度は出口ではないただの壁を破壊魔法で貫く。轟音を上げて崩れた壁から外が覗く。そこから出ようとして、
――二人を置いてはいけない。なんとかして助けなければ。
「・・・・・。」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
アーシェを解凍し、牢屋から出したあとで、一緒にアルフレッドを助け出した。
「・・・・・。」(すりすり)
アーシェが俺の脇からすりすりと顔をこすりつけてくる。心なしかアーシェとアルフレッドからの信頼が厚くなっている気がする。
「・・・!・・・!」
「閉じ込められてすぐ、オーマさんの偽物が来て凍らされたそうです。実は僕の方にも来たんですが、僕は偽物だって見抜きました!」
「・・・!・・・!」(こくこく)
「私も信じてた、って言ってます」
「そりゃ、どーも。」
何で偽物って結論になったのやら。俺には前科もあるだろうに。
「・・・・・。」(すりすり)
「わかったから離れろ!」
助け出してからアーシェがやたらとくっついてくる。歩きにくくて仕方ない。
別に俺を疑っているわけでもなく純粋な好意からの行動らしい。なんでこう勇者ってのは人懐っこいんだ。ユーシアは除いて。
「あの、僕もいいですか?」
「何が?」
「すりすりしても」
「・・・・まさかとは思うが・・・誰にだ?」
「オーマさんにです」
「いいわけあるか!!!」
「ですが、こう・・・絆が深まると思うんです。やりません?」
「やるか!」
お前らと絆を深めたいわけじゃない!
オーマ編~終~
その後何事もなく洞窟の最奥に到達する。もちろん何事の中にアーシェが自分で罠に突っ込んだりは含まれていない。
「ぐぅおおおぉぉんんん!!!!!」
ボスが現れた。ちなみにボスは頭という意味ではなく、固有名詞だ。あだ名だ。魔族が代々勝手につけているらしい。本名は知らない。熊の魔物だ。
もちろん俺は攻撃したりしない。誰が勇者に協力してやるものか。
「・・・・・。」
アーシェが聖剣(槍)を構える。当初より更に様になっている。
「まあ、頑張れよ。」
投げやりに声援をかけると。
「・・・・・。」(こくん)
「見ていてください!師匠!だそうです」
「・・・・・お前は戦わないのか?」
「あー僕、非戦闘員なので」
もうアーシェに同行するのやめろよ。と言っていいものか。そもそもこいつらどういう関係で何のために旅をしていたんだ?
そんなことを考えていると、アーシェが動く。
俺と対峙した時とはまるで比べ物にならない鋭い突き。ボスの攻撃も完全に見切ってかわす。
洞窟で死にまくったせいで更に強くなっているらしい。
「・・・・・。」
―――バチバチ
倒すまであと一息というところで、アーシェの槍が雷光をまとい、音を立てる。
(必殺技みたいなのまで覚えてるし。)
それを、アーシェはぐっと後ろに引き、投げた。
「おおぉぉぅぅぅ・・・・・・。」
断末魔の叫びをあげ、ボスは倒れた。魔族ならともかく、魔物がどうなろうと構わないが、腹に大穴を開けた姿は哀愁を誘う。
「・・・・・!」
きらきらした期待の目(予想)をアーシェが向けてくる。
「ああー、よくやった、流石俺の弟子だ」
もう、いい。この立場を利用できる日も来るかもしれない。適当に合わせてしまおう。
「・・・・・。」(こくん)
「本当に凄い。まるでああああじゃないみたいだ。」
(ああああじゃないみたい、か。)
アルフレッドの言葉に考え込む。勇者とは一体何なのか。
こちらを見つめるアーシェにヒメの姿が重なる。こいつもまた、俺を・・・・。
「まあ、とにかく外に出るか」
「・・・・・。」(こくん)
「そうですね」
二人の同意を得て出口へ向かう。
――ゆらり
「!!」
と、背後で先ほど息絶えたはずの魔物が起き上がるのに気付く。
あり得ない。完全に致命傷だった。
「・・・・・?」
「オーマさん?」
異変に気づかない二人の後ろで、魔物の鋭い爪が、アーシェ達に向かって振るわれた。
「―――っ!?」
それが、いつかの、救えなかった家族と被って見えて。
「危ないっ!!」
ぽけっ、としているアーシェを押しのけ呼び出した愛用の炎鉄剣で爪を受け止め、弾き返し、その巨体を切り裂く。
「・・・・・!」
「わ!?」
そこで気づく。何してんだ俺。こいつらは、今もっとも助けなくていい二人だろ。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
今度こそ、ボスは倒れ、燃え尽きた。
「・・・・・。」
えーと。そう、師匠という役を演じただけだ。それだけだ。
「・・・!・・・!」
「おおおー」
そして、二人は憧憬の眼差しを向けてくるのだった。
洞窟から出られるか少し不安だったが、呆気なく出られて拍子抜けするほどだった。
もう勇者関係で何が起ころうと不思議じゃないが、原因が全く分からないのが最大の問題だった。
それにしても本当に、勇者というのはどういう存在なのか。聖剣を拾っただけで勇者になれるというなら俺だって勇者になっていたはずだし・・・。
(ん?勇者になっていた?)
・・・・・・・・。
(いやいや、それはない、それはない)
「それにしても本当に真っ暗だね~。しかも寒い!」
「・・・・・。」(こくん)
「ああ。ここから南、魔族領は一日中、日が差さない不毛の地だからな」
半ば自嘲するように教える。
しばらく歩いているが、木の一つも生えていない。虫も動物もいない。魔族がいない今となっては雪一面のこの景色はまさしく死の世界といった所か。
「へえ、じゃあ食料とかどうしてるんですかね」
「魔物を食ってる」
「え?」
「・・・・・。」
「どうした?」
「嘘ですよね。だって魔物なんかとても食べられるものじゃ・・・・」
「それしかないんだ。だったら食べるしかないだろう。」
「・・・・・。」(こくん)
「おお、お前は話が分かるな。今度魔物を見つけたら食べてみるか?」
「・・・・・。」(こくん)
「じゃ、じゃあ僕も!」
「冗談だ、やめておけ。魔族の中でも魔物が毒になる奴は多い。いくらお前らが生き返ると言っても一日中腹痛に苦しめられるのは嫌だろう」
言った後で気づく、そうかそんな手もあったか。
「毒に、って、なら魔物が毒だった魔族は・・・」
「死ぬ」
「・・・・・。」
「子どもの時に食料が毒では生きていられるわけもない。生きて大人になっているものは皆、魔物を平然と喰らってきた。」
母親の乳すら薄まるとはいえその毒をもとにつくられるのだから。
「「・・・・・。」」
以前ヒメと囲った食卓。あの食事こそ人族の物だったが、戦争を始め人間の食料が手に入るまでは俺たちの食事も魔物だった。わざわざ言うことでもないのでヒメには黙っていたが。
何事もなく和平が結ばれていたらヒメに話す時も来たのだろうか。今となってはもう起こらないことだが。
軍に子供すら入れていたのは、もちろん戦力として期待できるから、という理由もあるが一番は真っ先に人族の食事を与えるためだ。
それまで大丈夫でもある日突然死ぬということもある。体内に蓄積した毒が牙をむくことが。
成長しきってしまえばほぼ安心だが、子供は危険だ。だから、
「その魔物ですら最近は数を減らし、残っているのは並の者では敵わないほど強い奴らばかりだ。だから魔族は人族を攻め始めた」
「オーマさんは――」
「ん?」
「オーマさんは、魔族なんですか?」
「ああ」
「――っ」
さして迷わずに即答する俺に、アルフレッドが息をのむ。
「・・・・・。」
「何だ、ようやく怖気づいてくれたのか?」
「・・・・・。」(ふるふる)
首を振るアーシェ。
「気にしないってか」
「・・・・・。」(こくん)
「ぼ、ぼくも気にしません!オーマさんは仲間ですから!」
「そうか」
仲間になった覚えなどないと言うに。
「それじゃ、先は長いぞ。食料の準備は出来てるか?」
「ああ、流石に町で何も買えないとなると・・・」
「・・・・・。」(ふるふる)
「お前ら出直してこい」
魔族領、舐めんな。




