第四話 チュートリアル
とりあえず消えてしまった勇者たちをまた見つけないことには、どうにもならない。
身体を魔法で強化してイースまでの道をひた走るが、やがてあたりも暗くなってくる。
自室で蘇ってから奔走してきたが、流石に封印を解放したこともあって疲労が蓄積されている。それにこの暗闇では勇者を見つけるのも難しい。
野営するか。
と言っても、適当な場所で寝るだけだ。流石に害意を持って近づく者がいれば気が付く・・・・よな。
最近知らぬ間に近づかれまくっている気がする。今になってヒメに言われた鈍いと言われたことが真実味を帯びてくる。
大丈夫大丈夫、そんなわけない。
俺はそこいらの木の陰で眠ることにした。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・。
――ぱちぱち
「さ・・・・やば・・・・・」
「・・・・・。」
「ほ・・・に・・・・・・から」
「・・・・・。」
火がはじける音とともに会話のようなものが聞こえ、意識がまどろみの底から戻ってくる。
「はや・・いこう・」
「・・・・・。」
「たの・・ら」
「・・・・・。」
目を開け体を起こす。ぱちぱちという音は近くで焚かれていた焚火のものだったらしい。そして、俺は火など焚いてない。
どういうことだと首を回す。
少年少女と目が合った。
「・・・・・。」(こくん)
「あーもー。だから言ったのに」
俺が寝ている隣で普通に食事していた推定勇者ども。
「・・・・・・・・・・・・。」
あまりの出来事に頭を抱える。
本当に勇者というやつは・・・・・・。
「何で自分から来るんだよ!常識を考えろ、常識を!それともまた、負ける気がしないとでもいう気か!?」
「・・・・・。」(ふるふる)
「もう、何も聞かないで下さい。」
何を否定しているのか首を振るアーシェ。その動きにあわせて左右でまとめた赤の髪が揺れる。フードを外しているため露わになっていた。一方諦めの境地で遠くを見つめているアルフレッドも燃えるような赤髪だ。
抜き足差し足で通り抜けようとしていたならまあ理解できる。寝ている俺に攻撃を仕掛けようというのなら、力の差がわからない程度の馬鹿で済む。
それが何で、のんきに焚火までして食事してるんだよ。
「で、どっちが主犯だ。」
まるで犯罪者に対するように聞く俺に、
「「・・・・・。」」
アルフレッドはアーシェを指さし、アーシェは手をあげていた。
「では、アーシェ。何故このような凶行に及んだ?」
「・・・・・。」(ふるふる)
「持てる力のすべてを使って絶対に勝てない存在に勝ちたかった、だそうです」
「・・・・なんか格好いい理由だな」
「・・・・・。」(こくん)
「何故俺が起きるまで待っていた?」
「・・・・・。」(ふるふる)
「寝ている敵を起こしてしまうのは勇者の悲しき宿命、だそうです。」
「なんだそれは」
というか頷きと首振りだけで何でそんなに以心伝心してるんだよ。
「・・・・・。」(こくん)
「というわけでおやすみ、だそうです」
「寝る気か!?」
「・・・・・。」(こくん)
「俺の目の前で!?」
「・・・・・。」(こくん)
「接敵するまでは大丈夫、だそうです」
「接敵・・・・してるよな」
「直接触れてないので、まだ、だそうです」
さっき、袖を引かれるまで気づかなかったのは、もしかして、そのせいか?そういえば、ヒメの時もヒメの方から近づかれるまで・・・・。
いやいやいやいや、何を真に受けているんだ。こいつらの出鱈目に合わせていたら頭がおかしくなる。考えるな。
それはそうと、もはやアーシェのアクションなしに意思疎通してしまうアルフレッド。いったい何者なんだ。
そんな俺たちに構わず、テントを組み立てていくアーシェ。
「じゃあ、ぼくも寝るので」
肝が据わったのか、あきらめの境地に達したのかアルフレッドもテントの用意を始める。
「あ、一緒に寝ます?」
「・・・・結構だ」
もう、勝手にしてくれ。
俺は不貞寝を決め込んだ。
翌朝。
「で、勝負しろと」
「・・・・・。」(こくん)
朝起きて一緒にご飯を食べた――食事に誘われたので投げやりに了承した――後、準備万端とばかりに勝負を挑まれた。
「アルフレッドは?」
「ぼ、ぼくは遠慮しておきます」
「そうか」
「あの、ところで――」
「何だ?」
アルフレッドが申し訳なさそうに聞いてくる。
「あなたは誰ですか?」
「・・・・・。」(こくん)
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
そういえば自己紹介もしていなかった。俺たちの関係で自己紹介するのもおかしいとは思うが。そもそも俺たちの関係がどういうものかもこいつらの所為で分からなくなってきた。
明らかに敵同士だと、思うんだが・・・。
本当の身分を明かすか迷う。どうせ不意打ちで凍らせようとしていたのだから、今更隠すまでもないとは思うが。
「オーマだ。」
名前だけ伝えることにした。
「・・・!・・・!」
「お~~~」
「何だその反応は」
「あ~とですね、ああああはヒメという方を助けること以外にもう一つ言ってたんですよ。困ったときはオーマという方を頼ろう、って」
「・・・・・。」(こくん)
「は?何でだ?」
「・・・・・。」(ふるふる)
「秘密だそうです。僕も知りません」
「むう・・・・」
全く訳が分からん。またあの少女の入れ知恵か?
とにかく、
「俺はお前たちを助ける気はない」
「・・・・・。」
しょぼんとしている、ような気がするようなしないような。相変わらず無表情なアーシェ。
だが、俺の為に利用することにためらいはない。
「・・・・・まあその勝負とやらにお前が勝てたら考えてやってもいい」
「・・・・・!」(こくこく)
「はは、まあ頑張って」
「あー、一応断わっておくが――」
「殺す気で行くぞ」
ドスを利かせていったつもりなのだが・・・。
「・・・・・。」(こくこく)
「お~~」
こいつら能天気すぎる。
「・・・・・いつでも来い」
「・・・・・。」(こくん)
俺の言葉に頷きを返したアーシェはリュックから槍を取り出す。アーシェの身長の二倍はありそうな長さの槍が。
何で、それが、リュックに収まっていたんだ!
というか聖剣はどうした!
腰をためて両手で槍を構えるアーシェ。構えは様になっている。
「・・・・・。」
相変わらず無言、無表情で踏み出し槍を振るう。
俺の腹部へ放たれた鋭い突きを俺は横へステップしてかわす。
避けたと見るや即座に払いへと転換して振られる槍の柄を手で掴んで止める。
そして――折った。
「・・・・・。」
「あちゃ~」
ばきりと音を立てて折れた槍にアーシェは驚いている、多分。
「・・・・・・・・。」
慌てて(?)リュックのもとに戻り、取り出したのは・・・槍。さっきのものと瓜二つだ。
戻ってきたアーシェによって再び突き出された槍を今度も他愛もなく再び折る。
「・・・・・!」
再び取りに戻るアーシェ。何本あるんだよ。
「なあ・・・・。」
「・・・・・?」
「拾った剣あるだろ。」
「・・・・・。」(こくん)
「それ、槍に変えられないか?」
「・・・・・?」
「まあ、試してみろ。」
「・・・・・。」(こくん)
アーシェは聖剣を抜き放つ。そして聖剣は槍に姿を変えた。
「・・・・・!」
「すごい」
たぶんきっとおそらく目を輝かせて俺を見るアーシェに、感嘆するアルフレッド。
なんだこれ。親切なおじさんか、俺は。
「いいから続けてくれ」
「・・・・・。」(こくん)
それは明らかに先ほどまでの鋭さとは段違いだった。
「っ」
わずかに余裕をなくす。それでもまだ柄を捉えることはできる。分かっていたことだが力を込めても折れない。なので思い切り引く。
そのまま引っ張られてきたアーシェに石化の魔法ごと胸を打つ。
アーシェの石像が誕生した。前傾姿勢から傾いていったアーシェはごろっと地面に転がった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
お、消えない。いや、石化で成功してもな・・・・。いや、それでもユーシアが勇者になってから石化させれば、何事もなく過ごせるのか?
「あ、ああああ!?」
名前を呼んでいるのか嘆いているのかよく分からん叫び声をあげるアルフレッド。
それからしばらくしても、アーシェは消えなかった。
「とーーおーーーーうっ!!!」
「おお!?」
突然殴りかかってくるアルフレッド。思わず蹴り飛ばしてしまった。
「ぶへっ。」
顔面で地を滑る。
あまりに痛々しく可哀想だったので眠らせてみる。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・。
やはり消えない。眠りも有効なのか。
「おい、起きろ。」
アルフレッドを起こす。
「は!」
目覚めと共に石像を目にし、また飛びかかってくる。
「ああああを元に戻せーーーー!!」
その必死な様子にかなり申し訳なく思うが、心を鬼にして次の魔法。
麻痺させて見る。
勢いのまま、もんどりうって倒れるアルフレッド。その姿はやがて消え去った。
(麻痺は駄目か・・・。)
石像となったアーシェを振り返る。が―――
――いなくなっていた。
見ればテントやリュックの類もなくなっている。
「は・・・?」
なんだ?時間差?
・・・まあとりあえず、石化も駄目・・・と。
眠りは大丈夫だったのかも怪しくなるな。はあ、ややこしい。
さて、流石にここまでやられたら如何にあいつらといえど逃げようとするはず。今度はちゃんと探さないとな。
数分後・・・
「で、だ・・・」
「・・・・・。」
「もう・・・いや・・・」
うきうきしながら――なんとなくそんな感じで――見つめてくるアーシェと、人生を儚むかのように両手両膝をついているアルフレッド。
「もう、許してやれよ」
「・・・・・?」
「いいんです、どうせ僕なんて」
また二人に出会ってしまった。しかも俺を見つけるやアーシェが駆け寄ってくるというおまけつきで。
それでも、アーシェに付き合うアルフレッドもそれだけ彼女を大事に思っているのだろう。
「何故戻ってくる」
「・・・・・。」(ふるふる)
「・・・・まだ、教わってないことがたくさんある。だそうです」
それでも通訳を続けるアルフレッドに乾杯。
「もう、教えることは何もない」
「・・・・・。」(ふるふる)
「まだまだ私には師匠の力が必要です!だそうです」
誰が師匠だ!それにどう考えても今の首振りにそんな熱い言葉はこめられていなかっただろ!
まあ・・・協力してくれると言うなら有難いことこの上ない。
「いいのか?俺の修行は厳しいぞ?」
「・・・・・。」(こくん)
「また、アルフレッドが酷いことになるかもしれない」
「・・・・・。」(こくん)
「え、ちょ、」
「いいだろう、そこまで言うならアルフレッドに免じて手伝ってやる」
「ぼ、ぼくは何も――」
「さあ、そうと決まったら早速修行開始だ。数十回アルフレッドが死ぬぐらいは覚悟しろよ!」
「・・・・・。」(こくん)
「お願いだからそこで頷かないで!」
俺は天を見上げながら地に倒れ込んでいた。
いろいろ分かった。
①凍結、封印、麻痺、石化、身体の治癒不能な欠損、そして死。これら戦闘不能な状態になると勇者は離脱する。
②気絶、眠り、混乱。時間と共に回復する状態異常では離脱は起こらない。しかし、連続で間断なくかけていると前触れもなく突然消える。
③離脱後は、聖剣を拾ったという場所へ一瞬で移動する。その場所から一定範囲は攻撃意志が消失する謎空間ができている。
④勇者が二人いる場合、二人とも戦闘不能にならなければ離脱は起こらない。
そしておそらくこれが最大の問題点。
⑤離脱すればするほど聖剣も勇者本人も強くなっていく。
こんなもん勝てるわけない。
つまり、俺は・・・・負けた。
もちろん本気じゃなかったけどな!
「やった!凄いよ、僕ら勝ったんだ!」
「・・・・・。」(こくん)
「はいはい、おめでとさん」
ちなみにアルフレッドは戦ってもいないのに俺の実験でなぜか無意味に攻撃されるという哀れな立ち位置だった。ほんとよく頑張ったよ、お前。
「・・・・・。」
「何だその手は?」
アーシェが俺に向かって手を差し出してきた。
「約束じゃないですか。ああああが勝ったら助けてくれるって」
「・・・・・。」(こくん)
「今のがそれじゃなかったのか?」
既にアーシェの実力はそこいらの魔族を優に超えているだろう。ここまで強くしてやったのだ。そうそう困ることもないだろうに。
「・・・・・。」(ふるふる)
「今のはただの師弟の稽古だったらしいです」
「師になった覚えはない」
「・・・・・。」
ショックを受けているのかいないのか、相変わらずよくわからない。
「言っておくが俺はいつかお前らを裏切るぞ?」
「・・・・・。」(こくん)
清濁併せ呑む・・・か。器でかいな。みみっちいことしてる自分が嫌になる。
俺はその手を取る。とにかく今はこいつらの傍で、何らかの対処を探さなければならない。
―――オーマが仲間になった!
頭に浮かんだイメージもファンファーレも気にしない。気にしない。




