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第二話 邂逅



 オーマの姿が魔王軍の前線拠点、オールド砦に現れる。

 ここはもともと人族領の砦だったが、長らく使われていなかったのだろう。砦の役目を満足に果たすことなく魔王軍に占領された。今はただの魔王軍の駐屯地として扱われている。



「指揮官はどこだ、直ちに現状を報告せよ。指揮官!」


 返事はなく砦内は静まり返っている。一兵卒もいないのだろうか。そもそも指揮官って存在するのだろうか?アーリアに任せっきりにして指揮系統を全く把握していない自分がいた。


 それにしたって反応が無さすぎる。魔王来てるんだぞ。


「全軍出払っているのか?まずいな」


 勇者の存在は危険だ。ユーシア自体、最初はとるに足らない存在だった。にもかかわらず、勇者となることで最終的に魔王軍を壊滅させるほどの力を得た。今回の勇者も同様に常識外の強化がなされているかもしれない。

 ここの兵が勇者に敵うわけがない。が、数は随一だ。それが短時間で殲滅されれば、他の兵に動揺が生まれる。そうしないためにも勇者と遭遇する前の撤退を――などと考えていたら。




「何がまずいのでしょうか?」


 少女のような軽やかな声。


――ぞわっ


 全身が粟立つ。例のトラウマを抱えるものとしての勘が告げる。後ろからまったく気取らせずに近づき、話しかけてきたこの声の持ち主こそがそうなのだと。


「あの~聞こえてます?」


 再び聞こえた声、それが先ほどよりずっと近くで発せられたものだと気付き、すぐさま振り返る。その瞬間俺は硬直する。

 距離にしてわずか数歩。そこにいたのは―――



―――天使だった。








「?」


 振り返っておきながら再び固まってしまったオーマを天使―――もとい少女は不思議そうに見つめる。


 そう、少女。そこにいたのはただの少女。ただの小娘の、はずなのに。


 見覚えのある、しかし色あせることなく輝く金色の髪。鮮やかな真紅の吸い込まれるような瞳がこちらの瞳を見つめている。身長は俺の肩ほどだろうか?覗き込むようにしてこちらを窺っている。

 機動性重視なのか、最低限、身の要所を守る蒼の輝きを持つ軽鎧を丈の短いワンピースの上にまとい、腰につけたベルトに剣を佩いている。

 雪のように白く透き通った肌に、柔らかそうな唇、風に乗って香る微かな甘い匂い。


 ドクドク バクバク ドクンバクン ドクンバクン


 心臓がかつてないほどに暴れまわっている。


 手は小刻みに震え、背中にはびっしょりと嫌に冷たい脂汗がにじみ、全身の肌という肌が鳥肌という鳥肌に変わっている。


 なんだろうか、この胸の高鳴りは。抑えきれないこの衝動は。


 


「もしもーし?」


 そして三度少女から発せられた声は、先の二回とは違い、より涼やかに透き通って響く。


 今目の前に立つ少女のそれらすべてが俺の目を、耳を、五感すべてを惹きつけてやまなかった。


 結論を言えば・・・一目惚れだった。





(ってなんでだよ! 落ち着け俺!)




 何とか衝撃の渦から抜け出し現状を確認する。


(あの剣は間違いなくあの時俺を貫いた聖剣だ。やはりこの少女こそが勇者なのだろう)


 少女の腰につけられた鞘は、かつての勇者の抜剣シーンで嫌というほど見せられた聖剣の鞘そのものであった。ならばその中身は聖剣でありその持ち主は言うまでもなく勇者である。


 だから先ほどの拍動、震え、脂汗、鳥肌は、相手が勇者であると先んじて理解した体が起こした拒絶反応に他ならない。


 だから一目惚れなんかではないし恋愛事にうつつを抜かすつもりも全くない。


 ・・・・・そのはずなのに。





 ともかく、勇者に俺が魔王であるということを悟らせてはいけない。これ以上黙りこくっていれば不審がらせるだけだ。何か言わなければ・・・。


「なにがまずいってそりゃ―――」


「ひゃっ」


 特段の考えもなしに発せられようとした俺の言葉は、少女の驚きの声に遮られた。


「急にしゃべりださないでください、びっくりするじゃないですか!」


 どうやら固まっていた俺の頬をつついていたところ、突然俺がしゃべり始めたために驚いたらしい。少しむっとした表情で俺に責めるような視線を向けて訴えてくる。そのくりくりした大きな瞳を潤ませて。


(天使かよ)


 その訴えがあまりにも可愛らしく一瞬にして相手が勇者から天使にクラスチェンジしていた。


 改めて少女の顔を視認する。


「ん」


 少女もようやくオーマの視線が自身の顔に向かったことに気付いたのか、居住まいを正す動作をすると真っ直ぐにオーマを見つめ返す。


 それを見たオーマの脳内から全ての思惑が抜け落ちる。


(可愛すぎる!!)





「遮っちゃってごめんなさい。どうぞ続きをお願いします」


 続きを促してくる天使。


(続きって・・・ああ、ここにいた魔王軍が勇者に倒されたらまずいっていう・・・ってそれ言ったら魔王だってばれる)


 どこに残っていたのか冷静な判断力が、無意味に正体をばらすという悪手を押しとどめた。


「いや、あー・・・、それよりお前は?どうしてここにいる?」


 なんとか誤魔化そうと、話をそらす。彼女も特に疑うこともなく答えてくれた。


「私ですか?私はですねここにいた魔王軍を一掃しにきたんです。私、勇者ですから!」


「ここにいた?」


 移動したのか。撤退の命令はアーリアからまだ届いていなかったはずだが、良い判断だ。


「はい!でも安心してください、ちゃんともう全部倒しましたから!」


 手遅れだったか。

 ははは。少女一人に瞬殺された魔族には同情を禁じ得ない。だがそれも他人ごとではない。その少女の前に今は自分がいるのだから。脅威を前に勇者に植え付けられたトラウマが騒ぐ。

 しかし一方で、(天使可愛いなー)というこの状況に全くそぐわない感情が湧き上がる。せめぎ合う逃亡と欲望の意思。

 ・・・後者が勝ちそうである。


 萌え一色に染まったオーマの桃色の脳細胞は天使、もとい勇者の攻略法を考えはじめる。本来魔王だとばれた時点で命を失いかねない危険な状況だ。


 そして心が決まる。彼女に何を話すか。


「そうか、やはりまずいな」


「へ? 何がですか?」


「魔王軍は人間と和平を結ぼうとしていたからだ」


 勇者と魔王の関係であるならば、まずは騙すことから始めよう。



「うそ・・・」


 天使は驚きに口を開ける。


「いや本当だ」


「な、なんであなたがそんなこと知ってるんですか!?」


「俺が魔王だからだ」





「・・・・・!?」


 絶句していた。ハトが大魔球(魔力を圧縮して放つ攻撃魔法)を喰らったような顔をしながら。これもまた可愛い。と和んでいた瞬間―――


―――ゴォー!


 右側面から本当に大魔球がとんできた。天使がこれを放った様子でもないのでどうやらもう一人いたらしい。まったく気づかなかった俺も相当浮ついていたようだが、それを抜きしても気配を隠しながらこれだけの威力も魔法を扱える時点でかなりの使い手であることが窺える。大きさはもちろん密度がヤバいことになってる。触れただけで消し炭になりそうだ。

 だが、相手が悪い。


 俺が手をかざすと、極大魔球は俺に触れることなく消失した。



「―――っ!!」


 姿を見せないもう一人の驚きが伝わる。必殺技というやつだろうか。あれほどのものを放てるものは魔王軍でも少ない。人間にしておくのが惜しいほどだな。


 そんな俺の感心に構うことなく、魔球使いの驚愕はすぐに鳴りを潜め次弾が準備される。


「待った、待った。言ってるだろう俺は和平を結びたいと。戦う気はないんだ」


 位置は既に把握した。だが攻撃はしない。

 相手の目の前に揺らめく炎を浮かべる。本当に目と鼻の先に。その炎は確実に伝えてくれただろう。お前などいつでも殺せるのだと。

 期待通り、魔球使いの動きが止まる。聡い奴でよかった。あとは―――勇者の反応次第。


「魔王が本当に和平を・・・・? それなのに、私は多くの魔族を――」


 勇者は予想以上に衝撃を受けている。


(ふむ)


 一方的に世界征服を始めたのはこちら。さらに和平を結ぶなどと言いながら攻撃を続けていた落ち度。そのマイナスよりも、自らのわずかなマイナスに気を取られる純粋さ。交渉には、まず向かない。そのうえユーシアとは違い和平には賛成のようだ。つけ込む隙は大いにある。

 皮肉なものだ。最大の脅威が、いま最大の希望として存在している。


「いや、先に手を出しておいて、自ら和平を持ち掛けるなど、都合のいいことを言っているのは承知している。だからこの砦でのことはあまり気にするな」


「そう言ってもらえ・・・・・・・」


 安堵の言葉を続けようとして彼女は口ごもる。俺が許したところで自分のしたことは変わらない、とでも考えているのだろうか。


 相手の言葉、しかも魔王のそれを、鵜呑みにする。純粋すぎるほど純粋。ここに付け入れば大きなマイナスをほぼ零にもちこめる。魔球使いが何か言わないか心配だったが。先ほどのことで恐れをなしたのか動きがない。


「ですが和平については私には権限がありません。ですから国に持ち帰らないと」


「いや、その必要はない。おまえが一つ要求をのんでくれれば魔王軍は即時、人間領から退却し、俺が生きているうちは二度と攻撃しないことを誓おう」


 冷静にさせて、事態を把握させるわけにはいかない。この場でたたみかける。大事なのは人族の総意ではない。勇者の、この少女の意志だ。


「・・・・・・・・その要求とは?」


 長い沈黙の後ようやく聞き返す。流石に疑っているのだろう。彼女の選択肢に正解があるとすれば何も聞かなかったことにして、俺に斬りかかることだ。だが今までのすべてが演技でないのなら、彼女には不可能だろう。その純粋さゆえに。だがそれは俺にとって間違いなくチャンス。慎重に答えを選ばなければならない。



~選択肢~


→「和平が成るまで戦闘は控えてくれ」

 「人質になったふりをしてくれ」

 「お前がほしい。俺のものになれ」         




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