軍師(Ⅱ)
ヒメは食事を終えてふうと一息つく。アーリアの手料理を完食したのはオーマに続き二人目だ。他の人は食べた途端、急に痺れたり、どくどくしたり凍ったりしていた。少し大げさすぎると思う。
「私の今、なすべきこと・・・まずは・・・・あなたの名前を教えて?」
「・・・・・アーリア=サタンです」
「アーリアちゃんだね。私はヒメ=レーヴェン。しばらくの間、よろしくね!」
「・・・・・いやです」
「へ?」
「魔王様の頼みがあればこそあなたと話していますが、私はあなたのことが大嫌いです」
「えーーーーー」
「何で驚いてるんですか!むしろ何で魔王様と同じように私に接しないんですか!?魔族ですよ私は!」
「可愛いはジャスティス!」
「こんなところで魔王様との共通点を見つけたくなかったです!」
「む、魔王も・・・可愛いもの好き?」
「・・・・・はあ。とにかく、私も仕事があるのでこれで失礼します。くれぐれも部屋の外には出ないでくださいね」
「え・・・っと?私のなすべきことをなすという話は・・・?」
「部屋の中で済む範囲で」
「狭いよ!」
「随分元気になりましたね」
「うん、アーリアちゃんのおかげ。ありがとね」
そんなヒメの笑顔を伴った心からの感謝に、アーリアは身を震わせたかと思うと。
「し、知りません!失礼します!」
開け放った扉を勢いよく閉め、足早にヒメの部屋を後にした。
「・・・・・・・・・うう」
部屋を出て一人になったアーリアは人知れず涙ぐむ。
「魔王様・・・・」
自らの発した言葉にオーマの姿を思い起こし、涙をぬぐう。
(仕事、しよう)
そう心の中でつぶやき、魔王不在時の魔王軍軍師専用の仕事場へと足を進める。
ヒメはまだ知らない。アーリアの言う仕事が何であるかを。
アーリアの退出の言葉と共に部屋の扉は勢いよく開かれ、そして勢いよく閉じる。鍵のかけられるような音はしない。
誰もいなくなってしまった・・・。ヒメを残し、誰も。
「さてと・・・」
探索開始。
まずは今いる部屋を徹底的に漁る。中央に置かれたベッドの下、意外と充実している本棚の裏、さっきまで食器が並べられていたテーブル、そしてイス、特になし。以上。予想通り何も無かった。流石に捕虜を入れておく部屋に何かアイテムを残すわけも無し。
それにしても。
「嫁って・・・」
そこだけが引っかかりまくっていた。出会いからしていきなり抱き付かれることから始まり、弱らせてからのキス、惚れ直した宣言。
最低だ。
その上まさか求婚もされずに嫁扱いされているとは。
「ふざけてる・・・」
王女として日々城の中で暮らしていたヒメ。本などで知った恋愛に憧れていなかったと言えばうそになるし、突然の恋に惹かれないかと聞かれれば答えはYESであった。しかし相手は魔王。ヒメからしてみれば憎しみ以外何もない、仇そのものだ。
「・・・・・・・せめて・・・・」
こんなやり方じゃなければ。
「はっ!」
――ぶんぶん
何かいけないことを考えようとしている自分を頭を振って諌める。
さて、ここには何もなかった。次は別の部屋にいかなければならない。といっても外はきっと魔族だらけのはず、何か方法を考えなければいけない。
廊下に出る。
「・・・!?」
「こんにちは」
いきなり目の前を通り過ぎかけた魔族がぎょっとしていたので軽く挨拶してみる。筋骨隆々な偉丈夫だ。頭に二本の角が生えている。
「人間が何故ここに・・・・・!?」
堂々としていれば不審に思われないものだ。なんて簡単にはいかないか。仕方がない。
「昨日、来ました、魔王の嫁です」
「・・・・・・・魔王様に・・・嫁!?嘘だろ!?アーリア様はどうなるんだよ!?」
「・・・・・妾になります」
「なるほど」
そのまま行ってしまった。
「・・・・・・」
隣の部屋。
つくりは同じ。中央にベッド。そしてテーブル、本棚。ガラスのない窓が壁に二つ空いている。しかし違う点が部屋中に広がっていた。
本、本、本・・・。部屋中に大量の本が重なりあい、足の踏み場を失くしていた。
寝る場所と言うよりも、本を読む場所みたいだった。
重ねられた本であるがほこりが積もっている物はない。つまり頻繁に触れられているという事。この量を。よほど読書好きなのだろう、この部屋の住人は。
「さて、とりあえず調べていこう」
・・・探索中・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・探索中・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・探索中・・・
――赤い本が見つかった。
何故この中から赤い本だけを見つけたのかは疑問だが、とにかく手に入ったんだから手に入れとこう。
さて、次の部屋に向かおう。扉を開ける。
「・・・・っ!?」
「こんにちは、魔王の嫁です」
また前にぎょっとしている魔族がいたので、さっきと同じように挨拶する。
「そうか、魔王様にそんな相手が・・・。魔王様ももうそんな年頃なんだな・・・・(しみじみ)。ん?待てよ、じゃあアーリア様は?」
「妾になります」
「なるほど」
そう言い残し、疑問が氷解したすっきり顔で何事もなく通り過ぎていった。
「・・・・・・・」
どうやら魔王の嫁という魔王城の手形を手に入れていたらしい。
活用しない手は無かった。
いろんな部屋を探索して、やってきました二階の突き当たりの角部屋。世間話の好きなおばちゃん魔族曰く魔王の部屋らしい。今は行かない方が良いと言われた。そう言われたからにはきっと目当てのものがあるはず。何を探しているわけでもないが。
とりあえず扉に手をかける。
「さて、流石に鍵が・・・」
――ガチャ
掛かっていなかった。
開いていく扉。広がる未探索の領域。アイテムのありそうなポイントを目敏く確認する。その過程で。
「ん~~~」
「・・・・・・・・」
何故かベッドの上にいるアーリアが見つかった。布団にくるまってごろごろしているらしい。
「アーリアちゃん?」
「にょのわ?!な、なんであなたがここに!!?」
ヒメの言葉に飛び上がるようにこちらを振り返るアーリア。
「で、ででで、出て行ってください!」
必死な表情で訴える様は見ていてからかいたくなる。
「えっと、アーリアちゃんの仕事って・・・・ここで寝転ぶこと?」
「出て行ってください!!!」
――バンッ!
追い出されてしまった。仕方ない。気になる場所ではあったが後にしよう。
それにしても、アーリアの追い出そうとする力に逆らうことが出来なかった。余程力が失われているらしい。どうやって力を取り戻すか。
「ここがあの部屋の元凶・・・。それにしてもすごい数の本・・・」
入るは魔王城の書庫。並ぶは無数の見知らぬ本。出来れば全て読んでみたいところではあるが、今はそれどころではない。
「さて、各部屋で集めた三冊の本。それをこの書庫の不自然に空いている戸棚に納めると・・・」
―――がががががっがが
「隠し扉が現れるっと」
中々基本に忠実なつくりの魔王城だ。出来ればもっと広く、罠なんかがあってしかるべきだとは思うが、住むことを考えればこのあたりが妥当だろう。
「おお・・・・・・・」
そしてその扉を開き先へ進めば、そこにあったのは金銀財宝だった。
「宝物庫・・・」
ヒメの言葉の示す通り、そこは宝の山だった。
「この宝の山を売って食料買えば良かったのに」
そんなことも出来ないほど関係は悪かったのだろうか。
いや、よく見ればここに現金の類も直接換金できるものも無い。あるのはいずれもいわくありげな超レアアイテム。売れば1Gのものばかり。その手の市場に関わりのない魔族では売っても意味は無い。
そんなことを考えながら物色していると、ある一つのものにヒメの目は吸い寄せられた。
(・・・・ぁ。何で、考えなかったんだろう。私のなすべきことなんて決まってたのに)
もうヒメには失う物なんて何もないのだから。そしてここは魔族の本拠地。周りにいるのは全て敵であり愛する者の仇なのだ。
そしてヒメは吸い寄せられるままに、宝物庫の宝の内の、たった一つをその場から持ち出した。
「何でこんなことになっちゃったんですか?・・・・教えてくれますよね?・・・魔王」




